第 3 章 ゲティア問題と Red Barn 問題の多領域様相論理による分析 87
3.1.2 ゲティア推論構造
ゲティア問題は、その発表以来、無数の反応を集めてきた。そのタイプを大別すると、
(1)JTBの改訂を迫るもの([37], [27], [39], [21], [46])、逆に、(2)JTBを保存するもの
([38], [69], [49])、(3)ゲティア問題そのものの問題性を疑うもの([32], [33])、がある。本 論文では、しかし、差し当たりどのタイプにも中立に、ゲティア問題を出発させている推 論プロセスに焦点を当て、その論理学的形式化を行う。
ゲティア問題を出発させている推論とは、両反例で(1)「強い証拠」があると言われな がら、(2)しかし現実には偽であった、命題の正当化部分である。それは(反例1)では、
「社長の「採用されるのはジョーンズだ」という発言を聞いた」ことから「ジョーンズが 採用される」を導いたステップであり、(反例2)では、「ジョーンズがいつもフォードに 乗っているのを見ている」ことから「ジョーンズはフォードを所有している」を導いたス テップである。
偽な命題を正当化する——これは、ゲティアが2つの反例を構成する前に、周到に読者 に受け入れを要請していた可能性であったことを思い出そう。しかし、この可能性を認め ることが、(e) (h) は明らかに「知識」でない、とゲティアによって判定される理由を形 成する種となっている。つまり、 (e) (h)がスミスの「知識」と言えないのは、スミスが それを偽な命題を根拠に真であると信じており、(e) (h)が真である根拠は、それとは独 立の知られていない事実にあるからである。他方で、その偽な命題自体は、上記の強い証 拠によって正当化されており、(e) (h)の結論自体は、その偽な命題からの演繹によって 正当化されている。つまり、スミスの一連の推論は、[1] 与えられた証拠(見た事、聞い た事)から出発して、[2] 偽な命題を経由し、[3] 再び真な命題に至るが、その過程で、[1]
と [2]の間と、[2]と [3]の間の正当化のステップの正当性は疑われず、したがって正当化 の連鎖自体は途切れることなく保たれている、という構造をしている。そして最後に偽な 命題から真な命題に移行するとき、偽な命題それ自体とは独立の事実によって真となるよ うに、その偽な命題に適当な論理的操作を施しているところが、ゲティアの卓越した技巧 であろう。この推論構造を図式的にまとめると、
(ゲティア推論構造の第一近似)
[1] 証拠 ―[正当化1]→[2] 偽な命題 ―[正当化2(演繹推論)]→ [3] 真な命題([2]とは 独立の知られていない事実によって真)
となる。
ここで、第二段階の正当化の正当性は、ゲティアがこれも事前に「〈ある主体によって 正当化されて信じられている〉という命題の性質は、その主体が行った演繹について閉じ ている」という趣旨の前提を与えていることから、ゲティアによって無条件に認められて いるものと考えられる。そこで第二段階の正当化の正当性については、われわれもまた、
それが標準的な演繹推論であることによって、疑わないことにする。その正当性を疑うこ とは、標準的な論理法則の正当性を疑うことであり、それは明らかに法外な仕事になるだ
ろうからである*1。
われわれが疑うのは、したがって、第一段階の正当化の方である。第一段階の正当化 は、与えられた証拠を表す、真な命題を前提とし、偽な命題を結論としていることから、
それが妥当validな推論ではありえないことは、見た目にも明らかである。しかしそれで は、ここでどのような推論が行われているのだろうか。それを見るために、いま、上の図 式の [1] 証拠部分を (ev) とする。すると、 その [1] 証拠部分と [2] 偽な命題部分のセッ トは、(反例1)の場合には、
(ev):=「[スミスは]社長の「採用されるのはジョーンズだ」という発言を聞いた」
(d1) 「ジョーンズが採用される」
であり、(反例2)の場合には、
(ev):=「[スミスは]ジョーンズがいつもフォードに乗っているのを見ている」
(f) 「ジョーンズはフォードを所有している」
である。さて、スミスが [1] 与えられた証拠から [2] 偽な命題を導出する際に採用した推 論として、最も自然に想定されるのは、それぞれ次のようなものであると思われる。(以 下で [ ] は「普通」という副詞がかかる作用域を示す。)
(ev)
普˙ 通˙ [(ev)なら(d1)である]はずだ ((ev)なら普˙ 通˙ [(d1)である]はずだ)
(d1)であるはずだ (信念1)
(ev)
普˙ 通˙ [(ev)なら(f)である]はずだ ((ev)なら普˙ 通˙ [(f)である]はずだ)
(f)であるはずだ (信念2)
つまり、スミスの伝聞/観察した証拠 (ev) と帰結 (d1)/(f)を媒介する命題として、「普˙ 通˙ [(ev) なら (d1) / (f) である]はずだ」あるいは「(ev)なら普˙ 通˙ [(d1)/(f) である]はずだ」
という常識的法則を補うのが、ここでの自然な解釈であると思われる。つまりこの常識的 法則は、(反例1)の場合には「普˙ 通、社長の「採用されるのはジョーンズだ」という発言˙ を聞いたなら、ジョーンズが採用されるはずだ」、(反例2)の場合には「普˙ 通、ジョーン˙ ズがいつもフォードに乗っているのを見ているなら、ジョーンズはフォードを所有してい るはずだ」ということになる。
ここでしかし、シナリオを再確認すれば、(反例1)の場合には、スミスは社長の「採 用されるのはジョーンズだ」という発言を聞いたにもかかわらず、ジョーンズは採用され なかったし、(反例2)の場合には、スミスはジョーンズがいつもフォードに乗っている
*1この第二段階の正当化部分が実際、標準的な論理法則によって成り立つことも、後でそれをMSHLで形 式化することによって証明する。
のを見ているにもかかわらず、ジョーンズはフォードを所有していなかった。つまり、ど ちらの場合も、現実には (ev) であったにもかかわらず、(d1)/(f) でなかった、ことにな る。これは、ゲティアの描く状況が、明白に「普˙ 通˙ (ev) なら (d1)/(f)であるはずだ」と いう常識的法則が成り立たない、普˙ 通˙の˙ 状˙況˙ で˙ は˙ な˙ か˙っ˙ た、ということを示している。そ˙ こで、スミスの信念内部における推論図式(信念1)(信念2)との対比で、その外部に ある事実は次のように書き出せる。
(ev)
(ev) なら (d1)/(f)のはずの普˙通˙ の˙ 状˙ 況˙ で˙ は˙ な˙か˙ っ˙ た˙
(d1)/(f) でなかった (事実)
これを見れば、問題は、スミスが採用した常識的法則それ自体にあるというよりも、当 該の異常な状況下での、その常識的法則の使˙用にある、と思われる。すなわち、問題は、˙ スミスが普˙通˙ の状況なら成り立つはずの「˙ 普˙ 通˙ (ev) なら (d1)/(f)であるはずだ」という 常識的法則を、普˙ 通˙ で˙ は˙ な˙い状況で使用している、ということである。˙
それではスミスはなぜ、自身が今置かれている状況が、 (ev) なら (d1)/(f) であるはず の、普通の状況ではないことに気付かなかったのだろうか。それは勿論、(反例1)の場 合にも、(反例2)の場合にも、それぞれ重要な「スミスに知られていない事実」があった からである。すなわち、(反例1)の場合には、「(ジョーンズでなく)スミスが採用され る」という事実、(反例2)の場合には、「ジョーンズが乗っていたフォードはレンタカー だった」という事実である。そして、どちらの場合にも、これらの事実がスミスに知られ ていれば、また、そのときスミスが十分合理的ならば、スミスには (d1)/(f) という結論 を直ちに撤回する準備があっただろう。
こうして、ゲティア推論構造の第一段階の正当化を構成するスミスの推論は、「撤回可能 性のある常識推論 defeasible commonsense reasoning」であることが判る。このゲティ アの例自体がよく示している通り、撤回可能性のある常識推論は、論理学で正統とされる 演繹推論がもたない、特徴的な性質をもっている。それは、新たな前提情報が加わると、
古い前提情報のもとで下されていた帰結が取り下げられる可能性をもつ——すなわち、前 提情報の増大により帰結が減少しうる、という性質である。このような性質をもつ推論 は、一般に「非˙ 単˙ 調推論˙ nonmonotonic reasoning」と呼ばれる。それに対して、論理学 で正統とされる演繹推論は、どんな新たな前提情報が加えられても、古い前提情報のもと で得られた帰結はどれも撤回されることなく保存され続け、従って前提情報の増加に伴っ て帰結も単調に増加するしかない。現在まで伝統論理学が主に扱ってきたのは、このよう な「単˙ 調推論˙ monotonic reasoning」である。
以上により、先のゲティア推論構造の図式において、その第一段階の正当化部分が非単
調な常識推論、第二段階の正当化部分が単調な演繹推論、として推論構造の特定が進めら れる。これを再び図式化すると、
(ゲティア推論構造の第二近似)
[1] 証拠 ―[非単調な常識推論]→ [2]偽な命題 ―[単調な演繹推論]→ [3]真な命題([2] と は独立の知られていない事実によって真)
となる。すなわち、ゲティア問題は、非˙ 単˙調な常識推論と˙ 単˙ 調な演繹推論の˙ 混˙ 合推論で構˙ 成されている*2。