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権限外での表明に対する正当な期待

ドキュメント内 権限踰越の法理の下で の英国地方自治 (ページ 146-150)

4 副次的権限の成文化と権限踰越の法理の活性化

5.4 権限踰越の法理と正当な期待

5.4.2 権限外での表明に対する正当な期待

それでは権限外での表明における正当な期待も権限内の表明に対する正当な期待のよう に保護されるのか、保護されるとすればその救済手段はどのようなものかが問題となる71

従来の判例における前提であり72、また複数の判例において明示されてきたのは73、期待 は意思決定者の権限の範囲内の事項についてのみ生じるということであった74。期待の発生 原因を行政当局の権限内に限定する理由は、行政当局の活動に及ぶ法律の規律から導かれ る。行政当局には違法な行為の履行を約束することや違法な慣行を採用することによって、

国会制定法をいわば事実上改変する権限は認められていないのである。

権限外での表明における正当な期待の保護に関しては、禁反言(estoppel)の法理の公法分 野への適用を認めない判例を受けて75、英国の地方公共団体の権限踰越の活動に対するヨー ロッパ人権裁判所の判決とその後の英国の判例の解釈が重要となる。以下では、両方の判 決を見た上で、権限踰越における正当な期待の保護をめぐる学説の対立を見よう76

ヨーロッパ人権裁判所は2003年のStretch事件で、イギリスの地方公共団体による契約 が権限踰越に該当するとしても、契約の相手方には補償が提供されるべきだと判示した77。 原告がイギリスの地方公共団体との土地の賃貸借契約の更新を地方公共団体に求めると、

地方公共団体は契約の更新が制定法上権限踰越に該当すること等を理由として、契約の無 効を主張した。イギリスの貴族院は地方公共団体の行動が権限を踰越したもので違法であ り法的に無効であるとして、原告に対する金銭的な補償を認めなかった78。原告はヨーロッ パ人権裁判所に訴えを提起し、地方公共団体の当該活動がヨーロッパ人権条約第1議定書1 条の財産権の保障に違反すると主張した。ヨーロッパ人権裁判所は、イギリスの地方公共

(CA).

69 R v North and East Devon Health Authority, ex p Coughlan [2001] QB 213 (CA).

70 Colin Turpin and Adam Tomkins, British Government and the Constitution (7th edn, CUP 2011) 708.

71 David Blundel, ‘Ultra Vires Legitimate Expectations’ (2005) 10 JR 147.

72 R v Secretary of State for Education, ex p Begbie [2000] 1 WLR 1115 (CA).

73 Rowland v Environment Agency [2003] EWCA Civ 1885, [2005] Ch. 1;

74 See, R. v Ministry of Agriculture, Fisheries and Food, ex p Hamble (Offshore) Fisheries Ltd [1995] 2 All ER 714 (HC). Wade and Forsyth (n 61) 450-451.

75 当初は Western Fish Products Ltd v Penrith DC [1981] 2 All ER 204 (CA) で公法分野 における禁反言の法理の適用が争われたが、R (on the application of Reprotech (Pebsham) Ltd) v East Sussex CC [2002] UKHL 8, [2003] 1 WLR 348 によってその適用の余地が否 定された。

76 Pine Valley Developments v Ireland (1992) 14 EHRR 319 については伊藤(2009)・前掲 注 (61) 参照。

77 Stretch v UK (2004) 38 EHRR 12.

78 Stretch v West Dorset DC (No.1) Times, November 27, 1997 (CA).

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団体が権限踰越の法理の下で法的活動が制約されていることを認めて、権限踰越の法理の 目的や有用性は争わないことを示しながら、権限踰越の法理が適用される際に比例原則が 尊重されていないことを疑問視した。こうしてヨーロッパ人権裁判所は本件でイギリスの ヨーロッパ人権条約違反を認定し、総計45.000ポンドの賠償を地方公共団体に命じている。

ヨーロッパ人権裁判所の判断の特徴は、イギリスの裁判所の見解とは対照的に、権限踰 越の法理の法的効果である地方公共団体の法的無能力(legal incapacity)を比較衡量の一要 素として取り扱っていることにある79。イギリスの裁判所は地方公共団体の活動の法的効果 を判断する際に、地方公共団体の法的無能力を最も重要な考慮要素として位置づける。ヨ ーロッパ人権裁判所はこれに対し、ヨーロッパ人権条約上の権利に対する侵害を正当化し うるかを検討する文脈で、英国における法的無能力の法的効果をいわば相対化することに より、イギリスの貴族院よりも権利を侵害された者に保護をより厚く与えた80

ヨーロッパ人権裁判所のStretch事件に呼応する形で、権限踰越の法理と正当な期待の両 方に関わる事件がイギリスで生じた。それがRowland事件控訴院判決である。

本件では、テムズ川の管理当局が権限外の活動を行った場合に、それに対する正当な期 待を有するとされる者にどのような救済が認められるかが問題となった。原告はある水域 付近を私有地として1968年に購入し、以後私有地として利用し続けていた。行政当局はこ れをふまえて堰を設置し、一般の水路航行者が当該水域を迂回するよう措置を講じてきた。

しかし、行政当局は一般の水路航行者を当該水域から排除する権限を全く有していなかっ た。原告は次の二点を認める宣言判決を求めた。第一は、個人が当該水域を所有すること は正当な期待にあたり、それはヨーロッパ人権条約第1 議定書1条が保障する権利である から、8条によってその権利の保護が認められるべきというものである。第二は、原告の個 人所有の主張を明示的に認めない行政当局の方針変更が不公正であり権限の濫用に該当す ることである。他方で行政当局は1885年以後一般の水路航行権が法律上認められてきたこ とを根拠として、この水域においても一般の水路の航行権が認められるとの宣言判決を裁 判所に求めた。

ヨーロッパ人権裁判所がStretch判決を下す前に、イギリスのRowland事件高等法院は 本件行政当局の権限に注目して、正当な期待が生じないとして一般の水路航行権を認める 宣言判決を下した81

Stretch 判決後の控訴院はRowland事件で控訴を棄却し、行政当局の権限を認めた高等

法院の宣言判決の内容に加えて、過去の行政当局による当該区域の私有としての扱いにつ いて行政当局は考慮すべき義務を負うとの宣言判決を下した。裁判官は、ヨーロッパ人権

79 Mark Elliott, “Legitimate Expectations and Unlawful Representations” [2004] CLJ 262.

80 正当な期待とStretch事件の解釈については、Stretch事件と同様にヨーロッパ人権条約 第1議定書1条が規定する財産の保護が争われた、ヨーロッパ人権裁判所の判決である Kopecký v Solvakia (2005) 41 EHRR 43, [46]—[47]でも言及されている。

81 Rowland v Environment Agency [2002] EWHC 2785 (Ch), [2003] Ch 581.

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裁判所の判決に照らすと82、行政当局の無権限の行動から直ちに正当な期待が生じないとは 言い得ないと論じている83。財産に関わる期待が、ヨーロッパ人権条約第1議定書1条とこ れを国内法化した1998年人権法第1附則第2章第1条に基づき保護される「所有」を導く ことがあり得るのであって、個人の所有に対する行政当局の介入が正当化されず又は比例 性の原理に適合しない場合には所有が認められる。本件の事実に照らすと、原告の期待は 所有にあたるものだが、行政当局が適切かつ権限の範囲内で行動していた。そこで控訴院 は、従来の行政当局の権限を確認するとともに、行政当局の権限外の過去の活動について 行政当局は今後考慮しなければならないことを宣言した。

権限踰越の行為に関わる正当な期待の保護については、Rowland 判決控訴院判決におい て参照された、行政法学者であるクレイグの理論が注目される84。クレイグは正当な期待を 保護する法理が行政統制の法理であるとして、正当な期待を保護する法理の活用を主張す る論者である。クレイグによれば、正当な期待が関わる文脈では法的確実性の原理 (principle of legal certainty) と権限踰越の法理が備えている適法性の原理 (principle of

legality) が対立する。もしも個人の不利益が一般公衆の不利益よりも大きければ、法的確

実性の原則が適用されて個人に対する保障が認められるべきだという。また、行政当局の 権限内の活動か権限外の活動かに関わらず、正当な期待が生じる場面では法的確実性の原 理が問題となり、権限外の活動については適法性の原理と法的確実性の原理を比較衡量す るよう裁判所は促される。さらに、権限外の活動に対する正当な期待への保護手段として 金銭による救済が常に妥当するわけではなく、金銭的救済が結果的に行政に過大な負担を 強いる場合もありうるとして、裁判所が正当な期待を保護するために行政当局の権限外の 活動を認めるべきだとクレイグは論じている。

ハネットとブッシュらは権限踰越の法理を重視する観点から、正当な期待の保護の判断 において比較衡量の導入を主張するクレイグの立論を批判し、正当な期待により保護され る領域の拡大に警鐘を鳴らす85。ハネットとブッシュは適法性の原理の維持に関心を向け、

適法性の原理が法的確実性の原理に常に優越するという。もしも適法性の原理が維持され なければ、統治構造上の原理たる国会主権が裁判所によって侵害される恐れがあり、また 一般的な公益を有する第三者に不利益が及ぶ場合にその不利益が軽視されることも考えら

82 See, Pine Valley Developments v Ireland (1992) 14 EHRR 319, Stretch v UK (2004) 38 EHRR 12.

83 Rowland v Environment Agency (n 73) [138]—[140] (Mance LJ).

84 Rowland v Environment Agency (n 73) [115]—[120] (May LJ). Paul Craig,

Administrative Law (7th edn, Sweet & Maxwell 2012) Ch 22. Yaaser Vanderman, ‘Ultra vires legitimate expectations—an argument for compensation’ [2012] PL 85はクレイグ のいう比較衡量が万能ではないと論じている。クレイグはVandermanの見解に対し

[22-040] n 205 で批判をくわえている。

85 Sarah Hannett and Lisa Busch, “Ultra vires representations and illegitimate

expectations” PL [2005] 729, Moulesもクレイグの立論に対して疑問を抱いているが、ハ

ネットとブッシュほどではない。See, Moules (n 61) 132.

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