第 4 章。
第 5 節 「グローバル資本主義」と金融寡頭制
第1章で考察した、国家の「調整・管理・組織化」・「景気循環の調整」・「システム統合」
機能を中心とした国内体制としての国家独占資本主義は、21世紀初頭の現代においても存続して いる。国家が独占資本主義を補完しようとする本質は変化していない。国家独占資本主義から「グ ローバル資本主義」へと転換したのではなく、国家独占資本主義が「ケインズ型」から「新自由主 義型」へと局面転換したのである。しかも、「新自由主義型国家独占資本主義」の国家は、ケイン ズ的な財政政策と新自由主義的な金融政策の間を、その時々の経済状態に合わせて、「右往左往」
している。新自由主義が進めてきたグローバリゼーションや金融の自由化のもとでの、「金融の暴 走化」(金融派生商品を中心とした投機的金融活動)をコントロールすることが全くできなかった 帰結が、2007からの世界金融危機であった。金融危機からの救済策として実施された金融資本体
653 「日本会議」の実態と安倍政権との関係については多くの報告書が出版されてきたが、さしあ たり青木理『日本会議の正体』平凡社新書、2016年7月、山崎雅弘『日本会議―戦前回帰への情 念』集英社新書、2016年7月、を紹介しておく。
制を救済するための公的資金の投入や財政出動をみても、旧態依然たる国家独占資本主義体制の救 済であった。国家は、依然として国家独占資本主義としての国家であったことを、証明している
654。
しかし世界経済の構造は、旧IMF体制の崩壊、グローバリゼーション、世界的な「経済の金融 化」と投機的な金融活動の飛躍的増大、冷戦体制の崩壊、中国を筆頭とした新興経済国の登場など によって、大きく変貌してきた。この意味では、世界体制としての「グローバル資本主義」化は妥 当な判断である。しかし大切なことは、国内体制としての「新自由主義型国家独占資本主義」と世 界体制としての「グローバル資本主義」を統一して、現代資本主義の総体を解明することにある。
ケインズ主義は、失業救済の失敗(経済成長の喪失)とインフレーション克服に失敗し、スタグフ レーションに陥った。その反動として登場してきた新自由主義は、「企業と市場の自由」を全面的 に保障した「市場原理主義」・「民営化」・「民活」政策であり、それを根拠づけるために迎え入 れられた新古典派経済学が主流派経済学となった。しかし、資本主義世界が「グローバル資本主 義」化したことは、国内体制としての国家独占資本主義にも大きな影響を与えてきた。国家の本質 的機能は変化していないが、その政策目標は明らかにが異なっており、新自由主義の国際的浸透は 1980年代以降の「グローバル資本主義化」と「経済の金融化」に大きな影響を与えてきた。国家 独占資本主義の「ケインズ型」から「新自由主義型」への転換の内容については、すでに本現代資 本主義シリーズの第1部『資本主義発展の段階理論』(東京経済大学学術リポジトリ)の第6章 第6・7節で考察したので、本節では、アメリカの歴代政権が実際にやってきた新自由主義政策を 経済政策と軍事政策を中心として、その実態を確認しておきたい。
1.金融大国」・「超軍事大国」化への道(レーガン政権) アメリカ合衆国では、新自由主義と
新保守主義はレーガン政権によって実施された。しかし、国家の世界戦略は、アメリカの「金融大 国」・「超軍事大国」化であり、「強き米国」を復活させ、アメリカの国家独占資本主義体制を立 て直そうとする「アメリカ・ファースト」主義の台頭であった655。レーガン新自由主義は「競争 市場原理」の主張と金融の規制緩和・国際化として実施された。それらは、国際的な独占体の競争 的再編成(いわゆるメガコンペティション)と、住宅ローン債権の「証券化」にはじまる「証券の 証券化」のきっかけとなり、2007年世界金融危機に帰結した。同時に国内的には、政府・公的機 関自身が住宅ローンの証券化を進め、「暗黙の政府保証」という期待のもとで「住宅ローンの証券 化」は一挙に拡大した。1988年に「ブラックマンデー」に襲われ、S&Lが危機に陥り破綻してい ったが、すでにこの時期に、自動車ローンの債権化(ABS)や債権証券の組み合わせ(CDO)に よる資産の証券化・資産担保証券の開発が進められていた656。
レーガン政権の福祉・社会保障・教育費の抑制方針にもかかわらず、軍事費は一方的に増大し、
新自由主義の「小さな政府」などは実現しなかった。推し進めた「超軍事大国」路線は、SDI計 画として宇宙戦争時代に突入するものであり、科学者の大規模な軍事研究が推し進められた。しか しレーガン政策は、財政赤字の激増・製造業の衰退・貿易と経常収支赤字・ドルの不安定性増大に よって行き詰まった。「超軍事大国」路線そのものは旧ソ連との「宇宙開発」競争をもたらした。
しかしその背後では、レーガン政権はペレストロイカを進めるソ連のゴルバチェフと核軍縮交渉を 進めていた。1986年のレイキャビックでの米ソ首脳会談は決裂したが、ゴルバチョフ改革により ソ連の国民所得の12~14%の国防費が削減され、1988年には中距離核兵器協定が成立し、ソ連軍 50万人を削減し通常兵器を自主的に削減するというゴルバチョフの国連演説(1988年)があり、
654 マルクス経済学では「福祉国家体制」が崩壊したか否かをめぐって多様な見解がだされてい る。たとえば、飯田和人「資本主義の歴史区分とグローバル資本主義の特質」『政経論叢』第77 巻第3.4号(2009年3月)、SGCIME編『グローバル資本主義と段階論』(第Ⅱ集・現代資本主 義の変容と経済学第2巻、御茶の水書房、2016年)、伊藤誠『マルクス経済学の方法と現代世 界』桜井書店、2016年、などである。しかし、国家独占資本主義が崩壊したか否かについては、
本格的な議論はいまだにない。
655 井村喜代子著・北原勇協力『大戦後資本主義の変質と展開 米国の世界経済戦略のもとで』有 斐閣、2016年5月、第3部参照。
656 以上の分析は、同上書の第1・2章を参考とした。すでに政府抵当金庫のジニーメイが1970年 に証券発行、政府支援機関のフレディマックが1971年に「証券化証券」RMBSの発行、ファニ ーメイが1981年にRMBS発行していた。ファニーメイが米国最大の政府系金融機関であり、フ レディマックは1988年に完全民営化された(同上書、256~7頁)。
1991年7月31日には戦略的核兵器削減協定・STARTが成立した657。結果的には、レーガンは旧 ソ連の崩壊を誘発し、「冷戦勝利」という副産物をもたらした。
2.アメリカ単独行動主義―「超軍事大国化」(H.W.ブッシュ政権) ブッシュ政権下でのマル
タ会談(1989年)によって米ソの冷戦体制は終焉に向かったが、1991年にソ連邦が内部崩壊した ことによって冷戦体制は崩壊し、アメリカが唯一の「超軍事大国」になった。同時にアメリカは
「単独行動主義」に走り、その帝国主義的侵略を露骨に展開しはじめた。ブッシュは「新世界秩 序」の宣言とともに、中東の石油資源を確保する目的で介入し、湾岸戦争に踏み切った。しかしレ ーガン政権の経済政策が行きづまり、アメリカはもはや単独で戦費を賄うことが困難化していたか ら、「多国籍軍」を結成しその戦費の8割強を他国に負担させた。サウジアラビア168.39億ド ル、クウェート160.06億ドルと中東の石油輸出国が負担し、日本は平和憲法によって直接軍事活 動をしなかった「代償」として107.40億ドルも負担した。この湾岸戦争において、アメリカ軍は 最新の超新鋭兵器によって一方的に攻撃し、最新兵器の力を世界に示すとともに、その輸出が急増 した。それとともに、多国籍軍が戦闘に参加し、戦費をアメリカ以外の国に負担させる「自国兵力 の損失なき戦争」でもあった。湾岸戦争を契機として、「情報戦争」という性格が加わった658。
「単独行動主義」のもとでアメリカの帝国主義政策が露骨に展開されたのであり、グローバリゼー ションによって国民国家の権力が弱まったのではないし、アメリカ帝国主義がなくなったのではま ったくない。
3.産軍連携強化による経済の立て直し(クリントン政権) 世界における経済支配が弱体化した
アメリカは、ブッシュの進めた湾岸戦争によっても回復しなかった。クリントン政権には、「超軍 事大国」の地位を維持しながら、アメリカ経済を立て直すことが課題となった。国家安全保障会議
(NSC)と並列して国家経済会議(NEC)」を設置して、産軍連携による情報通信を中心とする
先端軍事技術(全地球測位システムGPSや兵站活動及び兵器調達のコンピュータ・ネットワーク など)を民間に応用し(軍事技術のスピン・オフ)、情報通信関連設備投資を基軸とする経済成長 政策を展開した。経済的には、全国情報インフラストラクチャー(NII)計画と「高性能コンピュ ーティング通信」の研究開発(HPCC)計画のもとで、民間産業の技術開発が起こった。日本や 欧州の経済停滞・低成長をしり目に、1990年代の「アメリカの一人勝ち」が出現した。需要の面 では、「金融活動の大膨張」や株式ブームのもとでの資産効果も発揮され、個人消費支出も持続的 に拡大していった。
世界経済にたいしてクリントン政権は、貿易ルールの強化、運輸・通信等のサービス貿易の拡 大、「知的所有権」の国際的基準化、アメリカ的会計原則(時価主義)の国際化、などを要求し た。1995年には、戦後のGATTを改組してWTOが成立し、世界経済に台頭してきた中国も参加 した。しかし、国内的には雇用が拡大しサービス産業就業者が激増したが、同時にリストラクチュ アリングやアウトソーシングや「派遣労働者」が拡大し、「レイオフ制」は「解雇制度」に変化し た。軍事的にはクリントン政権は、武器輸出を増加させ、世界の軍事費増大競争の一因を作りだし てもいた。しかし、クリントン政権は、「証券の証券化」や「投機的金融活動の新展開」という
「経済の金融化」を規制などしなかったし、かえって株式ブームやITブームに拍車がかかった
659。クリントン政権の経済政策は、アメリカ経済を産軍連携によって立て直すことであり、やは り歴代政権の帝国主義的政策の延長線上にあった。
4.イラク戦争と金融危機の勃発(J.W.ブッシュ政権) アメリカの中近東における帝国主義的な
政策はアラブ世界の憤激と怒りを累積化させ、2001年9月11日に、アメリカの「経済的覇権」
の象徴的なニューヨーク貿易センタービルが「複数の飛行機による同時多発テロ」で破壊されて、
頂点に達した。大統領ブッシュ・ジュニア―は、アメリカ国民のナショナリズムの沸騰を悪用し て、国際的テロ勢力から「自由と民主主義」を守るためと称して、テロ勢力の「温床」となってい るイスラム原理主義国に立つアフガニスタンとイラクへの侵略戦争を仕掛け、戦争は泥沼化し、長 期化していった。しかし、国内的には「金融大膨張」が引き続き、やがて2007年からの金融危機 が勃発した。
国際的なテロ事件の多発はアメリカの帝国主義的中近東戦略の破綻の結果でもあるが、ブッシ ュ・ファーザーが引き起こした湾岸戦争と同じく、この戦争も超先端兵器の実験的使用による破壊 と殺戮をエクカレートとしていった。イラク戦争とアフガニスタン戦争の戦費は8,590億ドルの 上り、ベトナム戦争の戦費6,860億ドルを超える莫大な軍事支出であった。イラク侵略戦争は、
657 西川純子『アメリカ航空宇宙産業 歴史と現在』日本経済評論社、2008年、240~1頁。
658 以上は井村『大戦後資本主義の変質と展開』の第4部第1章を参考とした。
659 以上の分析は同上書、第3章を参考とした。