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第二段階 : ハイブリッド時制論理による基準時の表現

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第 2 章 反事実条件文の再分析 21

2.2.3 第二段階 : ハイブリッド時制論理による基準時の表現

ただしこの(1.1)には、明らかに不十分な点がある。それは、(a)強活性部分AF(p→q) で言及されているp qが成り立つ時点と(b)弱活性部分EF(p & q))で言及されてい

p & qが成り立つ時点が、一致する保証がどこにもないということである。これらはど

ちらも、ある店の特定の営業日として、この現実の現在の側から言及されているはずであ る。しかし、(1.1)にはその情報がないために、「晴れているならば客が多い」と言われて いる時点と、「晴れていて、かつ客が多い」と言われている時点が、まるでずれている、そ れどころか、どちらも意図されている営業日とは、まったく関係のない時点である可能性 も排除できない。

この(1.1)の欠陥は、現在、(i)言語学の側から出されている、最近の反事実条件文の日

本語学研究(蔡(2014)([83]))と、(ii)論理学の側から出されている、ハイブリッド時制 論理(Blackburn & Jørgensen (2016)([12]))によって補うことができる。蔡(2014)の 提案は、本質的に、いまわれわれがやろうとしていること、つまり、反事実条件文のモデ ルを、CTLの分岐時間のモデルによって与えることの、インフォーマルな提案であると 言ってよい。こうした分岐時間モデルの言語学者による応用は、定延(2004)([84])を引 き継いだものであるが、蔡のアイディアは、さらに、ライヘンバッハ([55])の「基準時」

の概念を、反事実条件文の分析に導入することにある。

ライヘンバッハの「基準時」の概念は、言語学の時制(テンス)・時相(アスペクト)研 究において、古典的な説明装置とされてきたものである。ライヘンバッハは、時制文を理 解するためには、時制文が、「発話時 speech time」「出来事時event time」の2つの時点 だけでなく、第3の時点「基準時 reference time」にも言及している、と考える必要があ ると指摘した。この必要性は、たとえば 英語の過去完了の文 John had run を見れば理 解できる。この文を発話するとき、われわれは、ある過去の時点を念頭に置いて、その前 にJohnが走るという出来事を位置づけている。ここで、Johnが走るという出来事がそ の前に位置づけられているところの「ある過去の時点」が、基準時である。これにより、

ライヘンバッハの記法で、発話時をS, 出来事時をE,基準時をRと表示すると、3つの時 点の関係は、E-R-Sと図式化される。ここで、ハイフン ‘-’ は時間の先後関係を表し、左 の項がより以前、右の項がより以後、の出来事を表す。こうして、このE-R-Sが過去完 了の型であると説明できる。また、このライヘンバッハの理論によれば、発話時と出来事 時の 2点だけでは区別できない、単純過去と現在完了が区別できるようになる。つまり、

John ran とJohn has runは、発話時と出来事時の関係だけではどちらもE-Sとなり区

別ができないが、加えて基準時を考えることによって、それぞれE,R-SとE-R,S(単純 過去は過去の出来事時に基準時が置かれるが、現在完了は現在の発話時に基準時が置かれ る)と区別できるようになる。

蔡(2014)の説は、反事実条件文が、条件節の基準時と、帰結節の基準時、2つの基準時

をもつ、というものである。たとえば、

(2) あの時、田中がボールを落とさなかったら優勝だった。(定延 2004)

は、条件節と帰結節に、それぞれ、条件節の「田中の捕球」という出来事E1を位置づけ る基準時R1 と、帰結節の「優勝」という出来事E2 を位置づける基準時R2 の2つがあ ると考えられる。これらを想定することによって、蔡は(2)に対し次のような分岐時間モ デルを与える。

2.4

蔡(2014)の説のポイントは、特にこの帰結節の基準時R2を考えることによって、日本語

の反事実条件文における、帰結節のさまざまな時制のヴァリエーションを説明できること である。たとえば今の場合、「優勝だった」の「だった」という過去時制は、上の図で下 側の可能的な時間系列上の基準時R2に対して、優勝した出来事時E2 が、左側にあるこ とによって説明できる。また、

(3a) この仕事がなければ、明日は釣りに行くのに。

(3b) この仕事がなければ、明日は釣りに行ったのに。

では、帰結節の時制が、(3a)では「釣りに行く」という未来時制、(3b)では「釣りに行っ た」という過去時制になっている。この場合、「釣りに行く」という出来事E2 を位置づけ る基準時をR2とすれば、(3a)のモデルは

2.5

(3b)のモデルは

2.6

となる。これらを見比べれば、(3a)が未来時制なのは E2がR2 の右側にあること、(3b) が過去時制なのはE2がR2の左側にあること、によって説明できる。

さて他方、このライヘンバッハの基準時という古典的概念は、現在、論理学の側でも、ハ イブリッド時制論理によって形式化できるということが、Blackburn (1990, 1994) ([10], [11]), Blackburn & Jørgensen (2016)[12])により提唱されている。しかもこれにより、

言語学の側から長く指摘されてきたライヘンバッハの時制理論の難点が克服され、さら にこの基準時という概念のもつ機能のポテンシャルが明らかにされる。ハイブリッド論 理とは、ノミナルと呼ばれる、モデル上の唯一の点でしか成り立たない特別な命題記号 i, j, k, ...をもつ論理である。これによって、たとえば今の時間モデルの脈絡では、個々の 時点をi, j, k, ...などによって表示することができる。ハイブリッド時制論理は、このノミ ナルによって基準時を表現する。たとえば先の過去完了John had runは、ハイブリッド 時制論理では、ジョンの走行をφ, 基準時をiとして、P(i & P φ)という論理式により表 現される。これは、「過去に基準時iがあって、そのiのさらに過去でφが成り立ってい た」と読める文であり、過去の基準時iのさらに過去にφつまりジョンの走行という出来 事が位置づけられている、ということを述べているのに他ならない。同様に、ハイブリッ ド時制論理では、単純過去John ranをP(i & φ)、現在完了John has runをi & P φ、 として書き分けることができる。

ここで、Comrie (1981)[17])をはじめとして言語学の側から指摘されてきた、ライ

ヘンバッハの時制理論の難点がある。それは、ライヘンバッハの時制理論では、過去未来

(Future in the past)、未来完了(Future perfect)に、余計な分類が生じることである。

たとえば未来完了の文John will have finished his homeworkは、通常、ジョンの宿題が これからある期限までに終わる場合(S-E-R)を意図しているが、それは、ジョンの宿題 が今もう終わっていても(E-S-R)、今まさに終わったとしても(S,E-R)、正しい文とさ れるはずである。つまり、ライヘンバッハの時制理論は、自然言語の未来完了に、余計な

3つの分類を持ち込んでしまっている。過去未来の場合でも、同様の議論が成り立つ。

ところが、ノミナルによる基準時表現を可能にするハイブリッド時制論理では、未来 完了の文John will have finished his homeworkは、F(i & P φ)と形式化される。この 式はまさに、ジョンの宿題がこれからある期限までに終わる場合(S-E-R)でも、ジョン の宿題が今もう終わっている場合(E-S-R)でも、今まさに終わった(S,E-R)場合でも、

真となる式である。これは、過去時制演算子P が、出来事時Eに対応する、命題φが成 り立つ時点を、過去向きに˙ ˙に位置づける、という適切な抽象度を有していることによ˙ る。こうして、ハイブリッド時制論理が、ライヘンバッハの時制理論を、論理学的に具現 しつつその欠陥を補完するものであることがわかる。

さらにハイブリッド時制論理は、ライヘンバッハの基準時という古典的概念の論理的な ポテンシャルを引き出し、明らかにする。まず第一に、ハイブリッド時制論理では、ライ ヘンバッハの時制理論では実現できなかった、基準時の再帰的表現が可能となる。たとえ ば、I shall have been going to see Johnがその例である。この複雑な文を理解するため には、2つの基準時R1 とR2 が必要となるが、さらに、ライヘンバッハの図式をこうし た複数の基準時を導入して拡張したとしても、その解釈として、S-R2-E-R1 だけでなく、

S-R2-R1-Eなどの可能性も考えられる。しかし、ハイブリッド時制論理では、R1i, R2

j とすれば、これらの意味論的可能性をすべて覆って、F(i & P(j & F(I-see-John))) として表現できることになる。

第二に、さらに重要なことは、ハイブリッド時制論理による基準時の表現によっ て、基準時を明示化することの談話 discourse レベルでの機能が明らかになるとい うことである。基準時を明示化することの意味は、たんに単一の文が表す事態の時 間順序を精確に記述することにあるのではない。そうではなく、その意味は、明示 化した基準時を、談話中いつでも照応可能にし、再利用できるようにしておくこと、

にある。たとえば、次の談話を考えよう。「ヴィンセントは目を覚ました。何かがお か し い と 感 じ た 。ヴ ィ ン セ ン ト は 銃 に 手 を 伸 ば し た 。」こ の 談 話 で は 、第 一 文 と 第 二文はほぼ同時の出来事を記述していると考えられ、第三文は、それらより少し後 の 出 来 事 を 記 述 し て い る と 考 え ら れ る 。こ の 談 話 を 、ハ イ ブ リ ッ ド 時 制 論 理 で は 、 P(i & wake-up) & P(j & feel-wrong) & @ji & P(k & reach-for-the-gun) & @kP j によって形式化することができる。一般に@iφは、今の時間モデルの脈絡では、「時点i においてφが成り立つ」という意味である。したがって@jiは「時点j においてiが成 り立つ」つまり「時点j は時点iと同じ時点である」つまり「時点j と時点iは同時であ る」ことを表すことになる。また@kP jは、「時点kにおいて、過去にj が成り立つ」つ まり「時点j は時点k の過去である」つまり「時点k は時点j の後の時点である」を表 す。こうして、第一文の基準時iと第二文の基準時j、第三文の基準時k が明示化される ことによって、これらが談話中で互いに照応され、それによって談話の時間的構造化が進

展していくことの表現可能性が、十分見て取れるだろう。

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