第 3 章 研究の結果
1) 町村看護師と患者森川さんとの関わり合い
町村看護師への同行回数は間隔をあけた 3 回、担当した患者数は延べ 13 名であった。
そのうち、町村看護師の臨床的自律性が発揮されていると思われる患者との関わり合いは、
それぞれ相手が異なる以下の2場面であった。
(1) 研究参加者スタッフ看護師の特徴
町村看護師は、20歳代後半の男性、看護専門学校卒業後、別の大学病院に3年勤務した 後Ⅱ病院に移動し、救命救急センターに 2年半勤務した。その後Ⅱ-C病棟に配転となり、
2年目を迎えた。看護師歴7年目である。「僕はここに来たときから消化器が希望だったん です。でもここは、医師と一緒にやってるって感じじゃないから。もう長くいなくてもい いかなって感じです。ナースはナースでって感じで。ナースの知識だけじゃあ、限界があ るじゃないですか。一緒にチームでやるほうがいいと思うんですけど。」と話している。
Ⅱ-C病棟では配転した年からリーダー役割を取り通算5年目を迎え、現在はトップリー
ダー層に位置し、夜間や休日体制のときには看護師長代理を任される。後輩看護師たちの 相談によくのっており、その信頼は厚い。また、新人や 2、3 年目の看護師たちの指導に 関して、看護師長のよき相談相手になっている。「どんな仕事をしたときに満足しますか」
という質問に、「やっぱり医師と一緒に患者さんのこと考えて、じゃあ、それはこっち(看 護)でやるから、そっちはお願いって感じでやるほうが、僕は好きですね。看護師だけで やってても、結局医師の方針とかと違うと意味ないじゃないですか。」と話してくれた。
(2) 森川さんのプロフィール
森川さんは、50歳代の女性、ふっくらとした体型がその温厚な人柄を示しているようで ある。看護師とのやり取りは穏やかで、静かな物腰である。Ⅱ-C病棟には、大腸憩室炎症 の治療目的で入院したのだが、絶飲食と薬剤点滴による内科的治療中に炎症が悪化し、下 行結腸ろう23が形成され、入院期間が延長された。その上、内視鏡的逆行性胆管膵管造影 検査後に膵炎を発症したことから、その回復を待って治療計画が進められたため、約7ヶ 月の入院生活が続いている。ある日の看護師の情報交換では、「森川様、膵炎と下行結腸ろ うができていて、経過観察しています。カルテ見ると、昨日外科のカンファにかけてって ところまで書いてあったんですけど…(略)…本人にはまだ全然説明してないと思うので、
何か言ってきたら傾聴していきます…(略)…絶飲食になってます。」と話されていた。ま た、別の日の担当看護師は、「森川様、…(略)…オペになりそうってところだと思います ので、ちょっと入院長期化してるし、傾聴していけたらと思います。」と報告していた。そ してこの看護師が検温に行くと、森川さんは、「切らないで帰れるといいな、なんて。」と、
独り言のようにつぶやいたのだが、看護師は黙って聞いていた。このように、森川さんに は、Ⅱ-C病棟看護師たちの多くが傾聴する関わりを中心としているようである。
(3) 町村看護師と森川さんとの関わり合い場面の記述
① 参加観察記録
8時45 分を少し回ると、看護師同士の情報交換が始まった。…(略)…町村看護師が、
「森川さん、下行結腸ろうなんですけど、ストマ24造設のIC(Informed Consent:ここで は主として医師から患者への病状や治療計画についての説明を指している)があって。何 人かにもう泣いてるみたいですね。本人、コーピングの手段として感情表出とか、できて るみたいなので。また訴え等聞いて、理解を促して行ければなと思っています。」と言った。
23 瘻(ろう)は通常、大腸の憩室が膀胱など他の臓器に接触している場合や憩室が破裂した場合に形成される。大腸に 含まれる細菌類によって腸壁の炎症が起こり、隣接する他の臓器の組織を穿孔し、瘻を形成する (福島, 2012)。
24 ストマstomaとは、消化管や尿路を人為的に対外に誘導して造設した開放孔を指す。通常、ストマにパウチ(便を
収容する袋)などのストマ用装具を取り付け、パウチから排泄した便や尿を一時的に収容するようにして生活する。
町村看護師が、「失礼します。」と言い、ベッドに近づくと、横になっていた森川さんは、
「はい。」と返事した。町村看護師が…(略)…「森川さん、どう? 気持ちは。」と問いか けると、彼女は横になったまま、考え考え、「落ち着いてきた、のかなあ。これでも。」と 言い、町村看護師は、「ほんとぉ。」と、相槌した。森川さんが、「最初聞いたときは、すご いショックだったけど。」とことばを繋ぐと、町村看護師は、「そりゃあ、ショックだよ、
そんなのぉ。」と、気持ちを込めて同意するように言った。森川さんが、「涙が出てきたも ん。ほんとに。…(略)…自分がなると思わなかった。」と言うと、町村看護師は、ゆっく りとした口調で、「そう。そりゃそうだよね、たぶん。すごく受け入れが難しいと思うんだ。
それもさ、基がさ、違う病気で(入院して)来てるからさあ。ええっ! と思うだろうけど。」 と言いながら、点滴ラインを確かめている。…(略)…「ご家族とかは何って言ってる?」
と聞くと、森川さんは、「うん。まあしょうがないねえって。だって、それしか道はないん だもん。」と、嘲笑的な言い方をした。町村看護師も愛想笑いをすると、森川さんが続けて、
「どっちか選べっていえば、違うのを選ぶけどね。これしかないし。これも、ずっとこの ままいるのも辛いしねえ。」と、しんみりとして言うと、町村看護師は、「うんうんうん。」 と相槌した…(略)…。森川さんが、「こんなに長くなるとは思わなかったもん、だって。
最初は 2 週間っていってたのに。」と言い、寂しそうな笑いを浮かべ…(略)…町村看護 師が、「そうか、210日。」と言いながら点滴を接続していると、森川さんは、「次から次と、
よく(トラブルが)あったねえ。」と、呆れたように言った。…(略)…町村看護師は、「ね え。」と、同意するように相槌してから、「大体みんな、その前に参っちゃうパターンがす ごく多い。もうやだ、こんなの、とか。」と慰めるように言うと、森川さんが笑って、「病 院じゃ、嫌っていったって。自分の問題じゃない。」と、ことばをかぶせた。
町村看護師は、「少し、でも表情が落ち着いてて、安心しちゃった。もっと、ガーンって へこんでるかと思った。」と、静かに言うと、森川さんは、「一時的(なストマであること)
に救われてる。あれにしがみついてる、感じ。あれがなかったらひっくり返ってたかも。」 と言った。町村看護師がため息をつくと、森川さんは、「立ち直れないでいたかも。」と続 けた。町村看護師が、「ゴールを近いと信じてがんばるしかないからね、ちょっとね。」と 自分に言い聞かすように言うと、森川さんは、「うん。」と力なく相槌した。
町村看護師は、「森川さん、今回ね。あの、おなか人工肛門造るから。」と、さらに声を ひそめて言うと、森川さんは、「うん。」と、暗い声になって返事した。町村看護師は、少 し緊張した面持ちで、「なので、ちょっとイメージ化できるように。でね、手術後とか、見 るの怖いと思うほう?」と聞くと、森川さんは「うん。」と応えた。町村看護師はことばを 選びながら、「あの、この手術受けられる人、みんな(手術部位を)見るのが怖いっていう 人、たくさんいるのね。だから‘見る’からが、僕たちの目標なの。まず今日は見るだけ、
とか。」と静かに言うと、森川さんは、「ああ、そう。」と聞こえないような声で、うつむい たまま言った。
町村看護師は、「だから、肛門を、今使えないからこっちにもってきてるだけ、っていう 考えなので。そんなに焦らずに、ゆっくりやっていけばいいと思うので。」と言ってから、
改めて森川さんの顔を覗き込んで、「脅しになってない? 僕の説明。」と聞いた。森川さん は、町村看護師の顔を見上げて、「うん。なってはいない。」と応えた。町村看護師は、「大 丈夫ね。」と確かめるように言ってから、「いやあ。緊張するもん。そんなの。」と、少しく だけて言うと、森川さんは、「あああ。嫌だな、ほんとに。」と、思いを吐き出したようだ った…(略)…「こわいよぉ。」と、辛そうに訴えるように言った。町村看護師は、「そう そう。怖いって思うのはいいんだけど。それをね、ずっとね、心の内に溜める人がいてね。
そういう人が一番、(ストマを)造ったとたんに、なんでこんなものができちゃってるのと か。わかってたんだけど、動揺しちゃうパターンが多いから。」と言った。そして一旦こと ばを切ってから、「だから、そういうふうにね。しゃべるほうがいい。しゃべることで自分 の心理をね、掃除してって。こうやっていくんだっていうのが、なんとなくイメージつく から。」と続けた。森川さんは、腹部を覆っている掛け物に目を落とし、黙って聞いている。
町村看護師は、気遣いながら遠慮がちに、「もし必要そうだったら。パンフレットとかで。
写真とかもあるから、見てみてもいいし。希望があれば。」と静かに言うと、森川さんは少 し迷ったようだったが、「ちょっと見てみようかな。」と言い、一旦ことばを切ってから、
「見ないよりはね。ちょっと。」と続けた。町村看護師が、ほっとしたようにやや声のトー ンを上げて、「じゃあ、ちょっと僕。探してみるね。」と言うと、森川さんは、「頭の整理の ためにね。」と言って、寂しそうに笑った。緊張していた空気が和んだようだった。
町村看護師は、隣の病棟にストマのパンフレットを探しに走った。そして戻ってくると、
その足で森川さんの部屋に向かった。「森川さん。」と声をかけると、カーテンの中から「は い。」という返事が聞こえた。町村看護師が、「持ってきたけど。ここでお話しする? 個室 がいい?」と聞くと、森川さんは、不安そうな表情になって、「そんなに重要な話?」と聞 いた。町村看護師が明るい調子で、「ううん。大して重要じゃない。あの、見るけど。ほら、
あんまりことばを言ってほしくないっていう人もいるから。」と応えると、森川さんは囁き 声になって、「あっち。」と言った。…(略)…町村看護師が、「じゃあ、準備できたら、ス テーションに来てもらっていい?」と聞くと、森川さんは「はい。」と応えた。
町村看護師は、説明室に森川さんを案内した。そして、彼女をテーブルに座らせると、
「僕、ご飯配ってくるから。それまでちょっとこれ、見てて。」と言い、ストマケアと書か れた A6サイズの冊子を2 冊、森川さんの前に置いた。そして、町村看護師は、研究者に
「一緒にいてもらっていいですか。」と言って部屋を出て行った。
森川さんは、はじめに1冊の冊子を手に取ってぱらぱらとめくった。そして少しの間な がめていたが、内容に眼を通すというより、ただページをめくるといった感じだった。研