4. ヨーロッパの小売業
4.1. 小売業態の発展プロセス
4.1.11. ハイパーマーケット
1950 年代末~1960 年代初期にかけて、オハイオ州デイトンで開かれたベナルド・トルジ ーロ(Bernardo Trujillo、インターナショナル・マネジメント・システムズの取締役)の セミナーに参加するため、多くのフランス人の小売業者がアメリカを訪れた。そこで主張 された近代的小売業に関する議論の一つは、「駐車場こそビジネスの肝(“No parking, no business”)」というコンセプトであった。その新しい概念に触発され作り出されたのが、
ハイパーマーケット業態であった106。
セミナーの参加者であったエドゥアール・ルクレール(Edouard Leclerc)が、1949 年に ランデルノー(Landerneau)という小さな町に、ディスカウント政策をとる店舗をオープ ンした。彼は、ディスカウント政策に加えて、新たな組織を作った。2 店舗以下を保有する 加盟者からなる、協会型の小売業チェーンである。そこでは、利益の一定割合が従業員に 与えられ、定率の低マージンが奨励された。さらにルクレールの働き掛けにより、1959 年 に施行された VAT(付加価値税)が小売企業にも適用されるようになった。そのため総額に 課税された以前の税制に比べ、付加価値に応じて課税される VAT は、ディスカウント業態 にとって追い風となった107。ルクレールの店は後にスーパーマーケットやハイパーマーケッ トに成長した。
またマルセル・フォルニエ(Marcel Fournier)は、それまでフランス東南部のオート・
サヴォワ(Haute-Savoie)県に 1000 ㎡の小規模な百貨店を経営していたが、数回に渡る訪 米により、スーパーマーケットのノウハウを習得した。そして 1960 年、食料品の卸売業を していたルイス・デフォレ(Louice Defforey)とその息子のデニス・デフォレ(Denis Defforey)と共同で、同県に 80 台収用可能の駐車場を備え、売場面積 650 ㎡の店舗で低価 格を訴求した「カルフール」を開店した。その成功により、1963 年、パリ郊外のサント・
ジュヌヴィエーヴ・デ・ボワ(Sainte-Geneviève-des-Bois)に、「セルフサービス百貨店」
のコンセプトのもと、400 台収用可能の駐車場を完備した、売場面積 2500 ㎡、チェックア ウト 12 台の店舗を出店した108。この店は瞬く間に大きな成功を収め、これがハイパーマー ケットの出発点となった。ハイパーマーケットは、アメリカから移転されたスーパーマー ケット業態(特にディスカウントストアおよびディスカウントデパートメントストア)と、
フランスで確立された百貨店業態との融合により、創出されたのである。
ハイパーマーケットは、小売業の大型化が進展した 1960 年代、70 年代に、発祥地のフラ ンス、スペイン109、ドイツ110のような国々で大きく成長した。フランスでは、ロワイエ法が
108
国内における成長を制限したため、大規模企業は合弁会社の設立や買収を行い、市場の集 中化をもたらした。そして新規出店は、スペイン、アルゼンチン、ブラジルおよびイタリ アといった海外市場に向けられた111。またこの時期には、店舗規模も拡大した。1966 年に は平均 3400 ㎡であった売場面積が、1973 年に 6274 ㎡に拡大している。しかしながらこれ 以降は、ルクレール(Leclerc)などの独立系チェーンがより小型の店舗を増やしたことな どから減少傾向にある(1980 年 5625 ㎡、1990 年 5386 ㎡、2000 年 5734 ㎡)。
1960 年代、70 年代のハイパーマーケットを中心としたセルフサービス型業態の台頭と、
それに伴う伝統的店舗の減少というトレンドは、ヨーロッパで典型的に見られた。1980 年 には、2500 ㎡以上のハイパーマーケットはヨーロッパ全体で 1500 近くに達し、大きなプレ ゼンスを示すようになった112。また 1970 年代半ばまでは市街地の外れや郊外に立地してい たハイパーマーケットは、中心地の再開発や公共交通機関の開発に伴い、駐車場スペース の削減、多階層化により、より小さい敷地面積における展開を可能にし、市街地内部へ入 り込むようになっていった113。ハイパーマーケットセンターの台頭もこの時期である
(4.1.10 参照)。このようなフォーマットの多様化が出店候補地の増加につながり、さらな るプレゼンスの増大につながった。
フランスでは 1980 年代に入り、政策によるコントロールや市場の飽和により、新規店舗 の開設が鈍化したものの、店舗規模の拡大とオペレーション技術の改良により、業態の売 上高シェアは堅調に推移した。1990 年代には、新しい法的規制(特にラファラン法)と市 場集中化の結果、ハイパーマーケットの成長が顕著に鈍化した。新店舗の開設は、スーパ ーマーケット、キャッシュ・アンド・キャリー、百貨店の単なる売場拡大や業態転換によ って行われることが多かった114。
成長率の変化はあるものの、継続的なハイパーマーケットの市場シェアの増加は、小売 市場における同業態への集中化をもたらした。1979 年時点で、食品売上の 16%、非食品売 上の 7%を専有し、1999 年にその数値は食品売上の 35.4%、非食品売上の 13.4%115に達し ている。さらに、上位企業への集中も進展した。1979 年にすでに、上位 2%の企業で全売 上の 50%を、上位 17%の企業で全売上の 80%を占め、ヨーロッパの他の国々やアメリカを 上回るレベルに達していた116。さらに 2004 年には全ハイパーマーケットの 95.2%(1259 店のうち 1198 店舗)を、6 大企業グループの店が占めていた117。ハイパーマーケットの運 営主体であった独立単体店は、チェーン化を通じた企業規模の拡大を図り、現代ではチェ ーン店がこの業態の運営主体となったのである。
次にブリザード(1976)に倣い、ハイパーマーケットの文化コアと環境コア変数の整理
(図表 4-12)を通じて、この業態の特性を見ていきたい。
ハイパーマーケットは、先述のとおり、アメリカのスーパーマーケットやディスカウン トデパートメントストアの「規模の経済」追及型チェーンから触発され開発された業態118で ある。基本コンセプトであるワンストップショッピングが形成された背景には、市街地の 開発、郊外の成長、ショッピングセンターの発展などに伴い、すでに発展した立地よりも
109
安価な場所に出店することが可能になったこと、多様な店舗業態が出現しつつあり、業態 間の補完的マーケティングが進展したこと、アメリカへの流通業視察で触発された経営者 が多々存在したこと、女性の就業が増加し購買習慣が変化しつつあったことなどがある。
アメリカの大規模小売店の手法が、これらの要因の影響を受け、食品と非食品の広く浅い 品ぞろえ、非食品の独立カテゴリーとしての取り扱い、単一階層で大きな売場、広い駐車 場、長い営業時間などを特徴とするワンストップショッピングコンセプトとなってヨーロ ッパに導入された。加えてこの業態は、①立地や単一階の売場、店頭在庫などによる低い オペレーションコストと、②大量陳列、大量販売による低い粗利益率、高い在庫回転率で、
ディスカウント政策を実現した。その後、多店舗展開に伴いセリングパワーを増大させ、
その結果生じた大きなバイイングパワーは、さらなる粗利益率の改善をもたらし、この業 態の競争優位を高めた。なおハイパーマーケットのディスカウント政策は、ウォルマート
(Wal-Mart)やアルディ(Aldi)やリドゥル(Lidl)などのハードディスカウントストア による EDLP 政策と多くのスーパーマーケットのハイ&ロー(HILO)政策の間に位置づけら れる119。したがって、安売りを誘引とした期間規定の販売プロモーションを完全に排除する わけではなく、販促の一手法として取り入れている。そして最後に、特に仕入とマーチャ ンダイジングにおける店舗レベルの高い独立性を特徴とする120。これは店舗規模が巨大であ ること、さまざまな場所に立地していることなどから、店舗レベルの意思決定が重視され るためである。
図表 4-12 ハイパーマーケットのコア要素
文化コア 環境コア変数
外部 内部
立地
・市街地、都市の辺境、郊外
(幹線道路沿い)
・ショッピングセンターの核 テナント
・都市辺境の広大な土地の存 在
・市街地開発
・郊外の成長
・ショッピングセンターの発 展
・多様な店舗フォーマットに よる補完的マーケティング戦 略の進展
・独立単独店(初期)
・大量陳列、大量販売
・低いオペレーションコスト
製品
・食品+非食品(付随的では なく独立した顧客誘引カテゴ リー)
・PB
・食生活が生鮮食品に依存
・加工食品の成長
・製造業の集中化
・分権的管理
・大きなバイイングパワー
110 価格
・低価格
・EDLP と HILO の中間
・アメリカのスーパーマーケ ットおよびディスカウントス トア業態の確立
・大きなバイイングパワー
・規模の経済
・低いオペレーションコスト
・低い粗利率(15~20%)
売上
・非常に大規模 ・上位企業への市場の集中化
(1960 年代後半~70 年代)
・所得水準の増加
・大きなセリングパワー(大 規模店舗+多店舗+大量陳 列)
・高い坪効率
・店舗の独立性
品ぞろえ
・広範な品ぞろえ(4~5 万品 目)
・各カテゴリーの品目数は限 定的(浅い品ぞろえ)
・女性の就業の増加
・購買習慣の変化
・ワンストップショッピング コンセプト
広告・販促
・大量陳列
・生鮮食品の対面販売
・安売り販売プロモーション の実施
・市場での購買習慣 ・大きなバイイングパワー
・規模の経済
・低いオペレーションコスト
サービス
・広い駐車場
・単一階の売場
・長い営業時間
・女性の就業の増加
・購買習慣の変化
・低いオペレーションコスト
・ワンストップショッピング コンセプト
サプライチ ェーン
・店頭在庫
・店舗納品
・物流センターへの集約
・高い在庫回転率
・店舗の独立性
・小売業管轄の物流センター
役割
・小売取引の主体
・チャネルリーダー
・購買習慣の変化
・アメリカのスーパーマーケ ットおよびディスカウントス トア業態の確立
・大規模小売グループ
出典:筆者作成
4.2. 小売技術の発展プロセス