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地方団体への副次的権限の適用

ドキュメント内 権限踰越の法理の下で の英国地方自治 (ページ 73-76)

3 権限踰越の法理と副次的権限の起源および展開

3.3 地方公共団体への権限踰越の法理と副次的権限の適用

3.3.2 地方団体への副次的権限の適用

地方団体の文脈における副次的権限は 1920年代から認められるようになる。1909年の Osborne貴族院事件で、 Lord Macnaughten はGreat Eastern Rly Co 貴族院判決で Lord

Selborne が「付随的」という文言を用いたことを認めつつ、この文言の解釈は問題となる

制定法と密接に結びつけて理解するとの見解を示していた。労働組合に関するOsborne貴 族院判決は、直後に検討するFulham Corp高等法院判決とSmethwick Corp控訴院判決の いずれにおいても参照されていない。

高等法院は1920年のFulham Corp判決で、地方団体の権限行使の適法性を判断する場 面で、抽象的には副次的権限を初めて認め、権限踰越の法理の適用を厳格には適用しない との態度を明確に示した57

Metropolitan Borough of Fulham は居住者が居住者自身で洗濯をする施設を提供して

きた。当該地方公共団体は1899年ロンドン政府法 (London Government Act 1899) によ って設立された制定法上の団体である。そしてこの地方公共団体による施設提供について は制定法によって権限が明白に授権されていた58

地方公共団体は1920年に新たな計画を導入し、居住者による洗濯作業の手間を省く手法 を確立しようとした。新計画によれば、居住者が洗濯所に洗濯物を持ち込めば地方公共団 体の公務員がその洗濯物を洗濯し、さらに居住者が少額の手数料を支払うならば洗濯物の 集配業務を利用できるものとされた。

地方税納税者が法務長官の提起する公的問題に関わる訴訟の利害関係人として、当該新 計画が違法であるとの確認判決を求めて訴えを提起した。

57 FulhamCorp (n 52).

58 Baths and Washhouses Acts 1846, Baths and Washhouses Acts 1878,

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地方公共団体は当該計画の適法性を主張し、当該活動は制定法上の権限行使に付随する ものであり、洗濯が利用者自身ではなく地方公共団体の公務員によってなされることは重 要なことではないと反論した。

裁判所は地方公共団体が権限を踰越して活動したと認定し、地方公共団体の行動を無効 と判断した。その理由として、洗濯所に訪れた人々が自分自身で洗濯しうる施設を提供す る仕組みとは異なり、地方公共団体が他者のために洗濯を行うことを法人に認める明示的 な権限も黙示的な権限も存在しないことを挙げている。裁判所の解釈によると、洗濯の設 備を有しておらずその設備の購入も困難な人々に対して、地方公共団体が洗濯の施設を提 供し、かつ利用者自身で洗濯をすることが制定法上想定されていた。

裁判所は先の判例とは対象的に、本件ではLord Selborne が「付随的」という文言を用

いたGreat Eastern Rly Co 貴族院判決に依拠することを全面的に認め、制定法を解釈して

いる。裁判所は本件の事実に照らすと副次的権限が存在しないことを確認し、そのうえで 問題が提起された権限の欠如を認定した。裁判所の解釈に対しては副次的権限を権限踰越 の法理の解釈に導入することで、地方公共団体の適法な活動領域を抽象的に拡張した点が 評価できる。

控訴院は1931年のSmethwick Corp判決で、抽象的に副次的権限を認めるのみならず、

具体的にも副次的権限を初めて認定した59。この判決は後に制定される1972年地方自治法 に関する通達において、地方公共団体に対する副次的権限を認めた判例の一つとして掲げ られているものであるから、副次的権限のリーディング・ケースとして重要である。また、

裁判所は本判決で地方公共団体の権限行使に伴う収益性に関し、権限の存否の問題ではな く権限行使の裁量の問題として処理することも示した。

地方公共団体は印刷事務に関して制定法上の義務を負っており、地方公共団体の業務執 行のために印刷や製本をはじめとする出版業務の職場環境を創設する決議を行った。

地方税納税者が、法務長官の提起する公的問題に関わる訴訟の利害関係人として、当該 提案が違法であるとの確認判決を求めて訴えを提起した。高等法院が地方公共団体勝訴の 判断を下したので法務長官は控訴院に上訴した。

控訴院は地方公共団体の活動が権限踰越に該当せず適法であると認定した。裁判所はそ の理由として、地方公共団体の印刷業務を執り行う部局を創設することは地方公共団体の 制定法上の義務履行に付随するものであると論じている。Lord Hanworth 記録長官は Great Eastern Rly Co の Lord Selborne の判決を参照し、部局創設にかかる基金からの 拠出も合法であると判断している。こうして控訴院は全員一致で上訴を棄却し、地方公共 団体の勝訴を認定した。

この判決の特徴として指摘できるのは、第一に、裁判所が副次的権限の認定を通して制 定法上規定されていない地方公共団体の権限を具体的に認めたことである。先の判例から 地方公共団体の副次的権限の成立の余地は認められてきたが、裁判所が実際の判決中で副

59 Smethwick Corp (n 53).

67 次的権限を認めたことはなかった。

第二は、付随的な権限は認めたものの、付随的な権限とともに言及されていた「結果と して生じる」(consequential upon)権限については何ら解釈しなかったことである。後述す る1972年地方自治法111条に成文化される副次的権限には「結果として生じる」権限が規 定されていない。もしもこの判決において「結果として生じる」権限が言及されなかった ために、1972年地方自治法111条に「結果として生じる」権限が明記されなかったのであ れば、本判決は後の立法の文言に影響を大きく及ぼした判決だといえる。

第三は、地方団体の権限行使に伴う収益性に関しては、権限の存在の問題ではなく、権 限行使の裁量の問題として裁判所が取り扱うことも示したことである。地方公共団体の業 務運営上の収益性について、Manchester Corp判決では傍論ながら言及していたが、それ はあくまでも権限の存否の判断に関する文脈においてであった。裁判所は本判決で、部局 創設の権限の存否の判断においては収益性を考慮しないこととし、もしも収益性について 検討するならばそれは権限行使という行政の裁量統制の文脈においてなされることを明ら かにした。

ただし、権限の存否の文脈において収益性が今後一切考慮されなくなるとはいえない。

収益性を行政の裁量の問題として把握したのは、本判決で検討した制定法の解釈上導かれ た結果であるから、その射程は個別の制定法解釈の範囲に限定され、地方公共団体に適用 される権限踰越の法理一般にまで及ぶものとはいえない。

地方公共団体に適用される権限踰越の法理と副次的権限はこのようにして確立したので あった。判例法理として成立した副次的権限は、次章で論じるように1972年地方自治法111 条として成文化されることになる。

以上のように裁判所が地方公共団体に副次的権限を認め、独自の判断で活動する余地を 容認するようになったことについて、学説は一定の評価を与えてきた。岡田は裁判所が付 随的権限を認めた背景として「長きにわたる自治の伝統が大きく横たわっていると考えら れる」と主張し60、長内は、地方公共団体の権限行使に対して裁判所が権限踰越の法理を厳 格に適用することを19世紀末葉から差し控える傾向にあったと述べている61

しかし、地方公共団体に副次的権限を認める根拠として地方自治の伝統への配慮を指摘 する説や、裁判所が権限踰越の法理の緩和を19世紀末から始めたという説は、裁判所の地 方自治への配慮を過大に評価しているようにみえる。裁判所は法人の権能の規律において 権限踰越の法理とともに副次的権限の原則を発展させ、後に地方公共団体の権能の規律に おいて権限踰越の法理と副次的権限の適用を共に認めた。副次的権限の法理は地方公共団 体の自治の伝統に関わるといいうるかは疑問があり、むしろ法人の権能の規律および規律

60 岡田章宏『近代イギリス地方自治制度の形成』(桜井書店、2005)4頁。

61 長内祐樹「地方行政における自治体の裁量権と公私協働」榊原秀訓編『行政サービス提 供主体の多様化と行政法――イギリスモデルの構造と展開』181頁(日本評論社、2012)

184-185頁。

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の緩和が地方自治分野においても同様に行われたと理解すればよいだろう。また、19 世紀 末葉の時点では地方公共団体に権限踰越の法理が厳格に適用されていなかったのであり、

裁判所は1920年代になり権限踰越の法理の厳格性を緩和する傾向を示したといえる。

ロッホリンも地方自治の伝統への配慮を評価し、伝統的な地方自治制度において権限踰 越の法理の影響の縮減化が目指されてきたと論じるものの、その理由付けにおいて副次的 権限の存在を強調していない。ロッホリンは地方の統治に関する法的枠組みは本質的には 地方公共団体による統治を許容する、司法的統制になじまない統治体制であり、地方公共 団体には広範囲にわたる義務が課されていたものの、義務の内容が客観的に規定されてい なかったために地方公共団体は司法判断に適さない義務を課されてきたと主張する62。地方 公共団体に課せられる義務が広範囲にわたり規定されているというのは、国会が地方公共 団体に対して、広範囲にわたり職務を遂行するよう授権していたということである。授権 が広範囲にわたるほど、地方公共団体が授権されていない領域が狭まり、結果として権限 踰越の法理が適用される領域が限定されるのである。ロッホリンの見解は、国会が司法の 判断になじまない義務を地方公共団体に課すことで、裁判所が権限踰越の法理を利用して 地方自治を規律する事態を抑制し、結果として地方自治を保障してきたと考えるものであ る。

ロッホリンが唱えるように権限踰越の法理の影響の縮減化を目指す観点からは、裁判所 が副次的権限を認めたことを適切に評価することができない。裁判所は司法判断に適さな い義務を課すために副次的権限を認めたわけではなく、権限踰越の法理により行動の法的 効果が無効とされる影響を制限すべく副次的権限を認めたにすぎなかった。副次的権限が 認められる地方公共団体の活動領域において、裁判所の規律が排除されることにはならな いのである。

ドキュメント内 権限踰越の法理の下で の英国地方自治 (ページ 73-76)