第 2 章 冷戦終焉と朝鮮半島
第 3 節 国際関係における北朝鮮
2. 北朝鮮の現状と可能性
前述した厳しい条件にもかかわらず、北朝鮮が日本との正常化を急いだ背景には、何よ り冷戦終焉後のその経済事情にあった。冷戦終焉は、北朝鮮の経済状況をさらに悪化させ たが、とりわけ冷戦時代を通じて行われた中国やソ連との「バーター貿易」の喪失は最も 大きな打撃となった。
特にソ連は、経済改革の一環として北朝鮮に対して従来の貿易慣行の変更を突きつけた。
それまでの長期協定と清算制度に基づく方式から、交換可能な通貨・国際価格に基づく新 方式に変更したのである112。これによって北朝鮮の対外経済は、「1990 年までは、北朝鮮 の経済、そして貿易は、ソ連に大きく依存する構造」であり、貿易面においては「輸出の
50%、輸入の60%弱と圧倒的に大きなシェアを占めていた」113が、「新貿易協定の影響は、
翌九一年の貿易額に劇的に現れ、北朝鮮のソ連からの輸入は八八%減、輸出は八二%激減 した」114結果となった。さらに1991年12月にはソ連が崩壊したことで、北朝鮮の最大の
110 『Foresight』1991年3月 号 に は 、 記 者 説 明 会 が 「 平 壌 政 権 の 「 変 わ ら ぬ 本 質 」 を 説 明 す る の が 狙 い だ っ た 」 と し 、 「 ソウルは日朝交渉での平壌の“食い逃げ”あるいは“つまみ食い”を警戒してい る」と評価した。新潮社『Foresight』1991年3月 号 、14頁 。
111 小此木政夫「朝鮮統一問題と日朝国交交渉」日本国際問題研究所『国際問題』(1991)No. 372、24頁。
112 室岡鉄夫「対外経済政策の緩慢な転換」玉城 素・渡辺利夫編著『北朝鮮』(1993)サイマル出版会、1 02頁。
113 1990年11月、ソ連と北朝鮮との間で新貿易協定が締結され、新方式は翌年から実施されることになっ
た。つまり、それまでの北朝鮮の「貿易収支は、常に朝鮮側の大幅な輸入超過により、貿易赤字額は、毎 年7~11億ドルに達し」ており、それは言うまでもなく「バーター貿易」によって補ってきたが、それがで きなくなったことを意味する。参照、王勝今・藤田暁男・龍世祥『現代北朝鮮経済研究へのアプローチ』
(1997)金沢大学経済学部、126頁。
114 藪内正樹「対外貿易の歩みと現状」伊豆見元(他 11 人)『北朝鮮・その実像と軌跡』(1998)高文研、
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貿易相手を失い、経済事情はさらに悪化した(参照、図2-5)。
表 2-5 北朝鮮の経済成長率と輸出入の推移
単位:経済成長率は%、輸出入は億ドル 年度 経済成長率 輸出 輸入 年度 経済成長率 輸出 輸入
1990 -3.7 17.3 24.4 1999 6.2 5.1 9.6
1991 -3.5 9.4 16.4 2000 1.3 5.6 14.1
1992 -6 9.3 16.2 2001 3.7 6.5 16.2
1993 -4.2 9.9 16.6 2002 1.2 7.4 15.2
1994 -2.1 8.6 12.4 2003 1.8 7.8 16.1
1995 -4.1 7.4 13.1 2004 2.2 10.2 18.4
1996 -3.6 7.3 12.5 2005 3.8 10 20
1997 -6.3 9.1 12.7 2006 -1.1 9.5 20.5
1998 -1.1 5.6 8.8 2007 -2.3 9.2 20.2
出典:韓国銀行経済統計システム, http://ecos.bok.or.kr/EIndex.jsp(2008年12月)より作成。
しかし経済事情の悪化は貿易だけに限らなかった。例えば、エネルギー分野の状況を見 てみると、デビッド・ヒッペル(David Von Hippel)は、冷戦後の北朝鮮のエネルギー危 機の実態とその背景について、「旧ソ連の崩壊で、90年代の初めにロシアの援助が実質的に ゼロになった。工業製品の大部分はソ連、東欧向けだったが、ある日突然、国際市場で通 用しなくなった。原油供給の半分も失った。ロシアは米ドルなどで払わない限り、輸出し なくなったからだ。累積債務や米国と西側諸国の経済制裁で孤立したことも原因」115であ ると分析した。
そのうえ、図2-1のように、北朝鮮の主なエネルギー供給源は、圧倒的に石炭の比率が高 く、その大部分を国内生産でまかなってきたが、採炭装備の老朽化や炭鉱の負荷、新規設 備の未導入、資材供給問題により石炭生産量の減少が加速化し、その石炭需給にも陰りが みられた。韓国統一部によると、1990年度の石炭供給量が3,315万トンだったのに比べ、
1998年度は1,860万トンにまで落ち込んだ116。
105頁。
115 米ノーチラス研究所のデビッド・フォン・ヒッペル氏のインタビュー内容。参照、『朝日新聞』2001年 8月9日付け朝刊。
116 2006 年度は、2,468 万トンまで回復してきた。参照、統一部『北韓の理解 2008』(2008)統一部統 一教育院、144頁(原題:통일부『북한의 이해 2008』(2008)통일부 통일교육원)。なお、石油の海外 導入と関連しては、図6-1を参照されたい。
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図 2-1 北朝鮮の1次エネルギー消費構造
出典:韓国エネルギー経済研究院東北亜エネルギー研究センター,
http://www.neasiaenergy.net/index.html(2008年12月)の関連データを参考に作成。もとのデータは、
附録1を参照されたい。
国内で生産されない石油の場合、使用する全量を海外導入にまかなっている。1990年に 約292トンの導入であったが、1998年には50万トンまでに減少した。その後増減が続き、
2006 年には 54.9 万トンとなっている117。また、電力生産における火力と水力の比率は、
1995 年度時点で 35%対 65%であったが、90 年代半ばの数年間の自然災害により水力の
85%が使用不可能となったため、かなりの電力不足が続いている状況といえよう118。
さらに北朝鮮の食糧事情については様々な情報が交差したが、韓国統一部の統計による と、食糧不足は1996年がそのピーク期で、234万トンの不足となった。その後、改善され つつあるものの、毎年 100 万トン以上の不足が続いている状況である119。食糧事情と関連 してマーカス・ノーランド(Marcus Noland)は、「北朝鮮の飢饉問題はあまり知られてな い問題」としたうえで、「事実上(北朝鮮の経済状況を考える限り)解決へ向けての開始能 力がない」と断言したが120、第6章で議論するように、1990年代半ばにおける北朝鮮の崩 壊説が信憑性をもって広まったのも、深刻化する食糧問題が原因であった。
ところが、1次資料や現地調査の不足により、北朝鮮経済の実体を正確に把握するには限 界がみられる。特に、北朝鮮独特の経済構造と食糧事情との関係をいかに分析するかは研
117 同上。
118 参照、韓国貿易投資振興公社, http://www.kotra.or.kr/(2008年9月)。
119 統一部、前掲書、142頁。
120 Marcus Noland (1997), “Why North Korea Will Muddle Through”, Council on Foreign Relations, Foreign Affairs, Volume 76, No. 4, p106.
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究者・研究機関によって異なった。田中良和は、食糧事情と関連して、「北部は約八〇%が 山である。北朝鮮は、このような不利な地理的条件を克服して農業の生産拡大に努めてき た」121とした。そのうえ、「社会主義体制下の集団農業の非効率さもあり、そのうえに農業 政策の誤りと災害が重なる。北朝鮮の食糧不足をめぐる『三重構造』である」122と指摘し、
北朝鮮独特な地形や政策の問題、自然災害に焦点を当てて分析した。
食糧事情に関しては、単に需要と供給のバランスを問題とするならば、韓国も日本も多 くの割合で食糧を輸入に依存している状況である。このような状況を考えると、北朝鮮が 国際貿易へ正常に参加できない構造的問題をも指摘せねばならない。アメリカの主導下で 行われている金融・技術市場へのアクセス排除は、通常の貿易関係を形成するうえで障害 となっている123。
また、北朝鮮の経済はその分析に用いる資料やデータが内部ではなく外部のものがほと んどである。つまり正確な内部事情を確認することがほかの国より難しいといえよう。例 えば表2-6は、『WEIS ARCレポート』北朝鮮編の各年のデータをまとめたものである。ま ず、出版年度によって数値にばらつきが見られるが、その理由は、前述した北朝鮮の対外 経済を正確に把握することの至難さから起因する。
表 2-6 北朝鮮の貿易と人口の推移
出版年度 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1998 - - - 4,720 2,720 2,660 2,641 2,108 2,052 1,976 1996 - 2,358 2,116 2,109 2,562 2,883 3,161 3,110 - - 貿易額
(百万ド
ル) 1994 3,937 4,906 4,454 4,720 ,2,720 2,660 2,641 2,108 - - 1998 - - - 2,036 2,069 2,103 2,138 2,173 2,210 2,247
1996 - - 2,137 2,177 2,219 2,161 2,305 2,348 - -
人口
(万人)
1994 2,060 2,098 2,137 2,177 2,219 2,292 - - - -
出典:世界経済情報サービス(ワイス)『WEIS ARCレポート(北朝鮮)』各年度版より作成。
韓国統一研究院のイ・ソク(当時)の研究によれば、北朝鮮の貿易については日本の日 本貿易振興機構(JETRO)、韓国の大韓貿易投資振興公社(KOTRA)、国際通貨基金(IMF)
の統計データの三つが代表的であるが、JETRO、KOTRA、IMFの情報収集の内訳が互い に異なっており、収集したデータも一致しない。その背景には、北朝鮮の非商業的取引を
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121 田中良和『「朝鮮半島」危機の構図 半島統一と日本の役割』(2006)ミネルヴァ書房、21-22頁。
122 同上、23頁。
123 Gavan McCormack, Target North Korea: Pushing North Korea t the Brink of Nuclear Ca a rophe, (2004), New York, p185. なお、アメリカによる対北朝鮮の経済制裁については、第4章の議論を参照され たい。
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含めて集計するか、また北朝鮮が取引する特定の国家や特定の取引形態を把握しているか によって異なる124。
表2-6のデータは、1994年度と1996年度はJETROのデータを引用したものであり、1998 年度はKOTRAのデータを引用している(以降は、KOTRAのデータを引用)。しかし、
KOTRAのデータが北朝鮮の貿易の実態をすべて把握しているとは言い切れない。前述した ように、貿易の形態や範囲によってデータは異なってくるし、また把握できない部分も存 在する。さらに表2-6における人口データは、国連の資料を引用しているが、このデータも また年度によって修正が加えられている。一つの特徴として言えるのは、北朝鮮の人口は 冷戦終焉後の経済的困窮、1990年代中盤続いた自然災害による餓死者・脱北者の急増と言 われたにもかかわらず125、増加し続けてきたことがあげられる。
むしろ冷戦終焉によってソ連との「バーター貿易」が消滅し、自然災害やエネルギー不 足にもかかわらず、北朝鮮の体制は今日なお不思議にも維持されている。これに関連して 小林英夫は、「北朝鮮は経済的にはソ連主導のコメコンに加盟することもなく、さりとて中 国の経済圏に組み込まれることもなく、政治的には北朝鮮一国社会主義の旗を掲げ、中ソ どちらの陣営に与することもなく(中略)」126冷戦を貫いてきたと分析した。小林の分析ど おり、北朝鮮は冷戦時の中ソ対立を効果的に利用したのも事実である。
また申熙九によれば、北朝鮮の一貫した経済政策とは、「主体的な自立的民族経済建設路 線」であるため、対外経済関係においてもこの政策が適用されると説明する。申は、「共和 国は『輸出主導型』または、後述しますが対外依存型の経済政策ならびに経済構造の編成 は行わないということです。しかし自立的民族経済・国内経済重点政策は、決して排他的 ないわゆる『アウタルキー』を思考するものではなく、必要限度内での対外経済(貿易、
資本・技術導入等)を前提とするもの」127であると指摘し、自立的経済とは閉鎖的な経済 システムではないことを主張する。
もし、北朝鮮の経済構造が上述した内容どおりであるとすれば、自立的民族経済とは、
閉鎖的な経済システムを意味するのではなく、必要に応じて、また不足するものについて は国際貿易を行う開放的要素も組み込まれているといえる。
北朝鮮の経済を理解するうえでもう一つ欠かせないことは、その特殊な軍事部門の形成 である。ソン・チェギらによれば、北朝鮮経済の実体とは、民間経済部門と軍需産業が分 離されており、民間部門は内閣が、軍需部門は国防委員会が管理するという。また、朝鮮 労働党・軍部・内閣が個別の経済政策を進めている多層的構造となっていると分析する。
124 イ・ソク『北韓経済の対外依存性と韓国経済の影響力』(2006)統一研究院、14頁(原題:이석『북한 경제의 대외의존성과 한국경제의 영향력』(2006)통일연구원)。
125 脱北者数は、関連国や団体によって、その規模が異なっている。例えば、韓国政府は数万の規模と推定 しているが、一方の民間団体の調査では、約20万人以上の脱北者が中国などに散在していると報告してい る。参照、ゾウンボッドル(「良い友達」の意味), http://www.goodfriends.or.kr/(2009年5月)。
126 小林英夫編『北朝鮮と東北アジアの国際新秩序』(2001)学文社、30頁。
127 申熙九「朝鮮民主主義共和国の対外経済政策と「東北アジア経済圏」構想」朝鮮問題研究所『月間朝鮮 資料』1991年11月号、40頁。
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