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核拡散と核抑止

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第 3 章 国際関係のなかの核危機

第 1 節 核開発:大国の論理と小国の願望

1. 核拡散と核抑止

第 2 次世界大戦が終息しつつあった頃、核兵器の威力は突然のように人々の前で試され た。いち早く核兵器開発に成功したアメリカは、1945年8月6日に広島へ、その3日後の 9日には長崎へ、形は異なっていたが各1発ずつの核兵器(原子爆弾)を投下した。この「た った」二つの核兵器によって、広島・長崎を合わせ当時の人口約62万人のうち、3分の1 にあたる約21万人の死者を出した137。また死者だけではなく、一生を苦しみのなかで生活 する大勢の被爆者が出たが、なかには「日本人」以外の人々も多く含まれていた138

しかし、人々は、核兵器が持つ壮絶な破壊力とその恐ろしさを覚えたが、同時にこの恐 ろしきものを手に入れようと、国家的存亡をかけての試みを繰り広げてきた矛盾の歴史を 持っている。それは「自国の存亡」、「安全の確保」といった観点に立った行動であったが、

その根源には「他国からの脅威」に強硬に対抗するという論理的根拠を持っていた。

その結果、大戦後暫く続くアメリカによる核兵器の独占時代は、1949年8月にソ連が核 実験に成功したことによって終焉した。その後、冷戦対決の深化とともに核兵器の拡散も 進み、1953年10月にイギリス、1960年2月にはフランスが核実験を成功し、核兵器の2 国時代も短い期間に終わり、多国化時代へと変わった。さらに、1964年10月に中国が核 実験に成功したことにより、以後核兵器をめぐる競争時代が本格化した。なお、上記の5 ヵ国は、後のNPT条約にて核兵器国(Nuclear Weapon States、NWSs)としての地位が与 えられることとなる(NPT条約、第9条第3項)139

核兵器の拡散(核拡散)の背景には、その破壊力を基本とする。想像をはるかに越える 破壊力を手に入れることによって、自国の安全保障の強化とパワーの増強が図られるとい う徹底したパワー・ポリティックス的認識に基づいている。しかし、広島と長崎への核兵 器の投下以降、この兵器が再び使用されることはなかった。その理由も、核兵器の持つ絶 大な破壊力にあった。仮に敵対同志の間で核兵器による全面戦争が起きた場合、相互が破 滅的状況になることは勿論のこと、人類全体の生存までもが危うくなる可能性が高い。

したがって核兵器を保有していれば、敵対する相手国からの攻撃の可能性は、そうでな い場合と比べ非常に低くなる。言い換えれば、核兵器を保有することによって、戦争の可 能性を極端に減らすことが可能となる。この発想が徐々に体系化されていき、大量報復戦

137 これは日本政府による調査結果ではなく、民間団体による調査報告によって明らかになった数値である。

また、死者は194512月までの総死亡者数である。沢田昭二(他10人)『広島・長崎原爆被害の実相』

(1999)新日本出版社、152頁。

138 韓国における原爆被害者の実態については、鈴木賢士(2000)『韓国のヒロシマ』高文研、鄭根埴編、

市場淳子訳『韓国原爆被害者  苦痛の歴史  広島・長崎の記憶と証言』(2008)明日書店などを参照された い。

139 奥脇直也編『国際条約集』(2008)有斐閣、752頁。以下、特記しない限り、NPT条約内容については この文献からの引用である。

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略、柔軟反応戦略、相互確証破壊戦略のような核兵器による抑止の論理と政策として定着・

発展していく140

抑止とは、ゴードン・クレイグ(Gordon A. Craig)によれは、「費用と危険が期待する結 果を上回ると敵対者に思わせることで、自分の利益に反するいかなる行動をも敵対者にと らせないようにする努力である」141という。つまり、抑止には、心理的な要素が入ってい るのが特徴であり、攻撃でもなく防衛でもなく、攻撃を行うことを事前にあきらめさせる 効果を狙っているといえる142

核抑止も抑止の延長にあると考えられた。例えば、相互確証破壊(Mutual Assured Destruction, MAD)戦略の概念の場合、核兵器の数の面でソ連も十分な能力を持ちつつあ ったため、どちらも第 2 撃による攻撃能力を持つことになった。つまり、どちらからの先 制攻撃であろうが、核による第 2 撃が可能となったため、相互の核兵器の破壊力によって 相互とも破滅に陥る可能性が高まった。したがって、相互が確実な破壊力を持つことによ って、相互は核兵器による先制攻撃を行わないという認識を基本とする政策であった143。 ジョゼフ・ガーソン(Joseph Gerson)は、アメリカが核兵器をいかに利用してきたかに ついて、敵とその同盟国に対する脅迫、核先制攻撃の威嚇、軍事・政治力の有意義な道具、

相互確証破壊、つまりアメリカに対する奇襲先制攻撃を未然に防ぐ「抑止力」として用い られたと分析した144。核抑止は、核兵器が持つ恐ろしい破壊力とそれに付随する恐怖が根 底となっているといえる。

その一方でリチャードらによれば、抑止が働くためには、敵の攻撃に対応する約束を標 榜し、その意思を見せつけ、さらにはそれを遂行する能力を備えることが必要である145。 つまり、抑止の根底に心理的打撃や先制攻撃を思いとどまらせるという明確な目的があっ たとしても、その抑止を実行可能とする能力をも備える必要があった。つまり、核兵器は 全くの飾り物ではないことを意味する。

前述したとおり、核兵器は通常兵器と異なり、関係国だけではなく周辺諸国ひいては人 類全体に対する脅威であり、果たして核抑止を基盤とする核戦略政策が妥当であるかには 疑問が残る。これに関して、イギリス海軍を中佐で退役したロバート・グリーン(Robert D.

Green)は『検証「核抑止論」  現代の「裸の王様」』(2000)において次のように記した。

140 冷戦時代のアメリカやソ連の核戦略については、次の文献を参照されたい。服部学「核兵器・核戦略」

軍事問題研究会『軍事民論』(1986)第44号(通150号)、42-47頁、久住忠男『核戦略入門  米ソ核支 配の手の内を読む』1983)原書房。

141 ゴードン・A・クレイグ、アレキサンダー・L・ジョージ、木村修三(他4人)訳『軍事力と現代外交   歴史と理論で学ぶ平和の条件』1997)有斐閣、204頁。

142 抑止概念を幅広く整理分析したものとしては、次の文献を参照されたい。Patrick M. Morgan, Deterrence: A Conceptual Analysis, (1977), SAGE, California, また拡大抑止については、Paul Huth and Bruce Russet, “Deterrence Failure and Crisis Escalation”, International Studies Association,

International Studies Quarterly, (1988), Vol. 32, No. 1、を参照されたい。

143 服部学、前掲書、43-44頁。

144 ジョゼフ・ガーソン、原水爆禁止日本協議会訳『帝国と核兵器』2007)新日本出版社、26-28頁。

145 Richard Lebow and Janice Stein, “Deterrence: the elusive dependent variable”, Johns Hopkins University Press, World Politics, (1990), Vol. 42, No. 3, p336.

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核抑止は、取り込もうとしている問題からはるかに離れた、個人、国家、時間 にまで被害を及ぼしかねない恐れがあるからである。言いかえると、核抑止に頼 ることには根本的な異論が存在する。通常兵器の場合、抑止に失敗しても被害は 交戦国に限定されるし、おおよその環境破壊は回復できるだろう。核抑止の失敗 で問題になるのは、交戦国同士が破壊を受けて毒されるばかりでなく、地球上の すべての生態系に被害が及ぶ可能性があるからである146

核抑止の論理は、論理的な側面からして戦争を防げるだろうが、人間(政策決定者)の 判断が常に論理的で理性的で冷静であるとは限らない。しかし、仮に人間の判断が理性を 保つものだとしても、その理性的判断に核兵器を使うという選択肢が除かれているとは考 えられない147。現に核兵器は常に敵国を狙って発射の準備が整っており、今もその基本が 変わることはない。

全星勲は、核兵器と通常兵器との根本的な違いにもかかわらず、通常兵器の抑止論理を 核兵器に移植したことに問題があると指摘する。異なる兵器体制と破壊力の根本的な差異 にもかかわらず、核兵器は通常兵器の抑止概念に基づいて運用されてきている。また、政 策決定者の合理性(rationality)を一律的に判断することは不可能であり、核抑止概念の不 明確さや抑止のための軍備がいかなる時点で十分であるかは明確ではないと指摘した148。 何より核抑止の虚構は、皮肉にも核兵器の破壊力によって確認できる。想像をはるかに 超える破壊力の故に、核兵器が存在することは直ちに脅威を抱えることにつながる。それ でもなお核兵器にこだわり、核兵器の抑止力に頼る傾向が強い背景には、それを手に入れ ることによって同伴する「安全の保障」という願望があるからだといえる。

一方、グリーンは、「核抑止論のドグマが紆余曲折しているのをみると、自ら引き起こし た核軍拡競争の後もどりのきかない水準に合わせるため、いかに都合よく調整されたかが 分かる。核保有国の政治・軍事機構の指導者たち―とりわけ、米・英において―は、偏執症 的精神状態とイデオロギー対立という国際的環境のなかで、各政策に知的一貫性を与える

146 ロバート・D・グリーン、梅林宏道・岡部純子訳『検証「核抑止論」  現代の「裸の王様」2000)高 文研、31頁。

147 かつてEH・カー(Edward Hallett Carr)は、現代社会の理性の拡大に伴う問題点を指摘するなか で、それは肯定的な面と否定的な面の両方があるとしたうえ、「今日では、誰でも自動車の出現によって生 じた交通事故の死者を悲しんでいますし、科学者のなかには、それが破滅的に用いられ得る、いや、用い られたという理由で、自分たちが原子力解放の方法および手段を発見したことを後悔している人たちさえ います。しかし、過去において、こういう苦情が新しい発見や発明の進行を食いとめる役を果たしたため しはなく、将来も果たしそうにありません」と述べた(E・H・カー、清水幾太郎訳『歴史とは何か』(19 62)岩波書店、214-220頁)。この考え方に立てば、核兵器の発明は避けられなかったものであり、またそ れを使用したことも、それを肯定的に容認するものではないものの、「仕方のない歴史上の出来事」として みなされる。したがって、人間の理性的判断のなかには、今後においても核兵器の使用が選択肢から外さ れているとは言い切れない。

148 全星勲「抑止理論と抑止戦略に関する考察」韓国戦略問題研究所『戦略研究』(2004)第31号、130-132 頁(原題:전성훈「억지이론과 억지전략에 대한 소고」한국전략문제연구소『전략연구』(2004)제31 호)。

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