第 2 章 反事実条件文の再分析 21
2.2.4 第三段階 : 時点参照関係と時点参照演算子
展していくことの表現可能性が、十分見て取れるだろう。
図2.8
上の図では、基準時というものを、孤立した点としてではなく、発話時からの到達関係と して表現している。これにより、点としての基準時R1, R2 は、クリプキ構造上の到達関 係R1, R2 として、したがって言語の側では、様相演算子⟨R1⟩, ⟨R2⟩として、複数の基準 時R1 の分布、複数の基準時R2の分布を表現するものとなる。これら複数の対応する基 準時を同時に指示する様相演算子⟨R1⟩, ⟨R2⟩は、プログラミング言語における参照演算 子・間接参照演算子との類比から、「時点参照演算子」と呼ばれてよい*27。
さて、上の図からからもわかる通り、時点参照関係は、現在の発話時Sを起点とする 関係であり、つねにこの現在の時点と相対的に与えられる。幸運なことに、もともとこ うした現在の時点を明示する論理学的装置を備えているのが、ハイブリッド論理である。
*27参照演算子(アドレス演算子)&は、変数xに適用されると、変数xのアドレス&x = aを表示す る。このアドレスaは、変数xの表す値そのものではなくて、その値が格納されている場所を指示(参 照)する名前、と考えてよい。次に間接参照演算子*は、変数xのアドレスaに適用されて、このaに 格納されている値を取り出す。例えばその値が2である場合、*a = 2となる。a = &xであったか ら、*(&x) = 2であり、これは変数xのアドレス&x=aを経由して、変数xの値2を間接的に参照 している、ということになる。われわれの導入した時点参照演算子⟨Rn⟩は、すぐ後に導入される「↓」 束縛子と組み合わされて、この「間接参照」と似た働きを実現することができる。まず、⟨Rn⟩ ↓x.x によって、現在の状態からRn で指示される場所に状態変数xの位置を宣言することができる。次に、
[Rn]iによって、現在の状態からRn で指示される場所に格納されている値がiであることが宣言で きる。そしてこの⟨Rn⟩ ↓ x.xと[Rn]iから、⟨Rn⟩ ↓ x.(x & i)が帰結する。ここでx & iは、ハ イブリッド論理におけるx = iということの正確な表現に他ならない。この働きには時間に関する 推論の文脈で次のような応用が考えられる。Rn := yesterday, p :=「容疑者にはアリバイがある」, i:= 5月18日 としよう。するとまず、⟨yesterday⟩ ↓x.(x&p)は「昨日、容疑者にはアリバイがあっ た」を表す。次に、[yesterday] (5月18日)は「昨日は5月18日だった」を表す。そしてこの二つから、
⟨yesterday⟩ ↓x.(x& (5月18日) &p)、つまり「昨日、5月18日、容疑者にはアリバイがあった」が 帰結する。ここで「昨日」(yesterday)は、まさに現在から1日前への到達関係を表す、と考えるわけで ある。このように考えれば、「昨日」(yesterday)と「明日」(tomorrow)の随伴的関係も、過去時制演算 子P と未来時制演算子F の随伴的関係と類比的に捉えられる。つまり⟨yesterday⟩[tomorrow]p→p と⟨tomorrow⟩[yesterday]p→pを(時制論理の公理P Gp→pとF Hp→pに倣って)公理とすれ ば、これらはそれぞれ、「昨日、明日p、ならばp」「明日、昨日p、ならばp」を表し、これは昨日の明日 と明日の昨日がそれぞれどちらも現在(今日)となることを述べていることになる。
この論理学的装置は、「↓」束縛子 downarrow binder と呼ばれる。このオペレーターは、
「↓x.φ」の形で、「現在の状態the current stateをxと名付け、この現在の状態xでφが 成り立つ」ということを表現できる。φは任意の論理式であるが、一般に現在の状態の名 前である xを式中に含むことによって、この現在の状態x についての再帰的な言及を可 能にする。たとえば「↓x.GP x 」は直観的に「現在の状態をxと名付けると、これ以降 ずっと、過去においてxという状態が成り立っていたことになる」と読める。
この「↓」束縛子と時点参照演算子⟨R1⟩,⟨R2⟩を組み合わせることで、(1)はCTL特有 の時間系列への量化表現A, Eを用いることなく、時点への量化のみを許す古典的な時制 演算子G「これ以降のすべての時点で」とF「これ以降のある時点で」とH「これ以前の すべての時点で」の弱い表現力だけで、次のように再形式化できる。
(1.2) ↓x.P(
(a) F(⟨R−11⟩x & p & F⟨R−21⟩x) &
(b) G(⟨R−11⟩x→(p→G(⟨R−21⟩x→H(⟨R−11⟩x→q))))
⟨R−11⟩, ⟨R−21⟩ はそれぞれ、⟨R1⟩, ⟨R2⟩ 演算子の、第一章で利用した逆関係演算子で、
⟨R−11⟩xは「時点xからR1 で参照されている」と読める。ここで(1. 2)は過去時制演算 子Pの内部に
(a) F(⟨R−11⟩x & p & F⟨R−21⟩x) &
(b) G(⟨R−11⟩x→(p→G(⟨R−21⟩x→H(⟨R−11⟩x→q)))) の二つの時間特性をもっている。
一つ目の時間特性 (a) の読みは、「これ以降のある時間系列上に今の時点xからR1 で 参照される時点があって、そこでpが成り立ち(そこで晴れていて)、さらにその未来に 今の時点xからR2で参照される時点がある」となる。
二つ目の時間特性 (b) の読みは、「これ以降、今の時点xからR1 で参照される時点に なったとき、そこでpが成り立てば(そこで晴れていれば)、さらにそれ以降、今の時点x から R2 で参照される時点になったとき、そこから見てそれ以前に、今の時点xからR1 で参照される時点で、qが成り立つ(客が多い)」となる。
この読みから (b) は G(−) という未来必然性の形をもつにもかかわらず、その直後 に「今の時点 xからR1 で参照される時点になったとき」という時制演算子内部の制限
restrictionを伴うことによって、次の直観的前提の下で、実質的に「強活性」に近似した
時間特性に弱められていることがわかる。つまり、その直観的前提とは、当の過去の時点 から始まるあらゆる時間系列(現実の時間系列も含む)において、たとえばR1について、
「今の時点xからR1で参照される」時点は、たかだか一つである、という前提である。こ の前提の下では、どの時間系列においても、「今の時点xからR1 で参照される」時点、つ
まりここではある特定の営業日を迎えれば、〜が成り立つ、という形で、(b) の形式上の 未来必然性が、いわば「擬強活性」に弱められる。各時間系列における「今の時点xから R1 で参照される」時点の一意性、というこの前提自体も、ハイブリッド時制論理の表現 力の範囲内で、
(c) G↓y.(⟨R−11⟩x→(H(¬y → ¬⟨R−11⟩x) & G(¬y → ¬⟨R−11⟩x)))
によって、束縛子↓ x.と過去時制演算子P の内部に明示化することができる。さらに、
(1)が実際に (c) の想定を含むものと考えるか否かにかかわらず、(a) と (b) の時間特性 から(1.2)は結局
(1.2.1) ↓x.P(F(⟨R−11⟩x & p & F(⟨R−21⟩x & H(⟨R−11⟩x→q))))
つまり「ある過去の時点において、晴れていて(p部分)、今の時点xからR2 で参照され る(⟨R−12 ⟩x部分)未来の時点からみれば、客が多かった(F(⟨R−12 ⟩x &H(⟨R−11 ⟩x→q)) 部分)、そのような今の時点xから R1 で参照される(最初の⟨R−11⟩x部分)未来の時点 があった」を含意することになる。
ところで、
(1) 晴れていたら、客が多かったのに。
に対応する英語の文
(1e) If it were fine, there would be many customers.
における ‘will’の過去形‘would’は、蔡(2014)の指摘する日本語の反事実条件文の帰結
節のように、「多かった」という真の過去時制を意味するものとは、必ずしも考えられな いであろう。とすれば、英語の反事実条件文は、この点に関して、日本語よりも単純な時 間構造をもっている可能性がある。つまり、その場合、(1e)の分岐時間モデルは、
図2.9
によって与えられる。つまり、英語の反事実条件文では、条件節と帰結節で基準時が一致 し、ただ一つの時点参照関係R1 しかもたない場合がある、と考えられる。その場合、(1) の形式化(1.2)は、
(1.2e) ↓x.P(
(a) F(⟨R−11⟩x & p) &
(b) G(⟨R−11 ⟩x→(p→q)))
にまで単純化される。この場合、一つ目の時間特性 (a) の読みは、「これ以降のある時間 系列上に今の時点xからR1で参照される時点があって、そこでpが成り立つ(そこで晴 れている)」となる。また、二つ目の時間特性 (b)の読みは、「これ以降、今の時点xから R1 で参照される任意の時点になったとき、そこでp → q(晴れているならば客が多い)
が成り立つ」となる。この(1.2e)は、(1.2)のときと同様、それ自身で (1.2.1e) ↓x.P(F(⟨R−11⟩x & p & q))
を含意する。これは「ある過去の時点において、晴れていて(p 部分)、客が多い(q 部 分)、そのような今の時点xからR1で参照される(⟨R−11⟩x部分)未来の時点があった」
という、(1.2.1)よりも単純な内容となる。
ここで、以上の(1)と(1e)のハイブリッド時制論理による形式化により、日米の反事実 条件文の間の帰結関係が指摘できる。まず、R1とR2の先後関係、今の場合、R1 よりも R2の方が未来に存在すること、が、ハイブリッド時制論理のpure式(命題変項としてノ ミナルしか含まない式)によって、以下のように簡潔に表現できる*28。
*28(d) が意図する構造的性質を定義することは、次のようにして示される。示すべきことは、任意の時間フ レームT = (T,{≤} ∪ {Rn}n∈N∪ {−→}a a∈Act)(以下2.2.6参照)について、
(d) ⟨R−11⟩i→F⟨R−21⟩i
これを前提したとき、日本語の反事実条件文 (1) 晴れていれば、客が多かったのに。
の形式化 (1.2) ↓x.P(
(a) F(⟨R−11⟩x & p & F⟨R−21⟩x) &
(b) G(⟨R−11⟩x→(p→G(⟨R−21⟩x→H(⟨R−11⟩x→q)))) は、対応する英語の反事実条件文
(1e) If it were fine, there would be many customers.
の形式化 (1.2e) ↓x.P(
(a) F(⟨R−11⟩x & p) &
(b) G(⟨R−11⟩x→(p→q))) を帰結する。