第 4 章。
第 1 節 資本蓄積の一般法則と現代 549
『資本論』を基礎としながら現代資本主義を分析する際に明らかにしておかなければならないこ とは、現代資本主義においてマルクスの論定した「資本蓄積の一般法則」は、どの面でそのまま貫 徹しているのか、どの面で変容しながらも貫徹しているのか、あるいは作用を停止した面はどこだ ろうかを明確にすることである。マルクスは資本主義の未来に対するつぎのような展望をした。
「社会の富、機能資本、機能資本の増大と活力、したがってまたプロレタリアートの絶対的大きさ および彼らの労働の生産力、これらが大きくなればなるほど、それだけ産業予備軍が大きくなる。
使用可能な労働力は、資本の膨張力の場合と同じ諸原因によって発展させられる。すなわち産業予 備軍の相対的大きさは、富の力量につれて増大する。しかし、この予備軍が現役の労働者軍と比べ て大きくなればなるほど、固定的過剰人口、すなわち彼らの労働苦に比例して貧困が増大していく 労働者階層が、それだけ大量的となる。最後に、労働者階級中の貧困層と産業予備軍とが大きくな ればなるほど、公認の受救貧民層がそれだけ大きくなる。これこそが資本主義的蓄積の絶対的・一 般的法則である。ほかのあらゆる法則と同じように、この法則もその実現にあたっては多様な事情 によって修正されるが、これらの事情の分析はここでの問題ではない」550。
この「資本蓄積の一般法則」は、「窮乏化論争」としてその後のマルクス経済学者の間で論争さ れてきたが、ここではマルクスの文脈にそってその意味を確認しておこう。①マルクスは、法則は
546 拙著『資本主義発展の段階理論』(東京経済大学学術リポジトリ)の補論Ⅰ第2節第1・2・3 項、参照。
547 伊藤誠『マルクス経済学の方法と現代世界』桜井書店、2016年9月、3頁、6頁。
548 「マルクス経済学の現代的課題研究会」の新動向とそれに対する筆者の注文については、注 410の拙稿を参照されたい。
549 本章第1~3節は、拙著『現代マルクス経済学』の第23章を書き改め、最新のデータを追加し たものである。
550 マルクス『資本論』第1巻第23章第4節、第4分冊、1,106~7頁(訳文は一部変えてい る)。
そのまま発現するのではなく諸事情によって修正されると述べていた。歴史的には、労働者階級の 組織化と抵抗、世代間労働力維持のための国家の法律による規制(たとえばマルクスも目撃した
「工場法」など)、独占資本主義のもとでの国家の社会政策、国家独占資本主義での「労使協調」
のもとでの国家の社会福祉・社会保障政策、そして何よりも労働者階級の力量の増大によって、労 働者の状態は改善されてきた。こうした変化は、マルクスが経済学プラン中に残した賃労働や国家 論そして資本主義の段階的発展過程として研究していかなければならない課題でもある。② マル クスは産業予備軍の累積的増大を予測していた。こうした予測はマルクスの「利潤率の傾向的低下 法則」と密接に関連しているかもしれないが、歴史的には利潤率は長期的に変動しているし理論的 にも不確定だと筆者は考えている。マルクス自身も検討していたように「傾向的低下」に反作用す る諸要因があるし、歴史的にも長期波動や段階理論として再構成する必要がある551。産業予備軍 の累積的増大予測も長期波動の下降局面で発現してきた。
つづいてマルクスは、資本制蓄積の敵対的性格を次のように要約している。「第4篇で相対的 剰余価値の生産を分析したさいにみたように、資本主義制度の内部では、労働の社会的生産力を高 めるいっさいの方法は、個々の労働者の犠牲としておかなわれるのであり、生産を発展させるいっ さいの手段は、生産者の支配と搾取との手段に転化し、労働者を部分人間へと不具化させ、労働者 を機械の付属物へとおとしめ、彼の労働苦で労働内容を破壊し、科学が自立的力能として労働過程 に合体される程度に応じて、労働過程の精神的力能を労働者に疎遠なものにするのであり、またこ れらの方法・手段は、彼の労働条件をねじゆがめ、労働過程中では極めて卑劣で憎むべき専制支配 のもとに彼を服従させ、彼の生活時間を労働時間に転化させ、彼の妻子を資本のジャガノ―トの車 輪のもとに投げ入れる。しかし、剰余価値生産のいっさいの方法は、同時に蓄積の方法であり、そ の逆に、蓄積のどの拡大も、右の方法の発展の手段となる。それゆえ資本が蓄積されるのにつれ て、労働者の報酬がどうであろうと-高かろうが低かろうと―労働者の状態は悪化せざるをえない ことになる。最後に、相対的過剰人口又は産業予備軍を蓄積の範囲と活力とにたえず均衡させる法 則は、へファイストの楔がプロメテウスを岩に縛り付けたよりもいっそう固く、労働者を資本に縛 りつける。この法則は、資本の蓄積に照応する貧困の蓄積を条件づける。したがって、一方の極に おける富の蓄積は、同時に、その対極における、すなわち自分自身の生産物を資本として生産する 階級の側における、貧困、労働苦、奴隷状態、無知、野蛮化、および道徳的堕落の蓄積である。」
552。この引用文の前半はみごとに労働の疎外を描いている。この労働疎外は、現代では労働関係 や生産関係の変化や労働市場の分断化によって変容しながら、貫徹している(第6章第3節・第5 節、参照)。現代日本の労働者は自ら闘わなければ、「働き甲斐」を喪失し、精神的ストレスと病 気に悩まされ、過労死と過労自殺に追い込まれているのが現実である。そしてマルクスは、富と貧 困との両極的な蓄積が進行すると予言した。これらの貧困の中身について検討してゆこう。
第 1 項 富と貧困の両極的蓄積
グローバルにみれば、飢餓線上をさまよっている貧民層と一握りの億万長者として富と貧困の両 極的蓄積は貫徹している。
1.栄養不足人口と億万長者 まず、「貧困の蓄積」を概観しよう。国連世界食糧計画(WFP)が
発表した「ワールドハンガーマップ」(2000~02年)によると、国内人口の35%以上が栄養不足 状態にある国は、東アジアの朝鮮人民共和国、カリブ海のハイチ、近東のアフガニスタン・イエメ ン、中央アフリカの中央アフリカ共和国・コンゴ共和国・コンゴ民主共和国、東アフリカのブルジ ン・エチオピア・ルワンダ・タンザニア、南アフリカのアンゴラ・マダガスカル・モザンビーク・
ザンビア、西アフリカのリベリア・シェラレオネ、独立国家共同体のタジキスタン、にのぼる
553。2009年の推計では、2007~8年の食料価格高騰と世界経済危機の影響を受けて、栄養不足人 口は世界全体で10億人に増加した554。35%以上の国は中央アフリカ・ウガンダ・ザンビア・ナミ ビア・朝鮮人民共和国である。北朝鮮や独立国家共同体以外はアフリカ諸国に集中しているが、内 紛・内乱・内戦状態が直接の原因であるが、資源と利権を求めての多国籍企業が進出している地域 であり、軍事的には民間請負の軍事企業が暗躍している地域である。
551 SSA(蓄積の社会構造)理論は、長期波動論を段階論と結びつけようとしている。拙著『資本
主義発展の段階理論』(東京経済大学学術リポジトリ)補論Ⅰ第4節、参照。
552 同上書、1,108頁。
553 国連食糧農業機関(FAO)『世界の食料不安の現状2004』より。
554 『世界の農林水産』Summer 2010、10頁。
他方で富と所得の億万長者への集中は中心資本主義諸国で進んできたが、世界的にも集中化して きた。2006年の世界の億万長者の資産額は、トップのビル・ゲイツは500億ドル、イタリアのシ ルビオ・ベルルスコーニ元首相は第37位の110億ドル、ヘッジファンドのジョージ・ソロス代表 は第71位の72億ドル、第292位のデヴィッド・ロックフェラーは25億ドル、であった。日本 人では第107位の武富士の武井保雄一族の54億ドルがトップであった。資産10億ドル以上の億 万長者は、1955年140人・2003年476人・2006年691人・2016年2,043人となり、一握りの 世界の富豪への資産の集中化が進んでいる555。
2.難民 世界の難民は20世紀になって発生し、第2次世界戦争後に深刻化した。難民は増加し つづけ、1990年代に地域紛争において、クルド難民・ルワンダ難民・コソボ難民・東チモール難 民などが発生した。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の報告によると、2016年6月20日 時点で難民数は推計6,560万人と、戦後最多となった。難民の半数以上が、シリア・アフガニス タン・ソマリアからの難民である。ヨーロッパに到着した難民は2016年に101万人1,700人以上 であったが、「外国人排斥の空気」があり、移民・難民の受け入れには閉鎖的である。避難先はト ルコに250万人が滞在し、つづいてパキスタンとレバノンとなり、難民の86%が低・中所得国で 生活している556。
3.「所得・資産の格差」拡大 中心資本主義諸国の栄養不足人口は2.5%未満であり、生理的最
低限の生活をしている「絶対的貧困」は、皆無ではないが少ない。しかしアメリカや日本でも所得 や資産の格差は拡大してきた。アメリカの所得格差の研究によれば、①1970年以降家族所得の格 差が拡大した。②上位層の所得シェアは大恐慌以前に回帰した(低下から上昇)。③大富豪はレン トナーではなく、「ワーキング・リッチ」(成功した大企業化・大企業経営者・ウォール街の成功 者など)である。④所得階層間の世代移動は低下した。⑤賃金格差も拡大した557。日本において も格差は拡大してきた。1990年代末から2004年を比較して、企業規模間格差・男女別間格差・
学歴間格差・年齢階層内の格差はすべて拡大してきた558。
情報通信革命と金融化によって「格差と貧困」は一層拡大した。小林由美は、「残念ながら世界 の大きな動きは、格差の拡大どころか、富や権力・影響力の極端な集中に向っている」、と報告し ている559。
情報通信革命と経済の金融化をリードしたアメリカにおいて、所得と資産の集中が一層進んだこ とを確認しておこう。2014年の所得階層別のシェアは、上位0.01%層が3.1%、上位0.1%層が 7.5%、上位1%層で10.4%にもなり、上位5%層が34.6%、上位10%層が47.2%となるのに対 して、それ以下の90%が52.8%となる。1981年から2014年にかけての変化をみると、下位
90%のシェアは78.5%に減少しているのに、上位10%以下はすべてシェアが上昇し、上位0.01%
では475.0%も上昇している560。純資産になると所得以上の集中が進んでいる。純資産のシェア
は、上位0.01%層が11.2%、上位0.1%層が22.0%、上位1%層41.8%、上位5%層64.6%、上 位10%層で77.2%にもなるのに、それ以下の層90%は22.8%にすぎない561。
この間、アメリカの家計の債務(借金)の家計収入に占める比率は上昇してきたが、借金全体の 中でのシェアが増大している階層は上位1%から10%の富裕層であり、この階層にも「中間層の 没落」が及んできた。90%にあたる階層の債務比率は1962年の86.2%から2012年の78.5%と若 干低下しているが、この下位90%層が住宅ローン以外のローン(学生ローン、自動車ローンな
ど)の90%を占めている562。フリンジ・バンキングと呼ばれる、高コストの金融商品やサービス
しか受けられない層が簇生してきた。「アンバンク世帯」が960万世帯(7.7%、1670万人)、
「アンダーバンクト世帯」5,090万世帯(20.0%)が存在している563。
555 『フォーブス』各年版、より。
556 http://www.bbc.com/japanese/36573394
557 佐々木隆雄「1970年代以降のアメリカの所得格差の拡大」『季刊経済理論』第45巻第1号
(2008年4月)。
558 宇仁宏幸「日本における賃金格差拡大とその要因」『季刊経済理論』第45巻第1号(2008年 4月)。
559 小林由美『超一極集中社会アメリカの暴走』新潮社、2017年3月、2頁。
560 同上書、23頁。
561 同上書、27頁。
562 同上書、28~31頁。
563 谷口明丈・須藤功『現代アメリカ経済史』有斐閣、2017年5月、258頁(執筆者、大橋 陽)。