第 3 章 研究の結果
2) 藤井看護師と患者松沢さんとの関わり合い
藤井看護師への同行回数は間隔をあけた 3回、担当した患者数は延べ 15 名であった。
そのうち、藤井看護師の臨床的自律性が発揮されていると思われる患者との関わり合いは 以下の場面であった。
(1) 研究参加者スタッフ看護師の特徴
藤井看護師は30歳代の女性、この年看護師歴12年目を迎えた。3年課程看護専門学校 卒業後、すぐにこの大学医学部付属Ⅱ病院の小児科に就職した。藤井看護師は希望して小 児科に勤務したのだが、病棟が縮小改編され、配属部署の変更を余儀なくされたため、周 産期病棟を希望して移動した。しかしその半年後にこのⅡ-D 病棟に移動となり、現在 6 年目でリーダー歴は9年目を迎えた。
「ご希望の科じゃないというところで、やる気とか違いますか」という質問に、藤井看 護師は、「うーん。やる気は(無いわけではない)。仕事自体は、変わらないじゃないです か。なので、仕事は全然好きなんですけど。なんですかね。子どもってこう、癒されるじ ゃないですか。そういう時間がほしいんです、なんか。遊ぶ時間。(やるべき業務は)なん にもなくて。ああ、あの子に会いにいこうとか、あの子のためなら、とか。ちょっと、も っと情が入るじゃないですか。いやあ、この病棟にいて、あの人に会いたいとか思ったこ とないんで、私。…(略)…子どもは癒されますよ。そういうとこが好きなの。」と応えた。
また、「一番嬉しいって思うのは、どんなお仕事したときですか。嬉しかったとか、よか った今日は、とか。」という質問に、藤井看護師は、「…(略)…すごく、がら、ガラが悪 いって言っちゃあ変ですけど、松沢さんみたいな、ああいうキャラの(別の患者)。ちょっ と会社のトップでやってきて。ガチャガチャやってきた人で。でも年齢もまだそんなにい ってなくて。まだまだ働けるような人で。で、ちょっと乱暴で。口が悪くて。その人に透
析をすることになったんですね、シャントを造って。で、退院指導で。内服のコントロー ルと食事と水分のコントロールとっていうのを、とりあえず。その人なりいにできること。
水分制限とか本当はできないんですけど、食事も。食事制限なんてほとんどできないんで すけど。これだけは食べないでとか、なんかそういう指導もしたんですよね。それで、結 構向こうも頑張ってやってくれて。そう、なんとか。普通の指導じゃないんですけど。一 番いい指導(本来的な)じゃないんですけど。マニュアル的な指導じゃなくて。そんなこ とは到底できないんですよ。その人にとっては。そんな制限なんてできないんです。で、
できることを何点かみる指導を。なんかレビュー(看護研究発表)でちょっと発表したん ですけど。それは、ちょっと楽しかったです…(略)…ちょっと関わるのが深かかった人 ですね。」と応えた。
(2) 松沢さんのプロフィール
松沢さんは、工場関連の会社を個人経営している60歳代の男性である。10数年前に直 腸がんの手術後、腎臓に転移が見つかり、尿管ステントを挿入している。それ以来、化学 療法のために数回の入院を繰り返しており、左前腕に点滴用ポートを挿入している。体格 は痩せており、ぼさぼさに伸びた髪の毛が骨ばった顔を強調している。顔色はやや黒味が かった蒼白で、抗がん剤治療に苦しんできた様子が伺われる。
今回、松沢さんは3日前から発熱したため、市販薬を服用して様子をみていたが、翌日 になっても 38 度から解熱せず、食欲不振が続いたため、Ⅱ病院を受診し、D 病棟に緊急 入院となったが、Ⅱ-D病棟への入院は複数回目だという。藤井看護師は、松沢さんについ て、「あの人はリピーターなんですよ。…結構言うことが、言うんですよ。ちょっと気が強 いというか。」と話している。この「リピーター」ということについて、別の看護師は、「な んか、急に当たる(八つ当たり)らしく、急にスイッチ入っちゃうみたいなんですよ。怒 鳴ったりとかするみたいで。ちょっと緊張しますね。できれば、あまり関わりたくないか も。怖いですよね。」と話している。このようにⅡ-D 病棟看護師の多くは、松沢さんに対 応するのが怖いとして、必要以上に関わりたがらず敬遠しているという。松沢さんは、こ の日入院4病日目を迎えていた。
(2) 藤井看護師と松沢さんとの関わり合い場面の記述
① 参加観察記録
藤井看護師は、点滴や指示書、血圧計などを乗せたワゴンを押して、朝の挨拶と抗生剤 点滴のために松沢さんのいる個室に向かった。部屋の前まで来ると、藤井看護師はワゴン を部屋の外に止めた。そして、ドアをノックしてから、「失礼します。」と、遠慮がちに言 いながら、そうっと部屋の中に入っていった。やや緊張しているようだった。
松沢さんは、ベッドに横になったまま向こう向きになり、携帯電話で話しをしていた。
そして、「ああ、もしもし。ああ、おかあさん、ちょっと待って。」と大きな声で言い、藤 井看護師のほうを振り返ったので、藤井看護師は、「ああ、いいですよ、いいですよ。大丈 夫。」と、何回か言った。松沢さんは、「今さあ。看護婦さん、いろいろやってるからさあ。
後で。」と言い、電話を切った。藤井看護師は、「大丈夫ですか?」と、すまなそうに聞く と、松沢さんは、仰臥位になりながら、「いいよ。」と、機嫌よさそうに言った。そして、
「これ(点滴)、取れただけほっとしたから。」と言い、左前腕に目をやった。藤井看護師 は、「よかったですね。」と相槌してから遠慮がちに、「今、お熱とか測っていいですか?」
と聞くと、松沢さんは、「ああ、いいよ。」と応えた。藤井看護師は、「じゃあ。」と言い、
ドアのところまで戻り、部屋の外に止めてあったワゴンを部屋に引き入れた…(略)…。
藤井看護師は、点滴ラインを松沢さんの左前腕ポートのチューブに接続して落とし始め、
滴下速度を調節した。そして、「じゃあ、お熱測っちゃいましょう。」と言い、体温計を差 し出すと、松沢さんは、「はい。」と言って受け取り、自分で腋に挟んだ。藤井看護師は、
ベッドサイドにしゃがみ込んでから、「朝ご飯はどうでした? 食べられました?」と、ゆ っくりした口調で尋ねた。松沢さんは、前を向いたまま、体温計を挟んだ左腕を反対の手 で押さえながら、「うん、食べられる。たいていもう、半分は食べられる。」と応えた。藤 井看護師は松沢さんの顔を見上げ、「半分。じゃあ朝も半分ですか?」と、確かめるように 聞くと、松沢さんは、「いや。今日は嫌いなのが 2 点あったから、それだけ。他のやつは 全部食べた。」と応えた。藤井看護師が、「全部食べた。」と、笑顔で相槌すると、松沢さん は続けて、「そう。その 2 点だけ。だって今日、ご飯が出てさあ。バナナが出て、卵が出 てた。そぉーんな、食えるわけないじゃない。んな、バナナのでかいのさあ。」と、声を大 きくして堰を切ったように話し出したので、藤井看護師は、笑顔のまま聞いている。松沢 さんがさらに、「だから、バナナと卵とね、全部食べた。大体、抗がん剤で食欲がねえのに さあ、んなの、無理だよ。」と、さらに声を大きくして言うと、藤井看護師は笑顔で‘うん、
うん。’というように応えながら、松沢さんの腕にマンシェットを巻いた。
松沢さんは前を向いたまま、「で、僕が一番拒絶反応をしてるのは、炒め物なのね。」と 続けると、藤井看護師は一瞬手を止めて、「炒め物?」と、そのことばを繰り返した。松沢 さんは、「うん。炒め物は絶対だめ。」と、また声を大きくして言った。藤井看護師が、「ふ ーん。」と声に出して顔を覗き込むと、松沢さんは続けて、「前は好きだったんだけどねえ。」 と言った。藤井看護師はそのことばに即応して、「炒め物禁(食事箋の禁止事項)にします?」
と聞いた。松沢さんは一瞬黙ってから、「ん?」と、聞き返すように顔を向けたので、藤井 看護師は、「炒め物、出してもらうの、やめます?」と聞き直した。松沢さんが藤井看護師 の顔を見て、「うん、やめてよ。」とすぐに応えると、藤井看護師はもう一度、「炒め物、や めます?」と確かめるように繰り返した。松沢さんは表情を和ませて、「うん。」とはっき り返事した。藤井看護師が続けて、「なんかあと、嫌なものあります?」と聞くと、ベッド に寄りかかったまま、松沢さんは、「うん。あと焼き魚。」と言った。藤井看護師が、「焼き
魚。」と、静かにことばを繰り返すと、松沢さんは、「うん、あの皮の臭いがねえ。」と訴え るように言うので、藤井看護師は、「あ、嫌なんだ。」と、後を続けた。松沢さんが、「うん、
気持ち悪い。もーお、気持ち悪くなっちゃう。」と、得意げに話しだすと、藤井看護師は、
「ああ、なるほど。」と相槌した。それから、「ちょっと待ってください。」と言いながら立 ち上がって、「炒め物と、焼き魚と。」と言い、ワゴンの上の自分のメモに書き込んだ。松 沢さんも、「うん、炒め物と焼き魚。」と、藤井看護師のことばにかぶせるように言った。
そして、「それ以外なら何でも我慢して食べちゃう。」と続けた。藤井看護師は、‘うん、う ん。’と頷きながらメモを書き終わり、松沢さんのほうに向き直って、「あと、他にありま す?」と尋ねた。松沢さんは、少しの間があってから、「ない。」と応え、「あとは何でも我 慢して食べちゃう、半分は。その2点だけはうちでもだめ。」と、やや早口に続けた。
藤井看護師が彼の顔を覗き込んで、改まったように、「おうちの人は何か持ってきてくれ ます?…(略)…持ってきてって言えば、持ってきてくれるんですか?」と聞くと、松沢 さんは、「あ、そお。」と、意外そうな声で応え、寄りかかっていた体を前に乗り出した。
藤井看護師がもう一度、「持ってきてくれるの? 家族が。忙しい?」と、ことばを切りな がら聞くと、松沢さんは、「ああ、うん。あの、いいって言えば、買ってきてくれるよ。」 と応えた。藤井看護師が、「ほんと」と言いかけると、松沢さんは語調を強めて、「だって、
前(の入院のとき)はフリーパスだもん、俺。もう(病院食を)食べなくたっていいから、
好きなもの買ってきて食べていいよ、だったんだもん。前は。」と、噴き出すように言った。
藤井看護師は、「うんうん、前はね。」と、同意するように相槌しながら聞いている。松沢 さんがさらに、「もう、全部フリーパスだったんだもん。」と、訴えるように言うと、藤井 看護師はことばを選ぶように、「なんか、もし、病院食がなかなか食べられないんであれば。」 と遠慮がちに口を開いた。…(略)…松沢さんは、「いい? 自分で。」と、また彼女のこと ばを遮った。少し間があってから、藤井看護師が遠慮がちに、「少し持ってきてもいいかな と思ったんですけど。」と続けると、松沢さんは「うん。」と、声を大きくした。
藤井看護師は、話しを戻すように、「まあ、でもとりあえず。その炒め物と焼き魚は、禁 にします。」と言うと、松沢さんは、藤井看護師のことばが終らないうちに、「そう。直腸 がんやったときはさあ、そうだよ。」と、思い出したように話し出したので、藤井看護師は、
「そうですか。」と相の手を入れた。…(略)…そして、ワゴンの上の指示書を見ながら、
「持ってきてもらったものを食べても。食べれるんだったら、どんどん食べてもらってい いと思うんです。」と続けると、松沢さんは明るい口調になって、「あ、そう。」と嬉しそう に言った。藤井看護師が、「一応ちょっと、先生にもう一回聞いてみるので。」と付け加え ると、松沢さんも「うん。」と、納得したような調子で相槌した…(略)…。
藤井看護師は静かに、「ねえぇ。結構食が変わったって言ってましたもんね。」と、同調 するように言った。その言葉が終らないうちに、松沢さんは、「うん、変わったんじゃない よ。だから、抗がん剤のあれ、やった人じゃないとわかんないよ。」と、やや強い語調で言