4 副次的権限の成文化と権限踰越の法理の活性化
4.3 副次的権限の成文化と縮小
4.3.2 副次的権限の成文化
4.3.2.1 立法過程での議論
地方自治の管理に関する委員会(Committee on the Management of Local Government) は、権限踰越の法理に関する批判的な見解を1967年に提示した43。委員会によると、権限 踰越の法理は地方公共団体に有害な影響を及ぼし、地方公共団体の活動の根拠となる制定 法の授権範囲は限定的であるので、地方公共団体にはコミュニティの善のために活動する 一般的な権限が認められるべきだと委員会は論じた。
政府はこの見解を受け入れなかったものの、住宅・地方自治省(Ministry of Housing and
Local Government) によって、従来の判例法理を基本的に踏襲する1972年地方自治法111
条が制定された44。
当該条項の立法趣旨として、所管の大臣は、地方団体に適用されてきた権限踰越の法理 をより柔軟化することが目的であるとの見解を示した45。他方、地方当局に対して概括的に 権限を付与することが労働党内部で議論された際には、権限踰越の法理から逸脱すること
41 Local Government Act 1972, s 112.
42 大塚大輔「英国『地域主権法』の概要」地方自治771号65頁(2012)65頁。
43 Committee on the Management of Local Government, Management of Local
GovernmentVolume 1: Report of the Committee (Her Majesty's Stationery Office 1967) [280]-[286].
44 Local Government Act 1972 s 111.
45 Hansard, H.C. vol 826. col 242.
85 への危惧が論じられている46。
立法作業に関与した当時の住宅・地方自治省の関係者によると、1972年地方自治法111 条の立法目的は地方公共団体による法解釈の方向性を是正することであった47。地方公共団 体は地方公共団体自身の権限を不当にも制限的に解釈しており、権限を逸脱し行動してい ると誤った判断を下していた。そこで、1972年地方自治法111条という明文によって、地 方公共団体に明確な法的根拠を提示し、地方当局に助言する法曹の懸念を緩和させること がねらいだという。ただし、同省には判例法理の成文化に対する異論もあり、1972年地方 自治法111条は判例法がすでに判示してきたことのみ規定するので成文化する必要はなく、
冗長な規定にすぎないとも言われていた。当局は最終的に 111 条によって権限踰越の法理 の限界が明確にされることは実務上有用であると評価したようである。
4.3.2.2 1972年地方自治法111条の規定
「地方当局の副次的権限」(Subsidiary powers of local authorities)という見出しがつけ られている1972年地方自治法111条は、当局が具体的な制定法上の権限を有しない活動に ついて、職務に関する副次的な権限を認めている(1 項)。また、パリッシュやコミュニテ ィ・ミーティングの業務執行は、それらの職務として看做される(2 項)。さらに、法律が 個別に制定されている場合を除き、地方公共団体の資金調達の活動を制約している(3項)。 本章の内容に大きく関わる1項と3項の具体的な規定は次の通りである。
111条 「地方当局の副次的権限」
1項 地方当局は、本条と関わりなく実施しうる権限と抵触しない範囲及び本法又は他の法律 の条項に服する範囲において、(金銭の支出、借入若しくは貸与又は財産若しくは権利 の取得若しくは処分の有無に関わらず)自己のあらゆる職務 (function) の遂行を容易 にするために (calculated to facilitate) 又は職務の遂行に資する (conducive) 若しく は職務の遂行に付随する (incidental)、あらゆることをする権限を有する。
3項 地方当局は、地方税 (rates)、地方税徴収命令書 (precepts) 若しくは借入の手段又は金
銭の貸与のいずれにせよ、それらの事項に関わる個別の制定法に従う場合を除き、本条
46 Colin Crawford, ‘Origins, development, and Current issues’ in Colin Crawford and Clive Grace (eds), “Conducive or Incidental to…”? Local authority discretionary powers in the modern era” (the University of Birmingham, 1992) 5-6による。ただしこの文献で はその出典が明らかにされていないため、元の発言を確認することができなかった。なお、
1972年地方自治法制定後に、労働党は1983年のマニフェスト「イギリスの新たな希望 (The New Hope for Britain)」において、地方の民主制を推進の観点から権限踰越の法理の影響 を問題視し、概括的な権限が地方公共団体に付与されるべきだと主張している。See, An UNOFFICIAL site on the Labour Party, '1983 Labour Party Manifesto' (2001)
<http://www.labour-party.org.uk/manifestos/1983/1983-labour-manifesto.shtml>
accessed on 20 October 2014.
47 T P B Rattenbury, Public Law within Government: Sustaining the Art of the Possible (Palgrave Macmillan, 2008) 24.
86 の効力によって金銭を調達することができない。
環境省の通達によると、1972年地方自治法111条によって明確にされたのは、たとえ地 方当局の活動について明確な制定法上の権限が存在しないとしても、地方当局がその職務 を遂行するよう促進することを目的とし、または助力ないし付随することをなす権限が認 められるということである48。また、この副次的権限は前章で検討した Smethwick Corp 事件といった判例法によって示されていたが49、地方のイニシアチブを制限する疑念を払拭 するために、本条が念のために規定されたという。
副次的権限を成文化した1972年地方自治法111条に対して、1972年地方自治法制定直 後の学説は同条が従来の判例法によって認められてきた常識的なことを制定法として規定 したものにすぎない条文であると理解していたが50、地方自治実務においては1970年代と 1980年代を通じ副次的権限への理解が次第に深められたといわれている51。
本条の文面上、副次的権限の法理は1972年地方自治法111条でそのまま成文化されては おらず、実際には判例法理の成文化によって、副次的権限の認められる領域が限定された、
換言すれば、権限踰越の法理の適用領域が拡大されたようにみえる52。1972 年地方自治法 111条1項には"calculated to facilitate, or is conducive or incidental to"という文言が存在 しており、これらは権限踰越の法理に関わる従来の判例にみられる文言を採用したものだ と考えられる。"conducive" についてはSmethwick Corp事件において、 "incidental" に ついては Great Eastern Rly事件以来53、何度も判例で用いられてきた文言である54。しか
し、Great Eastern Rly事件で初めて示され、後の判例でしばしば用いられてきた「結果と
して生じる」(consequential upon)という文言が1972年地方自治法111条には規定されて いない。判例法理が制定法によって置換されたとするならば、「結果として生じる」という ことは1972年地方自治法111条制定後には考慮されないこととなる。
48 DoE Circular 121/72, para 16.
49 [1932] 1 Ch 562.
50 See, Charles Arnold-Baker, The Local Government Act 1972 (Butterworths, 1973) 104, section 111, 'GENERAL NOTE'.
51 T P B Rattenbury, Public Law within Government: Sustaining the Art of the Possible (Palgrave Macmillan, 2008) 24.
52 S H Bailey, Cross on Principles of Local Government Law (3rd edn, Sweet & Maxwell, 2004) 15-16.
53 A-G v Great Eastern Rly Co (1880) 5 App Cas 473 (HL)
54 地方団体に適用される権限踰越の法理の文脈で"facilitate"という文言を用いた判例を見 つけることができなかった。ただ、facilitation という文言を用いた判例が一件存在する。
それは地方団体の権限行使が権限踰越に該当しないと判断した A-G v Crayford Urban DC [1962] Ch 575 (CA) であり、この判例では保険業務の促進という意味で "facilitation of insurance" という言葉が用いられている。もしもこのA-G v Crayford Urban DCが111 条1項の"facilitate"の由来となる判例であれば、111条1項の"calculated to facilitate, or is conducive or incidental to"という文言は判例上地方団体に権限が認められてきた類型を成 文化したものだといえる。
87
裁判所は1972年地方自治法111条制定によって判例法理が制定法へと置き換えられたと いう見解を示した。控訴院はMcCarthy & Stone (developments) Ltd事件で、地方公共団 体が1972年地方自治法111条1項を参照せずに判例法上の副次的権限に依拠する余地は残 されていないとの判断を示している55。そして控訴院は、判例法理として形成された副次的 権限が、制定法が付与する権限よりもおそらくより広範な領域で認められる権限であり、
他の活動から「結果として生じる」活動を認めるほどの権限であることを示唆した。1972 年地方自治法 111 条で副次的権限が成文化された後においても、地方公共団体が「結果と して生じる」(consequential upon)権限を援用しうるならば、地方公共団体はより活動しや すくなるだろう56。
1972年地方自治法111条には、権限踰越の法理に関する従来の判例には現れていない「職 務」(function)という用語が規定されたため、判例では、この職務概念の解明と職務に付随 する権限の範囲が争われる。1972年地方自治法の第4部は、職務(Functions)と題するもの であり、「環境」(the environment)57、「教育、社会サービスおよび福祉サービス」(education,
social and welfare services)58、警察機能や消防機能を含む「種々雑多な職務」
(miscellaneous functions)59を規定しているが、後にみるように、111条の職務概念は本法
上規定されている職務に限定されないものである。
以下では、副次的権限に関する判例の解釈を論じる。