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恐慌・景気循環の基礎理論

第 4 章。

第 1 節 恐慌・景気循環の基礎理論

まず、自由競争が貫徹していた自由競争資本主義の景気循環の理論を提示しておこう。マルクス

『資本論』は、この自由競争資本主義(自由競争段階の資本主義)の「理念的・平均的」な内的構 造(編成)と発展傾向(資本蓄積の一般的傾向)を解明した。しかしマルクス自身は、恐慌・産業 循環論に関する重要な言及を残したが、恐慌・産業循環そのものは完成させなかった。自由競争資 本主義によって資本主義の一般理論が与えられるように、自由競争資本主義の景気循環論(古典的 景気循環論)は、その後の恐慌の形態変化や景気循環の変容論を展開する際の「理論的基準」とな ってきた。恐慌・景気循環の研究は資本主義経済の成立とともに経済学者が関心を払い、その学説 も多種・多様に提示されてきた。しかし、諸学説は対立的であり、統一的な景気循環・恐慌論は確 立していない481。本節の基礎理論は筆者自身のかなり独特なものであるので、まずその内容を紹 介しておこう。

第 1 項 恐慌論研究の論点

日本で精力的に研究されてきた恐慌論は、自由競争と金本位制度を制度的特徴とする自由競争段 階の資本主義(自由競争資本主義)を対象としていた(古典的景気循環)。方法論をめぐる論争に 対する、筆者自身のスタンスをあらかじめ明示しておこう。

1. 不均衡の累積化と暴力的調整化としての景気循環 恐慌と景気循環は抽象から具体への上向 体系のどの次元で説明すべきだろうか。『資本論』の世界は均衡化された世界での構造分析(価 値・生産価格法則の支配する「理想的・平均的世界」)であり、基本的には均衡化をもたらす側面 でしか競争は取りあげられていない。不均衡が累積化し、それが恐慌によって暴力的均衡化される 世界が景気循環の世界はであり、この景気循環運動によってはじめて価値・生産価格を成立する。

景気循環の世界では、価格運動や蓄積運動は不均衡を累積化させるがゆえに、恐慌の「必然性」が 生じてくる。宇野弘蔵は、恐慌論を「原理論」の世界(価値・生産価格の次元)で解こうとする立 場の代表であるが482、生産物需給に関しては価格の自動調整機能を想定し、唯一の不均衡は労働 力商品に限定してしまった(「実現論なき恐慌論」、部分理論)。『資本論』体系の内部において

「恐慌の必然性」や「基礎的論定」を与えようとする恐慌論は沢山提起されているが、『資本論』

は均衡を前提にした構造分析(価値・生産価格)の世界であり、恐慌・景気循環は不均衡が累積す る市場価格次元の世界である。筆者は、両体系を別個のシステムとして解明し483、景気循環論と して恐慌論を完結してうえで、両体系を上向体系として統一して叙述すべきである、と考えている

484

2. 「搾取」(生産)と「実現」(消費)の統合 景気学説は、需要サイドを重視する「過少消費 説」と供給サイドを重視する「過剰投資説」の二大潮流が対立してきた。マルクス派の恐慌論も同 じように、「搾取の諸条件」を重視する宇野派(「労働力商品の根本的矛盾」説)と、「実現の諸 条件」を重視する「実現恐慌説」(「生産と消費の矛盾」説)が対立している。しかしマルクス自 身は、「資本循環」(価値増殖過程)として両側面(過程)を共に重視していた、と筆者は解釈す る。「実現恐慌」論も「資本過剰論」も一面的であり、両サイドを同時に重視しようとする恐慌・

景気循環論が当然提起されてもきた485。筆者の立場もこの「統合」説である。マルクスも『資本

481 景気循環と恐慌の代表的な学説とその問題点については、拙著『景気循環論』青木書店、1984 年の第1・2章、参照。

482 宇野弘蔵『恐慌論』岩波書店、1953年(著作集第5巻)。

483 高須賀は、構造分析としての『資本論』体系と景気循環の体系の二つのサブシステムから経済

学体系を構想した。その最終的展望は前掲『鉄と小麦の資本主義』に示されている。

484 拙著『現代マルクス経済学』はこうした「上向法」体系によって展開されている。

485 富塚恐慌論は、第1部門の自律的・転倒的発展過程とその過程の背後で進んでいる「実質賃金 率上昇」との二律背反関係として両過程を統一しようとする恐慌論といえる。実質賃金率について は富塚とは反対に低下説を提起した置塩信雄の蓄積モデルも、統合説に属するといえる(置塩信雄

『蓄積論』筑摩書房、1967年)。またアメリカ・ラディカル派(マルクス派)のハワード・シャ

論』第3巻第15章で「搾取」(資本循環の第1幕)と「実現」(第2幕)に言及し、「実現の諸 条件」として有効需要について論じていた486。また好況末期の利潤率の急落(「資本の絶対的過 剰」)を素描していたが、筆者はこの過程を「利潤圧縮」過程として全面的に展開すべきだと考え てきた。筆者の蓄積モデルは、有効需要の視点から再生産表式を捉え直し、再生産の動態過程にお ける実質賃金(搾取)の動向を取り入れ、利潤率循環として「資本過剰」(過剰蓄積過程)を考察 している。

筆者は、『資本論』第3巻第15章では、利潤率の傾向的低下論としての資本蓄積の長期的展望 と好況期末の利潤率の急落諭(「資本の絶対的過剰生産」)とが、峻別されないままに同時にスケ ッチされている、と解釈している。利潤率の傾向的低下論の内的な展開として恐慌論を構想しよう とする人たちもいるが487、長期傾向法則と循環法則とを結びつけようとするのは論理次元を無視 した議論である。

3. 「恐慌の必然性」論か「恐慌の可能性を現実性に転化させる諸契機」論か 日本における恐慌 論研究者の多くは、「恐慌の必然性」を論証しようとしてきた。宇野弘蔵には「恐慌の必然性」と

「戦争の必然性」と「革命の必然性」を区別しようとする優れた着想があったが、「原理論」の世 界で恐慌を論証しようとして「恐慌の必然性」論を全面的に展開した。宇野恐慌論とは対極的な富 塚良三は「恐慌の基礎的論定」と「恐慌の周期性」の論証とを区別しながら、前者は「資本一般」

としての『資本論』の結論として与えようとした。「実現恐慌論」(「生産と消費の矛盾」論)の 井村喜代子も、第1部門の不均等的発展過程の限界として恐慌を論証しようとした点において、

「恐慌の必然性」に関しては宇野恐慌と変わりはない488

こうした研究潮流に対して久留間鮫造は、マルクス自身は「恐慌の可能性・現実性」という認識 であり、「恐慌の必然性」という概念は待ってく浸かっていないと指摘しながら、「恐慌の可能性 を現実性に転化させる諸契機」を明らかにすべきだと主張した489。筆者は、景気循環の数理モデ ルを作りそれを数値解析してみて、初期条件やパラメーターの大きさや好況期の実態の違いによっ て、恐慌を引き起こすさまざまな契機が存在することが判明した。したがって一義的な要因によっ て、「恐慌の必然性」を説くことは不可能である、と考えるようになった。従来の景気・恐慌学説 の多くは、一つだけの要因なり側面によって恐慌を説明しようとする点において、部分理論に終わ っているといわざるをえない。

4. 有効需要論視点からの再生産表式の展開―投資が利潤を決定する 現行『資本論』第2巻第3 篇の再生産表式分析は、「価値通りの販売」が前提におかれている。価値・剰余価値はすでに実現 していることを出発点として、社会的総生産物の価値的・使用価値的補填関係が分析され、年々の 蓄積と再生産と生産の拡大していく過程が考察されている。この考察次元のかぎりは、剰余価値し たがって利潤の大きさが投資額(蓄積額)を決定するようにみえる。しかし、この分析を一般化し て、剰余価値・利潤が投資を決定すると考えるのは誤りである。そもそも価値・剰余価値通りに実 現させる需要は、あらかじめ存在すると仮定されている。この「価値通りの販売」の前提を離れれ ば、需要がどこからどのようにして決定されるのかを考慮しなければならない。現実の世界におい ては、すでに期末には供給されている生産物に対して同じ期末に需要がどのように対応するかが決 定的に重要になってくる。蓄積(投資)需要によって生産手段への需要が決まり、技術的要因(資 本の技術的構成)によって労働力に対する需要も決まってくる。資本の動態過程分析にとって最大 限に重要な要因が資本蓄積(投資)であり、需要によって市場価格(販売価格)が決まり、次期の 生産拡大に回せる余剰生産手段・余剰生活手段にそれぞれの市場価格によって集計することによっ て利潤額が決定される。したがって、「価値通りの販売」の仮定のもとでは利潤→投資とみえる決 定関係は、価格次元では投資→利潤という決定関係になる。当然再生産表式分析を恐慌・景気循環

ーマンは需要サイド理論と供給サイド理論とを結合した「統合モデル」(「クルミ割り理論」・利 潤圧縮説)を提起した(Howard Sherman,Business Cycle,Princeton University Press,1991)。

486 『資本論』第2巻第3篇の再生産論と第3巻第15章での有効需要論とをマルクスは結びつけ て体系的に分析しなかったことは、マイケル・カレツキが指摘していた(Michal Kalecki,“The Marxian Equations of Reproduction and Modern Economics”,Social Science

Information,Vol.7,No.6)。

487 大谷禎之介・前畑憲子編『マルクスの恐慌論』桜井書店、2019年、第2篇の第17~19章(前 畑憲子執筆)と第20章(宮田惟文執筆)。

488 富塚良三『増補 恐慌論研究』未来社、1975年。井村喜代子『恐慌・産業循環の理論』有斐 閣、1973年。

489 久留間鮫造『マルクス経済学レキシコンの栞』No.7、大月書店、1973年。