第 9 章 主要投資インセンティブ(奨励ゾー
3. 進出先としてのタイに関する企業の見方
日系企業は、事業展開先としてタイをどのようにみているのであろうか。既に海外への 進出経験のある企業を対象として国際協力銀行が行ったアンケート調査によると、図表 21‑1のように、2011年度調査では、タイはベトナムを逆転し、中国、インドに次いで3番 目に位置付けられ、3割強の企業が今後3年程度を見通した場合の有望事業展開先国として 挙げている29。BRICs をはじめ、その他新興国が台頭しつつあるものの、タイは有望な進 出先として企業の注目を集めている。
図表 21‑1 中期的に見て企業が進出先として有望と考えている国・地域
有望事業展開先国 回答企業数
(社)
構成比
(%) 有望事業展開先国 回答企業数
(社)
構成比
(%)
1位 中国 399 77.3 中国 369 72.8
2位 インド 312 60.5 インド 297 58.6 3位 ベトナム 166 32.2 タイ 165 32.5 4位 タイ 135 26.2 ベトナム 159 31.4 5位 ブラジル 127 24.6 ブラジル 145 28.6
〃 インドネシア 145 28.6
6位 インドネシア 107 20.7
7位 ロシア 75 14.5 ロシア 63 12.4
8位 米国 58 11.2 米国 50 9.9
9位 韓国 30 5.8 マレーシア 39 7.7
10位 マレーシア 29 5.6 台湾 35 6.9
〃 台湾 29 5.6
順位
2011年度 調査結果 2010年度 調査結果
(出所)JBIC「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告」(2011年度調査)より作成
(2) タイを有望視する理由と企業が指摘する課題
タイを進出先国として有望視している企業にその理由を尋ねると、6割近くの企業が「マ ーケットの成長性」を挙げている(図表 21‑2)。「安価な労働力」も4割超の支持を受けて
29 海外現地法人を3社以上(うち、生産企業1社以上を含む)有している製造企業を対象に、
中期的(今後3年程度)に有望な事業展開先国として上位5ヵ国を挙げてもらっている。調
いるが、最低賃金の上昇を受けて、2010年度調査(44.7%)から比率は若干低下している。
一方、「組立メーカーへの供給拠点」(31.8%→33.3%)や「第三国輸出拠点」(27.3%→33.3%)
を理由に挙げた企業が3社に1社の割合にのぼり、その他アジア諸国市場への販売に向け た供給拠点としての役割を期待されていることが分かる。
図表 21‑2 タイを有望視する理由
中国 インド タイ ベトナム
1 現地マーケットの
今後の成長性 82.3% 現地マーケットの
今後の成長性 90.5% 現地マーケットの
今後の成長性 58.5% 現地マーケットの 今後の成長性 70.5%
2 現地マーケットの
現状規模 46.4% 安価な労働力 39.6% 安価な労働力 41.5% 安価な労働力 63.1%
3 安価な労働力 32.8% 現地マーケットの
現状規模 24.4% 組立メーカーへの
供給拠点として 33.3% 優秀な人材 21.5%
第三国輸出拠点
として 33.3%
(注)比率は、当該国を有望視している企業のうち、その理由として該当項目に回答した企業の割合。
(出所)JBIC「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告」(2011年度調査)より作成
一方、タイを進出先国として有望視する企業も、タイに投資する上での課題を指摘して いる(図表 21‑3)。特に、「治安・社会情勢が不安」と回答した企業は半数近くを占める。
2010年上旬の反政府抗議行動や非常事態宣言の発令等が影響し、2010年度調査(50.0%)
に引き続き、課題に挙げる企業が多い。その他、「労働コストの上昇」や「他社との激しい 競争」を懸念する企業も 3 割以上を占めている。中でも「労働コストの上昇」は、最低賃 金が引き上げられた結果、2010年度調査(25.0%)から大幅に上昇した。他方、その他の 諸国にみられるような「インフラが未整備」、「法制の運用が不透明」等のハードとソフト のインフラに関わる課題の指摘は少ない。
図表 21‑3 企業が指摘するタイが抱える課題
中国 インド タイ ベトナム
1 労働コストの上昇 74.0% インフラが未整備 47.8% 治安・社会情勢が
不安 45.1% インフラが未整備 44.6%
2 法制の運用が不透明
(頻繁な変更等) 59.9% 他社との厳しい競争 38.0% 労働コストの上昇 38.3% 法制の運用が不透明 (頻繁な変更等) 34.7%
他社との厳しい競争 38.3%
3 他社との厳しい競争 55.5% 法制の運用が不透明
(頻繁な変更等) 31.0% 労働コストの上昇 28.9%
(注)比率は、当該国を有望視している企業のうち、その国の抱える課題として該当項目に回答した企業 の割合。
(出所)JBIC「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告」(2011年度調査)より作成
4.2011 年の洪水の影響 (1) 2011 年の状況
2011年8月からの豪雨により、タイでは77都県中63都県で洪水が発生した。洪水の被 災者は、2012年1月時点で800人以上に上った。特に被害が大きかったのが中部アユタヤ 県とパトムタニ県で、2011年10月に同地の工業団地7つが軒並み浸水し、入居企業約800 社(日系 450 社)が被害にあった。バンコク中心部への浸水は免れたものの、バンコク近 郊の工業団地でも一時警戒を要する場面があった他、主要空港の一つであるドンムアン空 港が冠水する等の深刻な事態となった(図表 21‑4、21‑5)。
世界銀行は、2011年のタイの洪水被害・損失を、約1.4兆バーツと算定している。また、
国家経済社会開発庁(NESDB)の試算によれば、洪水被害により、タイの実質GDP成長 率は当初予測の+3.8%から+0.1%へと押し下げられた。特に第4四半期の成長率は、前年同 期比-9%と大幅に低下した。国内のサプライチェーンが分断されたため、主要産業である自 動車、電機・電子産業が生産減を余儀なくされ、輸出が落ち込んだ影響が大きかった。
図表 21‑4 浸水被害の跡
(出所)大和証券(ロジャナ工業団地[アユタヤ]:2012年3月13日)
浸水の跡
図表 21‑5 被災した工業団地
出所:Google map、JETROより大和証券作成
サハ・ラタナナコン工業団地 浸水日 :2011/10/4 排水完了日 :2011/12/4 ロジャナ工業団地 浸水日 :2011/10/9 排水完了日 :2011/11/28
ハイテク工業団地 浸水日 :2011/10/13 排水完了日 :2011/11/25
バンパイン工業団地 浸水日 :2011/10/14 排水完了日 :2011/11/17
ナワナコン工業団地 浸水日 :2011/10/17 排水完了日 :2011/12/8
バンカディ工業団地 浸水日 :2011/10/20 排水完了日 :2011/12/4 バンチャン工業団地
11/6日に一部工場で浸水発 生
ラッカバン工業団地
ジェモポリス工業団地
バンプリ工業団地
ウェルグロー工業団地
バンプー工業団地
ファクトリーランド工業団地 浸水日 :2011/10/15 排水完了日 :2011/11/16
洪水発生工業団地
一部浸水発生/
警戒を要した工業団地
(出所)大和証券より作成
産業別にみると、今回の洪水により最も大きな被害を受けたのは、中部地域に集積して いた電機・電子産業と自動車産業であった。中部地区では、チャオプラヤ川の勾配が緩や かなことから、水が長期間に亘り留まり、アユタヤのロジャナ工業団地では排水が完了す るまでに約1ヵ月を要した。
電機・電子産業に属するHDDは、タイが世界における生産の半分を占めている。中部に 進出していた米HDDメーカー大手のWestern Digital社や東芝が被災し、操業停止に追い 込まれたため、HDD の生産に大きな影響が出た。各社が生産停止に追い込まれた翌月 11 月のタイのHDD生産台数をみると、前年同月比で-80%となり、世界全体のHDD生産量 も-50%減少した(図表 21‑6)。その結果、世界各地でHDDの価格高騰等の影響が出た。
一方、自動車産業では、アユタヤのロジャナ工業団地に入居しているホンダが、メーカ ーとして唯一直接被害を受けた。その他の製造メーカーは直接の浸水被害を免れたが、サ プライヤーの被災等により部品の供給が滞ったことから、2011 年 10 月から年末にかけて 操業を停止した企業もある。その結果、2011年の日系上位3社の自動車販売台数シェアが、
前年比で1割程度低下する等の影響が出た。
しかし、自動車の生産台数は洪水後に急回復を遂げ、2012年3月には洪水前の水準を回 復し、5月には単月で初めて20万台を超えた。さらにタイ工業連盟は、2012年の乗用車生 産台数が初めて200万台を突破すると予測している(図表 21‑7)。
図表 21‑6 HDD 生産台数の推移(タイおよびその他諸国)
0 10,000 20,000 30,000 40,000 50,000 60,000
10/01 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 11/01 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 12/01 2 3 4 5 6
(千台) タイ その他諸国
洪水の影響
(注)その他諸国は、シンガポール、マレーシア、フィリピン、中国、韓国を指す。
(出所)テクノ・システム・リサーチより作成
図表 21‑7 タイの自動車生産台数の推移
1 7 2
8 9
1 7 4
4 9 2 4
2 1 3 2 0 6 2 0 8
0 50 100 150 200 250
10/01 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 11/01 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 12/01 2 3 4 5 6 7
(千台)
東 日 本 大 震 災 タ イ 大 洪 水
単 月 で 初 の 2 0 万 台
(出所)Automotive Industry Clubより作成
(2) 日系企業の対応
洪水被害の後、日系企業の中にはタイから撤退した企業があるものの、全体的には同地 で再開する企業が多かった。バンコク日本人商工会議所が実施した調査によれば、直接被 災した企業 48 社のうち 85%が同じ場所で再開、25%が国内の他の場所で再開すると答え ている(図表 21‑8)。
日系企業のうち、洪水で被災した企業には、バンカディ工業団地の、ソニー(デジタル 一眼レフカメラ)、東芝(半導体、家電)、ハイテク工業団地の、キヤノン(プリンタ)、HOYO
(眼鏡レンズ)、ナワナコン工業団地のパナソニック電工(熱交換器)、カシオ計算機(時 計)、ロジャナ工業団地のホンダ(自動車)、日本電産(HDDモーター)等がある(図表 21‑9)。 直接被害が大きかった企業をみると、電機・電子部品関連が多い。
図表 21‑9に示すとおり、被災した企業によって洪水後の対応は異なっている。タイから 撤退した企業には、住友金属鉱山(ロジャナ工業団地)、三洋半導体(同)、アピックヤマ ダ(同)等がある。撤退の理由として、被害額が甚大であること、復旧までの時間が相当 程度かかること、主力の取引先が閉鎖・移転したことが挙げられている。日本電産は、タ イに 3 つある製造拠点の生産計画を変更し、中国やフィリピンへ生産をシフトさせること で、タイでの生産依存度を下げることを計画している。
上記のように撤退事例はあるものの、タイからの撤退は当初予想された程多くはなかっ た。被害が大きかったアユタヤ県であっても、同地での生産を再開させた企業が多く、そ の理由としては、各地で難しくなっている従業員の確保、再建まで時間がかかること、産 業集積が進んでいる点が挙げられている。
また、アユタヤから撤退しないまでも、生産拠点の一部をその他県に移設・新設するこ とでリスク分散を図る企業もある。移設の際には、地盤が比較的堅いラヨン県、チョンブ リ県の工業団地への移設が多い。新たに進出する企業においても、洪水の影響を考慮し東 部へ進出する企業が多いため、同地では地価が上昇している。アマタシティ工業団地(ラ ヨン県)では開発以来値上げをしていなかったが、2012年1月より1ライ(1,600㎡)あ たりの料金を1割程度値上げしている。
その他、東部プラチンブリの 304 工業団地等はこれまであまり注目されていなかったが 周辺に大きな河川がないこと等から、キヤノン、東芝等が新工場を設立している。この他、
カシオ計算機は、東北部のナコンラチャシマに新工場を建設している。