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代表制推進と権限踰越の法理

ドキュメント内 権限踰越の法理の下で の英国地方自治 (ページ 120-125)

4 副次的権限の成文化と権限踰越の法理の活性化

4.5 小括

4.5.5 代表制推進と権限踰越の法理

1972年地方自治法によって民主制と効率性を推進する観点から地方議会が数多く設置さ れ、地方の代表制を推進する仕組みが設けられたものの、代表制推進から権限踰越の法理 の適用が抑制されることにはならなかった。国会は権限踰越の法理を撤廃することはなく、

判例法理として成立していた副次的権限を制定法で明文化することにとどめた。そして裁 判所は地方の代表制強化を理由に権限踰越の法理の適用を控える姿勢を示すことはなかっ

156 岡田章宏「近代的地方自治制度」戒能通厚編『現代イギリス法事典』216頁(新世社、

2003)219-220頁。

157 North Tyneside MBC (n 79), Allerdale BC (n 88).

158 Loughlin (n 103) Ch 6.

159 McCarthy & Stone (developments) Ltd (n81).

113 た。

裁判所が地方自治の代表制に照らしても権限踰越の法理の運用姿勢を変化させないので あるから、権限踰越の法理が制限されるためには国会による制定法の制定が別途必要とな る。次章でみるように、2000年代以後は地方の民主制および効率性を推進する観点から、

地方公共団体に授権が行われることになり、権限踰越の法理の適用範囲が限定されること となる。

4.5.6 中央・地方間の対立と権限踰越の法理

中央と地方の政治的対立の下において、権限踰越の法理は地方公共団体の権能を制約す る機能を担った。

第二次世界大戦後の中央と地方の関係は合意主導型の政治によって調整がなされており、

中央による地方の規律の影響をうけて権限踰越の法理が問題となる事態はみられなかった。

1980年代に入るとイギリスの地方行政分野で中央と地方の緊張関係が顕在化する。サッ チャー政権下の中央政府は、新たな行財政改革に応じるよう地方公共団体に求めた。地方 公共団体の中には中央政府の要望を受け入れず、むしろ対峙する姿勢をあらわにするもの があった。中央と地方の政府が対立の兆しを示すと、中央政府が地方公共団体の行政活動 に対し法令によって種々の統制を合法的に行う。中央は地方公共団体の財政の支出入に一 定の制約を課し、また、QUANGOと呼ばれる地域住民による民主政治に関わりを持たない 準公的事業団体を地方公共団体に代わるサービス提供主体と積極的に位置づけはじめた。

地方と中央の政治的対立はかつて無いほど高まり、地方公共団体が中央に強く反発して「運 賃の適正」政策を実施し、貴族院により違法との判断が下されることもあった160。中央政 府は中央と地方間の対立を深刻にとらえて各種法制度を活用して地方公共団体を統制して きた。

裁判所は中央政府からの統制に対抗した地方公共団体の活動について、地方公共団体の 活動が国会制定法上授権されていないことを理由として、中央への対応策を講じる地方公 共団体の権能行使を適法であると認めることはなかった。

中央の裁判所が関与する地方行財政への積極的な統制は法化(juridification)の現象とし て理解できる。法化とは、1980年代に中央・地方関係が政治的悪化を辿り、地方公共団体 が国会制定法の規律を回避する動向のなかで、裁判所が地方公共団体の活動の適法性を審 査し規律を行う現象を指す。ロッホリンによれば、地方公共団体は中央・地方間の合意の 政治に従って規律されることが通例であり、司法によってそれほど統制されてこなかった

161。ロッホリンは法化現象を批判し、裁判所が中央・地方間の緊張関係に介入することで、

地方自治の制約が司法的に行われるようになったとの解釈を示している。

1972年地方自治法111条制定後に、権限踰越の法理によって地方公共団体の行動が違法

160 Bromley LBC (n 136).

161 Loughlin (n 103) Ch 4.

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であり無効とされるようになる理由は、この法化によって説明される。

5 章でみるように、1990年代後半から始まる労働党のブレア政権以後になると中央と地 方の関係に概して改善がみられ、地方公共団体に対する授権がすすめられるようになる。

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5 地方公共団体への授権と権限踰越の法理の存続

5.1 はじめに

本章では、中央・地方関係の政治的対立が沈静化するなかで、地方公共団体に対する特 定領域での授権が行われた 2000 年地方自治法以後の時期を取り扱い、21 世紀においても なお地方公共団体の活動が権限踰越の法理によって制約を受ける状況を検討する1

イギリスの伝統的な地方自治は4章で考察したとおり1980年代以後の保守党政権下で大 きく変容した2。多機能性、裁量権、課税権限、代表制といった地方自治に求められる特徴 には、行政サービスを提供する責任が代表制民主主義の過程に裏付けられる理念がかつて は背景に存在していた。これらの理念は保守党政権下で「支出に見合う価値(value for money)」という、最小限の費用で行政の需要を充足させるねらいへと置換された。また保 守党政権は「サービスの提供者(provider)」から「条件整備者(enabler)」へと地方公共団体 の位置づけを変化させていた。これらを受けて競争原理や説明責任が政治的に強調され、

続けて強制競争入札制度と市民憲章(Citizen’s Charter)の導入により、地方公共団体の行政 に競争原理がもたらされた。そして、地方公共団体における住民の役割は、民主主義的な 合意形成の担い手から公共サービスの一利用者へと転換した。こうして地方自治の特徴や 理念、地方公共団体における住民の位置づけが、保守党政権によって明示的に変容させら れた。

1997年に政権交代をした後の労働党政権は、英国の伝統的な地方自治を踏まえつつも「地 方自治の原則は国内法において、また実行可能であれば憲法において承認されるものとす る」と定める欧州地方自治憲章を批准するとともに3、現代の行政活動に適合するよう地方 公共団体の改革をすすめた。ブレア政権は「地方公共団体の近代化」(Modernisation of Local

Government) を掲げ、地方行政を効率化すべく従来の保守党政権が行った政策を継承しつ

つ、地方公共団体の役割を重視する姿勢を示した4。それは地方公共団体に地域内の合意形 成および地域の戦略立案の役割を委ねるものであり、地方公共団体の政治的役割を取り戻 そうとする試みだった。2007年に発足した労働党のブラウン政権は大筋においてブレア政 権の路線を踏襲している5

1 本章は和田武士「司法による英国地方自治の推進と地方自治の将来――権限踰越の法理に 関わる近年の裁判例と立法の検討」立教大学大学院法学研究43号1頁(2012)の論述を拡 充したものである。本章では正当な期待を保護する法理と権限踰越の法理の関係について 新たに論じている。

2 本節の概略は以下の文献によっている。渡名喜傭安「地方自治の現代的諸問題」戒能通厚 編『新法学ライブラリ<別巻1> 現代イギリス法事典』234頁(新世社、2003)。

3 The European Charter of Local Self-Government, art 2.

4 See, Department of the Environment, Transport and the Regions, Modern Local Government : in Touch with the People (Cm 4014, 1998).

5 詳しくはアンドリュー・スティーブンズ(石見豊訳)『英国の地方自治――歴史・制度・

政策』(芦書房、2011)1章参照。

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労働党の地方行政改革は、地方分権化と公私協働化の特徴が見られる6。地方分権化とは、

断片化した地域行政の総合化を図り、地域行政の多様な需要に積極的かつ柔軟に対応でき るよう体制を構築することである。地方公共団体は地方分権化によって、他分野にまたが る課題に対し個々の行政領域の枠を超えて総合的に取り組むことが可能となる。公私協働 化とは多様な主体が地域行政の運営に協働して関わるよう、地域行政の運営体制を構築す ることである。地方分権化の背景には、保守党政権の政策と対照的に、地方の独自性を尊 重するという姿勢が存在し、公私協働の背景には保守党政権の政策によって地域行政の運 営主体に多元性がもたらされた現状をふまえ、急激な変革を差し控えようとする労働党の 現実的な方針がある。

労働党政権、連立政権における中央・地方関係の政治的対立は完全に解消したとはいえ ないものの、保守党政権時代の中央・地方関係と比較するならば、政治的対立は沈静化に 向かっている。この理由として地方公共団体の裁量権に対する中央の統制の変化を指摘で きる。興味深いのは、サッチャー政権以後、中央によって地方公共団体の裁量が如何に統 制されてきたかを分析しているWilson と Galeの研究である7。Wilson と Galeによると、

保守党政権であるサッチャー政権とメージャー政権では、財政面を含む分野において地方 公共団体の裁量権への統制が強化された。労働党政権のブレア政権とブラウン政権では、

地方公共団体の裁量権への統制が一律に強化されることは無く、ときには弱化することも あった。2010年に発足した保守党と自由民主党の連立政権の政策は、地方公共団体の裁量 権について、保守党政権のように統制の強化を目指すものというよりも、労働党政権の方 針を踏襲しているとみられる8

労働党政権の発足当初は、地方分権化および公私協働化の前提となる条件が法的に整備 されていなかった。地方分権化の推進には、地方公共団体に権限と裁量権の付与が求めら れるが、先の章まで検討してきたように、英国における地方公共団体の権限とは種々の国 会制定法の権限の総体にすぎないものである。この法制度において地方の行政運営を総合 的に行うことは困難であり、それが打開されるには地方公共団体に権限と裁量権が包括的 に付与されることが望ましい。

地方分権化および公私協働化の法的条件整備は、労働党政権下では 2000 年地方自治法 (Local Government Act 2000) により、連立政権においては2011年地方主義法 (Localism

Act 2011) により行われた。双方の法律については後に検討するが、とくに後者の法律によ

って、権限踰越の法理が地方公共団体の活動に適用される余地が大いに限局されたように みえることは特筆に値する。中央・地方関係における政治的対立が沈静化しているところ

6 長内祐樹「地方行政における自治体の裁量権と公私協働」榊原秀訓編『行政サービス提供 主体の多様化と行政法――イギリスモデルの構造と展開』181頁(日本評論社、2012)187 頁。

7 David Wilson and Chris Game, Local Government in the United Kingdom (5th edn, Palgrave Macmillan 2011) Ch 2, 12.

8 See, Wilson and Game (n 7) Ch 20.

ドキュメント内 権限踰越の法理の下で の英国地方自治 (ページ 120-125)