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藤田看護師の自律的看護実践がもたらしたもの

第 3 章 研究の結果

③ 藤田看護師の自律的看護実践がもたらしたもの

-患者への爽快感と笑顔の提供および心負荷の軽減、そして看護師の満足感および 患者との関係性発展の可能性-

藤田看護師が洗髪を提案すると、坂木さんは顔をほころばせて叫んだ。その反応に、藤 田看護師がかえって驚くくらい坂木さんは喜んでいた。入院当初は発熱による倦怠感が優 位であったにせよ、坂木さんは、数日が経過する中では髪の汚れが気になりだし、発熱に よる発汗とともに、日に日に不快感が募っていたことは想像に難くない。にもかかわらず、

坂木さんが「やってもらえると思わなかった」と述べているように、入院中に髪を洗うこ とが可能であるとは思っていなかったのであり、これは看護の責任と言わざるを得ない。

こうした折、藤田看護師が洗髪を申し出たことは、坂木さんを殊のほか喜ばせ、気持ち を高揚させた。ここには、洗髪ができて爽快感を得られることへの喜びだけでなく、やっ てもらえるとは思っていなかった洗髪が実は可能であるという、坂木さんの嬉しい意外性 への驚きがあったと考えられる。心臓疾患を患い、発熱に苦しむ中での入院生活は、坂木 さんにとって辛い日々であったと思われる。だがそのような中でも、洗髪によって坂木さ んに笑顔がみられ、喜びの感情や気持ちの高揚をもたらしたことの意義は大きく、その療 養生活の質Quality of Lifeを一時でも向上させることに寄与したといえる。

また、活動耐性が低下している坂木さんにとって、ベッドからトイレまでの歩行、その 直後の排泄行動、そしてトイレからベッドまでの帰室という一連の身体労作は、相当な疲 労感を招くのである。そして坂木さんの病状は、自覚的な疲労感が強いだけではなく、閉 鎖不全を生じている大動脈弁尖が、さらに大動脈の血流方向に反転しているという極めて 重篤な状態であり、それゆえ外科的治療が急がれている状況にある。従って、トイレ歩行 可あるいは病棟内歩行可という医師の指示があったとしても、トイレからの帰室直後、レ ントゲン撮影を座位で行うよう技師に促した藤田看護師の看護ケアは、坂木さんの心負荷 が回避される結果をもたらし、その意義は大きいといえる。

一方、藤田看護師は、どのような仕事をしたとき楽しいかというに質問に、患者が自分 のケアにより満足したとき、と応えていた。洗髪を申し出ると殊のほか喜ばれ、洗髪後の 坂木さんは、何度も爽快感と嬉しさを表現していた。このような状況は、まさに藤田看護 師が楽しいとしている看護ケアプロセスである。そして、洗髪後の坂木さんの反応につい てどう思うかという質問に、いつもこういったケアができるとよい、こうしたケアがした いのだ、そして、あんなに喜ぶと思わなかったと言っていた。こうした発言から、藤田看 護師も自分の行った看護ケアに満足していたことがわかる。また、このような看護ケアの 提供は、患者に好意、好感をもたれることから、患者-看護師関係の効果的発展に寄与す るものとして、藤田看護師と坂木さんとの関係も一層発展し、より効果的な看護ケアの提 供につながると考えられる。

(5) 研究参加者の藤田看護師の意見・感想

‘藤田看護師と坂木さんとの関わり合い場面の記述’および‘藤田看護師の看護実践に おける臨床的自律性についての解釈’について、研究参加者の藤田看護師本人に通読して もらい、次のような文書によるコメントをいただいた。

「大変興味深く読ませていただきました。当初は、自分でお役に立てるのかと心配して いましたが、このような論文になるとは、驚いております。この論文の場面は、私もよく 覚えています。…解釈については、当時古地様と一緒にお話ししながら実施していたと思 いますので、特に何もありません。ただ、私のことをこのように立派に書いていただいた ことに、心から感謝しております。また、お会いできるといいですね。」

3. Ⅰ-B病棟におけるスタッフ看護師と患者との関わり合い 1) Ⅰ-B病棟の特性

(1) 診療科とその特性

Ⅰ-B病棟は、神経内科および複数の診療科が混在する病棟で 40数床を有する。Ⅰ病院 は三次救急医療機関であるため、多科を有するB病棟では空床があり次第、昼夜を問わず 緊急入院を受け入れている。入院患者は日常生活動作 Activities of Daily Living(以下 ADL)が自立していない患者が多く、患者ケアに時間を要す。他科混合診療科の特性とし て、入院患者の疾病構造がそのときどきにより異なり、医師の指示の仕方はそれぞれの診 療科毎に異なるため、看護業務もそれに伴って煩雑となり、単科診療科病棟に比べて業務 量も多くなる。また、医師たちは病棟に不在のことが多く、患者の病状報告や指示確認等 については看護師から電話連絡したり、電子カルテ上でのやり取りが多い。

(2) 看護体制

看護方式、勤務体制ともに概ねⅠ-A 病棟と同様である。看護師数は、師長を含む20数 名、全員が女性である。日勤看護業務は、定刻では 17 時 30 分であるが平均終了時刻 19 時30分である。

(3) 病棟文化

Ⅰ-B 病棟でもⅠ-A 病棟と同様、電子カルテから受け持ち患者の情報を収集している。

定刻始業時間8時30分のところ、日勤では6時30分頃から出勤するスタッフ看護師もい るが、平均的には8時00分頃ナースステーションに集合する。

Ⅰ-B 病棟は、診療内容や医師の指示の仕方が煩雑なため、情報収集には時間を要する。

こうした状況は看護経験年数には関わらないようだが、その看護師がさまざまなことにつ いて気になる程度が出勤時間に関連することはⅠ-A病棟と同様といえる。

看護チーム全体の中には、「仕事にミスが多い」、「仕事が遅い」、「チーム全体に目を向け ない」といった評価基準が存在し、一部の看護師たちの間で看護師個々に対するそうした 評価が共有されている。看護経験年数の長い特定の看護師たちに対するこうした評価はよ り厳しく、これは病棟看護師長も共有している。病棟看護師長によると、Ⅰ-B 病棟では、

先輩看護師が新人を見る目は比較的厳しく、指導・助言をするのだが、新人にとっては威 嚇的に感じられるようだ。全体的な関係性としては、中堅層がコアを形成しており、ここ から外れる年配看護師集団、若手看護師集団という3層が存在するという。

病棟看護師長は、モジュール活動についてはリーダーに責任を一任しており、相談され たときに応じている。看護チームの3層の関係性を把握しており、看護師個々に状況に応 じて声をかけたり、スタッフからの相談を聞いたりしている。看護師-医師関係は、おお むね同僚同士の関係といえよう。医師の支配的、指示的態度は比較的みられない。看護師

の医師への発言から、患者中心であることが両者の間で了解されていることが伺われる。

病棟看護師長によれば、看護師の時間外勤務はⅠ病院内1位の長時間を記録し、Ⅰ-B病 棟への配置希望者はほとんどいないという。またⅠ-B病棟はPPC 方式11 における患者の 病状、看護の必要程度としては中等度以下と見なされることから、看護師の仕事満足感も 低いそうである。

看護ケアもⅠ-A病棟同様、全身清拭や陰部洗浄などには機能別看護方式が用いられ、日 勤看護師全員によって分担され一斉に行われている。そうした中でも、看護師によっては、

その日の自分の受け持ち患者を意図的に選んでいる姿が散見される。