第 3 章 研究の結果
4) 美木看護師と患者浦上さんとの関わり合い
美木看護師への同行回数は間隔をあけた 3 回、うち 1 回は午後からの同行であり、担 当した患者数は延べ 19 名であった。そのうち、美木看護師の臨床的自律性が発揮されて いると思われる患者との関わり合いは以下の場面であった。
(1) 研究参加スタッフ看護師の特徴
美木看護師は、30歳代半ば過ぎの女性、准看護師を経て看護師養成所を卒業した。Ⅱ病 院には7年前に中途採用で就職し、消化器内科外科混合病棟に数年勤務した後、D病棟に 配属された。美木看護師は、「最初内科を希望してたんですけど、(看護部から)どこでも いいわよねって言われて。ちょうど約1年前にここに移動になったんです。私、もともと は、ちっちゃい200床くらいの病院に勤めてて。だから、大学病院って、ここしか見たこ とないんです。」と話している。Ⅱ-D 病棟では、主任看護師となるため看護部が主催する 研修などに参加しており、病棟看護師長が不在のときにはその代行役割を任されている。
看護経験は准看護師を含めて17年目、リーダー歴は10年目だという。
「どんなお仕事の仕方をしたときに楽しいって思えますか」という質問に、美木看護師 は、「どっちかというと、やっぱりベッドサイドにいたほうが。管理の仕事よりも、ベッド サイドにいるほうが好きですね。逆に夜勤とかそういう、スタッフの仕事のほうがいい。」 と言い、「じゃあ、患者さんとの関わりがお好きなんですか」と聞くと、「ええ、そうです ね。」と応えた。そして「具体的には」と尋ねると、美木看護師は、「そうですね。やっぱ りさっきのあの、浦上さんのみたいな…(略)…本人の、少しでも希望をかなえてあげて、
みたいに。」と話し、ここで記述する患者との関わり合いを指した。
(2) 浦上さんのプロフィール
浦上さんは50歳代の女性、年齢より若く見える外見で、話し方にも幼さが感じられる。
美木看護師によると、「結婚してるけど、子どももいないんですよ。最初に部屋を移るとき も、絶対にやだとかいって駄々をこねて。ちょっと特殊なキャラ(character)って感じで す。…(略)…ちょっと年齢の割にねえ、ちょっとねえ。甘えてるっていうか。」という。
「認知的には問題ないんですか」という質問に、「さあ。どうなんですかね。なんかあるん じゃないかって感じですけど。」と応えた。
ある場面を例にすると、浦上さんの血管に点滴漏れが生じたため、ある看護師が留置針 の刺し換えを試みて失敗した際のことである。別の看護師が代わって再穿刺を試みようと して、左前腕の血管を探していると、浦上さんが、「さっきの看護婦さんが、我慢しなさい って言ったの。すごーく痛かったあ。」と訴えるように言った。その看護師はしばらく血管 を探していたが、急に「やめます。」と言い、駆血帯をはずした…(略)…廊下を歩きなが ら、その看護師は、「さっきの一言でやめることにしました。主治医にやってもらいます。
…(略)…あの人、痛いとかっていうと、なんか、ちょっと低いのかなって思う部分が。
そんなところがある感じなんですね。で、ちょっと、普通じゃないっていうか。で。ああ いう過剰なところがあって。」と話してくれた。
この場面に見られるように、浦上さんは、ある看護師との対応の中で感じたり思ったり したことを、別の看護師に告げ口のように話すことから、Ⅱ-D病棟の看護師たちの多くは、
彼女との対応には気を遣っており、敬遠しているようだ。
浦上さんは、尿管結石により入院後、左尿管ステント37挿入術を受けたのだが、その後 高熱が続き、右股関節腔に膿瘍があることが発覚した。そのため、整形外科による排膿ド レナージ38を行い、現在ドレナージチューブは抜去されているが、まだ床上安静を必要と する。そして、この日の前日くらいから高熱が出ることが少なくなり、車椅子に乗って室 外に出られるようになった。Ⅱ病院の他病棟での治療を含めて約2か月となる入院生活の 中で、浦上さんは、車椅子に乗り部屋を出て、ディルームなどへ散歩することを、「ものす ごく楽しみ。」と言っている。
(3) 美木看護師と浦上さんとの関わり合い場面の記述
① 参加観察記録
美木看護師は、午前中は研修のため不在の病棟看護師長に代わって管理業務を行ってい たが、午後からは、研修に出る別のスタッフ看護師が担当する患者4人のケアを引き継い だ。Ⅱ病院では、患者にとっては、午前と午後の担当看護師が異なることがあるのだ。
11時30分近い時間になると、美木看護師は、「もう保清(清拭・洗髪等の清潔ケア)と かは終わってるんです。だけど、他の(看護師)担当の浦上さんが、ちょっと残ってるん ですけど。そこにちょっと入ろうかと思って。」と言った。浦上さんは、この日、美木看護 師の担当ではなく、別の看護師が担当している…(略)…。
美木看護師は、「あのう。右のこの、股関節のところが化膿していて。で、ドレナージし ていたのが、とりあえず(チューブが)取れたんですけど。でもまだしっかり治ったわけ じゃないみたいで。だからまあ、別科で(整形外科で治療中)。一応車椅子 OK みたいな 感じです。でもまだ、介助が必要な感じなんですよね。トイレとか見てると。」と言った。
そこで、「なるほど。それじゃあ、まだ(靴下は)脱げないですね。」と言うと、美木看護 師は、「まだまだです。あの人、自分でトイレに行けるようになるまでは脱げませんからね
37 ステントとは、人体の管状部分(血管、気管、消化管等)を管腔内部から広げる医療機器である。素材としては、
316Lステンレス、タンタル、コバルト合金、ナイチノール(ニッケル・チタン合金)などの医療用ステンレス(金属)
が用いられている。
38 ドレナージとは、体内に溜まった余計な水分や血液等を特定のシリコンチューブにより体外に排出する措置を指す。
感染症の原因物質を除去したり、組織に溜まった体液等を体外に排出することによって減圧を図る為に行われる。
って言ったら、ええーっ! とか言って。」と言って笑った。浦上さんは、床上安静が続い ており、深部静脈血栓形成予防のために医療用弾性ストッキング39を着用しているのだが、
別の看護師に同行した際にも、その締めつけがきつくて足が痛いと話していたのだ。
ナースステーションに戻るとすぐにナースコールが鳴った。浦上さんの部屋からだった。
美木看護師は廊下に出て歩きながら、「年齢の割にねえ、ちょっとねえ。甘えてるっていう か。旦那さんはそれがかわいいと思ってるんですかねえ。普通だったらちょっと、って感 じですよねえ。」と、囁くように話してくれた。浦上さんの部屋に行くと、美木看護師は、
「失礼します。」と言いながら、トイレの中を伺った…(略)…美木看護師は、浦上さんが 座った車椅子をトイレの外に出した。そして、「ディルームから帰ってきたら」と言いかけ ると、浦上さんが「はい?」と言って、美木看護師の顔を見上げた。「ちょっと、足を洗い ませんか。」と続けると、浦上さんは、「あ、はい!」と言って顔を輝かせた。美木看護師 が、「ねえ。靴下、その間脱げるから。そしたら。」と笑い声で話すと、浦上さんは「ええ え!」と感嘆の声をあげ、すぐに「うふふふ。今ぁ?」と嬉しそうに笑って言った。美木 看護師が「ええ。」と応えてから、「先に洗うほうがいい? ディルームが先がいい? どっ ちがいいですか?」と顔を覗き込んで聞くと、浦上さんは振り向きながら、「脱げる?」と 聞き、美木看護師は、「ええ。」と、胸を張って応えた。浦上さんは、「じゃあ、足!」と即 答した。美木看護師が、「じゃあ、先に足、洗おうか。」と言うと、浦上さんは…(略)…
「わあ、ほんとにぃ。うわあいぃ!」と、子どものように歓喜の声をあげた。
ベッドに向かって車椅子を押しながら、美木看護師が、「嫌だったんだもんね、靴下ね。」 と同情するように言うと、浦上さんは、「嫌ぁああ。」と気持ちを込めて訴えるように言い、
美木看護師が、「きつくて、痛くなっちゃうからね。」と続けると、「そうなの。眠れなくて。」 と、浦上さんが応えた。美木看護師が、「ねえ。」と、理解を示すように相槌すると…(略)
…浦上さんは声を裏返して、「ほんとにぃ?」と、美木看護師を見上げた。「ええ。今準備 してきます。」と、美木看護師がきっぱりと応えると、信じられないことでも起こったかの ように、浦上さんが、「ほんとにぃ?」と繰り返した。あまりの大げさな反応に、美木看護 師が大笑いすると、浦上さんは、「だって、あんまり駄目だって言われてたから。どうしま しょう。」と、子供っぽい口調で言った…(略)…。
廊下に出て、研究者が「すごい感動のしかたでしたねえ。」と言うと、美木看護師も笑っ て、「今日もね。午前中、からだ拭いたときに、この靴下(弾性ストッキング)まだ脱げな いの? って。」と言うので、研究者も「この間も言ってましたねぇ。」と返した。美木看護 師は、「そうなんですか。旦那さんもね、夜勤で来た時、これまだ脱げないんですかって。
39 静脈血栓の形成には、静脈の内皮障害、血液の凝固亢進、静脈の血流停滞の3つの成因がある。3つの成因が様々な 程度で個々の危険因子に作用し、複数の危険因子が関与して深部静脈血栓症が発症する。離床困難な患者や手術を受け る患者などはそのリスクが高いとされ、入院中は術前術後を問わずリスクが続く限り、予防として医療用ストッキング を終日装着することが、「肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン (2009年度改 定版)」に示されてから、Ⅱ病院ではこれに従い、手術を受ける患者や床上安静を必要とする患者に義務付けている。