4. ヨーロッパの小売業
4.1. 小売業態の発展プロセス
4.1.6. 百貨店
19 世紀半ば以降のフランスにおける消費の大衆化を推進したのが、マガザン・ド・ヌヴ ォテ(magasin de nouveauté:流行品店・新物店)であった。マガザン・ド・ヌヴォテは 真の大規模性を除けば、百貨店の販売方法、技術の多くを具現化しており、デパートの前 身と捉えられる。1852 年創業のボン・マルシェ(Bon Marché)は百貨店の起源といわれる が、1850 年代、60 年代のボン・マルシェはいまだマガザン・ド・ヌヴォテの段階にあり、
1869 年の新装開店の段階で近代的百貨店に変身を遂げたと考えられる。百貨店にまで拡大 を遂げたマガザン・ド・ヌヴォテは、ベル=ジャルディニエール(La Belle-Jardiniére、
1824 年創業)、トロワ・カルティエ(Aux Trois Quartiers、1829 年創業)などが挙げられ る80。
百貨店を生み出したフランスの環境は、パリの人口増加、交通機関の改善、生活水準の 向上、産業の発展および製品の規格化などであった81。それが企業家精神の風土や創業者の 個性と相まって、さまざまな小売技術を導入した。百貨店は近代的商店経営により、当時 フランスで見られた「奢侈の民主化」「消費の大衆化」の旗振り役・推進役、ブルジョワ市 民層とその周辺の上下の階層の人々における、いわば「生活革命」の先導役を果たしたの である82。
そのため当時主流の大規模小売店(消費組合、バラエティストア、チェーンストア)と は異なり、大都市のショッピング街の中心地に位置し、多層フロアの大きなビルが店舗で あった。そして顧客の近くに出店するというチェーンストアの発想ではなく、幅広い品ぞ ろえ、流行品および充実したサービスの提供により顧客に足を運ばせるというコンセプト を持っていた。
さらに、多数の近代的商店経営の手法を取り入れていた。特に注目すべきは、それまで 一般的であった、顧客との交渉による価格設定から、あらゆる商品に一定かつ低い(例え ばボン・マルシェでは競合店が 40~50%なのに対して 13.5%)マークアップ率を設定する という定価設定の方式を導入したという点である83。これにより、利益の源泉は、顧客との 交渉によるマークアップ率の最大化から、交渉の省略によるコストの引き下げと、商品の 回転率向上によるマージンの引き下げにもとづく、薄利多売型へと変化した。
その他、規制のため非常に小さく厳密に専門特化されていた店舗を、100 m²という広さ に拡大したこと、部門・売場別の編成をとったこと、店内への自由な出入りを可能にした ことなどといった施設関連の改革から、さきほどの定価販売、低マージンによる低価格販 売に加え、価格のラベル表示、幅広い品ぞろえ、セルフサービス、インストアディスプレ イ、広告などといったマーチャンダイジング関連の改革、さらにはメールオーダー、返品 制度、配送・顧客の輸送・無料のバーなどの各種顧客サービスにおける改革まで、幅広く 実行された84。特に広告には注力しており、大手の新聞を通じた大々的な広告宣伝が行われ た85。また、特にヨーロッパの百貨店の特徴として、アメリカや日本タイプの平面フロア式
(Plane-floor style)ではなく、蜂の巣式(Honey-comb style)の売場構成を採用してい
95 た点が挙げられる86。
フランスでの発祥を経てイギリスでは、ホワイトレーが 1863 年にロンドンで設立された。
ドイツでは少し遅れて 1880 年代に、デンマーク、オランダ、ベルギー、スウェーデン、ス イスではさらに遅れて 1890 年代になってから、百貨店が設立された。1914 年までにはヨー ロッパの大半の都市で、百貨店という販売方式が定着していた。
第 1 次世界大戦後も拡大する一方で、百貨店は、新しい環境や新しい世代の消費者に対 して、購買や販売、販促の方法を適応させないとならないという問題に直面していた。そ の中で、エレベーターの導入87など、手法の改良が行われ、フランス、ドイツ、イギリスな どの国で順調に成長した。大規模小売業に対する抑圧により、百貨店の成長も他の業態同
様に停滞したが、さらに、百貨店のマネジメント層の努力がディスカウントストアに注が れたため、百貨店の停滞は、第二次世界大戦の後もしばらくの間続いた。
1950 年代に入り、戦争のダメージを回復させるために、店舗の改築・改装、新しい設備 の導入、照明の強化などが行われた。しかしながら最もインパクトの大きい変化は、多く の百貨店で、カウンター販売がセルフ販売へと切り変わったことであった。さらに、ヨー ロッパの多くの国で、百貨店はチェーンストアオペレーションを採っており、90 もの店舗 が一つの本部で運営されているケースもあった。一部の国では、独立系の小売業が、購買 のために集中購買組織に属していた。そのような復活を見せた百貨店業態も、1960 年代に は、交通渋滞、駐車場の確保、賃金の上昇などのさまざまな問題に直面した。
1960 年のヨーロッパの百貨店の数は、おおよそ 675~700 であり、35 万人を雇用し、小 売販売全体に占める割合は約 3.6%であった(図表 4-4)。一方フランスでは同時期に 3.5%
を占めていた。その後シェアを少しずつ落とし、1999 年には食品分野で 0.1%、非食品分 野で 2.2%を占めた(図表 4-3)。
ブリザード(1976)に倣い、百貨店の文化コアと環境コア変数を整理したものが図表 4-7 である。百貨店は都市化と交通網の発達、可処分所得の増加といった外部環境の変化から、
大都市のショッピング街の中心地で、消費者を「集客する」場所として発展した。特に、
消費財のマスプロダクションの進展を追い風に、当時台頭した中流階級に対して、流行品 を幅広く品ぞろえし、手厚いサービスを提供することでお客の方から店舗を訪れるという 新しい業態を作り出した。旺盛な企業家精神により多くの新技術が導入され、特に注目す べきは、店舗規模が増大し従業員が増加する中で定価販売という手法を生み出し、それま で主流の業態よりも低マージンで薄利多売型のビジネスを行った点である。
図表 4-7 百貨店のコア要素
文化コア 環境コア変数
96
外部 内部
立地
・大都市のショッピング街の 中心 → 郊外
・都市化の進展
・交通網の発達
・可処分所得の増加、生活水 準の向上
・大規模小売業(消費組合、
チェーンストア、バラエティ ストア)の台頭
商品
・主として中流階級向け商品
・最先端の商品→日用的商品
・中流階級の台頭
・製品の規格化
・中流階級をターゲット
価格
・定価販売
・比較的低価格 → 高価格
・消費財のマスプロダクショ ンの進展
・製品の規格化
・従業員の増加
・店舗規模の拡大
・高いオペレーションコスト
・伝統的小規模小売店に比べ 低い粗利率(ただし大規模小 売店の中では高レベル)
売上
・大規模
・薄利多売型 → 高利型
・規制緩和
・可処分所得の増加、生活水 準の向上
・製品の規格化
・店舗規模の拡大
・低い坪効率
品ぞろえ
・フルライン型品ぞろえ(1 万~10 万品目)
・部門別売場構成
・消費財のマスプロダクショ ンの進展
・大規模小売業(消費組合、
チェーンストア、バラエティ ストア)の台頭
広告・販促
・大手の新聞を通じた大々的 な広告
・販売員へのコミッション制 度
・ディスプレイの頻繁な変更
・可処分所得の増加、生活水 準の向上
・消費財のマスプロダクショ ンの進展
・中流階級をターゲット
サービス
・店内への自由な出入り
・手厚いサービス(レストラ ン、トイレ、返品制度、配送、
顧客の輸送など)
・メイルオーダー
・大規模小売業(消費組合、
チェーンストア、バラエティ ストア)の台頭
・企業家精神
97 筆者作成