第 2 章 反事実条件文の再分析 21
2.2.9 時間的球体系 $ T による充足条件の表現
この節では、時間的球体系$T によって、条件節と帰結節の基準時が一致しない場合で も、さらにその前件に作用が含まれる場合でも、反事実条件文の充足条件が肌理細かく柔 軟に表現できることを示す。そのために、集合論的な二項関係に対する標準的な演算の記 法を導入する。一般に二項関係R⊆X×Y に対し、A(⊆X)のRによる像 image とは
R[A] ={y∈B | ∃x ∈A (xRy)}
である。A が単元集合{x} の場合、R[{x}](= {y ∈ B | xRy})をR[x] と略記する。ま た、一般に二項関係 R ⊆ X ×Y とR′ ⊆ Y ×Z に対し、RとR′ の合成 composition とは、
R◦R′ ={(x, z)∈X ×Z | ∃y∈Y (xRy &yRz)}
により定められる演算である。このときX の部分集合A, Y の部分集合B について、A 上の同一性関係, B上の同一性関係をそれぞれ
IdA ={(x, x) | x∈A}, IdB ={(y, y) | y ∈B}, とすれば、二項関係R⊆X×Y に対し、
IdA◦R ={(x, y)∈X×Y | x ∈A & xRy}, R◦IdB ={(x, y)∈X×Y | xRy & y ∈B} が定義できる。したがって、この意味でA◦R, R◦Bを
A◦R =def IdA◦R, R◦B =def R◦IdB
と定義することができる。つまり、関係合成は、この意味で二項関係と集合の間にも自然 に拡張できる。
以上の集合論的二項関係及び集合に対する演算と、すでに構成した時点tにおける時間 的球体系$Tt により、まず、時点tにおける前件に作用を含まないタイプの反事実条件文 (CS)の充足条件は、
M, g, t|=↓x.P(⟨R−01⟩x &
(a) F(⟨R−11⟩x & φ& F⟨R−21⟩x) &
(b) G(⟨R−11 ⟩x→(φ→G(⟨R−12 ⟩x→ψ)))) iff
∃t′ ∈R0[t] (St′ ∈$∗t &
(a) St′∩(≤ ◦(R1[t]∩JφK)◦ ≤)[t′]̸=∅ and (b) St′∩(≤ ◦(R1[t]∩JφK)◦ ≤)[t′]⊆R2[t]∩JψK)
となる。また、時点tにおける前件に作用を含むタイプの反事実条件文(CSA) の充足条 件は、
M, g, t|=↓x.P(⟨R−01⟩x &
(a) F(⟨R−11⟩x & ⟨a⟩F⟨R−21⟩x) &
(b) G(⟨R−11 ⟩x→[a]G(⟨R−12 ⟩x→ψ))) iff
∃t′ ∈R0[t] (St′ ∈$∗t &
(a) St′∩(≤ ◦R1[t]◦(−→a )◦ ≤)[t′]̸=∅ and (b) St′∩(≤ ◦R1[t]◦(−→a )◦ ≤)[t′]⊆R2[t]∩JψK
となる。そしてこれらの時間的球体系$Tt を用いた充足条件を視覚化したものが以下で ある。
図2.13
ここで、前章で焦点を当てた作用を含む反事実条件文
「水ボタンを押さなかったらコーヒーが買えたのに」
の強い形式化
⟨water−1⟩tt∧[water−1]⟨coffee⟩tt · · ·(MS)
を振り返ってみよう。上の(MS)にも、隠伏的な基準時として、水のボタンを押す前の分 岐時点R0、条件節の基準時R1、帰結節の基準時R2 が存在しているはずである。これら を補って(MS)を再形式化したものが、以下の(MS’)である(ただし、トートロジーを表 すHMLの記法ttはHTLCF の記法⊤に書き換えてある)。
(MS’)
↓x.⟨water−1⟩(⟨R−10 ⟩x &
(a) ⟨water⟩(⟨R−11⟩x & ⟨water−1⟩F⟨R−21⟩x) &
(b) [water](⟨R−11⟩x→[water−1]G(⟨R−21⟩x→ ⟨coffee⟩⊤))
これを(CSA)の図式 (CSA)
↓x.P(⟨R−01⟩x &
(a) F(⟨R−11⟩x & ⟨a⟩F⟨R−21⟩x) &
(b) G(⟨R−11⟩x→[a]G(⟨R−21⟩x→ψ)))
と照らし合わせればわかるように、(CSA)で分岐時点R0に遡行する過去時制演算子P の 役割を(MS’)では⟨water−1⟩が、(CSA)で条件節の基準時R1に到達するための未来時制 演算子F, Gの役割を(MS’)では⟨water⟩,[water]が、(CSA)で帰結節の基準時R2に到達 するための作用aと未来時制演算子F, Gの役割を(MS’)では再び⟨water−1⟩,[water−1] が、それぞれ担っている。これにより、(CSA) でP, F, G の表現する時点の不定性が、
(MS’)では作用waterの遡行時点、完了時点として特定されていることがわかる。
このことを踏まえ、(MS’)の読みはこうである。「水ボタンを押す前の分岐時点R0 に 戻って、そこから始まる分岐時間モデルを考える。すると(a) そこで水ボタンを押してし まった基準時R1 があり、そこで再び水ボタンを押す前に戻ってそれ以降の基準時として R2 がある。さらに (b) 水ボタンを押してしまった基準時R1 が来たとき、そこで再び水 ボタンを押す前に戻ることができれば、それ以降に基準時R2 が来たとき、そこではまだ コーヒーを買うことが可能であった。」
こうして(MS)を(MS’)で再形式化することにより、前章で焦点を当てた、その前件に
作用の否定を含む反事実条件文「水ボタンを押さなかったらコーヒーが買えたのに」の充 足条件もまた、以下のように時間的球体系によって与えられることになる。
M, g, t|=↓x.⟨water−1⟩(⟨R−01⟩x &
(a) ⟨water⟩(⟨R−11⟩x & ⟨water−1⟩F⟨R−21⟩x) &
(b) [water](⟨R−11 ⟩x→[water−1]G(⟨R−12 ⟩x→ ⟨coffee⟩⊤)) iff
∃t′ ∈(R0∩(water−→−1))[t] (St′ ∈$∗t &
(a) St′∩((water−→)◦R1[t]◦(water−
−→1)◦ ≤)[t′]̸=∅ and (b) St′∩((water−→)◦R1[t]◦(water−
−→1)◦ ≤)[t′]⊆R2[t]∩J⟨coffee⟩⊤K ここでは、充足条件の先頭部分∃t′ ∈(R0∩(water−
−→1))[t] (St′ ∈$∗t · · ·に示されるように、
過去の分岐時点R0に当たるt′、つまり、考察される反事実的状況の範囲を決定するイン デクスとなる時点 t′ が、具体的な作用の遡行water−→−1 によって指定されていることがわ かる。