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第 9 章  主要投資インセンティブ(奨励ゾー

2.  タイへの投資に当たっての留意点

  歴史的にみても、タイは日本と同様、植民地化されることなく独立を保った国で、クー デター等数度に亘る政権の交代の中でも、国王を戴く立憲君主制を維持してきている。

  タイの国民は圧倒的多数が敬虔な仏教徒であり、2004年以来タイ南部において発生して いるイスラム過激派によるテロ事件の他は、大きな宗教的な軋轢もなく安定している。

  しかし、2006年のタクシン政権の崩壊以降、政治・社会の混乱が続いている。近年、タ クシン元首相を支持する反独裁民主戦線(UDD、赤シャツ)、および反タクシン元首相派の 民主化市民連合(PAD、黄シャツ)の対立が生じているが、これらはバンコクを中心とす る都市住民と農村住民の経済格差という根深い問題が背景となっている。

  民主党のアピシット前政権下においては、2010年5月に治安部隊とデモ隊が衝突し、放 火等でバンコクの商業施設の一部が焼け落ちたり、スカイトレイン(BTS)やバス等の公 共交通機関が運航できなくなり、市民生活に大きな影響が出た。2010 年 12 月の非常事態 宣言解除後も各地で反政府デモが繰り広げられ、任期切れを待たずに内閣は解散した。

  2011年7月の総選挙にて新政権が発足して以降は、以前のような抗争は起こっていない。

しかし、新政権は、選挙公約に掲げた2007年憲法の改正に向けた動きを進めており、これ に対し民主党を始めとする野党がタクシン氏の帰国に向けた動きであると牽制を強める等、

緊張がみられる。政治・社会の安定性については、引き続き留意が必要である。

(2) 法務・税務処理の難しさ 

  タイでは、1997年のアジア金融危機以降、経済関連法の整備が進められている。しかし、

日本企業にとっては、言葉の壁もあって、法律の解釈や法律の適用をめぐって生じる法務 処理、あるいは税務処理に関連した当局との行き違いが悩ましい問題となっている。

  タイにおいては、外資系企業は、外国人事業法、外国人職業規制法、投資奨励法、労働 者保護法、民商法典、各種税法等多数の法律の規定に基づき、工業省、商務省、BOI 等の 特別の許可あるいは認可を得て、様々な制約の中で事業を行っている。進出済みの日系企 業担当者によると、この法令等の用語の具体的な解釈や適用の仕方が担当者によりまちま ちであったり、解説が異なる等、運用面が統一されていない事例が多いため、戸惑うこと が多いという。近年改正になった、労働者保護法(2008年5月27日施行)や、民商法典

(2008年7月1日施行)については、日系企業の事業にも関係が深く、留意が必要である。

  最近は、タイの税務当局では、日本企業に限らず、外国企業から厳格に税金を取り立て ようという姿勢を強めており、税務調査も厳しさを増してきているという。中には、税務 担当官の裁量による取り立てで、理不尽な徴税を経験している企業もある。また、申告漏 れの際の追徴課税は、税額の 3 倍に上る。進出日系企業も、弁護士、会計士、税理士等の 専門家と相談しながら対応したり、バンコク日本人商工会議所(JCCB)への陳情を出すこ とで問題解決を図っているが、容易ではないようである。 

 

ひとくちメモ (19):  法務・税務上の問題の具体例 

・予想される利益に基づき、年度の途中で納税する中間申告納税制度では、後日年度決算が完了した段階 で税額が確定する。中間納税額が、確定した年間納税額を上回る場合には収めすぎた税金の還付が行わ れるが、手続きに相当の長時間を要するため注意が必要。 

・原材料の輸入に際して、関税を支払ったものの、後になって含有量に応じて関税コードがさらに細かく 設定されていることが分かった。税関の調査の際、税金の不足分の他にペナルティーが科せられた。こ のように複雑な関税コードによるトラブルが多数発生している。 

・持ち込みが禁止されている物質が原材料に含有していた場合には、ライセンスを保有することが求めら れており、保有していない場合には、ペナルティーが科せられる。 

・社員向けの貸付制度を福利厚生として実施したところ、サービス業に当たるとして、無免許操業のペナ ルティーが科せられた。 

 

(3) 労働コストの上昇 

  政府は、2012 年4月に、法定最低賃金の引き上げを実施し、バンコクと周辺6県では、

日給300バーツへ、その他の県では一律40%の引き上げが行われた。今回の引き上げによ り日給が300バーツに到達しない県については、2013年1月に再度引き上げられ、全国一 律で300バーツになる。タイでは、2000年以降最低賃金の上昇が続いているが、今回の大 幅な引き上げにより、企業活動への影響が懸念されている。企業の中には、法定賃金の引 き上げを契機に、労働組合から賃上げ要求が出されているところもあり、対応に苦慮する 例もある。

  この他、2008年には、労働者保護法が改正され、非正規労働者と正規労働者が同種の作 業に従事する場合には、差別的な待遇を禁止する条項が盛り込まれる等、労働者保護の観 点からの規制が強まっている。また、2011年2月8日、政府は職能別賃金水準を導入する ことを発表した。11の職種を3段階の技能レベルに分け、技術者の職能レベルが給与に適 正に反映されることを目的としている。このような政策により、人件費全体の上昇が予想 される。

  労働者はより良い賃金を求めて短期的に職場を替える傾向にある。自動車産業の中には、

ボーナスを 6 ヵ月分支給するところもあるなど、他の産業にも少なからず影響を及ぼして いるようだ。

このような状況から、労働集約型の産業等、低賃金の労働力を狙いとして海外に進出し ようとしている企業にとっては、タイは必ずしも低賃金の国とは言えなくなってきている。

ASEANの中には、タイよりも賃金水準の低い国がある。

(4) 人材確保難 

タイにおける企業経営にとって不可欠なタイ人の優秀な人材の確保が難しくなってきて おり、既に進出済みの企業にとっても深刻な問題になりつつある。特に、タイでは、大学

卒業資格者でなければ管理職になることが難しいので、総務や経理を担当する大卒の管理 職クラスの人材確保が困難になってきている。

かつてよりエンジニアクラスの人材確保は容易でなくなってきており、その理由として は、大学や工業専門学校の卒業生の数が少なく、エンジニアの供給数が絶対的に不足して いる点が挙げられる。中小企業に限らず、人材募集に苦労しているのが実情である。

近年では、比較的余裕があるとみられていた工場労働者(製造業従業員)についても、

自動車、電機産業等の景況回復に伴い人手不足が顕在化している。工場労働者の不足に危 機感を募らせる産業界からも、熟練工の育成に早期に取り掛かる必要性が指摘されている。

これに対して、政府は当面の対策として、2010年9月にタイへの投資が20年以上の大手 企業(累積投資額100億バーツ以上)に限って、全体の15%を上限に、外国非正規労働者 の雇用を解禁することを発表した。また、職業訓練センターの設置等を積極的に推進し、

人材供給不足の解消に努めている。しかし、このような取り組みの効果が表れるにはある 程度の時間が必要であろう。

  一方、管理職、専門職の労働力不足については、以前から政府の教育改革によって対策 を行っているものの、一般就労者における大卒・専門卒の割合は依然として低く、人材不 足が続いている。

(5) コミュニケーションの難しさ 

タイの公用語は、タイ語であり、日常的に英語が使用されることは少ない。そのため、

タイ人従業員との間のコミュニケーションの取り方が難しいという面が、日系企業にとっ ては悩ましい問題の一つである。企業によって、社内でのスタッフとの会話には英語もし くは日本語を使用し、生産現場のワーカーへの指示等は、通訳を介して行われる例もある。

しかしながら、通訳を介したコミュニケーションではどの程度意思疎通が取れているかは 不明なため、実際に従業員と円滑なコミュニケ―ションを取るためにも、必要最低限のタ イ語は勉強しておいた方が良いという意見が多かった。

このほか、タイは「タテ社会」で、立場を超えたコミュニケーションが不足しがちであ る。そのため、コミュニケーションの促進の観点からも、意見箱の設置により従業員の意 見をくみ上げる工夫をする他、社員旅行、運動会、パーティー等を実施し、交流を深める 取り組みをしている企業もある。

(6) 駐在員の生活 

  日本の駐在員約3.4万人(在留邦人数約4.6万人)の大部分は、バンコク周辺に在住して おり、他には、東部臨海部のシラチャや北部のチェンマイ等に在住する者が多い。バンコ クでは、食料品等の日常必需品の入手については、ほとんど問題無く、価格の点でも割安 感があり、また、日本食レストランも多数出店していて、日常生活に困るようなことは無 いということである。治安については、日本に比べると不安が伴うものの、外出時間帯等