第 3 章 研究の結果
① 藤田看護師の臨床的自律性
a. 循環器疾患患者の歩行に付き添う中でとらえた髪の汚れと洗髪実施の意思決定 坂木さんは、心臓弁膜症があり、今回は発熱のために緊急入院となり、抗生剤点滴と心 負荷軽減のための安静保持による治療により 15 病日を迎え、この日まで髪を洗うことな く経過していた。藤田看護師は、この日は本来所属しているモジュールではなく、別の看 護チームの受け持ち患者坂木さんを担当し、ナースコールで呼ばれて彼女のトイレ歩行に 付き添った。こうした中で藤田看護師は、坂木さんの洗髪を計画したのだ。
この洗髪については、坂木さんの髪が汚れて乱れており見栄えが悪く気の毒であるとし て、藤田看護師が計画したものである。ここだけとらえるならば、専門性が高いとはいえ ない判断となるだろう。しかし藤田看護師が、坂木さんの髪の汚れによる乱れを認識した のは、ナースコールで呼ばれてそのトイレ歩行に付き添う中での出来事であった。それは、
心臓弁膜症により活動耐性が低下している坂木さんが、ベッドから起き上がり、自動輸液
ポンプの電源コードを自力で処理する動作の後、点滴架台につかまりながら、おぼつかな い足取りでトイレに向かうという一連のプロセスを、藤田看護師がひとつひとつ見守る中 での気づきであった。藤田看護師が、ふらふらしないかと聞くと、坂木さんは、「はい、大 丈夫みたいです。」と応えている。坂木さんが“大丈夫です”と言い切るのではなく、“み たいです”としているのは、おぼつかない足取りの自分に、坂木さんは体力的に自信がも てなかったのだろう。こうした状況の中で看護師が注目するのは、当然のことながら患者 の安全すなわちその足元や歩の運び、身体のふらつきといった活動耐性の面、そして点滴 架台の転倒予防といった安全性の面である。だが藤田看護師は、そうした点に注目を向け ながらもさらに、坂木さんの後ろ姿を目にしてその髪が汚れにより乱れていることを見て 取ったのだ。つまり藤田看護師は、歩行に付き添い安全を確保するだけにとどまらず、坂 木さんの整容および身体の清潔という観点からも観察を行い、生活者としての把握をしか も瞬時にしていたのだ。そしてここには、病棟内歩行程度の負荷が許容されるのであれば、
看護師が行う坂木さんの洗髪実施は可能であるという藤田看護師の判断があった。この洗 髪計画はまた、坂木さんの歩行に付き添い見守るというケアから、藤田看護師が自ら新た に導き出した看護ケアということになる。
さらに、藤田看護師は坂木さんの洗髪実施について医師に確認していた。Ⅰ-A 病棟は、
循環器疾患の診療科病棟であり、ここでは看護師独自の業務である療養上の世話に属する 清潔ケアについてさえ、心負荷という点から医師の指示が必要とされている。そのため医 師に聞いたのだが、これは単に指示を仰いだというより、藤田看護師がすでに坂木さんの 洗髪実施は可能であると判断していたのであり、これを確認することにより医師の保証を 得ることとなり、確実に実施できるための手段を講じたということになる。
またⅠ-A病棟では、洗髪については、患者個々の病状や担当患者全体のケア内容や業務 量に合わせて、その日の担当看護師が計画し、実施することになっている。しかし、発熱 により緊急入院となった坂木さんには 15 病日を経過する中でこの日に至るまで、洗髪は 実施されてこなかった。ここには、坂木さんの病状により数日間は急性期治療が優先され 洗髪ができる状態ではなかったこと、そしてこの日から病棟内歩行可として安静度拡大が 指示されたことが関与している。だが一方でこれは、病状の急性期が過ぎ、特定の治療が 済めば患者に退院を迫るという短期入院制度を取り、もっぱら急性期の患者を対象とする
Ⅰ病院およびA病棟の診療科特性とも関連があるように思われる。坂木さんのような緊急 入院であれば、発熱に対する治療とその原因追究を中心とした急性期医療が行われるため、
こうした方針が看護師にも影響し、その日その時に必要とされる医療処置や検査が無事に 遂行されることに力点が置かれることになる。そして、こうした患者ケアの仕方は、病棟 全体の看護業務遂行上の慣習を形成することとなる。Ⅰ病院の看護部方針では“患者の全 人的ケアを目指す”と謳われてはいるものの、現実的には、在院日数が短いことやクリテ ィカルパスの導入により、藤田看護師が望むような看護ケア、すなわち患者の意思を尊重
し、患者と相談して計画、実施するという本来的な看護ケアの仕方は難しくなっている。
このような病棟の慣習に、多くのⅠ-A病棟看護師が知らずのうちに影響され、この日まで 15日間も坂木さんの洗髪が計画されなかったのだと言わざるを得ない。こうした中で、坂 木さんの歩行に付き添う中でとらえた髪の汚れとそれに対する洗髪実施は、病棟の慣習的 業務遂行の仕方に飲み込まれることなく、藤田看護師がその眼で患者をとらえ、自身の考 えや判断により看護ケアを行う姿勢が揺るがなかったことにより可能となった。ここに臨 床的自律性が存在するのであり、これは自律的看護実践と呼ぶことができる。
b. 活動耐性低下患者の疲労を見て取った身体労作の少ない体位によるレントゲン撮 影方法の技師への促し
坂木さんがトイレから出て部屋に戻る際、廊下にはレントゲン技師がやって来ていた。
藤田看護師がともに歩き、坂木さんがベッドに腰掛けるまでを付き添うと、彼女は息切れ しており、疲れた表情であった。藤田看護師は坂木さんの疲れを見て取っており、この時 すでに技師が部屋の中にレントゲン器械を引き入れてきていた。そこで藤田看護師は、技 師に向かって「座って撮りますか?」と言った。これには、藤田看護師が述べていたよう に、トイレ歩行による疲労に加えて、坂木さんに人を待たせていることへの焦りを感じさ せ、さらに負担を増してはいけないという判断があった。そしてもう一方では、レントゲ ン撮影は座位のほうがよりよいとする判断も同時になされており、加えて、待っていた技 師への配慮もあったのだ。従って、藤田看護師が技師に向けた発言は、問いかけや質問で はなく、促しあるいは指示であったといえよう。ここには、活動耐性が低下した坂木さん のトイレ歩行による疲労を見て取り、咄嗟に彼女の身体労作がより少ないレントゲン撮影 の方法を選択するという藤田看護師の臨床的自律性が発揮されていた。
こうして藤田看護師は、ベッドに横になるという身体労作を負荷しなくて済むよう、腰 かけているベッドの頭部分を 90 度まで上げてこれに寄りかかるよう促し、坂木さんがベ ッドに上がるのを手伝った。この一見当たり前のようにみえる藤田看護師の行為には、疲 れている坂木さんが寄りかかることができるようにベッドの方を動かす、彼女が力を入れ てベッドに脚を上げる動作に手を貸すという二つの援助行為が含まれているのだが、これ は坂木さんにとって必ずしも必要とされるわけではない。また、レントゲン技師が坂木さ んの背中にフィルム板を当てる際、藤田看護師は、彼女の上体を支えようと手を差し延べ ていた。多くの場合看護師は、自力で動くことができる患者の撮影操作については、その 殆どを技師に委ねてしまっている。しかし藤田看護師は、坂木さんの上体を支える援助を 積極的に行っているのだ。これは、歩行ができ自力で動くことができるとしても、そのト イレ歩行による坂木さんの疲労を見て取り、辛そうだととらえたからこそ、藤田看護師は そのようにしないではいられず、自然と手が出たのである。ここには、課された看護業務 をただ淡々とこなしていくあり方とは異なり、自らの意思と判断によって、患者の看護に
責任を持ち、より援助的に関わろうとする看護実践の姿勢が存在する。こうした看護実践 は、日常的に行われている看護実践の標準性を超えるものとして、藤田看護師の臨床的自 律性が発揮されており、これは自律的看護実践と呼ぶことができる。