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「支配的資本」としての金融資本

第5章 株式会社―現代の資本機能

第 4 節 「支配的資本」としての金融資本

最近のマルクス経済学では「グローバル資本主義論」がさかんに論じられるようになってきた が、ともすれば従来からの独占資本主義論や国家独占資本主義論が軽視されているように筆者には 感じられる。そもそも「グローバル資本主義」の段階的規定があいまいであったり、世界資本主義 規定としての「グローバル資本主義」の国内体制との関連がほとんど考慮されていない。なかには

「グローバル資本主義」になることによって、現代資本主義は国家独占資本主義や独占資本主義で はなくなったかのように主張する論文も見られる。これでは、21世紀初頭の現代資本主義の歴史 的位置(歴史的位相)を明らかにする課題に答えることはできない。本節では、ヒルファディング

290 同上書、224頁。

291 アドルフ・バーリー=ガーディナー・ミーンズ著、北島忠男訳『近代株式会社と私有財産』文 雅堂書店、1958年。

292 同上書、105~8頁、および「日本版への序文」。

293 宮崎義一『戦後日本の企業集団』日本経済新聞社、1976年、292~7頁。

294 同上書、297頁。

やレーニンに戻って金融資本概念を明確にして、現代でもこの概念は有効性をもっていることを確 認する。

第 1 項 金融資本概念―ヒルファディングとレーニン

20世紀初頭の資本主義の世界的かつ国内的な構造変化を目撃して、二人は帝国主義・独占資本 主義の支配的資本を金融資本と規定したが、両者の規定は異なっていた。その後のマルクス経済学 では金融資本の概念をめぐって論争がある。それらはヒルファディング規定とレーニン規定のなか でのさまざまなバリエーションであったが、本書ではレーニン規定を採用する。

ヒルファディングは金融資本を次のように定義した。「産業の資本のますます増大する一部分 は、これを充用する産業資本のものではない。彼らは銀行を通じてのみ資本の処分権を与えられ、

銀行は彼らに対して所有者を代表する。他面、銀行はその資本のますます増大する一部分を産業に 固定せざるをえない。これによって、銀行はますます大きき範囲で産業資本家となる。かような仕 方で現実には産業資本に転化している銀行資本、したがって貨幣形態にある資本を、私は金融資本 と名づける。・・・銀行資本によって支配せられ産業資本家によって充用される資本である。」

295として、金融資本を銀行資本としている。レーニンは、このヒルファディングの定義は、生産 の集積が独占を導き出すほどに進展しているという最も重要な契機の一つが指摘されていないかぎ り不完全である、と批判した。そして金融資本をつぎのように定義した。「生産の集積、そこから 発生する独占、銀行と産業との融合或いは癒着―これが金融資本の発生史であり、金融資本の概念 の内容である。」296

ヒルファディングは当時のドイツでの銀行の強力な支配を眼にして定義したのだろうが、その後 の進展をみると必ずしも銀行支配が貫徹してはいないし、産業独占が支配的な企業集団も存在して いる。アメリカ資本主義を実証分析したポール・スウィージーは、銀行支配とはいえないとしてヒ ルファディング規定を放棄し、独占資本主義の「支配的資本」を「独占資本」と規定した297。ヒ ルファディング規定の放棄は正しいが、「独占資本」概念は産業独占であり、それが銀行独占と融 合・癒着して企業集団化しているのが金融資本概念である。独占資本だけの規定では、金融面から の支配がドロップしてしまう恐れがある。したがって本書でもレーニン規定にしたがって、「銀行 独占と産業独占との融合・癒着」関係として定義する。戦前の日本の財閥や戦後の企業集団や、ア メリカ合衆国の利益集団や「産軍複合体」が、金融資本の具体的な存在形態である298。以下、戦 後日本の企業集団としての金融資本が、政・官財複合体として金寡頭制を形成している実態を紹介 しよう299

第 2 項 戦後日本の金融寡頭制

日本の金融資本(独占的大企業)は、高度成長の初期にすでに強化な企業集団として復活して いた。宮崎義一の研究によれば、国家資本系(43社)、長期信用銀行系(21社)、巨大産業系

(21社)、三菱系(30社)、住友系(30社)、第一銀行系(15社)、富士安田系(18社)、三 和銀行系(9社)、大和銀行系(5社)、日本勧業銀行系(6社)、その他の系列(5社)、外国 資本系(8社)であった。企業集団を形成しない独占的大企業も存在し、株式集中型(19社)と

295 ヒルファディング『金融資本論』中、97頁。

296 レーニン『帝国主義論』78頁。

297 ポール・スウィージー著、都留重人監訳『歴史としての現代』岩波現代叢書、1954年。なお スウィージーの金融資本否定論を紹介し検討した文献として、森岡孝二「金融資本論争―スウィー ジーの金融資本否定論をめぐって」『現代経済論争』(講座:現代経済学5)青木書店、1981 年、参照。

298 戦後日本の企業集団としての金融資本については、拙著『戦後の日本資本主義』桜井書店、

2001年、第1章、参照。宇野理論を継承する研究者の多数は、宇野弘蔵の経済政策論が著しく金 融資本の内容的説明がヒルファディングに傾斜していることまで継承して、ヒルファディング規定 に近い金融資本概念を使っている。これに対してたとえば、野田弘英「独占・金融資本の理論」

(鶴田・長島編『マルクス経済学と現代資本主義』桜井書店、2015年、第7章)は、「独占資本 の高次の発展形態としての金融資本」と定義してレーニン規定を継承している。

299 次項は、拙著『戦後の日本資本主義』の第8章第1節第3項と第1章第5節第1項を書き改め た。

自己金融型「56社」と分散調達型(18社)の計93社にすぎず合計327社の28%にすぎない300。 圧倒的に多くの独占的大企業は企業集団に属していた。

すでに1962年度の製造業全体において、資本金10億円以上の企業422社(全法人の0.3%)

が従業員の26.0%・有形固定資産の61.5%・当期純利益の52.8%を占めており、強固な独占体制 が確立していた。そして企業集団に属する独占的大企業は、全資産を全産業で35.5%、重化学工

業で83.6%を支配いた(1960年度)301。前節で考察したように、独占的大企業と企業集団は永久

的存続機関であり、「通過集団」としての少数エリート経営者たちが、その人格化であり経済界全 体の要求を決定していた。経済力を支配した金融資本は、すでに20世紀初頭にヒルファディング やレーニンが分析したように、その経済力を基盤として政治・社会・軍事・教育研究のリーダーた ちとの結合関係を形成した。金融資本を中心として金融寡頭制が確立するが、戦後日本においても 高度成長前期において再確立していた。政治体制のなかに天皇制が存続し、閨閥関係によっても結 合を深めているのが日本的特質であるといえる。

20世紀初頭の金融寡頭制と現代の政・官・財複合体制との違いはどこにあるだろうか。第2章 で考察したように、アメリカ合衆国では強固な産軍複合体制が存在するが、日本においては、平和 憲法の存在によって、軍部(自衛隊)と軍需産業の融合・癒着関係はアメリカほどではない。しか し現在の安倍政権は、「安保法制」(戦争法制)を国民の反対意見と反対運動を無視して暴力的に 成立させた。そして集団的自衛権のもとでの自衛隊の海外派兵が可能となったばかりか、憲法を改 正して、自衛隊を国防軍としての軍隊にしようと虎視眈々とチャンスを狙っている。第1章で考 察したように、戦後の国家独占資本主義では国家の役割が飛躍的に増大した金融寡頭制支配はより 強化された。政・官・財複合体制としての財界と政界と官僚界(行政機関)は次のような複合体制 を形成している。

経済力を支配する財界(独占的大企業、企業集団、財界の全体組織である日本経済団体連合・経 済同友会・日本商工会議など)は、直接・間接のルートを通じて保守政権を中心とした政党(自由 民主党)に政治献金をする。選挙の時には企業ぐるみの投票が組織され、アングラではさまざまな 賄賂資金が提供される。また、バブル期の証券スキャンダルによって暴露されたように、政治家や 政党の政治資金を増殖させることを企業(大証券会社)そのものが援助している。

見返りとして政界が財界に提供する利益は、国家独占資本主義のもとで支配的となった金融・財 政政策や長期経済計画によって提供する。第1章で考察したように、国家は資本の価値増殖運動 の全過程において独占的大企業を援助する。国家支出が飛躍的に増大して、バラマキ政治を作りだ し、「土建国家」を出現させる。バブル崩壊後の不良債権問題を深刻化させた要因一つは、このよ うな日本特有の政界と財界との癒着関係であった。行政を実行する各省庁は財界と政界とのパイプ 役を演じる。行政指導の名のもとに独占的大企業への全体的なガイドラインを提示し、業界全体の いわば「護送船団方式」による誘導をする。こうした行政的指導とは別に、政府機関は独占的大企 業に融資関係・税制関係・特別償却制度などの優遇処置を講じてきた。財界が官僚たちに与える見 返りは、政治家に対してと同じく賄賂の提供であり、さまざまに資産保護(証券会社による損失補 填など)であり、官僚の天下り先の提供である。政界が官僚に与える見返りは、官僚人事であり官 僚の政界への転身である。

市民社会から生まれ市民に奉仕すべき国家は、市民社会が資本主義社会となったことによって資 本制国家となった。第1章で考察したように、国家は階級支配機能と共同管理機能との二重機能 を果たしてきた。この二重機能は金融寡頭制のもとでも機能してきたが、日本的特徴はさきに指摘 したように、平和憲法を守ろうとする象徴天皇の存在と閨閥関係である。しかし、こうした日本的 な政・官・財の融合・癒着体制が、バブルの形成とその崩壊過程を長期化させ、バブル崩壊後の国 際的信用の失墜をもたらした。さらに21世紀初頭の現在では、新自由主義がもたらした「格差と 貧困」の深化と世界的な金融危機によって、市民社会との対立を深めてしまっている。こうした現 時点での金融寡頭制支配の限界については現代資本主義シリーズの第4部で総括的に考察した い。

第 3 項グローバル資本主義下の企業集団の再編過程

日本の企業集団は、1950年代後半の高度成長の初期にすでに確立していたが、1980年代以降の グローバリゼーションの進展とバブル崩壊後の長期停滞によって再編が進んでいる。現代日本経済 研究会は、2000年前後の産業・金融の再編過程を以下のようにまとめている。まず金融機関は、

金融のグローバル化のもとで真っ先に再編成が進んだ。都市銀行間では、東京三菱銀行・三井住友

300 宮崎義一『戦後日本の企業集団』348~51頁。

301 同上書、240~1頁、292頁。