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費用分担

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第 5 章 KEDO 事業の原動力と限界

第 2 節 KEDO事業の実像

2. 費用分担

2.1.  軽水炉提供

軽水炉型選定問題は依然として葛藤の余地を残していたが、二つ目の核心的な課題であ る費用分担の決定も未解決のままであった。費用分担は、軽水炉型(または主契約者)選 定とも結びついていることから、さらに各国の思惑の相異によって容易には決着できなか った。

まずKEDO事業にかかわる費用を分類してみると、1.軽水炉プロジェクト、2.重油の

供与、3.事務局経費の3点に大きく分けられる380。そのなかでも1と2にかかわる費用が

重要な課題となっていたが、とりわけ 1 の軽水炉提供費用は、主に韓国と日本が負担する ものであり、2の重油提供はアメリカの責任であった。

最も激しく対立していた軽水炉提供に関する費用について梅津は、「本プロジェクトの経 費については、韓国が中心的役割、そして日本が意味のある役割を果たすこととされてい る」381と述べたが、その中心的役割とは費用分担額をもって表れた。1994年10 月末の段 階で、韓国政府が費用の55%の負担を考慮したものの、日米からは70%の負担を要求され た382。前述したとおり、韓国型が選定されることであれば、韓国の費用分担分を高めるこ とは理由のある要求であった。しかし、この費用分担問題は、韓国だけではなく原加盟国 すべてが関連する事柄であり、1998 年 11 月に行われたKEDO理事会における費用分担の 最終決定までには、激しい対立が繰り広げられた。

ここで、各国の費用分担に対する姿勢を考察してみよう。まずアメリカの場合、基本的 に極力負担を避けようとした。1994年12月2日付夕刊『朝日新聞』によれば、「米国のガ ルーチ核問題担当大使は一日、米上院外交委員会・東アジア太平洋小委員会の公聴会で証 言し、約四十億ドルと見込まれる朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の軽水炉転換支援や、

五億ドル前後と推定される代替エネルギーの重油提供などに関する米側の負担は『合計で 一億ドルに届かない』との見通しを示した」という383。全体費用の25%程度であった。

特に、アメリカが負担する予定の毎年50万トン分の重油提供についても、その費用をい かに用意するかは明確でなかった。重油提供のためには、仮に1995年基準の石油価格を1 バーレル17ドルと設定した場合であっても384、年間約5千3百万ドル以上が必要となる。

第1基目の軽水炉提供を、最短で2003年をめどとしても9年間で約5億ドル近くの費用が

380 梅津至、前掲書、20頁。そのほかの追加発生費用については、次の文献を参照されたい。イム・ウル チュル「IMF救済金融時代の軽水炉建設」平和問題研究所『統一韓国』(1998)通巻第169号、42頁(原 題:임을출「IMF구제금융시대의 경수로 건설」평화문제연구소『통일한국』(1998)통권제169호)。

381 梅津至、同上。

382 『東亜日報』19941028日付

383 『朝日新聞』1994122日付夕刊。

384 1バーレル当たりの価格については次を参照した。Energy Information Administration, http://tonto.

eia.doe.gov/dnav/pet/hist/wtotworldw.htm(20091月) 129

発生する。そのうえ、将来の「使用済み核燃料棒処理費用」を考慮すると、前述の「1億ド ル未満」の負担とは、実質的に「米政府は負担を負いたくない」との本音の表せであった といわざるを得ない。

さらに1995年1月10日付夕刊『朝日新聞』に、「米国は中東産油国の支出を期待してい る(中略)…米政府のガルーチ北朝鮮核問題担当大使が近く中東入りして、参加の合意取 り付けに当たる」385と報道されたように、クリントン政権としては最小限の費用分担をも ってKEDO事業に関与しようとした。この方針はKEDO事業が終了するまでに続いた。

一方、費用の20%程度を負担する見通しとなった日本の場合、1998年版『外交青書』に、

「日本の安全保障や国際的な核不拡散体制にとり、北朝鮮の核兵器開発問題が解決に向かう ことは極めて重要であり、日本はそのような観点から他の理事会メンバーとともにKEDO の政策決定に積極的に参加している」386と明記されたが、国内の政治情勢や世論の動向を 配慮することに優先し、曖昧な姿勢であったといえる387。イム・ウルチュルは、「日本政府 がKEDO支援に輸出入銀行融資を活用することを決めた理由は、一般会計予算に影響を及 ばすことなく(中略)…‘その他政府資金‘として分類されるため、原子炉建設支援はODAの 趣旨にそぐわないという一部の非難を避けられるため」であったと指摘したが388、日本政 府が常に国内の政治・世論の動向に対して敏感に反応したのである。

唯一韓国だけが、「心地よく」軽水炉提供にかかわる費用の多くの部分を分担しようとし た。その背景には、前述したように、韓国型の軽水炉が選定されれば、それに伴う雇用創 出やGDP増加などの経済波及効果が期待されたからである。予想される具体的な経済波及 効果としては、国内生産誘発効果が4兆642億ウォン、GDP誘発効果が1兆9千97億ウ ォン、さらに今後10年間において5万4千3百80人の雇用創出効果が試算された389。こ の国内生産誘発効果とGDP誘発効果の合計額だけでも5兆9千万739億ウォンであったが、

1998年度の為替レートを1ドル=1400ウォンとして計算すると、約43億ドルに相当した。

また1998年度基準の国内総生産は1,877億ドルであったが、その約2.3%にあたる390。こ の予想金額は、最初に見込んでいたKEDO事業の費用に匹敵するものであった。

しかし、KEDO 事業は日米韓の合意によって組織されたが、その意思決定も基本的には

385 『朝日新聞』1995110日付夕刊。

386 外務省『外交青書』19981998年版、23頁。

387 2章で言及したように、日本の北朝鮮に対する政策は、グローバル観点や地域情勢の展望に基づいて いたものというより、アメリカとの協力や国内の世論と政治的動向を重要視する傾向が強かったといえる。

388 イム・ウルチュル、前掲書(1998)、44頁。また、イムは、199711月に韓国電力公社(KEPCO、

韓電)が作成した「軽水炉概略工事費」rough order of management, ROM)を算出したが、「この事 業が北朝鮮という特殊な地域に建設される事業であり、多くの不確実な前提条件のもとで算出され、日本 側はROM規模に異見を示し、ROMの合意に至らなかった」ことをあげた。参照、イム・ウルチュル「集 中分析:軽水炉敷地工事経過と課題」平和問題研究所『統一韓国』(1997)通巻第167号、30頁(原題:

임을출「집중분석:경수로 부지공사 경과와 과제」평화문제연구소『통일한국』(1997)통권제167호)

389 パク・ヨンギュ「インタビュー:軽水炉支援企画団洪良活政策調整部長」北韓研究所『北韓』1998 12月号、108頁(原題:박영규「인터뷰: 경수로지원기획단 홍양호 정책조정부장」북한연구소『북한』1998 12월호)。

390 韓国銀行経済統計システム, http://ecos.bok.or.kr/(20085月)より基準値を設定し計算。

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日米韓の協議と合意を前提条件とするコンセンサス方式であった。そのうえ、費用の分担 のような軽水炉型選定と密接な関係がある重要な事柄は、北朝鮮との協議が必要であった ため、最終的な決定までは複雑なプロセスとなった。

費用の分担をめぐる対立は時間が経つにつれて、より激化するようになった。そのため、

とり急ぎ開始したのが敷地調査であった。敷地調査は本工事に先立つものであったが、調 査にかかった時間に問題があった。調査は、本工事の開始までに計7回を行った。第1 回 目は、1995年8月15日から22日まで現地訪問や文献調査を中心に行われた。第2回目は、

1995年10月24日から31日まで、最適な敷地選定のための調査が行われ、琴湖地域が敷 地対象として選定された(参照、図5-1)。第3回目は、1995年12月16日から1996年2 月3日までに、軽水炉2基の配置について調査が行われた。その後、1997年7月までに合 計7回の敷地調査活動を終え、細部の敷地調整が終了した391

図 5-1  琴湖地域

出典:コモンズ『北朝鮮の日常風景』(2007)、住宅地図技術団『北韓交通地図』(2007)を参照に作成。

しかし、敷地調査が終わった後も費用分担は決まらない状況が続いた。費用分担をめぐ るKEDO理事会メンバー間の意見は容易にまとまらなかった。そのため今度は本工事に先

391 軽水炉事業支援企画団、前掲書、148-151頁。

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立ち、KEDO事業関係者の宿舎や食堂といった付随する施設の建設が先行された392。この 工事を担当したのは韓国電力(KEPCO、韓電)であった。韓電は、1997 年 8月 15 日に

KEDOとの間で「初期現場工事契約」を締結し、その 4日後から工事を開始した393。しか

し、本工事の前に付帯設備工事が始まったとはいえ、未だ本工事のための軽水炉提供に関 する主契約者は未選定のままであった。この時点で韓電は、KEDOから主契約者として指 定されただけであった。

一方、費用分担のための費用算定については、原加盟国間の協議において数回にわたっ て修正が行われた。軽水炉事業支援企画団の資料によれば、1996年7月の時点で、KEDO 事業の主契約者として選定された韓電による事業費総額は約75億ドルと推定された。韓国 政府が最初に推定した金額より、倍近く膨れ上がった。それ故に韓電とKEDOの協議を経 てKEDO理事会は、事業費用を改めて約52 億ドルと調整した。しかし、1997 年後半より 本格化したアジア諸国の急激な為替下落に伴う金融・経済危機によって、事業費用は再三 46億ドルと調整された394。当然、韓国と日本の負担も大きく跳ね上がることを意味した。

特に韓国の場合、当時の経済危機の影響により、為替レートが1ドルに対して一時2,000 ウォン程度にまで落ち込み、貿易収支の悪化や失業の増加による経済事情の急速な悪化に 見舞われた。ついには、国際通貨基金(IMF)からの援助を受けるに至った。軽水炉事業 の費用分担についても悲観論が聞かれるようになった。当時の軽水炉事業支援企画団の政 策調整部長だった洪良活は、『北韓』(1998年12月号)で、「軽水炉事業は性格上財政から 負担するのが妥当であるが、(金融経済危機により)金融・企業構造調整と失業対策に必要 とされる莫大な財政負担のため、軽水炉事業費の財政負担は現実的に厳しい」(括弧筆者)

395と述べた。このような状況では中心的役割を果すことは用意ではなかった。

またイム・ウルチュルが指摘したように、「(韓国)国内の場合、本工事契約締結後、完 成までには8〜9年がかかるが、KEDOの軽水炉事業は、KEDOと北朝鮮との間の残余議定 書締結やKEDO会員メンバー間の財政分担といった先決要件が完了され、本工事契約が締 結されなければ」(括弧筆者)396ならず、その結果、軽水炉提供は予定より大幅にずれ込む こととなった397。さらに費用分担をめぐる葛藤は、韓国だけに起因する問題ではなかった。

前述したアメリカの消極的な姿勢と日本の曖昧な政策も、費用分担決定を遅延させた。

2.2.  重油提供

392 当時KEDO理事会メンバーの間で事業費の財源負担をめぐる協議が遅延することで、本格的な工事の推 進が至難な状況であった。これを受けてKEDOは、事業費が確保されるまでに敷地準備工事を進めること を決定した。なお、敷地準備工事にかかわる経費は、韓国政府がKEDOに融資する形で提供した。同上、1 55頁。

393 同上、153-165頁。

394 同上、123-124頁。

395 パク・ヨンギュ、前掲書、109頁。

396 イム・ウルチュル、前掲書(1997)、30頁。

397 なお、残余議定書、つまり付属議定書の締結現況については、附録4を参照されたい。

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