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第 3 章 研究の結果

① 山口看護師の臨床的自律性

a. ストマ造設患者の肛門痛に対する屯用鎮痛剤の応用的適用と退院時処方への鎮痛 剤追加の提言

検温時に石川さんは、肛門痛が出てきたと言った。そこで山口看護師は、鎮痛剤の服用 を提案した。この後山口看護師は、手術に吻合器を使用するため痛みがあるかもしれない

と話していることから、石川さんの肛門痛を手術操作における吻合器挿入の影響と判断し たことがわかる。吻合器とは、手術操作が困難とされる骨盤腔内の手術のために開発され た、患部切除後の消化管口側と肛門側との吻合に用いる器械、消化管自動吻合器を指し、

これは専門的特殊器機である。こうした消化管自動吻合器を用いた手術操作に関する知識 は、手術室看護の経験を有する山口看護師の専門的知識ということができる。この専門的 知識によって、山口看護師は、石川さんが訴える肛門痛の意味を読み取ったのである。

また、山口看護師は、石川さんの肛門痛に対して鎮痛剤を使うとする意思決定をしてい た。そして、彼は具体的に質問ができ、治療効果についても評価ができると話しているこ とから、石川さんは薬の効果を自分で評価し得るとの判断を同時にしていたのだ。

山口看護師によれば、石川さんは、術後は硬膜外麻酔で我慢できる程度だったため、疼 痛時屯用内服薬が処方されていたが使わなかったという。この疼痛時屯用とは、硬膜外麻 酔の薬剤効果発現期間が終了した後、主に術後創痛に対して処方される内服用鎮痛剤であ る。屯用とは、患者の疼痛の程度により適宜使用してよいという医師の包括的指示、すな わち患者の処置や与薬などの対応をあらかじめ一定の範囲で認めておく医師の事前指示に より用いられる方法である。山口看護師は、こうした屯用鎮痛薬を石川さんの肛門痛に適 用したのだが、これは術後創痛に向けた薬剤の応用的使用ということである。ここには、

石川さんの肛門痛を手術操作における消化管自動吻合器挿入の影響とみて、医師の包括的 指示を応用的に使用するという山口看護師の判断があったと考えられる。

また山口看護師は、昼食後、石川さんに鎮痛剤服用後の症状について聞いていた。そし て、石川さんが、今は随分おさまっていると応えると、山口看護師は、退院時に痛み止め をもらえると安心だろうかと聞いていた。これは、退院時処方に屯用鎮痛剤を加えるとい う提案であり、山口看護師が、入院中のみならず自宅に帰ってからも石川さんが自己対処 できることを意図した行為であった。同時に、石川さんの退院時処方について医師に提言 することでもあった。こうした行為は、退院後の状況も見据えて医師に提言するものとし て、日常的に行われている標準的な看護実践を超えている。

このように、ストマ造設術後の肛門痛を手術操作における消化管自動吻合器挿入の影響 とみて屯用鎮痛剤を応用的に適用する勧め、そして、石川さんが自宅に帰ってからも自己 対処ができることを意図して退院時処方に屯用鎮痛剤を加える提案は、山口看護師の判断 により実践された行為であり、ここに臨床的自律性が存在する。そしてこれは、自律的看 護実践と呼ぶことができる。

b. 回腸ストマ造設患者の術後循環動態管理のための蓄尿中止の意思決定

鎮痛剤服用の話しが一段落すると、石川さんは、蓄尿のための採尿後に肛門痛が生じる と言った。これに対して山口看護師は、尿量は大体安定してきているので終了でよいと応 え、蓄尿中止を宣言した。

山口看護師によれば、Ⅱ-C病棟では、手術後患者には循環動態管理として水分出納の記 録が指示されており、尿量測定のための蓄尿開始については医師によるルーティンの指示 が出されるが、その終了は看護師の判断に委ねられているという。石川さんの場合は、回 腸ストマ造設により水様性の便が出るため長くなっているとして、この日まで続けられて いた。こうした中、山口看護師が述べているように、石川さんの発言が契機となったが、

11病日が経過し、術後循環動態が安定してきたので蓄尿による量測定はもう必要ないとの 判断があり、蓄尿中止の意思決定をしたのである。またここには、そうした理由とともに、

石川さんの採尿に付随して生じる肛門痛を回避するという山口看護師の明確な意図があっ た。また、蓄尿終了の判断は看護師に委ねられていることから、石川さんの蓄尿がこの日 まで続いていたということは、Ⅱ-C病棟看護師の間で、そうした判断が業務遂行上の慣習 性の中に埋没していたと言わざるを得ない。この意味で、山口看護師が自身の判断により 石川さんの蓄尿を終了したことは、業務遂行上の慣習性を超えた行為として、臨床的自律 性が存在する。そして、この看護行為は自律的看護実践と呼ぶことができる。

② 自律的看護実践の特徴的要素

a. 消化器診療科における看護の専門的知識に裏付けられた観察と判断

<自律的看護実践の展開根拠:必要条件>

朝の挨拶時、石川さんは言い難そうに、肛門に関して話し始めた。これについて山口看 護師は、粘液が時々出るかも知れないが、それは異常ではないので大丈夫だと説明し、後 には、休ませている腸からの粘液なので心配ないと述べている。

石川さんが受けた高位前方切除術では、大腸のS状結腸部で腸を切り、肛門管と吻合し て肛門括約筋を温存し、さらに小腸の回腸部で腸管を切り離し、大腸側の切り口は縫合し て腹腔内に残しておき、口側小腸を腹壁に開けた孔から引き出して回腸ストマを形成する。

回腸ストマは、大腸まで食物を通過させないために造られるのであり、休ませている腸と は、この切り口を縫合して腹腔内に残しておく部分の大腸を指している。

石川さんは、S 状結腸部で患部を切除したのちの肛門管と吻合した術後の腸管創部の安 静、すなわち大腸に食物が移動して消化運動をさせないことが必要とされている。つまり、

術後の肛門側腸管に消化内容物を通過させることによって生じる吻合部の縫合不全を回避 するのである。だが、この場合でも腹腔内に残された大腸粘膜の機能は失われていないた め、大腸粘液は生成される。そして山口看護師が、現在肛門を使っていないので括約筋が うまくいっていないと述べているのは、手術の影響により、肛門括約筋が十全に機能して いないことを指しており、このため大腸粘液あるいは縫合部修復のための組織液成分が肛 門から漏出するのであろう。山口看護師は、このような術後の腸管におけるメカニズムを 理解していたからこそ、石川さんの発言の意味を的確にとらえることができたのであり、

特に大きな異常ではないので大丈夫だと説明することができたのだ。

しかしその一方で、山口看護師は、石川さんの肛門部を観察していた。これに先立って 石川さんは、すでに医師から説明を受けたと話していた。こうした場合、看護師は、肛門 という羞恥心を伴う部位の観察は敢えて控えることもあるだろう。だが、山口看護師は後 のインタビューにおいて、3cm くらいの太さの吻合器を入れて肛門をかなり広げるため、

傷になっているのか思い、見ておきたかったと述べている。ここには、手術操作および術 中に使用する消化管自動吻合器という専門的特殊器械についての知識に基づく判断があっ た。それゆえこれは、消化管手術を受ける患者の看護実践経験がある山口看護師だからこ そ可能となった観察といえる。

このような回腸ストマ造設患者の腸管メカニズムや、手術操作および手術器具に関する 知識は、消化器診療科における看護を実践している山口看護師の専門的知識ということに なる。そして、こうした専門的知識を基盤として、山口看護師は、石川さんが訴える肛門 痛の意味を洞察できたのであり、それへの対処を考えることが出来たといえよう。この意 味で、山口看護師の消化器診療科における看護の専門的知識は、ここでの自律的看護実践 が展開するための根拠となっていた。そしてこの展開根拠は、山口看護師の臨床的自律性 が発揮されるために不可欠な必要条件ということができる。

b. 患者の思いや辛さを受け止めようとする応答性と了解的判断力

<自律的看護実践の展開契機:必要条件>

検温の際、石川さんが肛門について話し始めると、ワゴンに向かっていた山口看護師は、

ベッドのほうに向き直った。そして石川さんが、痛みが出てきた感じと続ける間、山口看 護師は、そのひとつひとつに相槌しながら聴いていた。そして、「痛み止めを一回、飲んで みましょうか?」と言うと、石川さんは、「あ。飲んでもいいですか?」と言った。このや り取りでは、山口看護師は、石川さんのことばを丁寧に聴いている。こうした応答の仕方 は、相手が言い難いことを話しているその思いを了解しており、それを真摯に受け止めつ つ聴いているサインと見ることができる。このやり取りに先立ち、朝の挨拶の際にも、石 川さんは言い難そうに肛門について話していた。山口看護師は、このときも時間をかけて 丁寧に彼の話しを聞いており、後に「気にされてるんでしょうね。」と述べていることから、

石川さんが肛門痛を気にしていることを了解していたことがわかる。

こうして山口看護師が、鎮痛剤服用を提案すると、石川さんは、飲んでもいいですかと 言っているが、これは、石川さんの意図するところだったと思われる。つまり石川さんは、

“随分痛みが出てきたので、痛み止めを飲みたいです。”と言いたかったのだろう。山口看 護師は、羞恥心を伴う話題について話さなければならない石川さんの気持ちを了解してお り、また彼がそうした部位について気にしていることもわかっていた。それゆえ山口看護 師は、石川さんが肛門痛の話しを始めたとき、すぐに向き直って話しを聴き、その場で彼 の言外にある思いを察し、鎮痛剤服用を提案することができたのだと考えられる。山口看