第 3 章 ゲティア問題と Red Barn 問題の多領域様相論理による分析 87
3.2 Red Barn 問題
3.2.5 正当化論理 Justification Logic による分析との比較
(ECP) の強力な反例となるということではない(むしろ反対に(ECP) は厳密に守られ る)。そうではなく、この問題の重要性は、異なる領域(ここでは知覚と対象の領域)の間 にまたがる、「命題による投射 projecton through proposition」*23と「論理的操作 logical
operation」の連続性(構造保存・準同型性)という、日常的な情報の計算プロセスにおい
ても本来保たれるべき基本的な代数構造——その反例モデルの構成、ということにあるこ とがわかる。
「命題による投射」と「論理的操作」の連続性(構造保存・準同型性)とは、今の文脈で は、知覚に関する命題を対象に関する命題へ投射してからそれに論理的操作を施しても、
逆に、知覚に関する命題に論理的操作を施してからそれを対象に関する命題へ投射して も、その結果出てくる命題内容の確実性は変わらない、ということである。そしてこれは おそらく、通常の場合、われわれの信念形成においても当然成り立つべき原理であろう。
Red Barn の例に即して言えば、本来、(A) 先に知覚領域の命題「赤い納屋が見える」か
ら対象領域の命題「赤い納屋がある」に投射して、次にそこから「納屋がある」を演繹し ても、(B)先に知覚領域の命題「赤い納屋が見える」から「納屋が見える」を演繹して、次 にそれを対象領域の命題「納屋がある」に投射しても、結果として得られた「納屋がある」
という命題内容の確実性は変わらないはずである。しかし、Red Barn の例では、この確 実性に (A) と (B) で不一致が生じる場合があること、(A) では確実な命題内容に到達す るが、(B) では確実でない命題内容に到達すること、このことがMSHLの分析によって
得られたRed Barn問題の要約である。
s : (F →G)→(t :F →(s·t) :G) · · ·(App)
ここでs·tは、正当化sをtに適用applicationした結果の複合的な正当化を表す。する とこの公理の意味はすでに明らかであろう。つまり、この公理は、
「F →Gの正当化sを、F →Gの前件F の正当化tに適用すれば、Gの正当化s·tが 得られる」
ということを表している。これは、古典認識論理の公理K 2(F →G)→(2F →2G) · · ·(K)
の一種の詳細化となっていることに気付かれるだろう。というのも、(K)における1番目
の2 の現れが(App)のs に、2番目の2の現れが tに、そして3番目の2 の現れがs
のtへの適用s·tに、対応しており、これらは古典認識論理における2の「信じている」
「知っている」という解釈に、「どんな正当化(証明・証拠)によって」信じているのか、
知っているのか、という情報を付加したものと考えられるからである。しかも (App)に 特筆すべきは、これによって、正当化付き条件文s : (F →G)の、その前件F が正当化 されたものであるt :F への適用、つまりModus Ponensに従って推論した場合に、その 結果どのような正当化が累積して結論が生じるのかが、その結論部分(s·t) :Gに表示さ れることによって、その式の表す情報に随伴する正当化の累積を追跡できる、ということ である。
さて、Red Barn問題の分析にあたってArtemov [7]は、命題論理の任意の公理Aにつ
いて、次の推論規則(公理の内化規則Axiom Internalization)も仮定する。
⊢A ⇒ ⊢a:A · · ·(A-Int)
これは「どの公理A についても、ある特定の正当化aが存在する」ということを述べて いる(このような a を正当化定項(文脈に応じて証明定項・証拠定項)と呼ぶ)。この
(A-Int)を認めてやれば、先の(App)と、定理の演繹の長さに関する帰納法により、次の
派生的な推論規則(定理の内化規則 Theorem Internalization)が公理についてだけでな く定理一般についても成り立つ。
⊢F ⇒ ⊢t:F · · ·(T-Int)
これは「どの定˙ 理˙ F についても、ある特定の正当化tが存在する」ということを述べてお り、従ってこの(T-Int)は、(App)と(K)の関係と同様に、古典認識論理の必然化規則N
⊢F ⇒ ⊢2F · · ·(N)
に対して、2の代わりに正当化タームtを明示した、その一種の詳細化となっている。
以上の(App)と(A-Int)ないし(T-Int)という正当化論理の基本的道具立てから、Red Barn問題は以下のように分析される。まず、
b:=私の目の前の対象は納屋である r :=私の目の前の対象は赤い 2φ:=私はφと知っている
としよう。すると古典認識論理では、
1. 2(b∧r) 前提
2. (b∧r)→b 公理
3. 2((b∧r)→b) 2, 必然化規則N
4. 2(b∧r)→2b 3, 公理K, MP
5. 2b 1,4 MP
となり、この章の初めに確認した通り、結局2(b∧r)(私は目の前の対象が納屋であり赤 いことを知っている)は2b(私は目の前の対象が納屋であることを知っている)を論理 的に帰結する。しかしこれは、納屋の偽物が散在する問題の状況下では、私は目の前の対 象が納屋であることを知っている、とは言えない、つまり¬2bという直観的結果と矛盾 する。
これに対し、正当化論理では、b(私の目の前の対象は納屋である)という情報の正当 化と、b∧r(私の目の前の対象が納屋であり赤い)という情報の正当化を、それぞれu, v として、区別して表現できる。つまり、
u :b v: (b∧r)
と表示される。これは、われわれのMSHLによる分析で言えば、bの根拠として、uが納 屋の形態の知覚、b∧r の根拠として、vが納屋の形態と色彩の複合的知覚、を表してい る、と考えればよい。そしてこのとき、正当化論理で
1. v: (b∧r) 前提
2.(b∧r)→b 公理
3. a: ((b∧r)→b) 2, (A-Int)
4. v: (b∧r)→(a·v) :b 3, (App), MP
5.(a·v) :b 1,4 MP
となり、v: (b∧r)からは——u:bでなく——(a·v) : bが演繹されることがわかる。こ こで、aは∧に関する命題論理の公理(b∧r)→bの正当化(証明?)ということになる が、この場合むしろa は、われわれが有する∧除去という基本的論理操作の実践知・実
践能力と考えた方が見通しがよいだろう。このとき、a·vはこのaをvに適用した結果 の、bに対する正当化(証明)である。すなわち、一方で
u:b
はbが納屋の形態の知覚uにのみ基づいて得られた情報であることを示すのに対し、他 方で
(a·v) :b
はbが納屋の形態と色彩の複合的知覚vに∧除去の実践能力aを適用して得られた情報 であることを示しており、これらは互いに何ら矛盾しない。したがって以上により、この 場合の正当化論理における認識論的閉包原理
a: ((b∧r)→b)→(v: (b∧r)→(a·v) :b)
は遵守したまま、納屋の形態の知覚uにのみ基づいて得られた情報u: bは知識とは言え ないが、納屋の形態と色彩の複合的知覚vに∧除去の実践能力 aを適用して得られた情 報(a·v) :bは知識と言える、という明晰な結果が得られる。
こうして、正当化論理による分析の結果と、MSHLによる分析の結果の間には、明らか な対応が見られるだろう。すなわち、以上の結果は、正当化論理においても、納屋の形態 と色彩の複合的知覚vから対象に関する情報b∧rを投射して、そこから∧除去の実践能 力aによってbを演繹した場合は、このbは知識となるが、納屋の形態の知覚uだけから 対象に関する情報bを投射した場合には、このbは知識とならない、ということになる。
この正当化論理によるRed Barn問題の要約は、あと一歩で、MSHLによるそれと、実 質的に同じ内容となることが見て取れるだろう。この一歩とは、納屋の形態と色彩の複 合的知覚 vと納屋の形態の知覚uとの間に存在するはずの、内的関係の表現である。す なわち、おそらくb∧r の根拠は、この論理式そのものが複合的であることに対応して、
複˙ 合˙ 的˙ な˙ ——より正確には、より単純な根拠に分析可能な——根拠をもっているはずで あろう。それが、納屋の形態と色彩の複˙合˙ 的˙な知覚˙ vであるはずであり、従って、このv は形態部分の知覚と色彩部分の知覚に分析可能な知覚である、と見るのが自然であろう。
そこで vは本来、納屋の形態の知覚uと、納屋の色彩の知覚をcとして、このcとの複 合物である、という内部構造を備えていると考えるのが素直であろう。このことを試みに v = u ⊗ cとして表現することにしよう。すると、このとき正当化タームu, cに対して 導入された、新たな二項演算‘⊗’に関する、次の公理が自然に思い付くであろう。
(u ⊗ c) : (b∧r)→u:b · · ·(∗L) (u ⊗ c) : (b∧r)→c:r · · ·(∗R)
もし、このような公理によって正当化論理が問題なく拡張できたとすれば、その拡張さ れた正当化論理の下で、次の単純な演繹(Modus Ponens)が成り立つだろう。
1. (u ⊗ c) : (b∧r) 前提
2. (u ⊗ c) : (b∧r)→u:b 公理
3. u :b 1,2 MP
これはまさに、納屋の形態と色彩の複合的知覚v=u ⊗ cから、まず、納屋の形態の知覚 uを分離(‘⊗’除去)して、次に、その納屋の形態の知覚uだけから、対象に関する情報b を投射するプロセスを表しているものと考えられる。そして、問題の状況下では残念なが ら、(1)投射→(2)分離の順序でなく、この、(1)分離→(2)投射という順序では、対象に 関する確実な情報を、したがって知識を、獲得することができない——これが、上の(∗L) (∗R)によって拡張が成功した場合の正当化論理による、Red Barn問題の要約である。