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第 3 章 研究の結果

① 沖看護師の臨床的自律性

a. 肝性脳症症状出現に備えた運動機能訓練実施場所の決定と理学療法士との調整 沖看護師は、朝の情報交換の場で、佐藤さんの肝性脳症の症状増悪に関与する血中アン モニア値が2日の間に113から263と2倍以上に上昇していること、医師よりアミノ酸代 謝改善製剤の点滴指示が出されたことを報告していた。沖看護師が連絡を取ってみると言 っていたのは、PT, Physical Training 運動機能訓練の実施場所について、佐藤さんが訓練 室に出向くのではなく病室で行うよう理学療法科と調整するためである。

そして沖看護師は後に、医師から PT の指示が出されたが、時間しか書かれていなかっ たと話している。患者の理学療法は、医師の指示により計画される。だがその具体的方法 については、理学療法科が、それぞれの患者の実施順序および機能訓練プログラムにより 計画する。佐藤さんのように医師の指示に時間しか書かれていない場合、理学療法科では、

16 ジャパン・コーマ・スケールJapan Coma Scale, JCSは、日本で使用される意識障害の深度(意識レベル)分類であ る。覚醒度により3段階に分け、それぞれにさらに3段階があることから、3-3-9度方式とも呼ばれる。表記方法はロー マ数字の大分類に続いて3桁以下の整数で小分類を表す。Ⅱ-20は、大声で呼びかけたり強く揺するなどで開眼する。

患者が訓練室に出向いて実施する方法が通常の仕方とされている。そのため沖看護師は、

佐藤さんの血中アンモニア値が2日の間に上昇したことから、肝性脳症症状の出現あるい は増悪の可能性を予測し、運動機能訓練を病室で行うと意思決定したのだ。

また沖看護師は、アンモニア値と肝性脳症の症状出現が一致することは少ないのだが、

以前にもアンモニア値が200台に上がり、そのとき佐藤さんはボーっとして反応がなくな ったことがあったとも述べている。このように沖看護師は、佐藤さんの病状経過について は、看護ケアをとおして経験的に把握している。そこで、肝性脳症の症状発現が危惧され るため、できるだけ安静にして身体負荷を少なくと意図して、医師から時間のみ指定され た理学療法の指示について、病室から訓練室までの移動にかかる身体負荷を加えることを 避け、そして万一症状が出現してもすぐに対処できる病室での実施を計画したのである。

さらに、沖看護師は、アンモニア値が高値というだけで、リハビリができない状態ではな かったため、訓練室に行くことができないから今日は中止とするのではなく、できるので あればベッドサイドで実施してもらいたいと思ったと述べている。これは、佐藤さんの運 動機能訓練の機会を損なわないようにすることもまた、同時に意図していたことを示して いる。ここには、医師から出された理学療法の指示を忠実に実施するというのではなく、

肝性脳症を患う佐藤さんにとって安全な状態で運動機能訓練を行えるように、そして万が 一症状が出現した場合にも備え、医師や看護師が早期に対処できる安全圏にその実施場所 を置くよう配慮するという沖看護師の判断があった。

沖看護師は朝の挨拶の際、この日の運動機能訓練は病室で行うと佐藤さんに伝えていた。

これは、看護師同士の情報交換直後の行為であり、これによれば、沖看護師はこの時点で すでに、この決定をしていたことがわかる。さらに沖看護師は、理学療法科との間で調整 ができなければ、この日は運動機能訓練を中止とすることも意図していたのである。これ は、佐藤さんの病状悪化を危惧する沖看護師の安全策と言えよう。このように沖看護師の 意思決定は確固としていたのであり、それゆえ朝の挨拶の時点で、採血の値が悪かったと いう理由とともに佐藤さんに説明することができたのだろう。そして検査結果の説明を医 師に委ねることなく看護師の判断によって行ったこと、また、運動機能訓練実施場所を病 室とする説明を、理学療法科との調整結果を待たずに行ったところにもまた、沖看護師の 臨床的自律性が発揮されている。

こうして沖看護師は、ちょうどⅠ-B病棟に来合わせていた理学療法士と、佐藤さんの運 動機能訓練実施場所について調整することとなった。この行為は、沖看護師が理学療法士 と廊下で行き合ったその場での調整となったのだが、これは、ただ単に課された看護業務 を淡々とこなしていくといった仕事の仕方、慣習的に業務を遂行するというあり方とは異 なり、沖看護師が佐藤さんのケア計画を明確に意識化していたことによって可能となった のである。このように、肝性脳症症状出現に備えた運動機能訓練実施場所の決定および理 学療法士との調整という看護実践は、業務遂行上の慣習性を超えており、佐藤さんの病状

に合わせてその治療計画の安全性を確保するという沖看護師の意図的行為として、臨床的 自律性が発揮されており、これは自律的看護実践と呼ぶことが出来る。

b. 症状未発現という判断によるアミノ酸代謝改善剤点滴の実施時期決定と医師との 調整

沖看護師は、体重測定後の帰り道で、運動機能訓練の後で点滴を実施しようと佐藤さん に話していた。そして、病室に到着し、理学療法士が佐藤さんの機能訓練を始めると、沖 看護師は「じゃあ、(医師に)言っとこう。」と、独り言のように言っていた。

佐藤さんのこの日の点滴指示は、日中の時間帯というだけで、特に時間指定はなかった。

そして一方では、10時10分開始の理学療法の指示も同時に出されていた。沖看護師は、

後のインタビューで点滴をリハの後にした理由について応えている。これによると沖看護 師は、点滴はアミノ酸代謝改善を目的としており、開始時点では症状は出ていない、また 理学療法の所要時間は短時間である、そして佐藤さんの血管は脆いため運動により点滴漏 れを避けたいと判断していた。こうした理由により、沖看護師は、運動機能訓練終了後に 点滴を実施すると決定したのだ。これは、医師による明確な時間指定のない点滴指示に対 して、患者の状況に合わせてその実施時間を適切なときに決定するという看護師の意思決 定である。こうして沖看護師は、医師と点滴実施時間を調整した。このように患者の病状 および行動に合わせ、その治療目的を理解した上で点滴実施の適切な時間を決定し、医師 と調整するという実践は、業務遂行上の慣習性を超えた意図的行為として、沖看護師の臨 床的自律性が発揮されている。そしてこれは、自律的看護実践ということができる。

② 自律的看護実践の特徴的要素

a. 患者の病状理解に基づく肝性脳症症状悪化の経験的予測と継続的観察

<自律的看護実践の展開根拠:必要条件>

佐藤さんは、重症肝障害のため腸管におけるアンモニア産生が増加しているとともに、

肝解毒機能の低下により血中アンモニア濃度が高度に増加している。沖看護師は、佐藤さ んのこうした病状を理解しており、その検査値については、プライマリィナースの自分は いつも気にかけており、データを見ていたと述べていた。この発言は、沖看護師が、佐藤 さんの病状悪化の指標となる検査値を常に把握するよう努めていたことを示している。こ れは、患者を入院から退院まで受け持ち、その看護ケアに責任を持つ役割を与えられた責 務とみることもできる。だが沖看護師は、沖さんはプライマリィだったのかという質問に 応えて、「でも、プライマリィだからっていうか、佐藤さんは肝性脳症を繰り返してるんで。

また上がってなきゃいいとは思ってた」と述べている。この発言には、私は佐藤さんが心 配なのだという意味が込められていたように思われる。沖看護師は、与えられた役割とし ての責任感からというより、症状増悪を繰り返している佐藤さんの病状経過を把握してい

るからこそ、また検査値が悪化していないといいのだがと危惧したのであり、ここには危 機感を伴う沖看護師の予測があったと考えられる。つまり沖看護師は、佐藤さんその人を 気にかけ、彼女の病状経過の理解と看護ケアを通した経験的知識を動員した予測によって 新旧の検査結果の比較を行いながら、継続的に観察し、判断していたのである。この経験 的予測と継続的観察は、ここでの自律的看護実践が展開される根拠となっており、これは、

沖看護師の臨床的自律性が発揮されるために不可欠な必要条件ということができる。

b. ケアマインドに溢れたプライマリィナースだからこその患者への思い入れ

<看護実践の基盤にある看護師の基本姿勢:促進要因>

朝の挨拶の際、沖看護師は、血液検査結果について言いにくそうに切り出した。佐藤さ んは抑揚のない言い方で応えていたが、沖看護師は、ボーっとする症状はないか尋ねなが ら、いたわるように佐藤さんの腕をさすっていた。こうしたしぐさや関わりから、沖看護 師が、佐藤さんの病状悪化を憂いており、その身を案じていることが伺える。これは、沖 看護師が役割として以上に、深く心を傾けた佐藤さんへの思い入れがあることを示してお り、彼女に個別の関心あるいは同情心を寄せているとみることができる。

佐藤さんは、顔や人の目に触れる皮膚の色は土気色を呈しており、腹部は衣服の上から もそれと認められる程、腹水により大きく膨らんでいる。ベッド周囲にはアンモニア臭が 立ち込めており、沖看護師の問いかけに、うつろな表情の佐藤さんは、浅い呼吸にかすれ た小さな声でようやく応えていた。こうした状態の彼女の体重測定に付き添う際、沖看護 師は、ベッドに起き上がるときには即座に佐藤さんの肩に手を回して介助し、その足に靴 を履かせ、彼女が歩行器につかまって立ち上がると体を支えながら歩き始めた。これは、

肝性脳症の病状とその程度から判断して、看護師が当然計画するべき援助行為ともいえる。

しかし一方で、著明な腹水貯留があり、呼吸も浅く、問いかけにようやく応答している佐 藤さんの身体的辛さや体力の無さを、沖看護師が理解しており、思い遣っているゆえに、

自然とその手が出たと見ることもできる。

そして体重計の前では、靴を履いた佐藤さんが「いいの?」と聞いていた。これは、Ⅰ -B 病棟では体重計に土足で乗らないという決まりがあることを佐藤さんが知っているた め、沖看護師の指示がないことから質問したのだ。しかし沖看護師は、彼女が土足のまま 体重計に乗ることを容認した。これは、些細な身体動作でも佐藤さんには決して楽ではな いことを理解しているゆえに、沖看護師が咄嗟に配慮し、病室からの歩行に加えてさらに 立位のまま靴を着脱する労作を省くという決定をしたのである。ここには、患者を思い遣 るゆえに、意図して病棟の決まり事に背くという判断があり、沖看護師の臨床的自律性が 発揮されていたといえる。

また、沖看護師は、佐藤さんの運動機能訓練終了後に点滴を実施するとした理由につい て、「あの方血管が脆いし、動いて漏れるのもやだなって。」と述べていた。これは、点滴