第 3 章 ゲティア問題と Red Barn 問題の多領域様相論理による分析 87
3.1.10 通常様相と懐疑論的様相
ゲ テ ィ ア 推 論 構 造 第 二 段 階 の 推 論 図 式 の 形 式 化 (O : H) に よ っ て 、O : [(πO|N)−1]((πJ)q ∨ (πB)r)、つ ま り「 ス ミ ス に と っ て 、通 常 の 場 合 、ジ ョ ー ン ズ が
フォードを所有しているか、または、ブラウンがバルセロナにいることは、確実である」
が最終的に結論される。だが、これはあくまで「通常の場合」、つまりO射影πO の制限 πO|Nの逆像関係(πO|N)−1の下での確実性である。そこで、通常の状況の範囲Nへの制 限前の、本来のO射影 πO の逆像関係π−O1 の下で、事態がどうなっているかを、図 3.2 を振り返って見直してみよう。
図3.4
これを見れば明らかな通り、スミスの観察状態oから O射影πO の逆像関係 π−O1 で 遡った先に、⟨j′, b′, o⟩ |=¬((πJ)q∨(πB)r)がある。これは、B上のブラウンの可能な状 態b′ |= ¬rの存在による。このb′ は、ゲティアのシナリオでは潜在化されている、バル セロナにい˙ な˙ いブラウンの可能な状態を表している。この可能な状態˙ b′ が考えられなけ ればならないのは、ゲティア自身のシナリオで、ブラウンがバルセロナにいたことは全く の偶然であると設定されているからである。したがって、偶然バルセロナにいたブラウン の現実の状態bが、スミスの現実の観察状態oと、さらにはジョーンズの実はフォードを 所有していない現実の状態j′ と、現実に組み合わされている状況⟨j′, b, o⟩は、なおさら
確率の低い偶然ということになる。この偶然性を顕在的にするのが、B 上のb′の存在で あり、また、このブラウンの可能な状態と、スミスの現実の観察状態、及びジョーンズの 現実の状態が可能的に組み合わされた、J ×B×O上の可能な状態⟨j′, b′, o⟩の存在であ る。よってスミスの観察状態oから見たとき、
o|=⟨πO−1⟩¬((πJ)q∨(πB)r) であり、したがって
o|=¬[πO−1]((πJ)q∨(πB)r) となる。
以上から、ゲティア推論構造の全体にわたって、一方で制限後の射影πO|Nの下での推 論図式と、他方で制限前の射影πOの下でのモデル上の事実を比較してみれば、次のよう になる(ソート表示‘O:−’は見易さのために省略する)。
p
[(πO|N)−1]((πO|N)p→(πJ)q) p→[(πO|N)−1](πJ)q [(πO|N)−1](πJ)q
[(πO|N)−1]((πJ)q∨(πB)r) (H) (G)
p
¬[πO−1]((πO)p→(πJ)q)
¬(p→[πO−1](πJ)q)
¬[π−O1](πJ)q
¬[πO−1]((πJ)q∨(πB)r)
これは、スミス(われわれ)が通˙ 常˙ の˙状˙ 況˙ で推論すれば、˙ (f) = (πJ)qも(h) = (πJ)q∨(πB)r も確実([(πO|N)−1] (f), [(πO|N)−1] (h))だが、(反例2)のシナリオが描く異˙ 常˙な˙ 状˙ 況˙ で˙ は、˙ それらはどちらも確実ではない(¬[πO−1] (f), ¬[πO−1] (h))、ということを示している。
以上のことは、常識推論のエージェントが、彼が常˙ 識推論を使用しているというまさに˙ その事実によって、その際に二˙層˙ の˙ 確˙ 実˙ 性˙の˙ 階˙層を有している、ということを示唆してい˙ る。そこでこのことを形式的に表現するために、次の様相論理における基本的事実を確認 しておこう。いま、任意のクリプキ構造X を考え、そこでの到達関係R′ が到達関係R の部˙分関係であったとしよう。つまり、˙ X 上で、到達関係R′ とRの間に集合論的包含 関係
R′ ⊆R
が成り立っていたとする。このとき、これに対応して、X 上の任意の点xと、任意のφ に対し、
x|=⟨R′⟩φ→ ⟨R⟩φ
が成り立つが、これは言い換えれば、X 上の任意の点xと、任意のφに対し、
x|= [R]φ→[R′]φ
が成り立つ、ということである(両者の反変性に注意)。ここで、X上の任意の点xにつ いて、
T h(x,[R]) =def {φ| x |= [R]φ} T h(x,[R′]) =def {φ| x |= [R′]φ}
とする。すると、T h(x,[R])はxにおいてRの下で必然的な命題の集合、T h(x,[R′])は xにおいてR′ の下で必然的な命題の集合、をそれぞれ表す。このとき、上で述べたこと は、R′ ⊆Rのとき、X 上の任意の点xと、任意のφに対し、
T h(x,[R])⊆T h(x,[R′])
となる、ということに他ならない。これはつまり、R′がRの範囲を制限した関係である とき、X 上の全域で、より範囲の狭いR′ の下で必然的な命題に比べて、より範囲の広い Rの下で必然的な命題の方が、数が少なくなる、ということを表している。
そこでいま、X :=O, R′ := (πO|N)−1, R:=π−O1 とする。すると、πO|NはJ×B×O からOへの射影πOの制限であることから、
πO|N⊆πO
であり、これに応じて、πO|NとπO それぞれの逆像関係(πO|N)−1とπ−O1についても、
(πO|N)−1 ⊆πO−1
が成り立つ。ここで、スミスの現実の観察状態o∈Oについて、
T h(o,[πO−1]) =def {φ| o|= [πO−1]φ} T h(o,[(πO|N)−1]) =def {φ| o|= [(πO|N)−1]φ}
とする。すると今の場合、T h(o,[π−O1]) は o において πO−1 の下で確˙ 実˙ な命題の集合、˙ T h(o,[(πO|N)−1)はoにおいて(πO|N)−1 の下で確˙ 実˙ な命題の集合、をそれぞれ表す。す˙ るとこのとき、(πO|N)−1 ⊆π−O1から
T h(o,[π−O1])⊆T h(o,[(πO|N)−1)
となる。これはつまり、πO|N が射影 πO : J ×B×O → O の制限であるとき、スミス の現実の観察状態oにおいて、そこからより狭い可能性の範囲を参照する(πO|N)−1の下 で確˙実˙ な命題に比べて、そこからより広い可能性の範囲を参照する˙ πO−1 の下で確˙実˙ な命˙ 題の方が、当然数が少なくなる、ということを表している。そして実際、前者に属してい るが後者には属していない命題の例として、特に(f) = (πJ)qと(h) = (πJ)q∨(πB)rが ある。というのも、一方で
o|= [(πO|N)−1](πJ)q o|= [(πO|N)−1]((πJ)q∨(πB)) であるため、
(πJ)q ∈T h(o,[(πO|N)−1)]) (πJ)q∨(πB)∈T h(o,[(πO|N)−1)]) だが、他方で
o̸|= [πO−1](πJ)q o̸|= [π−O1]((πJ)q∨(πB)) であるため、
(πJ)q̸∈T h(o,[πO−1]) (πJ)q∨(πB)̸∈T h(o,[π−O1]) となるからである。
ところで、正規必然性演算子[R]のよく知られる性質 [R](φ→ψ)→([R]φ→[R]ψ)
([R]φ∧[R]ψ)→[R](φ∧ψ)
から、一般にT h(x,[R])は、(i)含意と(ii)連言について閉じている。すなわち、
(i) φ∈T h(x,[R])かつφ→ψ∈T h(x,[R])ならばψ∈T h(x,[R]) (ii) φ∈T h(x,[R])かつψ∈T h(x,[R])ならばφ∧ψ ∈T h(x,[R])
が言える。これは、正規必然性演算子[R]について、T h(x,[R])が、形式的な意味で「理
論theory」と呼ばれるための、最低限の条件を満たしている、ということに他ならない。
そこで、一方でT h(o,[(πO|N)−1])とは、「通常の場合であれば確実と言える情報に基づ
くスミスの理論」、他方でT h(o,[πO−1])とは、「異常な場合を熟慮した上でもなお確実と言 える情報に基づくスミスの理論」と解釈できる。その意味で、[(πO|N)−1]の方は「通常様 相」、それに対し、[π−O1]の方は「懐疑論的様相」と呼ぶことができよう。
すると、上の観察は、次のことを述べていることになる。つまり、(f) = (πJ)q, (h) = (πJ)q∨(πB) という帰結は、あくまで通常様相の下での理論に属しているのであって、懐 疑論的様相の下での理論には属していない。これは、スミスが通常様相の下での理論の背 後に——彼がこの理論に対して潜在的に「普通は...」と意識しうる以上は——懐疑論的様 相の下での理論を同時に有しており、そしてそこでは (f) = (πJ)qも(h) = (πJ)q∨(πB)r も未だ帰結されていない、ということを、彼自身が少なくとも潜在的に理解している——
このことを示すものと思われる。そして実際、振り返ってみれば、デカルトに限らず、わ れわれの日常はまさにこのようであろう。