第 4 章 危機解消と KEDO
第 1 節 危機の表面化
1. 核危機の両面性
IAEAは、北朝鮮に対する圧力として、1993年2月12日のIAEAの理事会において、「北
朝鮮に一カ月の猶予期間を与えた。が、もし北朝鮮が応じなければ、理事会は安保理に問 題を送付し、国際的制裁などの措置をとるよう求める」252ことを決めた。しかし、北朝鮮 がIAEAの要求を拒否し続けたため、第3章で述べたとおり、同年2月25日に上記の内容 を主とする正式なIAEA決議案を採択したのである。
ところが、IAEAが提示した「一カ月の猶予期間」とは、ちょうど米韓の合同軍事演習で あるチーム・スピリットの開始予定日の3月9日とも重なっていた。同演習は、第3章で 取り上げたように、北朝鮮がIAEAとの保障措置を締結することで、米韓合意によって1992 年には実施されず、1993年の演習についても一旦は中止が発表された。
しかし、北朝鮮が特別査察を受け入れない態度で一貫することで、1992 年 10 月に米韓 が演習の再開を表明した253。米韓の演習再開措置に対して北朝鮮は、同演習の開始前にお いて国内に非常事態を敷くなどの対抗措置を取り始めた254。したがって、IAEAの「安保理 への付託」決定は、それが仮に特別査察に限る圧力だとしても、北朝鮮にとっては、アメ リカやその同盟国が連携して圧力をかける構図として移ったはずであった。
IAEAや米韓の圧力に対して北朝鮮は、チーム・スピリット開始直前の3月8日、全国に
準戦時状態を宣布した。また3月12日の中央人民委員会では、核兵器不拡散条約(NPT条 約)からの脱退を決定し、同じ3月12日付で安保理議長宛てにNPT条約からの脱退を表明 する書簡を送付した255。2者間関係から始まった北朝鮮の核開発をめぐる対立は、徐々に国 際問題として広まりつつあった。
ここで確認しておきたいことは、NPT条約からの脱退が同条約によって保証されている 点である。同条約第 10 条「期限・脱退」で記されているとおり、「自国の至高の利益」と かかわるものであれば、同条約からの脱退は法的に保障されている。
252 ドン・オーバードーファー、前掲書、326頁。
253 さらに、米政府は、1992年10月頃から北朝鮮に対するドル送金を禁止することで対北朝鮮への圧力を 強めた。1993年3月21日付朝刊『朝日新聞』によれば、「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核開発疑 惑で、米国が昨年秋から、北朝鮮に対するドル送金を禁止している(中略)…これが今回の核不拡散条約
(NPT)脱退通告の引き金の一つになった」と報じられた。
254 『読売新聞』1993年2月26日付夕刊。なお、チーム・スピリットについては、第3章での説明を参 照されたい。
255 朝鮮中央通信社『朝鮮中央年鑑』(1994)1994年版、83頁、712頁(原題:조선중앙통신사『조선중 앙년감』(1994)1994년판)。なお、北朝鮮のNPT条約脱退の理由については、次の資料を参照されたい。
IAEA , “In Focus: IAEA and DPRK”, http://www.iaea.org/NewsCenter/Focus/IaeaDprk/chrono_pre2 002.shtml(2008年9月)。
88
第10条【期限・脱退】
1 各締約国は、この条約の対象である事項に関連する異常な事態が自国の至高 の利益を危うくしていると認める場合には、その主権を行使してこの条約から脱 退する権利を有する。当該締約国は、他のすべての締約国及び国際連合安全保障 理事会に対し三箇月前にその脱退を通知する。その通知には、自国の至高の利益 を危うくしていると認める異常な事態についても記載しなければならない256
NPT 条約には、何が「自国の至高の利益」であるか、その定義までは規定がない。言い 換えれば、その判断基準は脱退する側の解釈に頼らざるを得なかった。
しかし、これまで同条項を実行したのは北朝鮮が初めてのことであって、アメリカをは じめとする「国際社会」は、前代未聞の状況に直面したのである。ここでいう新しい局面 とは、NPT 条約第 10 条の「三箇月前にその脱退を通知する」という規定によって生じる 事態を意味する。北朝鮮は、同条約からの脱退を3月12日に通告したが、その3ヵ月後の 6月12日以後になると、NPT条約からの影響を受けなくなる。言い換えれば、北朝鮮は自 由な核開発が可能となり、例えば、寧辺の 5 メガワット級原子炉から使用後の核燃料棒を 取り出すことにも、ひいては核兵器を作ることにも、何ら制約を受けなくなることを意味 した。つまりは、すでに問題となっていたプルトニウム抽出量の検証は勿論のこと、今後 の追加抽出も可能となり、核開発の過去の検証をはじめ、現在と未来の核拡散の防止も不 可能になることを内包した。
したがって、NPT条約からの脱退が主権国家の自由意志であるとはいえ、核拡散防止を 最優先とするNPT-IAEA体制からの離脱は、この体制を維持・強化しようとするアメリカを はじめとする多数の国の意図を踏みにじるような挑発的な行為として受け取られた。北朝 鮮がNPT条約からの脱退を宣言した翌日に、米政府が北朝鮮に対してIAEAを尊重すること や国連を通じた圧力をかけることについて言及したのは当然であったといえる257。
一方、緊張が高まるなかにおいても北朝鮮は、アメリカとの交渉が解決の道であること を強調した。1993年3月13日付『労働新聞』によれば、「アメリカは、我々が軍事基地に 対する《特別査察》を拒否すれば、《特別査察不履行》というレッテルを貼って、この問題 を安保理で議論し《集団的制裁》を加えようとしている」258として、アメリカを非難した。
この非難は問題の根底にアメリカの影響力があることを指摘しているが、同時にアメリカ との交渉が解決の道であることの裏返しであった。谷口弘之は、当時の状況について次の ように説明する。
256 奥脇直也編、前掲、752頁。
257 New York Times, March 13, 1993. また、韓国政府は「北朝鮮の挑発に警告する」としたが、渡辺 日本政府も「核不拡散体制そのものに対する挑戦」であると非難した。参照、『東亜日報』1993年3月13 日付、『朝日新聞』1993年3月13日付朝刊。
258 『労働新聞』1993年3月13日付。
89
米国は世界の核大国として、北朝鮮をNPTの体制の中に閉じ込めておきたい。
したがって北朝鮮は、自国の核開発疑惑という状況によって、米国から交渉の条 件を引き出すことができると考えた259
当時の北朝鮮の状況といえば、第 2 章で述べたとおり、経済は低迷し、日本との国交正 常化交渉も暗礁に乗り上げられ、国際関係からは孤立していく一方であった。そのため北 朝鮮のNPT条約からの脱退は、総体的な危機情勢からの脱出を図るとの見方もあったが260、 より正確にいえば、アメリカを核拡散という危機の状況に誘い出し、アメ(対話)かムチ
(制裁)かのどちらかを選択させようと促したのである。
しかし、北朝鮮のNPT条約からの脱退は、前述したように、国際法上の問題はなく261、 主権国家としての当然の権利行使であったため、ムチを使うことには根拠が微弱であった。
「疑惑」だけで、北朝鮮の挑発的行為を国際法的観点から不法とみなすことは強引なところ があった。パク・チャンピョは、「北韓(ママ)核問題が南北( マ マ韓)当事者や米朝間の問題ではなく、国 際問題であることを明確に示し、IAEAと安保理を通して国際的制裁を加える準備をする」
262と述べたように、アメリカは最も効果的な選択肢として安保理を用いようとした263。 また1993年5月には、1995年に開かれる予定のNPT条約の延長に関する会議の準備会 議が予定されていたため、クリントン政権の判断は重要な分かれ道に立たれていた。アメ リカの方針は、できるだけ多くの国を取り組んだ形でのNPT条約の無期限延長であった264。 NPT-IAEA体制を維持・強化したいアメリカにとっては、北朝鮮ケースの広まりを警戒し、
慎重に対応しなければならなかったのである。
しかし安保理による圧力は、そう簡単には行使できない国際関係の構図があった。なぜ なら、北朝鮮への制裁を行うためには常任理事国の協力が前提となるが、ロシアや中国が 地域情勢を流動化させるような制裁に全面的協力する可能性は低かったといえる。とりわ け経済成長を優先する中国にとって周辺情勢の安定は不可欠であったため、この問題が武
259 谷口弘之『現代国際関係論入門』(1998)晃洋書房、420頁。
260 小此木政夫は、当時のNPT条約からの脱退をめぐる動きに関して、「秘密裏に核開発を進め、かつ、米 国や日本との関係改善で経済再生を図る。この思惑は従来から変わっていないだろう。だが、実現は難し く、現段階であえて孤立してもやむを得ないと判断したのだろう」と述べたように、核拡散というカード を前面に押し出すことで、内外の危機的状況を打破しようとしたとも考えられる。『朝日新聞』1993年3 月13日付朝刊。
261 チョン・テウック「北韓の核保有に関する規範的評価のため」民主法学研究会『民主法学』(2007)第
33号、特に238-243頁を参照されたい(原題:정태욱「북한의 핵보유에 대한 규범적 평가를 위하여」
민주법학연구회『민주법학』(2007)제33호)。
262 パク・チャンピョ「北韓核問題:現況と課題」(1993)懸案分析第63号、韓国国会立法資料分析室、14 頁(原題:박찬표「북한핵문제:현황과 과제」(1993) 현안분석 제63호、한국국회입법자료분석실)。
263 発足まもないクリントン政権にとって、自らがこの複雑なゲームに参加するよりは、イラク・ケースの ようにまずはIAEAと国連を通じた解決がより効果的で、かつ合理的であったといえる。
264 当時、アメリカのNPT条約の無期限延長の方針に対し、中東地域やアフリカ地域の多くの国が条件付 き延長を主張していた。アメリカの無期限延長方針には、NPT条約締結国の過半数を超える国々の賛成の 見通しであったが、大勢の国が積極的に賛成を表明するには至らなかった。李宗宣「NPT体制をめぐる葛 藤と向後展開方向」(1995)国際問題分析第12号、韓国国会立法調査分析室、10-15頁(原題:이종선「NPT 체제를 둘러싼 갈등과 향후 전개방향」(1995)국제문제분석 제12호, 한국국회입법조사분석실)。
90