第7章 現代の再生産過程
第 1 節 国民所得と再生産
周知のように、マルクスの『資本論』全3巻は、第1巻(第1部)はマルクス自身が完成させ たが、第2・3巻はマルクスの草稿をエンゲルスが編纂した。マルクスは、価値法則は生産価格法 則として実現することを認識していたし、第3巻第1・2篇では価値の生産価格への転化を論じて いる。しかし、それ以後の第3篇の利潤率傾向的低下法則論・第4篇の商業資本論・第5篇の信 用論・第6編の地代論は、生産価格ではなく価値・剰余価値を基礎として考察していた。しかし 生産価格が支配する資本主義経済においては、これらは生産価格・平均利潤を基礎にして展開し直 しておく必要がある359。マルクスが『資本論』第2巻で明らかにしている再生産論(再生産表式 分析)も「価値通りの交換」を前提にしているが、筆者は生産価格・「独占・非独占」価格・市場 価格の次元にまで再生産表式を具体化し、そこで価値・価格論を社会的総資本の流通の観点から展 開すべきだと考えてきた(価値・価格のマクロ的規定)360。本節では、価値・価格のマクロ的規 定を基礎にしながら、剰余価値(利潤)が分配されて国民所得となる過程を生産価格次元で再規定 しておこう。
第 1 項 三部門の価値表式
生産部門を労働手段・労働対象・生活手段に分割し、物量と価値量とを分離した再生産表式は、
第3章第1節第4項の記号を使えば以下のようになる(ωは労働者1人あたりの実質賃金率で、
各部門で同一とする)。
Ⅰ(労働手段) εF1t1+R1 t2+L1ωt3+L1(T-ωt3)=X1t1
Ⅱ「労働対象」 εF2t1+R2t2+ L2ωt3+L2(T-ωt3)=X2t2
Ⅲ(生活手段) εF3t1+R3t2+ L3ωt3+L3(T-ωt3)=X3t3
各部門の第1項は、固定資本の価値移転部分(固定資本の貨幣的補填額・減価償却費)、第2項 は流動不変資本の価値移転部分、第3項が可変資本、第4項が剰余価値である。表式において各 価値構成部分と総価値は供給額であるから、均衡・不均衡を論じるためには別個に総需要を規定し なければならない361。
剰余価値から追加的に労働手段・労働対象・労働力に回される物量を⊿で、資本家が個人消費 する生活手段の総量をΩとすれば、各生産物の需給均衡は以下のようになる(固定資本・流動不変 資本の価値移転部分に対応して現物補填され、労働者は貯蓄せず、賃金所得をすべて消費し支出 し、かつ「価値通りの販売」を仮定する)。
労働手段の需給均衡
X1t1=εF1t1+εF2t1 +εF3t1+ ⊿F1t1+⊿F2t1+⊿F3t1
労働対象の需給均衡
X2t2=R1t2+R2t2+ R3t2+⊿R1t2+⊿R2t2+⊿R3t2
生活手段の需給均衡
X3t3=L1ωt3 +L2ωt3+ L3ωt3+⊿L1ωt3 +⊿L2ωt3+⊿L3ωt3+Ωt3
となる。供給側も需要側にも共通して価値が掛けられているから通約すれば、均衡関係は物量関係 として表示される。すなわち、
359 マルクスの草稿はMG(マルクス=エンゲルス総全集)として出版されてきた。日本において も、大谷禎之介を中心として精力的に編集作業に協力し、その研究も進んでいる。現行『資本論』
第2・3巻はエンゲルス版であり、オリジナルなマルクスの思考を研究することはそれなりに有意 義である。しかし、マルクス自身が完成しないままに残された諸問題を完成させようとする試みは なされていない。
360 拙著『現代マルクス経済学』第1章1.4、第3章3.3、第7章、第9章9.2および9.5・9.6、参 照。
361 従来の恐慌論研究において、マルクス表式そのものを恐慌分析に応用しようとする研究がある が、マルクス表式が「価値通りの販売」を仮定していることを無視しており、誤りである。
X1=εF1+εF2 +εF3+⊿F1+⊿F2+⊿F3
X2=R1+R2+ R3+⊿R1+⊿R2+⊿R3
X3=L1ω +L2ω+ L3ω+⊿L1ω +⊿L2ω+⊿L3ω+Ω、となる。
このマルクス表式の展開した表式を成長論に組み替えれば、マルクス派成長論が展開できる362。 すべて貨幣次元に還元するマクロ経済学の成長論は一部門分割でしか展開できないが、マルクス派 成長論は労働過程論から出発して立体的な再生産構造を分析できる。
第 2 項 市場価格表式と生産価格表式
市場価格表示の再生産表式は以下のようになる(P:市場価格、w:貨幣賃金率、R:粗利潤 率)。価値表式のときと同じく、固定資本の貨幣的補填額(D)と現物補填額(R)は等しいと仮 定する。また、投下資本は再調達価格で評価している。
Ⅰ(労働手段) εF1P1+R1 P2+wL1+( F1P1+R1 P2+wL1)(R1-1)=X1P1
Ⅱ「労働対象」 εF2P1+R2 P2+ wL2+ ( F2P1+R2 P2+wL2)(R2-1)=X2P2
Ⅲ(生活手段) εF3P1+R3 P2+ wL3+ ( F3P1+R3P2+wL3)(R3-1)=X3P3
左辺の第1項から第3項までは減価償却費・原材料費・賃金であり、第4項は投下資本に利潤率 を掛けた利潤である。方程式が3つで、未知数も貨幣賃金率が与えられれば5つ(相対価格2つ と利潤率3つ)であるから、解は求められない。相対利潤率が確定すれば、相対価格と各部門の 利潤率が求められる。上式の利潤率が均等化している場合が生産価格体系であり、貨幣賃金率が与 えられれば相対生産価格と均等利潤率(一般的利潤率)が求められる。
利潤は追加的な労働手段・労働対象・労働力と資本家の個人消費に回されるから、価値表式の場 合と同じく、均衡関係は物量関係として価値表式の場合と同じくなる。独占資本主義のもとでは生 産価格が独占価格と非独占価格とに分裂しているが、販売価格と購買価格は一致しているから、や はり再生産の均衡関係は物量関係になる。「独占・非独占価格」体系のもとでの再生産表式はすで に第5章第1節第1項で規定したが、次節で再規定する。剰余価値の源泉はサープラス(余剰労 働手段・余剰労働手段・余剰生活手段)であり、それぞれに価値を掛けたものが剰余価値総額であ った。同じくこのサープラスに市場価格を掛けたものが利潤総額となる363。
第 3 項 商業資本と銀行資本の自立化と近代的土地所有の成立
剰余価値と利潤の源泉はともにサープラス(余剰労働手段・余剰労働対象・余剰生活手段)であ るが、産業資本の確立とともに流通過程と信用関係は商業資本と銀行資本が専門的に担うようにな り、産業資本の運動に適合的な近代的商業や近代的銀行業が自立化した。しかし流通労働や信用労 働は価値を生みださないから、商業や銀行業で使用する不変資本部分と商業労働者や銀行労働者に 支払う賃金部分も、社会全体で生産されたサープラス(利潤)の一部によってまかなわれる。商業 労働者と銀行労働者はともに商業資本と銀行資本に全収益(収入)をもたらすが、賃金として受け 取るものは労働力の再生産のために支出されるが、労働者がもたらした収益の残余は、不変資本の 補填や商業利潤や銀行利潤として商業資本や銀行資本に取得される。労働者がもたらした収益のこ の部分は労働者が取得せず、商業資本や銀行資本が取得しているという意味で、やはり商業労働者 も銀行労働者も搾取されている364。
さらに農産物や資源の生産には本源的生産要素である土地が必要不可欠であるが、資本は自然条 件たる土地を任意に作りだすことはできない。しかも土地は私的に所有されているから資本は、経 済法則に則って農産物や鉱山資源の価格を規定して、土地の使用料としての地代を土地所有者に支 払った365。
このようにして、資本が土地所有を包摂した確立した資本主義のもとでは、社会全体で生産され たサープラス一部はまず土地所有者に地代として分配され、その後に残った部分が産業資本・農業 資本・商業資本・銀行資本の間で分配され、競争の結果、それぞれの利潤率が均等化して生産価格 が支配するようになる。このようにサープラスの分配だけでなく、資源や労働力の分配も生産価格 法則によって実現するようになる。
362 再生産表式の二部門モデル(流動資本モデル)や本項で取り上げた三部門モデル(固定資本モ デル)の成長論への組み換えについては、拙著『景気循環論』第4章、拙著『現代マルクス経済 学』第7章7.3、を参照。
363 拙著『現代マルクス経済学』115~6頁、参照。
364 詳しくは同上書、第10・11章参照。
365 差額地代と絶対地代の説明は拙著『現代マルクス経済学』第14章、参照。
第 4 項 生産価格法則とサープラスの分配
生産価格法則の支配のもとで、産業・農業部面で生産されたサープラスの一部が商業資本・銀行 資本・土地所有に分配されて、近代的な商業利潤・銀行利潤・地代が発生した。この過程を具体的 に例解しておこう。銀行利潤はサープラス(剰余価値)から支払われる利子であることを明確にす るために、銀行は自己資本を基礎として信用を創造し産業・農業・商業資本に貸し付け、産業・農 業・商業資本は銀行からすべて借り入れると想定しておこう。産業・農業・商業・銀行資本は土地 所有者の土地を借用するから、それぞれ工業地代・農業地代・商業地代・銀行地代を支払う。サー プラスを生産するのは産業・農業部面であるが、産業・農業・商業・銀行資本はまず生産されたサ ープラス全体の中から、地代(差額地代と絶対地代)を支払った残りのサープラスを分配する。そ の結果、平均利潤率が各部面に成立する。
1.「1次的平均利潤」の生産と分配 まず、生産活動をする産業資本と農業資本で以下のように 資本が投下され、両部面での競争の結果利潤率が均等化し、平均利潤(Π)が形成されたとしよう
(「第1次的平均利潤率」は20%)366。 産業資本 8,000C+2,000V+2,000Π=11,000 農業資本 1,500C+500V+400Π=2,400
農業で発生する地代(差額地代と絶対地代)を257とし367、この農業地代を投下資本量に応じて 支払う(負担する)とすれば、「産業地代」200・「農業地代」40・「商業地代」8・「銀行地代
9」となる(商業と銀行業については後ほど説明する)。「1次的平均利潤」2,400からこの地代
257を控除した残りの利潤2,143が、産業・農業・就業・銀行資本の間で分配される。利子率は
4%とし、「最終的平均利潤率」は10%になるような分配関係を示しておこう。
産業利潤 産業資本は「1次的平均利潤」2,000から200の地代を支払い、400を商業資本に「販 売手数料」として支払い(安く売る)、投下資本の4%にあたる400を利子として銀行資本に払 う。残りの1,000が産業利潤となり、産業利潤率は1,000Π〳(8,000C+2,000V)=10%となる。
農業利潤 農業資本も「1次的平均利潤」400から40の農業地代を支払ったが、さらに投下資本 2,000の4%にあたる利子80を銀行資本に払い、商業資本に80支払う。残りの200が農業利潤と なり、農業利潤率も10%になる。
商業利潤 商業資本は銀行資本から414の資本を借入れ、300を不変資本に114を可変資本に投 下するものとしよう。産業と農業から支払ってもらった(安く買った)合計480でもって、不変 資本300を補填し114の可変資本を回収し、66の「1次的平均利潤」をひとまず獲得する。商業 労働者は、産業・農業労働が生産したサープラス(剰余価値)の一部分480から、不変資本の補 填・可変資本の回収・「1次的平均利潤」の獲得を商業資本家に可能とさせた。商業資本家は獲得 した利潤66から、商業地代8と利子17を支払う。これらは、第1次的に産業と農業から分配さ れたサープラス(剰余価値)からの再分配である。残りの41が商業利潤となり、商業利潤率は 10%になる。
銀行利潤 銀行資本は経営のために資本444を、不変資本300と可変資本144に投下し、「産業 利子」400・「農業利子」80・「商業利子」17の合計497(総貸付12,414の4%)の利子を獲得 した。この利子総額は、産業と農業と商業から支払われた。銀行資本は300で不変資本を補填 し、144の可変資本を回収し、残りの53が「1次的平均利潤」となる。そのうちの9を銀行地代 として支払えば、銀行利潤は44となり、銀行利潤率は10%になる。
地代 土地所有者は合計257の地代をえるが、その源泉は産業と農業で生産されたサープラス
(剰余価値)にほかならない。200と40で産業と農業で生産された生活手段を調達し、8と9で 商業サービスと銀行サービスに支払うとすれば、部門ごとの均衡が維持される。
以上の投下資本とサープラス(利潤)の生産と分配の関係をまとめると、以下のようになる。
産業資本
8,000C+2,000V+2,000Π(1,000産業利潤+400利子+400商業支払+200地代)=12,000 農業資本
1,500C+500V+400Π(200農業利潤+80利子+80商業支払+40地代)=2,400 商業資本
300C+114V+66Π(41商業利潤+17利子+8地代)=480 銀行資本
300C+144V+53Π(44銀行利潤+9地代)=497
366 以下の説明は、拙著『現代マルクス経済学』第16章16.1「生産価格法則と剰余価値の分配」
と基本的な内容は同じであるが、設例の数字と説明は若干異なる。
367 地代の額257は任意に与えている。