第 4 章。
第 4 節 資本蓄積と現代的貧困としての環境破壊
現代の環境問題(環境危機)全体については現代資本主義シリーズ第4部で考察することにし て、本節では環境危機の根底にある資本蓄積との本質的関係について考察する。
第 1 項 古典的貧困と現代的貧困
マルクスの論定した「資本蓄積の一般法則」としての「富と貧困の両極的分解」化傾向は、現代 資本主義においても、一握りの億万長者への富の蓄積と周辺部の発展途上国での「絶対的窮乏化」
(栄養不足・飢餓・難民生活など)と先進中心国での「精神的貧困」として貫徹している。中心資 本主義国においても、恐慌や失業による貧困化は依然として持続しているが、こうしたいわば「古 典的貧困」と同時に、現代では地球規模での環境破壊による「新たな現代的貧困」が発展途上国や 中心国の内部の「内的植民地」を、集中的に襲っている592。世界的に「格差と貧困」と「環境破
588 『経済』2007年5月号<総特集 世界の多国籍企業>、6頁。
589 同上雑誌、6頁。
590 新藤榮一『アメリカ帝国の終焉 勃興するアジアと多極化世界』講談社現代新書、2017年2 月、145~9頁。
591https//detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/question_detail/q1015976915?,http://www2.ttcn.ne.jp/ho nkawa/5409.html,https://forbesjapan.com/articles/detail/12276.
592 環境破壊の内容については、拙著『エコロジカル・マルクス経済学』補論1のⅤ、参照。
壊」は最大の課題として認識されているが593、二つの貧困は別々の問題ではなく、「グローバル 資本蓄積」が同時にもたらしている表裏の関係にある。こうした資本蓄積の両面作用として、経済 危機と環境危機を結びつけて考察しなければならない。
第 2 項 唯物史観とエコロジー
5941.マルクス=エンゲルスのエコロジー観 マルクス=エンゲルスは『資本論』において、資本蓄
積が労働力や土地を疲弊させ破壊することを鋭く告発していた。彼らは現代の環境経済学の元祖で あったと評価していいが、経済学批判プラン中の賃労働や土地所有の特殊的研究はしなかったし、
資本蓄積が環境に与える影響を体系的には理論化しなかった。また彼らは、20世紀の科学産業革 命によって生みだされた原子力・エレクトロニクス・合成物質などの環境破壊を知らなかったし、
環境破壊がカタストロフィー的な影響を全人類におよぼす以前に、共産主義が実現するだろうと楽 観的に考えていた595。第2次世界戦争を契機として開発された原子力の軍事的利用(原子爆弾)
と平和的利用(原子力発電)は、環境危機をカタストロフィー的破滅の危険性にまで飛躍的に高め てしまった。エコロジー論や公害・災害論として体系的に解明することが求められている。しかし 同時に、マルクス―エンゲルスのエコロジー論は当然継承されなければならない。
生態系にはバランス(均衡)とサイクル(循環)があるのに、それを破壊してきたところに環境 破壊が生じている。唯物史観(弁証法的唯物論)を提起したマルクス=エンゲルスは、このことを 正しく認識していた。エコロジー論者のなかでの通説的なマルクス解釈は、「生産力の資本主義的 発展は生産の自然的制約を完全に克服することを可能にし、人間の完全な自然支配に向っての資本 主義の拡張的・合理的推進の延長として資本主義を構想した」との解釈は、間違っている。マルク スとエンゲルスは、資本主義が社会主義の物質的基礎を作りだすとは考えていたが、自然を意識 的・合理的に制御できるためには、資本主義そのものを廃絶しなければならないと考えていたし、
ましてや自然を支配できるなどとはまったく考えていなかった。
2.自然と人間との物質代謝 人間は自然の一部であり、その生命は自然との物質代謝によって保
証されている。これこそが、マルクス=エンゲルスの根本的出発点であった。労働において人間は 自然力でもあり、労働力も自然素材である596。また物質代謝と生命活動との関係は、「有機的な 物質代謝が生命のもっと見一般的なまた最も特徴的な現象」であり、「生命とは蛋白体の存在の仕 方であって、その本質的な契機はその周囲の外的自然との普段の物質代謝」にあると述べている
597。そしてエンゲルスは、「自然の支配」という考えは人間の傲慢さの結果であり、そうして行 動すれば自然によって復讐されるだろう、と警告していた598。
3.富の母としての大地 マルクスたちは、労働価値説の元祖ウィリアム・ペティを踏襲して、素
材的富の父は労働であり、土地はその母であるとした599。その母なる大地を土地所有者は子ども から奪い取ってしまい、「大地の子供らが生い育ってきた母親のふところから引き離し、こうし て、その本性上直接的な生活源として現れる土地耕作までも、社会的な諸関連にまったく依存する 媒介された生活源に転化」600させてしまった、と批判している。
4.資本主義による労働力と土地の破壊 マルクスたちは、資本主義が農業・林業・都市生活を破
壊していることを早くから見抜き、告発していた。マルクスは『資本論』において、資本主義が労
593 イギリスのBBC放送の国際世論調査(2009年6~10月)によると、「世界で最も深刻な問 題」は何かという問いかけに対して、「極度の貧困」が71%、「環境・汚染」が64%、「食料・
エネルギー価格の上昇」が63%、「テロ・人権・感染症」が59%、「気候変動」と「世界経済情
勢」が58%、「戦争」が57%、という回答だった。
594 本項は、拙稿「原発事故の経済学的考察」『唯物論』87号(2013年11月)の二を書き改め た。
595 Paul Berkett,Marx and Nature:A Red and Green Perspective,NY:St.martin’s Press,1999,p.129.
596 カール・マルクス『資本論』第1巻、第二分冊、304頁、365頁。
597 フリードリッヒ・エンゲルス「反デューリング論」・「自然弁証法」『マルクス・エンゲルス 全集』第20巻、603~4頁。
598 フリードリッヒ・エンゲルス「サルから人間への移行における労働の役割」(岡崎次郎訳『世 界の大思想』Ⅱ-5、河出書房、382~3頁。
599 マルクス『資本論』第1巻、第1分冊、73頁。
600 マルクス「1857-58年の経済学草稿Ⅰ(翻訳委員会訳『マルクス資本論草稿集』一、大月書 店、1981年)330~1頁。
働力と土地を破壊してきたとして、「資本主義的生産は、すべての富の源泉すなわち土地及び労働 者を同時に破壊することによってのみ社会的生産過程の技術および結合を発展させる」601、と論 述している。資本主義経済の至上命令は利潤率を確保することであり、その有力な方法の一つとし て「不変資本充用上の節約」があるが、それは労働者の健康や生命を脅かす。「この節約は、資本 家のことばでは建物の節約と呼ばれる。狭くて不健康な場所への労働者の過密な投入、同じ場所へ の危険な機械設備の押し込み、および危険防止諸手段の怠慢、その性質上、健康に有害であるか、
又は鉱山でのように危険と結びついているかする生産過程における予防策の不履行等におよんでい る」602、と告発していた。
第 3 項 恐慌と環境破壊
603資本主義経済システムは、好況期に過剰蓄積化して恐慌を引き起こす「恐慌を内在したシステ ムであると同時に、恐慌・不況期に過剰資本を破壊して均衡を達成し、資本蓄積の諸条件を再建し ていく「恐慌に依存したシステム」であった。恐慌は、競争を激化させ効率向上と費用削減を強制 し、労働日の延長と労働強化を強いて労働者への「経済的暴力」と「肉体的搾取」を強化する。同 時に環境費用の負担を回避するから、環境を破壊する。資本蓄積条件を改善するために技術の近代 化をはかるから、ハイテク汚染などの新しい環境悪化をもたらす。恐慌はまた資本の回転時間の短 縮を強制するから、売る商品の環境と健康への影響や都市環境やインフラの持続性に対して、資本 は異常なまでに無関心となる。資本蓄積は自然界のバランスとサイクルを破壊するが、恐慌はそれ らと異なった厳しい環境破壊を集中的に強制する。ある具体的時点においては、両タイプの自然破 壊が複合化するし、また地域・産業ごとに不均等になる。
自然は「資本の生産条件」でもあるから、環境危機そのものが恐慌の引き金となりうる。正常な 市場需要が引き起こす原料不足、高地代、過密化による費用、エネルギー・コストの上昇などによ って、資本蓄積が困難化して、恐慌の原因となる。19世紀の綿花恐慌や1970年代の石油ショッ クがその典型である。労働現場や都市などでの環境運動が強ければ、恐慌をさらに激化させる可能 性もある。こうした生産条件や生活条件を守ろうとする闘いは、資本のコストを上昇させ、資本の 伸縮性と自由を低下させる効果もある。
かくして、資本蓄積・恐慌・環境破壊は相互規制関係にある。こうした相互規制関係は「グロー バル資本主義」のもとでも起こっている。1980年代の発展途上国の累積債務は、南の世界の環境 を悪化させたし、環境悪化は貧困を深め広げて、さまざまな政治的抵抗を生みだした。この環境悪 化と貧困の深化は債務危機を深める。社会運動や政治次元においても、経済危機としての恐慌と環 境破壊との間には相互規定関係がある。さらに、資本が環境維持の費用を自己で負担せずに外部経 済化させつづけ、自らの生産条件を過小評価したりしていれば、それは資本主義自体の自己否定と なる604。
第 4 項 資本蓄積と環境破壊
資本の行動は利潤原理であり最大限に自己増殖することを至上命令とするが、自然はバランスと サイクルによる自然法則にもとづいて自己を組織し再生産する。この衝突こそ自然破壊の根底にあ る605。資本蓄積のテンポ(経済成長)と環境破壊とのあいだにも深い関係がある。「自然の生産 性」は資本自らを制限するから、資本にとっては「克服すべき障害」でもある。経済の成長期には しばしば資源需要が高まり、資源不足は原料価格を騰貴させ利潤率を低下させる。これに対処する ために資本は、新しい金属や化石燃料や耕作地を開発するための設備投資やインフラ投資をした り、リサイクルや代替物の利用・再利用を追い求める。もし規模の経済が働き原料価格が低下すれ ば高利潤となり、より一層の原料需要が起これば資源の急速な悪化と枯渇をもたらす。すなわち、
原料価格が安ければ、蓄積率(経済成長)と資源の悪化・枯渇の率は高くなる。原料が高ければ、
コストを低下させるかより効率的に使用する方法を開発しようとして資本が投下されるが、それは 新しい環境破壊を引き起こす606。
601 マルクス『資本論』第1巻、第3分冊、876~9頁。
602 マルクス『資本論』第3巻、第8分冊、146~8頁。
603 第3項から第5項は、拙著『エコロジカル・マルクス経済学』第4章第3節を書き改めた。
604 James O’Cnnor,Natural Causes,p.178,pp.182-4.
605 Paul M.Sweezy,“Capitalism and the Enviroment”,Monthly Review,June 1989,pp.7-9.
606 James O’Cnnor,Natural Causes,pp.181-2.