第 3 章 研究の結果
③ 山口看護師の自律的看護実践がもたらしたもの
-患者の疼痛緩和および自己管理の促進と規制解除による安堵感-
山口看護師が鎮痛剤服用を提案すると、石川さんは、「あ。飲んでもいいですか?」と言 っていたことから、彼自身そうしたいと思っていたことが伺われる。石川さんにとって、
山口看護師のこの提案は、わが意を得たりという満足な結果をもたらしたのである。また 山口看護師が、服薬後の痛みの変化を尋ねると、石川さんは、今は随分おさまっていると 言っていた。この発言によると、石川さんは服用後約3時間の時点では、随分痛みが出て きたと訴えた時の状況からは脱していたといえよう。そして、山口看護師が退院時処方に 屯用鎮痛剤を加える提案をすると、石川さんは同意を示していた。自立性・積極性のある 石川さんにとって、退院後に痛みに対して自分で対処できることは、自己管理をさらに促 進することとなる。
さらに、採尿後に肛門痛が生じるという訴えを受けて、山口看護師が蓄尿中止を宣言す ると、石川さんは安堵したように、「じゃあ、あそこに入れなくていいわけですね。」と言 ってにっこりした。患者は、入院によってさまざまな検査・処置を受けるのだが、これは言 い換えれば、医療による日常生活の規制ということになる。石川さんが手術後に続けてき た蓄尿も、排泄のたびに課せられる規制であり、これを中止することは、日常生活の規制 が解除されることである。そして、石川さんは、採尿行為により肛門痛が喚起されること からも、同時に解放されることになったのである。
(5) 研究参加者の山口看護師の意見・感想
‘山口看護師と石川さんとの関わり合い場面の記述’および‘山口看護師の看護実践に おける臨床的自律性についての解釈’について、研究参加者の山口看護師本人に通読して もらい、次のようなコメントをいただいた。
山口看護師は、「かなり克明ですね、驚きました。私って、こんなこと言ってたのかなっ て思って。自分のやったこととかって、後からこうやって読むのって初めてですけど、ち ょっと恥ずかしかったです。でも、面白いっていうのもありましたね。」と、全体的な感想 を述べてくれた。
「それぞれの解釈についてご意見をいただけますか?」と言うと、山口看護師は、「確か に、ロキソプロフェンについては、創痛に向けて出されてましたけど、はい。肛門痛に応 用したかたちでしたね。そうですね。」と述べ、また、「石川さんって、セルフケアがかな りできる方なので、そう。退院時のお薬もご自分で管理できればって、考えてやったと思 います。ここに書いてある解釈で、違和感はないです。蓄尿も、はい。」と話してくれた。
そして、「石川さん、先週無事に退院されましたよ。ストマケアはかなりできてるので心配 ないと思います。痛み止めも出してもらって。」と教えてくれた。
6. Ⅱ-D病棟におけるスタッフ看護師と患者との関わり合い 1) Ⅱ-D病棟の特性
(1) 診療科とその特性
Ⅱ病院‐D病棟(以下、Ⅱ-D病棟)は、産科・小児科を除く複合診療科の患者を収容す る病棟で、定床30数床である。患者は外来からの予定入院の他、緊急でも入院してくる。
患者の状況によって入院期間が数ヶ月におよぶこともある。
(2) 看護体制
看護師数は、病棟看護師長を含めて20数名を有し、看護師配置基準7:1体制34をとっ ている。患者の入院から退院までの看護ケアについて、1人の看護師が2から3名の患者 を受け持ち(プライマリィナース)として責任を負う、プライマリィナーシングⅡ病院方 式と呼ばれる看護体制を用いている。
8 時 30 分から 17 時までが日勤と呼ばれる勤務時間帯であり、勤務終了平均時刻は 17 時30 分頃である。勤務者は、病棟責任者の看護師長の他、Ⅱ-C病棟と同様にコーディネ ーターと呼ばれるリーダー役割を持つ看護師が1名と、4から5名のメンバー看護師によ り構成される。16 時30分から翌朝8時30分までを夜勤として3名の看護師を置き、日 勤夜勤の2交替制をとっている。夜勤帯のコーディネーターは、夜間の病棟責任者を兼ね る。日勤では、1 人の看護師が担当する患者数は、その看護師の「受け持ち」を含む4 か ら5名で、各看護師はそれぞれ担当患者の看護ケアに責任をもつ。コーディネーターは患 者を直接担当はせず、各看護師の業務内容による役割分担および調整、医師その他との連 絡・調整を役割としている。入院全床に対して1機能単位看護体制をとり、その勤務帯の コーディネーターが全患者を把握するかたちをとっている。
日勤看護師の日課業務として、スタッフ看護師は8時30分に集合し、夜勤コーディネ ーターから夜間の患者の入退院状況および特別な出来事などについて1、2分程度で報告 を聞く。次に、日勤責任者の病棟看護師長またはその代理から、当日の入退院予定、病棟 行事、看護中央部門からの連絡事項を聞く。8時45分になると、日勤スタッフ看護師たち は、それぞれに電子カルテや夜勤看護師から得た情報をもとに、担当患者の病状や診療計 画を全体に向けて報告する。それに対応して、コーディネーターが、特定の患者情報や医 師その他との調整内容などを加えていく。こうして全員の報告・調整が終わると、スタッ フ看護師たちは各自の仕事に散っていく。
スタッフ看護師は、各自が準備したワゴンを押して、それぞれが担当する患者の部屋に 朝の挨拶に回り始める。多くの看護師は、朝の挨拶時にその日の検査や医療処置、清潔ケ
34 2006年度の診療報酬改定において入院収入の前提となる看護師の配置基準が改定され、配置数を厚めとした7対1 入院基本料が創設された。7対1とは、入院患者7人に対して看護職員1人が勤務している状態のことを指す (看護師の 就職ガイド, 2010)。
アの実施時間を、それぞれの患者と調整する。そして、患者のバイタルサイン、すなわち 体温、血圧、血中酸素飽和度および脈拍を測定する。これは、検温と呼ばれるスタッフ看 護師の日課業務のひとつであり、患者の病状によるが日勤帯では最低一回行う。看護師は、
検温の時、前日の朝9時から当日の朝9時までの排尿回数と排便の有無、食事摂取量を患 者に尋ねる。これらは、スタッフ看護師が毎日患者から聞き、記録する必須項目とされて おり、バーコード読み取り式端末入力器に数量データとしてその場で入力される。
検温の際には、患者のバイタルサイン測定だけではなく、患者の病状に合わせたさまざ まな看護ケア、すなわち看護師による情報提供や患者の話しを聴くこと、および点滴や注 射などの医療処置が行われる。Ⅱ-D病棟では、こうした検温がその看護師の担当する患者 全員に行われると、スタッフ看護師の午前中の業務がおおむね済んだことになる。一方、
入院患者の病状が悪化したり、急な医療処置の指示が出されたり、あるいは患者の緊急入 院といった予定にはない急な出来事が生じると検温は中断され、看護師たちはそれらの出 来事に手を取られることになる。こうした場合、コーディネーターが主として業務分担を するのだが、必要に応じて別のスタッフ看護師も動員される。
看護師たちは、12時から14時の間は2人1組となり、1時間ずつ交替で昼食休憩をと る。スタッフ看護師は、この時間帯は交替相手の担当患者のケアを引き受けるため、8か ら10名の患者を担当することになる。看護師たちが昼食休憩を終え、日勤看護師が全員 揃うのは14時を回ってからである。この頃からスタッフ看護師は担当患者の清潔ケアを 始める。おおむね16時半を回った頃、それぞれ清潔ケアが終わり、スタッフ看護師はナ ースステーションに集まってくる。そして看護師たちは、担当患者について医師の指示を 受けるとともに、翌日の検査や医療処置など患者用の説明文書を作成する。そしてそれら の説明文書を持って、看護師たちがそれぞれ担当患者の部屋を回り終わると、その日の日 勤業務が終了となる。以上がⅡ-D病棟の日勤看護師の慣習的な業務の流れである。
(3) 病棟文化
Ⅱ-D病棟全体は、もの静かで、ナースステーションの中は整然としている。病室・廊下 ともに絨毯が敷かれているせいか、物音もあまり聞こえない。この病棟では、ナースコー ルの呼び出し音はほとんど聞こえず、呼び出し音が鳴ったとしても、看護師が速やかに対 応するので、器械やアラームの音が少なく、ナースステーションは実に静かである。
病棟看護師長によれば、Ⅱ-D病棟は他の病棟に比較して看護師の経験年数が高く、看護 師たちも患者への接し方には一層気を使っているという。どの看護師も人当たりが穏やか で礼儀正しく、患者や外来者への接し方や言葉遣いは丁寧で気配りが行き届いている。
スタッフ看護師たちは、病棟看護師長に気軽に相談できるらしく、彼女の存在は威圧的・
管理的ではないようだ。病棟看護師長は、全入院患者の病状や現時点の看護問題をよく把 握しており、1日に最低1度は各病室を訪問している。