第 5 章 KEDO 事業の原動力と限界
第 1 節 KEDO設立
2. 組織
1995年3月9日、アメリカ・日本・韓国が「朝鮮半島エネルギー開発機構の設立に関す る協定」(KEDO設立協定)352に署名したことによって、KEDOは正式に設立された。KEDO 設立協定の前文には、同協定が「米朝間の枠組み合意」に基づいており、枠組み合意内容 を履行するための機構であることが明記されている。また同協定第 2 条には、機構の目的 について次のように明記されている。
348 『東亜日報』1994年9月23日付。
349 韓国政府がアメリカの要求に積極的に応じた理由は、支出する多額の資金が自国に還元できるという見 込みのほかに、朝鮮半島問題の「当事者」立場への固執による要素も強い。
350 『朝日新聞』1994年10月19日付朝刊。
351 『日本経済新聞』1994年10月21日付夕刊。
352 日本語の協定内容については、『世界と日本』戦後日本政治・国際関係データベース, http://www.ioc.u -tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts//JPKR/19950309.T1J.html(2008年9月)を参照されたい。な お、英語原文はKEDO, http://www.kedo.org/pdfs/EstablishmentKEDO.pdf(2008年12月)、韓国語原 文は軽水炉事業支援企画団『KEDO軽水炉事業白書』(2007)ダヘメディア、318-325頁(原題:경수로사 업지원기획단『KEDO경수로사업백서』(2007)다해미디어)を参照されたい。
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朝鮮半島エネルギー開発機構の設立に関する協定(KEDO設立協定、抜粋)
(前文)日本国政府、大韓民国政府及びアメリカ合衆国政府は(中略)…合意された枠 組みにおいて、その実施の条件とされている不拡散その他の北朝鮮が履行しなければなら ない措置の決定的重要性を認識し、朝鮮半島における平和及び安全の維持が最も重要であ ることに留意し(中略)…関心を有する諸国の間の協力を調整し、合意された枠組みの実 施に必要なプロジェクトの資金手当て及び実施を促進するために、合意された枠組みが企 図する機構を設立する必要を確信して、次のとおり協定した。(中略)
第二条
(a)機構の目的は、次のとおりとする
(1)機構と北朝鮮との間で締結される供給取決めに従って、それぞれ約千メガ・ワッ トの能力を有する韓国標準型原子力発電所様式の 2 基の原子炉から成る北朝鮮に おける軽水炉プロジェクトの資金手当て及び供与を行うこと
(2)第一基の軽水炉建設までの間において、北朝鮮の黒鉛減速炉からのエネルギーに 代わる暫定的な代替エネルギーの供与を行うこと
(3)前記の目的を達成するために又は合意された枠組みの目的を実現するために必要 と認められるその他の措置を実施すること
(b)機構は、北朝鮮が合意された枠組みに定められた自らの義務を完全に履行することを 確保することを目指して、その目的を達成する(括弧筆者)353
上記、第二条(a)の(1)の提供予定の原子炉を約 2 千メガワット(1 千メガワット×2 基)とした背景には、第1基目の軽水炉提供予定の2003年までに、北朝鮮が運用する予定 であろう原子炉の予想発電量の合計である(参照、表 3-2)。また、(2)の「代替エネルギ ーの供与」とは、アメリカの主導で北朝鮮に提供する重油のことを指し示す。そのほかに、
(b)の「北朝鮮が(中略)…義務を完全に履行することを確保」という明記は、米朝間の 行動様式である「ギブ・アンド・テイク」、「相互主義」の明文化ともいえる。
しかし、義務履行を確保するために、どのような措置をとるかについては、明確に示さ れなかった。また、この設立協定には財源確保、分担、運用についての具体的な規定がな く、設立以前から続いていた日米韓の費用分担をめぐる議論は、設立後も暫く続いた。つ まりKEDO設立と同時に、敷地調査や軽水炉本工事といった軽水炉提供にかかわる事業が 始まるのではなかった。
そのうえ同協定には「韓国標準型原子炉」(韓国型)と明記されたが、枠組み合意の当事 者である米朝間では、軽水炉型について合意されたことは何一つなかった。多額の費用の 分担を表明していた韓国からすれば、韓国型と明記するのは当然であったが、「米朝間の枠 組み合意」を重視する北朝鮮からすれば、韓国型を容易に受け入れることはできなかった。
353 『世界と日本』戦後日本政治・国際関係データベース、同上。以下特記しない限り、KEDO設立協定の 引用は前掲資料からの引用である。
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第2節で議論するように、軽水炉型選定と費用分担は、KEDO事業の推進にあたり最も重 要な要素であったため、KEDO設立以後も関係諸国は激しく対立し、KEDO事業進展の遅 延をもたらす原因となる。
次にKEDOの組織構成をみると、設立当初は理事会、総会、諮問委員会、事務局の構成 となった。理事会と事務局は、原加盟国(日米韓)から構成された(参照、表 5-1)。まず 理事会の場合、KEDOの実質的な意思決定機関であった。決定に際しては、コンセンサス 方式を原則としていたが、意見が一致しない場合には、多数決によって決定することにな った354。
参加国すべてが集まる総会は、毎年 1 回の年次報告が開催される。ただし、設立当初の メンバーは日米韓だけであって総会の必要はなかった。一方、総会における権限はほとん どなく、KEDO設立協定第7条で定める、「総会は、勧告を含む報告書を理事会に提出し、
その検討を求めることができる」程度であった。
KEDO事業に関する実務については、事務局が対応することになった。KEDO事務局の 重要ポストは、事務局長一人と事務次長二人によって構成されたが、日米韓から一人ずつ 選出された。事務局長はアメリカから、事務次長は日本と韓国から一人ずつ選出された。
初代事務局長には、スティーブン・ボズワース(Stephen W. Bosworth)が就任し、事務次 長には梅津至(日本)と崔英鎮(韓国)が着任した。KEDO 事業終了までの事務局長と次 長の変遷については、次表のとおりである。
表 5-2 KEDO事務局長と次長の変遷
年
事務局 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 スティーブン・ボズワース チャールズ・カートマン 局長
(米国) デセイ・アンダーソン 天野万利らが代行
梅津至 中島明 天野万利
次長
(日本) 小野正昭 三田村秀人
崔英鎮 曺圭瀅 朴炳潤
次長
(韓国) 李泰植 金永穆
出典:『朝日新聞』、『毎日新聞』、『日本経済新聞』、『ニューヨーク・タイムズ』など関連記事を参照に作成。
事務局長と事務次長は、理事会と同じく各国政府の外交関係者によって構成された。初 代事務局長であるボズワースは、米日財団の理事長からの着任であったが、もともとは外
354 軽水炉事業支援企画団、前掲書、45頁。
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交官であった。また初代次長を務めた梅津至と崔英鎮はそれぞれ外務省と外務部の出身で あった。
諮問委員会の場合、初期の段階においては軽水炉と代替エネルギー、使用済み燃料の三 つのプロジェクトから構成された355。後に諮問委員会は、その後専門的な分科委へと変更 されていく(参照、表5-1)。