第 2 章 冷戦終焉と朝鮮半島
第 3 節 国際関係における北朝鮮
3. 相互理解の接近方法
ただし、今日なお変化は多くの要因によって遮られている。朝鮮半島をめぐる変化の制 限性は、南北間の排斥的競争が長く敷かれてきたこと、またこの地域をめぐる多国間の複 雑な利害関係を総合的に理解する必要があった。さらに李泳禧の表現を借りれば、「内面化 された独自的葛藤構造」132が出来上がったが、この独自の葛藤構造というのは、半世紀以 上続けてきた政治経済体制間の対立であって、人々の心理的な要素までが含まれていると いえる。
したがって、朝鮮半島における冷戦的な対立を終息させるには、二つの制約を解消する 必要がある。まず冷戦的対立の根幹である 2 国間レベルの敵対関係の解消、つまり米朝間 の正常化と日朝・南北の関係改善が求められる。もう一つは、対立を前面解消するための 前提条件ともなる相互理解の向上があげられる。特に朝鮮半島に起きた戦争の記憶やその 後の厳しい対立の経験によって生じた人間同士の葛藤は今日なお続いている。本章で議論 しているように、冷戦終焉に伴う東北アジア地域の変化が限定的にならざるを得なかった 理由がここにあった。
132 李泳禧『李泳禧著作集8 鳥は左右の翼で飛ぶ』(2006)ハンギル社、250-251頁(原題:이영희 저『이 영희저작집8 새는 좌우의 날개로 난다』(2006)한길사)。
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つまり、目に見える関係改善とそうでない関係改善が必要であるといえよう。特に後者 の場合、これまでの固定観念や先入観の解消が必要となる。固定観念の最たる根拠は、朝 鮮戦争を通じて形成された敵対意識や「北朝鮮=悪」という認識であり、この戦争によっ て蒙った被害は今なお南北の人々に響いている。さらに、戦争と分断膠着によって生じた 様々な問題は多くの人に傷を負わせたが、韓国ではその戦争をめぐる議論ですら自由に口 にすることができない状況である133。
朝鮮半島情勢の的確な理解のためにも、また人々の感情的葛藤を解消するためにも、「客 観的認識」、「ありのまま」の理解は、避けては通れない重要な課題である。先述したとお り、北朝鮮の対外政策や政治経済体制を分析するうえで、資料へのアクセス問題は何より 難関であるが、いかに理解するかという認識論も重要な課題であろう。
韓国の場合、1980年代後半から認識論をめぐる対立が繰り広げられてきた。その一つに、
北朝鮮の外部からの考察ではなく、内部に足を着けて考察してみることを意味する、いわ ゆる「内在的接近」論があげられる134。「内在的接近」とは、新しい理解方法ではない。他 人の立場になって考えてみるとの意味で韓国では「易地思之」という言葉を日常で用いて いるが135、まさにこの表現に尽きる。前述したように、朝鮮半島を分析、研究する見方は それぞれの立場によって異なっている。その立場とは、時には理念を代弁することもあり、
時には政権側を代弁することもある。しかし、そこから失われる客観性や批判精神も考え なければならない。特に核危機を経て現した地域情勢の複雑さを的確に理解するためにも、
133 2005年7月に姜禎求教授は、あるインターネット新聞に「朝鮮戦争は統一戦争」との記事を掲載し、
韓国社会だけではなく韓国政府内での理念論争を巻き起こした。検察は姜を拘束起訴しようとしたが、政 権内部の反対にぶつかり不起訴となった。だが、東国大学校の教授職を剥奪された。参照、『毎日新聞』2 005年10月15日付夕刊。問題となった朝鮮戦争の性格については、日本では1960年代から「内戦」も しくは「民族解放戦争」としての議論もあったことを考えると対照的な状況が窺える。参照、信夫清三郎
「現代史の両期としての朝鮮」岩波書店『世界』1965年8月号(18-32頁)、小此木政夫「民族解放戦争と しての朝鮮戦争」日本国際問題研究所『国際問題』(1975)No. 182(38-48頁)。また、朝鮮戦争をめぐ る論争の展開については、次の文献を参照されたい。和田春樹『朝鮮戦争』(1995)岩波書店、3-7頁。な お、前掲したパク・ミョンリム『韓国戦争の勃発の起源』(1996)やブルース・カミングス『朝鮮戦争の起 源 第1巻:第2巻』(1989:1991)を参照されたい。
134 北朝鮮研究をめぐる論争については、チェ・ワンギュ「北韓研究方法論論争に関する省察的接近」慶南 大学校北韓大学院編『北韓研究方法論』(2003)ハンウル、特に第1章を参照されたい(原題:최완규「북 한연구방법론 논쟁에 대한 성찰적 접근」경남대학교 북한대학원 편『북한연구방법론』(2003)한울)。
なお、内在的接近方法については、韓国では広く用いられている研究アプローチといえるが、例えば韓国 の陸軍士官学校の教科書『北韓学 政治・軍事・統一の力動性』(2001、原題:서춘식 외 7인『개정판 북한학 정치・군사・통일의 역동성』박영사)でも、この概念について言及されている。ただし、同教科 書では「(内在的接近方法が)北韓体制を無批判的に擁護するという評価を受ける余地が大きい」(括弧筆 者、同上、7-8頁)とし、相互補完的に理解することが望ましいと主張する。部分否定であれ、部分肯定で あれ、内在的接近は必要であることを逆説している。
135 「易地思之」とは、『孟子』の「離婁」の曾子と子思に関する逸話から由来する。敵が攻めてきたとき の対応を、曾子(君主)は避難したが、子思(臣下)は逃げずに守った。この異なる対応について孟子は、
「曾子と子思は一見行動は正反対だが、守る道は同じだ。曾子は賓師であり、父兄という尊い立場にあった が、子思は臣下であり、〔君と比べて〕購しい立場にあった。〔立場が違うと、つれて責任も違ってくるも のだ〕。もしも曾子と子思とが立場を取りかえたら、やはり同じようなことをしたに相違ない」と説明した。
そして、最後の「曾子と子思とが立場を取りかえたら、やはり同じようなことをしたに相違ない」(「易地 則皆然」)が「易地思之」と転じたとされる。小林勝人訳注『孟子』(下)(1972)岩波書店、107-111頁。
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認識の客観性は重要な手段となる136。
米ソ対立の終焉から20年近くの歳月がすぎるなか、東北アジア、特に朝鮮半島の冷戦的 対立の解消のためには、また矛盾と波乱に満ちた地域空間の葛藤を平和的に解消するため にも、相手を積極的に理解し、これまでの溝を埋めることは何より重要な作業であろう。
その第一歩が相手の立場に立ち返ってみることであるといえよう。
136 一方、「易地思之」の発想は、相手側の状況を理解するだけでなく、己の立場を再考察するうえでも貢 献する。例えば、チョン・キョンモは、日本国内で拉致問題が大きく取り上げられるようになった状況に ついて、「米国のダグラス・マッカーサーが日本人に対して、12歳の少年のようだと言ったことがあるが、
これは相手側に立って考える易地思之の思考能力の欠乏を指摘したことである。韓国の10万人の軍隊慰安 婦、240万人の強制連行労働者に対しては一言半句の言及もないのに対し、死亡と知られている何人かの ために天地異変が起きたかのように騒ぐことはまるで世間知らずの子供みたい」 とし、「易地思之」的発 想の転換について述べた。『ハンギョレ』2003年1月3日付 。
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