第 3 章 研究の結果
3) 島内看護師と患者今村さんとの関わり合い
島内看護師への同行回数は間隔をあけた 3 回、担当した患者数は延べ 14 名であった。
そのうち、島内看護師の臨床的自律性が発揮されていると思われる患者との関わり合いは 以下の場面であった。
(1) 研究参加者スタッフ看護師の特徴
島内看護師は、20歳代半ば過ぎの女性、地方自治体が設置する看護大学を卒業後、同系 列のⅠ病院に就職し、特に希望したわけではなくB病棟に配属された。島内看護師は、Ⅰ -B病棟で5年目を向かえリーダー歴は2年目となり、他の病棟での勤務経験はない。
病棟看護師長によると、「ここは多科混合病棟なので、仕事は煩雑で忙しくて大変。なん たって 10 数科も入ってるのよ。だから他の病棟に比べると一番時間外(超過勤務)が多 いの。島内はそんな中で育ったから、力はついてると思う。5 年目だけど、他の部署の 5 年生よりはしっかりしてるわね。いろんなことに気がつくのね。だからときどきストレス フルになっちゃうときもあるけど。」とのことである。また看護師メンバーについて、「こ こは、年輩の看護師が多いけど、島内がⅠ-B病棟のリーダー的存在で、この子の仲間たち グループが病棟を引っ張ってるのね。先輩たちはちょっとやる気がなくて。」と話している。
島内看護師は、「ここの仕事しか知らないけど、ここは自分が育ったところだから好きで すね。おばさんたち(数人いる 40 歳以上の年輩看護師たち)はちょっと問題あるけど、
仲間がいいからやってけるんです。でも、医者はだめ。こっちから言わないとやってくれ ない。それがここのやりにくいところかな。まあでも、毎日患者さんと接するのは楽しい ですよ。」と話している。そして「どんなお仕事をしたときに満足感が持てますか」という 質問に、「ここじゃあ、満足感なんて持てないかも。忙し過ぎるし、なんたって仕事が煩雑 でしょう。うーん、難しいなあ。」と困ったように応えたが、少し考えてから、「ああ、で も、忙しいけどやっぱりみんなと一緒に仕事終わらせて、なんとか終わったねって言って、
ワアワアやってるときは楽しいですね。」と応えた。
(2) 今村さんのプロフィール
今村さんは 60 歳代の男性、白髪に小太りの体型で、強面の表情を見せており、土建屋 の棟梁といった風格を示している。今村さんは、胆管がんの診断名でⅠ-B病棟に入院して いる。がんが腹腔内に転移しており、経皮経肝胆管ドレナージpercutaneous transhepatic
cholangio‐drainage PTCD17 を行う中、発熱が続いており、胆汁性腹膜炎が疑われてい
る。黄疸が著明であるが、日常生活行動はほぼ自立している。がん性疼痛に対して鎮痛剤
17 胆石や腫瘍などで胆道がつまり、胆汁が排出されなくなった場合に、皮膚から瘻孔をあけ、直接肝内胆管にチュー ブを挿入し、胆汁を体外に排出する。
座薬が処方されており、疼痛の程度に合わせて今村さんが自分で挿入している。
看護師たちによれば、今村さんは気難しく、自分の思いどおりにならないと怒鳴ったり 看護師に罵声を浴びせたりするという。医師にも言いたいことをはっきりと述べ、声を荒 げていることもしばしば目にする。そして、入院中の治療計画にかかわらず、好きな時に 病院建物の外部に設けられた喫煙所にタバコを吸いに行くので、今村さんが日中病室にい ることはむしろ少ない。そのような今村さんを、看護師たちの多くが敬遠しており、彼の 喫煙については仕方がないとして黙認している。そのため看護師たちが今村さんに積極的 に関わろうとすることは少ないのだが、なかには「タバコに行くなら、短時間にしてくだ さいね。」などといった発言により、今村さんに怒鳴られた看護師が数人いるという。
(3) 島内看護師と今村さんとの関わり合い場面の記述
① 参加観察記録
夜勤看護師が、日勤全体に向けた報告の中で、「…(略)…今村さんは、昨日準夜で38.6 度まで上がっていますが、今朝は36度台、深夜は落ち着いています。タバコに行くんで、
短時間でってことは言ってます。」と報告した。
8 時半を少し回ると、B モジュールの始業時ミーティングが始まった…(略)…。島内 看護師は、「今村さんは、昨日ちょっとお熱出たみたいで。もしかしたら胆汁性の腹膜炎か って(電子カルテ所見欄に)書いてありましたけど。まあ、タバコ吸いに行ったりとかは 変わらないみたいですね。」と報告した。
島内看護師は、男性の6人部屋に行った。入り口すぐのベッドでは、主治医の女性医師 が仰臥している今村さんと話しをしていた。島内看護師は、二人の話しを邪魔しないよう にベッドの足元の方に寄り、しゃがんでいる女性医師の頭越しにそっと点滴台に近づき、
確認し始めた。そこでは女性医師が、「…結局この熱がコントロールできないわけですよね。
…(略)…この週末の結果、土日で。」と、ことばを切りつつ、今村さんの機嫌を伺いなが ら話している。今村さんがイライラした口調で「じゃあ、蓋して」と言いかけると、女性 医師は「ううん。蓋をしたというよりは、そこの部分の膿はもう引けなくなっちゃったか らね…」と、ことばを選びながら言っていた。島内看護師は点滴速度を確認した後、今村 さんには声をかけずに、足音を立てないようにそっと部屋を出てきた。
島内看護師は廊下に出ると小声で、「今村さんは胆管がんの方で、PTCD とかしてて。
ちょっと、コンプライアンス18が非常に悪くて。タバコ吸いに行きたいだとか、怒鳴った
18 医師から処方された薬剤を患者が指示どおりに服用するなど指示や指導されたことに従う行動がとれることをいう (志自岐他, 2006)。島内看護師はこの意味でこのことばを用いていたことを確認した。
りだとかしてねえ。今もああやってねえ、なんか、怒って先生に言ってますが。ストレス が強いのか、コンプライアンスが低いのか。」と説明してくれた。
9 時を少し回った頃、島内看護師は、先ほどの女性医師と廊下で行き会った。その医師 は自分から話しかけてきて、「島内さん。今村さん、タバコ吸いたいって。今、怒ってるの で。」と言うと、島内看護師は「ねえ、なんで怒ってるの?」と聞いた。女性医師が、「検 査しても結果が出ないんで。どっちにしても熱が下がってないから、なんで検査ばっかり するの、みたいな感じで。」と応えると、島内看護師は、「あああ」と、会得したように声 を発した。女性医師が、「あと、ちょっと下痢があるみたいで。出たらチェックしたいので、
便培養をお願いします。」と言うと、島内看護師は「ああ、はい。」と返事をしてから、思 い出したように、「なんかね、血液培養。もうね、数えたら4回くらい取ってるんだけど。」 と言った。女性医師は、「すいません。かなりとってます。」と、申し訳なさそうに応えた。
女性医師が去った後、島内看護師は今村さんについて、「安静の必要なね、検査した日で さえ、タバコ吸いに行けないと、すごい怒ちゃうんですよぉ。」と、訴えるような調子で言 った。研究者が、「そうなんですか。」と言ってから、「転移してるんですか。」と聞くと、
島内看護師は、「ええもう。すごい全身転移して。ほとんどもう、やりようがないと思いま すけどね。」と言った。研究者が、「それで苛立ってるんですかね。」と聞くと、島内看護師 は、「うん、なんか。」と、ことばを切ってから、「でも本人にはたぶん(病状について)、 全部は言ってないので。本人は夜連日熱出るし、おなかは痛いし。そっちのほうじゃない かと思う。」と言った。少し間があってから、「本当はこういう病院じゃないほうがいいで すよね。なんかもうちょっとね、ケアできるところのほうが。」と言いながら、島内看護師 は、検温の道具を乗せたワゴンを押して歩き始めた。そして彼の部屋に着き、ベッドを覗 いたのだが、今村さんは不在だった。島内看護師は、「あとどれくらい行ってるんだろうか。」 と、つぶやくように言って部屋を後にした。
時計は午前 11 時少し前を指していた。島内看護師は、自分の受け持ち患者の検温をほ ぼ終わらせており、今村さんを残すだけとなっていた。「ちょっと行ってこようかしら。」 とつぶやくと、モジュールリーダーや日勤責任者の看護師に「ちょっと出かけてきます。」 と言った後、島内看護師はエレベータホールに向かった。
島内看護師は、エレベータを 1 階で降りると、救急車が車を寄せる駐車場に向かった。
駐車場の一角には屋根のあるビニール幕で仕切られた簡易喫煙所が設けられている。そこ では、パジャマ姿の患者や私服の人が数人座ってタバコを吸っていた。
島内看護師は、ビニール幕越しに今村さんの姿を目でとらえると、「あ、あそこに。」と 言ってから、「人一倍黄色い。」とつぶやきながら喫煙所に近づいていった。そして、喫煙 所の一番奥に座っていた人物に、「今村さん。」と声をかけた。名前を呼ばれたその人は、