第 3 章 ゲティア問題と Red Barn 問題の多領域様相論理による分析 87
3.1.15 ゲティア問題の再解釈 III
ここには、伝統的な「信念」から「知識」への道とは独立に、コミットメントから完全 にニュートラルな「仮説」的情報から出発して、蓋然性・確実性・信頼性の極限値として の「知識」という情報状態へ至る正当化の計算プロセスを問題にする、そのような「情報 理論的展開」の可能性がある。この「情報理論的展開」の可能性はさらに、伝統的な「信 念」から「知識」への道を、逆˙ に˙ す˙る可能性を生じさせると思われる˙ *16。というのは、わ
*16以降のゲティア問題の第三の解釈は岡本賢吾氏の指摘による。
れわれは一般に、何かを知˙ っ˙ た˙と˙ 思˙ う˙ か˙ ら˙信˙ じ˙るのではないか、という省察が、ここから˙ 生じてくると思われるからである。
上の「情報理論的展開」からこのような省察が生じてくる事情は以下である。「仮説」情 報から「知識」情報へ至る正当化のプロセス(探究のゲーム)は、一般に、問題の情報内 容だけでなく、それについて探究する情報エージェントを取り巻く環境に応じて、多様で ある。特に、何をもって「仮説」情報が「知識」情報に至ったと見なすか、という「知識 の基準」は、近年「認識論的文脈主義」によって活発に議論されているように、その正当 化プロセス(探究のゲーム)の文脈に大きく依存するだろう。その場合、次のような一般 的問題が生じる。つまり、自身に与えられた探究の能力や技術、証拠やデータを集めるた めの情報環境や人脈、時間、労力といった、情報エージェントに与えられている探究のた めのリソースは、一般に、個々人に応じて多種多様であり、それに応じた限界がある。こ れに伴って、情報エージェントとしての個人は、自身に与えられた探究リソースの限界内 で、自身が「知った」と言える各々の基準をもっている。しかしその基準は、より豊富な 探究リソースをもつ情報エージェントの基準から見れば、不十分なものでしかない場合が ほとんどであろう(後者のより豊富な探究リソースをもつ情報エージェントとは、それま での探求リソースが拡張された、自分自身のことである場合もよくあるだろう)。
ここで、「知った」と言える基準がより低い前者の情報エージェントをA、それがより 高い後者の情報エージェントをA’とすれば、Aが何らかの情報φについて、Aのより低 い基準を満たしたという意味で「知った」と言えるしても、A’のより高い基準を満たして いないという意味では、「知った」とは到底言えない、という事態がしばしば起こるだろ う。このとき、A’の観点における「Aはφと知˙っ˙ た˙と˙ 思˙ っ˙ た」という表現のことを、人˙ は思い出せる*17。そしてこのようなA’の観点からみたA の情報状態のことを、われわ れは「知識信念 belief in knowing」と呼ぶことができる*18。
したがって、ゲティア問題の第三の再解釈は、第一のそれと第二のそれをある意味で統 合するものである。つまり、スミスは、「普通 (f) / (h) である」というレベルの正当化 をもって、 (f) / (h) と知˙ っ˙た˙ と˙ 思˙ っ˙ たのであり、それゆえ、˙ (f) / (h) と(それにコミッ トすることを含む意味で)信˙ じ˙たのであろう、ということである。ここで、先の一般論に˙ おける「より豊富な探究リソースをもつ情報エージェント」を登場させるとすれば、そ れは例えば、あの夜クライスラーに乗ったジョーンズによく似た男を見かけたことが気 になって、フォードでのドライブ中ジョーンズが車を停めてタバコを買いに行った隙に、
*17ウィトゲンシュタイン『確実性の問題』([74])12節「というのも「私は...[ということを]知っている」
は、知られた事柄が事実であると保証する、そのようなある事態を記述しているように見えるからであ る。[それで]人は、「私はそれを知っていると思ったIch glaubte, ich w¨ußte es」という表現のことを、
すっかり忘れてしまう」を参照。
*18この「知識信念belief in knowing」の概念も、岡本賢吾氏の指摘による。
ジョーンズの目を盗んで車中を調べた結果、レンタカーの貸渡契約書を発見した、そのよ うな可能的なスミス自身であろう。そのとき彼はまさに、今の今まで自分がただ (f) / (h) と知˙ っ˙ て˙ い˙る˙ と˙思˙ っ˙ て˙ い˙ ただけであったという事実を、否応なく認めるだろう。˙
この第三の再解釈が興味深いのは、「知ったと思ったか˙ ら信じた」と表現される論理的˙ 移行である。この論理的移行は、次の言われてみれば当然の実情を反映しているように思 われる。われわれは実は、少なくともかなり多くの生活実践のケースにおいて、純粋にた だ「知る」ことだけを目的としていない。そうではなく、われわれは多くの場合、コミッ トすること——それに基づいて何らかの現実的な態度や行動をとること——を含む意味 で、「信じる」ことを目的としている。それは、われわれがわれわれの生活実践において、
究極的にはそのような現実的な態度や行動をとることの確実性・信頼性・有効性にこそ、
関心があるからであろう。その場合、「知る」ことは、「信じる」に値するまでの蓋然性・
確実性・信頼性に達した、という意味に限りなく近づくように思われる。そこで、「信じ る」に値するまでの蓋然性・確実性・信頼性に達していない情報は、「知識」の候補であ るというよりは、「信念」の候補、すなわち、「信念候補 belief candidate」と呼ばれるの が適切であろう*19。すると、先の「知識信念(知っていると思っていること)」は、本来 はこの「信念候補」と呼ばれる仮説的情報たちのクラスのうちに慎重に留めておくべきも のを、状況に迫られて不用意に「信念」として昇格させた、実際には「信じる」に値する までの蓋然性・確実性・信頼性には達していない、「危険性のある信念 risky belief」であ ると考えられるだろう。
こうして、以上のゲティア問題の第三の再解釈が示唆しているのは、ゲティア問題を含 むその周辺の認識論的問題を素直に論理学的に分析したとき、伝統的な認識論の「信念」
から「知識」への道は、もしかするとある重大な倒錯を含んでいたことが判明するかもし れない、ということであると思われる。そのとき、これらの諸問題はその価値を奪われる わけではなく、上に述べたような「情報理論的展開」の下で、むしろ新たな現代的理解、
現代的な再評価を得ることになるだろう。以上の考察は少なくとも、ゲティア問題がまさ にその一例となりうることを示していると思われる。
3.1.16 (反例1)の MSHL によるモデル化と形式化の概要
(反例2)の分析に基づく、以上のゲティア問題の三つの再解釈の可能性は、(反例1)
の分析に基づいた場合でも同様に生じる。そのことを確認することは、これらの再解釈が 生じる必然性を、さらに補強することになるだろう。そこで、この章の最後に(反例1)
の分析の概要を提示しておく。
*19この「信念候補belief candidate」の概念もまた、岡本賢吾氏の指摘による。
(反例1)のゲティア推論構造の第二段階をなす単調な演繹推論部分は、(反例2)より も多少複雑である。まず、(反例1)における命題構造を、
(ev):=「[スミスは]社長の「採用されるのはジョーンズだ」という発言を聞いた」
(d1)「ジョーンズが採用される」
(d2)「ジョーンズのポケットには10枚の硬貨が入っている」
(d)「ジョーンズが採用される、かつ、ジョーンズのポケットには10枚の硬貨が入って いる」
(d’1)「スミスが採用される」
(d’2)「スミスのポケットには10枚の硬貨が入っている」
(e)「採用される男のポケットには10枚の硬貨が入っている」
によって与える。また、ここには(反例1)のシナリオの設定上、次の三つの制約がある ことを前提する。
(c1) = (d1) → ¬ (d’1)「ジョーンズが採用されるならば、スミスは採用されない」
(c2) = (d’1) → ¬ (d1)「スミスが採用されるならば、ジョーンズは採用されない」
(c3) = (d1) ∨ (d’1)「ジョーンズが採用されるか、スミスが採用される」
すると、(e) の論理形式は、次によって解釈できる。
(e) = ((d1) → (d2)) ∧ ((d’1) → (d’2))
これは、逐語的な読みでは「ジョーンズが採用されるならば、そのポケットには10枚 の硬貨が入っており、かつ、スミスが採用されるならば、そのポケットには10枚の硬貨 が入っている」を意味するが、ここで「採用される男」の議論領域として、このシナリオ ではジョーンズとスミスの二人だけを考えれば十分であることから、この式が (e) の論理 的内容を過不足なく表現していることがわかる*20。
さて、その上で、(反例1)の第一段階の非単調な常識推論の図式
*20このとき、もし (e)の論理形式に「採用される男」の原文 ‘the man who will get the job’ の最初の
‘the’の一意存在の内容を盛り込むことが要求されるならば、
(e’) = ((d1)∧ ¬(d’1))∨((d’1)∧ ¬ (d1))「ジョーンズが採用され、スミスは採用されないか、または、ス ミスが採用され、ジョーンズは採用されない」
を(e)と連言∧ で結べばよい。この(e’)は今の議論領域では「ジョーンズだけが採用されるか、スミス だけが採用される」すなわち「ジョーンズかスミスのどちらかただ一人採用される男がいる」ことの正確 な表現である。そしてこの(e’)自体は、シナリオ上の三つの制約(c1) - (c3)により帰結する。
(ev)
普˙ 通˙ [(ev)なら(d1)である]はずだ ((ev)なら普˙通˙ [(d1)である]はずだ)
(d1)であるはずだ (信念1)
の帰結(d1) から、(e)を導く第二段階の単調な演繹推論の図式が、次のようにインフォー マルに構成できる。ただし、ここでは命題論理の推論構造に注目するため、「普通」「はず だ」のモダリティ表現は省略する。
(d1) (d2) (d1) ∧ (d2)
命題論理の定理 (d1) → (d2)
(d1) (d1) → ¬(d’1)
¬(d’1)
命題論理の定理 (d’1) → (d’2)
(e) = ((d1) → (d2)) ∧ ((d’1) → (d’2))
このインフォーマルな図式をMSHLによって形式化するために、
p:=「社長の「採用されるのはジョーンズだ」という発言を聞いた」
q :=「採用される」
r :=「ポケットに10枚の硬貨が入っている」
として、(反例1)のシナリオのクリプキネットワークモデルを、次によって与える。