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一般的経営管理・小売実務技術に関する研究(a~h)

2. 小売技術の国際移転に関連する既存研究

2.6. 小売技術の国際移転研究

2.6.3. 一般的経営管理・小売実務技術に関する研究(a~h)

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程 程

④'

m. 特殊的小 売実務技 術の移転 戦略

n. 特殊的小 売実務技 術の受入 戦略

o. 特殊的小 売実務技 術の移転 政策・過

p. 特殊的小 売実務技 術の受入 政策・過

程 出典:筆者作成

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因の研究、コンビニエンスストア技術61やスーパーマーケット技術62の香港への移転プロセ スの分析などが挙げられる。

スーパーマーケット技術の発展途上国への移転を分析したゴールドマン(1981)は、さ まざまな観点から分析を加えている。まず、受入国側で必要となるスーパーマーケット技 術の補助技術、インフラ、外部環境を整理している(経済史パースペクティブの視点)。さ らにこの新しい業態がもたらす、消費者のコストとベネフィットの計算を行っている(技 術革新の拡散パースペクティブの視点)。上記より、発展途上国へのスーパーマーケット技 術の移転は、供給側、需要側ともに障害があることを指摘し、解決策として、供給側の戦 略の実行を提案している(地理的拡散パースペクティブの視点)。供給側が現地環境を変え る(スーパーマーケット技術が有効に機能するインフラの構築を推進する)、または技術を 現地環境に適用させる(大規模、フルサービス、フルラインの米国型スーパーマーケット ではない、初期のスーパーマーケット業態を導入する)ことによって、移転の成功が高ま ると指摘している。

ホー・ラウ(1988)は、スーパーマーケット業態が香港において適応的に移転された理 由を、社会文化的要素から分析した(図表 2-27)。社会文化的要素が異なることにより、

香港でスーパーマーケットは、①生鮮食品よりも加工食品を主軸とする、②消費者当たり の販売量が小さい、③小規模な店舗、④駐車場がないという点で、本来の業態とは異なる かたちで導入された。

図表 2-27 アメリカと香港におけるスーパーマーケット技術の社会文化的要素

社会文化的要素 アメリカ 香港

食習慣 z 肉好き

z 冷凍食品を多用

z 魚介および肉好き z 生鮮食品を好む 買い物習慣 z 時短志向

z 頻度少

z 食品鮮度志向 z 頻繁

住環境 z 比較的良い

z 広い

z 良いとは言えない z 窮屈

冷蔵庫のサイズ z 比較的大きい z 比較的小さい 自動車の利用可否 z 比較的利用しやすい z 比較的利用しづらい 人口密度 z 高くない z 非常に高い

都市化 z 低い z 高い

出典:Ho and Lau(1988)、27 ページ

「一般的小売実務技術の受入戦略(f)」は、技術の受入側となる企業の行動や戦略を扱 う研究である。

平井(2004)は、米国型スーパーマーケットの日本型への変容を、ダイエー、西友スト

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ア、サミットストアの代表的な 3 社の事例を通じて整理している(図表 2-28)。米国型の スーパーマーケットは、日本では、①売場面積の縮小(アメリカの 2 分の 1 以下)、②1 店 当たりの売上高の縮小(アメリカの 4 分の 1)、③食料品売上構成比の縮小(非食品部門、

特に衣料品を拡大)という変容が加えられた。その後①、②については米国型に近づくも のの、③の品ぞろえ、売上構成比といった要素については、日本型として独自の特性とし て定着していった。

しかしながら個別の企業を見てみると、ダイエー、西友ストアは単独で SM 事業に参入し ていることから、米国式がそのまま取り入れられたのではなく、売場面積の拡大と品ぞろ えの総合化が先行し、その後の合理化努力の試行錯誤の中でアメリカの方法が取り込まれ ていった。一方サミットストアは、米企業との合弁事業によりスタートしているという経 緯から、当初より米国方式が全面的に導入された。しかしながら、外資進出に対する反対 運動から事業計画の修正を余儀なくされ、売場面積の小さい店舗を出店せざるをえなくな ったという消極的な理由から、食料品中心の品ぞろえになっている。

以上のように、スーパーマーケット技術の日本への導入は各社の戦略により、さまざま な状況にあったことが見て取れる。その理由は、その業態のコア技術を何と捉えるのかが 各社によってまちまちであったことに起因する。ダイエーや西友ストアは、大型店舗と総 合的品ぞろえがコア技術であると想定しており、サミットストアは生鮮食品の品ぞろえが コア技術であると想定していたと考えられる。

図表 2-28 米国型スーパーマーケットの日本型への変容―3 社の事例―

ダイエー 西友ストア サミットストア 出自 ドラッグストアからのライ

ンロビング

百貨店の子会社 商社と米 SM の合弁事業

出店経緯 1959 年以降新規店舗の売 場面積の拡大に伴い品ぞろ えを総合化

当初は小規模百貨店 1963 年既存店の運営を 引き継ぎ西友ストア発 足、SM 部門へ進出

1962 年セーフウェイと の合弁事業をスタート

チェーン化 当 初 よ り 積 極 的 に 推 進

(1963 年・15 店舗の段階よ り本部機構を構築)

1963 年から西武百貨店 と切り離した独立本部 を設置、集中仕入開始 1960 年代末に米式ノウ ハウ(単品管理、作業効 率化、施設合理化など)

を導入

セーフウェイ撤退後、

事業存続の可否を図る 目的で 1967 年から推 進。

品ぞろえ 特に衣料品を強化した総合 化

衣料品、家庭用品、食料 品を主軸

食料品中心→生鮮食品 を拡大し食料品専門 SM

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規模別に商品構成を標 準化

セ ル フ サ ー ビ ス

当 初 は 対 面 販 売 が 主 流 1960 年代末より一部店舗 の一部商品から実験的に導 入

1962 年から一部店舗の 一部商品から実験的に 導入

1967 年頃に定着

当初から導入(途中一 部商品を対面販売に切 り替え)

プ リ パ ッ ケ ー ジ化

食料品は 1967 年、衣料品は 1969 年から導入

周辺機器の導入やマニュア ル化を推進し、自社の手法 を確立

1962 年から開始、1967 年頃にはすべての商品 で実現

当初から導入→一部の 商品で対面販売→1974 年精肉をインストア・

パッケージ方式に切り 替え

出典:平井(2004)から作成

「一般的小売実務技術の受入政策・過程(h)」は、技術の受入側の視点で、企業群の行 動や産業の政策・動向を扱う研究である。

青木(2008、第 11 章、第 5 節)によれば、日本市場のフィルターを通過する上でスーパ ーマーケット業態は、さまざまな変容操作が行われたという。すなわち、プリパッケージ 技術の未成熟と職人不足の問題により、生鮮食品販売には期待をかけず、品ぞろえの総合 化を選択した(添加)。また、消費者の購買行動(多頻度少量購買)、自動車普及率の低さ から、都市中心地への出店が選択され、このことが多層階構造の店舗を生み出した(修正)。

さらにスーパーマーケット業態の枠内の変容に留まらず、その枠を超え、他業態へ変容す るという状況も見られた。例えば、ハトヤのような衣料品小売業者と日本ナショナル金銭 登録機の努力により、セルフサービスを衣料品などの非食料品分野へ応用する派生的イノ ベーション(転換)が生じ、その結果誕生したのがスーパーストア業態である。またスー パーマーケットとディスカウント・ハウスの同時流入と岡田屋の戦略的努力により、両業 態が融合し、総合スーパーに発展、それらがスーパーを代表する存在になったことも挙げ られる(変身)。

以上のように当該研究領域では、経営技術よりも小売技術に焦点があてられている。経 営技術の国際移転に関する研究は、主として製造業を中心に行われている。果たしてその 研究成果は小売業にもあてはめることができるのか。それを検証するためにも、小売業に おける経営技術の研究が行われるべきであろう。なお価値連鎖における支援活動に関連す る技術を経営技術とする場合、調達や商品開発に関する技術も含まれることになる。その 場合にはなお一層、経営技術を対象とした研究が必要になるといえよう。

さらに一般的小売技術の対象となる業態が、特定のもの、例えばスーパーマーケットな どに限定されているという点も指摘できる。このことは、業態の中でもエポックメイキン

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グなもの(セルフサービスを導入したスーパーマーケット)とそこから派生し、大きな技 術革新がないもの(スーパーストア)や、他地域への目立った移転がないもの(総合スー パー)など、さまざまな特徴があることに起因するといえよう。したがって、徳永(1992)

が「アメリカの主要小売営業形態の発展」として整理しているように、業態の生成過程を 整理し、体系化する作業が必要である。

また業態の体系化とも関連するが、小売技術の整理も必要といえる。青木(2008)が指 摘するように、小売技術とは価値連鎖の各活動に関連する技術であるが、それらが体系的 に組み合わさって「セルフサービス」、「マスマーチャンダイジング」、「低価格販売」など の小売技術を形成している。小売技術の移転においては、後者について議論がなされるべ きである。