第 3 章 ゲティア問題と Red Barn 問題の多領域様相論理による分析 87
3.1.17 通常条件文の条件法論理による形式化と MSHL による形式化と
関係
3.1.4で、通常条件文「通常φならψである」をφψと類比的に φ→N ψによっ
て形式化する条件法論理の枠組みを見た。この節では、第??部での反事実条件文のハイブ リッド時制論理HTLCF による形式化の基本構造を介して、条件法論理による通常条件文
「通常φならψである」の形式化と、以上のMSHLによる「普通φならψである」の形 式化との関係に言及しておく(ただし、ここで「通常」と「普通」という表現の区別は本 質的ではなく、本論文を通して両者の推論上の振る舞いを区別する必要性は生じない)。
まず、MSHLによる「普通φならψである」の形式化は、一般に次に仕方で与えられ る。常識推論のエージェント Agentの情報空間Aとし、この常識推論エージェントが考 察する領域の族{Xi}i∈I を用意する。このAとこれらXi 中の諸要素の可能な組み合わ せすべてから成る集合を “コア(核)” と呼び、C = ∏
i∈I Xi×Aとした上で*21、この C から領域Xi, 情報空間Aへの射影をそれぞれπXi :C →Xi, πA :C →Aとする。こ のとき、常識推論のエージェントが使用する通常条件文「普通φならψである」は、
[(πA|N)−1](φ→ψ)
によって表現できる。ここで、N はC の部分集合であり、可能な全体の状況のうち、常 識推論エージェントにとって「通常」とされる状況の集合が意図されている。その上で πA|NはC から常識推論エージェントの情報空間Aへの射影πAのN制限である。また、
φもψもC上の状況を表す式であり、そのソートはC である。
この設定により例えば、「普通、鳥は飛ぶ」は、考察の対象となる個体の議論領域をU
*21∏
i∈IXiはXiたちの集合論的積、つまりXi×Xj×Xk×...(i, j, k, ...∈I), 厳密には{f :I →
∪
i∈IXi |f(i)∈Xifor eachi∈I}を表す。
とすると、C =U ×A、φ:= (πU)bird, ψ:= (πU)f ly として、
[(πA|N)−1]((πU)bird→(πU)f ly)
となる。この場合、N ⊆C =U ×Aは、常識推論のエージェントにとっての、典˙ 型˙的˙ な˙ 対象の与えられ方、あるいは標˙準˙ 的˙ な対象の標本空間、と考えるのがよいだろう。このと˙ き、MSHLはハイブリッド言語であるため、T weety をU 中の個体の名前を表すノミナ ルとして使用できる。するとわれわれは、
[π−1A ](πU)(T weety →bird) つまり
[π−1A ]((πU)T weety→(πU)bird)
によって、常識推論のエージェントに「Tweetyは鳥である」という確˙ 実˙ な情報が与えら˙ れていることを表現できることになる*22。ところで、(πA|N)−1 ⊆ π−A1 より、ソートC の任意の式φについて、
[π−A1]φ→[(πA|N)−1]φ
であり、また、正規様相演算子の公理Kより、任意のソートCの式φ, ψについて、
[(πA|N)−1](φ→ψ)→([(πA|N)−1]φ→[(πA|N)−1]ψ) であるから、
[πA−1]((πU)T weety →(πU)bird) [(πA|N)−1]((πU)bird→(πU)f ly) [(πA|N)−1]((πU)T weety →(πU)f ly)
が成り立つ。これは、「Tweety が鳥であることは確実である」と「普通(=標準的な対象 の与えられ方を想定すれば)、鳥は飛ぶ」とから、「普通の状況を考えれば(=標準的な対 象の与えられ方を想定すれば)、Tweety は飛ぶ」が結論することを表している。
さて、MSHLの自然な拡張として「↓」束縛子を導入した体系が考えられるが、も˙しこ˙ の体系が得られたとすると、通常条件文「普通φならψである」の形式化
[(πA|N)−1](φ→ψ)
*22[πA−1](πU)(T weety→bird)のT weety→birdの部分は@T weetybirdと同値である。
は、「↓」束縛子の公理
⊢@a(↓x.φ↔φ[x :=a]) によって、次の式と同値になる。
↓x.[π−1A ]((πA|N)x→(φ→ψ)) (3.2) これは、「常識推論エージェントAの現段階の情報状態をxとすると、xがそこから分離 された一側面であるような、可能な全体の状況に遡行したとき、そこが通常の状況であれ ば、φ→ψが成り立つ」ことを述べている。
ここで、前件に作用を含まない反事実条件文「φだったらψだったのに」の弱い形 (CW) 「φだったらψだったのに」(φを実現する時間系列への分岐時点が過去に存在す ることを含意しない場合)
↓x.H(⟨R−10 ⟩x →
(a) F(⟨R−11⟩x & φ &F⟨R−21⟩x) &
(b) G(⟨R−11⟩x→(φ→G(⟨R−21⟩x→ψ))))
を思い出そう。この(CW)から活性部分(a)を落としてさらに弱めた形が、次の(CWW) である。
(CWW) ↓x.H(⟨R−01⟩x→G(⟨R−11⟩x→(φ→G(⟨R−21⟩x→ψ))))
さらに、 (CWW) で条件節の基準時R1 と帰結節の基準時R2 を分岐時点R0 と一致させ
ると、つまりR0=R1=R2とすると、
↓x.H(⟨R−01⟩x→(φ→ψ)) (3.3) が得られる。
すると、(3.2) と (3.3) の式構造の対応はもはや明らかだろう。対応点は二つある。一
つ目は、(3.3) で「現在から過去への遡行」を表す‘H’が、(3.2) では「与えられた側面か
ら全体への遡行」を表す ‘[π−A1]’ になっている。二つ目は、(3.3) で遡行先の過去から見 た現在に対する関係 ‘R−01’、つまり「R0で参照されている」という関係が、(3.2) では遡 行先の全体から見た与えられた側面に対する関係 ‘πA|N’ 、つまり「通常の状況Nの中か ら射影している」になっている。言い換えれば、(3.3) では遡行先が過去の時点の中から 話者に関心のある時点として指定されているのに対応して、(3.2) ではそれが可能な全体
の状況の中から話者に通常であると思われる状況として指定されている、ということであ る。ただし、ここでの構造的相違は、前者の過去への遡行が線形であるのに対して、後者 の全体への遡行がそうではない、ということである。
以上の観察は、反事実条件文「事実に反してφだったらψ だろう」と通常条件文「通 常φならψである」との類比性の根拠が、次の一般的事実のうちにあることを示唆して いるだろう。つまりその一般的事実とは、「側面」が「全体」からのみ生成されるのと同 様、「現在」もまた「過去」からのみ生成されるとすれば、生成されたものから、それを生 成したものについての、関心のある性質を推論するためには、われわれは一般にその生成 プロセスの遡行先を参照しなければならないが、しかし一般にその遡行先の可能性は無数 に開かれているので、そのためにわれわれは、その可能性の範囲を適切に限定しなければ ならない、という当然の事実である。