第 4 章。
第 3 節 「グローバル資本主義」体制下の国家独占資本主義の資本蓄積
第 1 項 「大量生産=大量消費型蓄積」から「グローバル化・金融化資本蓄積」へ の転換
4551.「大量生産=大量消費型蓄積」の矛盾とスタグフレーション 「調整・管理・組織」化・「景
気循環の調整」・「システム統合」機能を中心とした国家の政策によって、独占資本主義を補強し 維持・拡大しようとする国家独占資本主義は、21世紀初頭の現代においても存続している。しか し資本主義世界は、国際的な不均等発展によって日本や西ドイツがアメリカ合衆国の生産力水準に 追いつき、アメリカの国際収支は赤字化し、「金・ドル交換停止」になった(国際通貨体制として の旧IMFの崩壊)。また、中心資本主義諸国は共通して過剰蓄積に陥り、スタグフレーションに 襲われた。こうした高度成長期の国家独占資本主義の政策を経済学的に根拠づけていたのがケイン ズ経済学であり、社会民主主義的要求をも取り入れた「完全雇用」・「社会福祉保障」・「企業と 市場の自由を前提にした国家規制」の政策が展開された。しかし、ケインズ主義政策は経済成長に よって失業を救済しようとしたが、かえって過剰蓄積状態を作りだすとともに、インフレーション を加速化させてしまった。そして、1970年代に中心資本主義国が一斉にスタグフレーション病に 陥ることによって、ケインズ経済学はその権威を失っていった。
2.新自由主義政策の理念と実態 その反動として1970年代末から80年代初頭にかけて登場した
のが、「企業と市場の自由」を全面的に保障して、「市場原理主義」・「民営化」・「民活」政策 を展開しようとする新自由主義と新保守主義であった。それを根拠づけるために歓迎された新古典 派経済学が、近代経済学の主流となっていった。「調整・管理・組織」化・「景気循環の調整」・
「システム統合」機能を中心とした国家の政策の本質的機能は変化していないが、その政策目標が おおいに異なってきた。また新自由主義の国際的支配は、1980年代以降のグローバル資本主義化 と「経済の金融化」(金融化)に大きな影響を与えた。産業と金融化のグローバル化によって、国 家独占資本主義の世界体制は大きく変貌した。筆者のこうした見解は、国家独占資本主義を「ケイ ンズ型国家独占資本主義」と「新自由主義型国家独占資本主義」とに区分する見解に近い456。し かし、「ケインズ主義政策」と「新自由主義政策」との区分は政策論的であるから、資本蓄積様式
(レジーム)の変化を重視して、「大量生産・大量消費型資本蓄積」から「グローバル化・金融化 型資本蓄積」への変化と表現しておく。2007-9年の世界金融危機対策として取られた国家の政 策は、まさに大独占資本としての金融資本を最優先させた救済策であり、現代の金融寡頭制自から が「最後の拠り所」としての国家(金寡頭制国家)に頼らざるをえなかった。財政政策に重点をお いた「ケインズ政策」と金融政策に重点をおいた「新自由主義政策」との間を、その時々の経済状 態に合わせてポピュリズム的な人気取りのために「右往左往」しているのが新自由主義の実態であ
る。 3.国家独占資本主義のグローバル化 第2次大戦後の資本輸出はアメリカ合衆国を中心とした再
建され、その主役なったのは多国籍企業だった457。簡単に実態をみておこう。1967年において世 界の対外直接投資に占めるアメリカの比率は53.8%であり、1976年にかけて約5割であった458。 1950年から1970年にかけて先進資本主義国の鉱工業生産は2.3倍になったが、アメリカの対外 直接投資は6.6倍伸びていたように459、資本輸出が急増した。
455 筆者はスタグフレーションを、「大量生産=大量消費型蓄積」の矛盾の帰結として考えてい る。詳しくは、拙著『資本主義発展の段階理論』(東京経済大学学術リポジトリ)第6章第4 節、参照。
456 建部正義「国家独占資本主義の現段階」鶴田満彦・長島誠一編『マルクス経済学と現代資本主 義』桜井書店、2015年7月、の第8章。
457 詳しくは、拙著『資本主義発展の段階理論』(東京経済大学学術リポジトリ)、124~5頁、
参照。
458 宮崎・奥村・森田編『近代国際経済要覧』214~5頁。
459 同上書、140頁・218頁より計算。
各国共通して製造業への投資が一番大きく、サービス業は抽出産業(資源)と同じかそれ以上に なった。1980年以降になるとサービス業への直接投資が急増し、直接投資残高の増加寄与率では 製造業を上回るようになった460。このサービス産業への直接投資の増加は多国籍企業のグローバ リゼーションの結果である。
戦後の資本輸出は多国籍企業によって担われた。その影響力は巨大であり、1989年には多国籍 企業の海外子会社の販売高は、世界の輸出額の1.8倍にもなっていると推計された。さらに、多国 籍企業の企業内取引の比重が増大してきた。多国籍企業の輸出入に占める企業内取引の比率は、ア メリカで輸出の31.0%・輸入の40.1%(1985年)、イギリスは輸出の30.0%(1981年)、日本 は輸出の31.8%・輸入の30.3%(1983年)、にもなっている461。在外子会社だけをとればその比 重はさらに高くなる。アメリカの在外子会社の販売高に占める企業内販売は、81.5%にもなってい た462。こうした多国籍企業の超国家的活動は、国民経済次元でとらえきれない問題を引き起こし ている。
70年代以前から、アメリカの多国籍企業の海外進出はアメリカ産業の空洞化をもたらす要因と しであり、IMF体制では資本の自由移動は制限されていた。ところが「金・ドル交換停止」と変 動相場制への移行に伴って、新自由主義は資本の海外移転を自由化し、アメリカの多国籍企業が海 外へ自由に投資できる環境を作りだした。スタグフレーションに陥り産業への投資機会を失ってい た中心資本主義諸国の多国籍企業も、一斉に過剰資本を海外投資に向けた。また、中心諸国におけ る賃金上昇圧力に対して、新保守主義国家は徹底した労働攻勢をかけて抑え込もうとした。この賃 金上昇圧力を回避するためにも、発展途上国(後進国)の低賃金目当ての海外進出に拍車がかかっ た。情報通信革命による労働の単純作業化によって、発展途上国での低賃金の労働者でも生産でき るようになり、需要のある地域で、必要な部品を世界中から調達して、生産しようとする最適生産 体制(モジュール化・アウトソーシング化)が確立した。
(4)国家独占資本主義の金融化463 1970年代の「金・ドル交換停止」は、アメリカ合衆国が日
本や西ドイツとの「経済戦争」に敗れたことの象徴的事件であったが、アメリカは金融面から世界 支配を再建しようとする世界戦略を開始していた。「金・ドル交換停止」と変動相場制への移行 は、その後の資本主義のグローバル化の出発点となった。その背後には、金融資本を中心としたア メリカのナショナル・インタレストが働いていた。すなわちアメリカは、国際収支に制約されずに 自国の成長政策のために通貨・信用を増大することが可能となった。事実その後のアメリカは、財 政赤字と国際収支赤字の「双子の赤字」が進んでいった。また対外投融資規制を撤廃し内外の金融 自由化を推進し、アメリカの国際金融証券市場を活性化させ、国際資本取引でのアメリカの金融的 覇権を強化していった。こうして国際的資本取引の膨大化と、膨大な国際的投機取引の恒常化への 道が開かれていった。すなわち、早くも1972年にシカゴ商業取引所で通貨の先物取引とデリバテ ィブ(金融派生商品)取引が開始され、この金融取引が80年代のバブル期においてアメリカ金融 資本によって大々的に開始され、1981年12月にはニューヨーク・オフショア市場(「外―外取 引」の市場)が設立された。
しかし、レーガン政権の「強いドル」政策にもかかわらず、基軸通貨ドルの不安定性は進行して いた。変動相場制になったことによって外国為替の投機的売買が増大し、金利差を基準とした短期 的な資本移動(短期的な資本の浮遊)による証券価格変動が強まり、国際的な証券取引も膨大化し ていった。相場の変動性・金利格差・証券価格の変動性が増大したので、こうした国際的な資本取 引は短期利潤を目的とした金融取引となり、実体経済から乖離した「虚」の世界を膨張させてしま った。こうして、変動性➝投機活動➝一層の変動性という悪循環が繰り返される「虚の乱舞」の世 界が出現した。
(5)新興経済諸国を中心とした加速的蓄積 中心資本主義諸国は高度成長から低成長経済に転換
し、産業への投資機会を失った膨大な貨幣資本はグローバル化と資産投資に向けられた。資本蓄積 が停滞化し、長期停滞的性格が強まっていく中で、資産バブルと崩壊が繰り返されるバブル循環が 顕著となった。グローバル化と金融化は同時的に進行したから、バブル循環は発展途上諸国を巻き 込んで世界的に繰り返された。
460 森田編『世界経済論』ミネルヴァ書房、1995年、157頁。
461 同上書、157~9頁。
462 宮崎・奥村・森田編『近代国際経済要覧』223頁。
463 くわしくは、拙著『資本主義発展の段階理論』(東京経済大学学術リポジトリ)、第7章第2 節第2項、参照。