3 権限踰越の法理と副次的権限の起源および展開
3.4 小括
3.4.1 権限踰越の法理と副次的権限の成立
本章では1840年代から1920年代の間に、権限踰越の法理と副次的権限がいかに形成さ れ発展したのかを明らかにした。権限踰越の法理と副次的権限は会社法分野で判例法理と して成立し、法人一般に適用される原則として発展して、20 世紀になると地方公共団体に 適用される原則となった。
権限踰越の法理とは19世紀の国会主権の原理のもとで形成された原則である。権限踰越 の法理に関わる主体は、授権する国家機関、授権される者、行動が授権の範囲外かを審査 する国家機関(以下授権範囲の審査機関と呼ぶ)の三者である。この三者に注目して法理 の展開を整理すると、以下のとおりでなる。
19 世紀以前には会社の権能について広く認められるか、あるいは全く認められないかと いう両極端な現象が見られており、法人の権能を制約する権限踰越の法理が成立していな かった。特許によって設立される会社は法人格を有し、自然人と同様の権能が付与されて いた。他の会社は19世紀中葉に会社法改革が進展するまで一般に法人格を有さず、制定法 によって設立される会社が例外的に法人格を取得していた。
権限踰越の法理は、鉄道会社の権能が限定されているという見解に基づき、1840年代に 判例法理として成立した。鉄道会社の権能の根拠は国会制定法に求められるので、授権す る国家機関は国会であり、授権される者は鉄道会社となる。そして制定法上、授権範囲の 審査機関は特定されておらず、授権の範囲外の活動に対する統制手段が欠如していた。そ こでまずエクイティの裁判所が自身を授権範囲の審査機関として位置づけ、授権された者 の権能の範囲外の行動を違法であると判断した78。続けてコモン・ローの裁判所も授権範囲 の審査機関と自認し、同様の判断を下した79。19 世紀中葉の裁判所は、事件がコモン・ロ ーとエクイティのいずれの裁判所に係属するかに関わらず、国会制定法による授権の権能 外の活動を審査する国家機関として自らを位置づけたのである。こうして会社の権利能力
78 Colman (n 8).
79 The East Anglian Rlys Co (n 9).
73 を制限する権限踰越の法理が確立した。
その後権限踰越の法理は会社を含む法人全般に適用される判例法理として発展を遂げる。
会社の事例と同様に国会が授権する国家機関であり、裁判所が授権範囲の審査を担当する 国家機関である。
そして副次的権限が判例法理として認められるようになる80。副次的権限とは既存の権限 に付随的すると合理的に考えられる権限を指し、この副次的権限が存在するならば、権限 踰越の法理の適用により違法との判断が下されることはない。副次的権限が認められるこ とは、国会制定法による授権の範囲がより広く解釈されることであるから、結果として法 人の活動が適法であると認められやすくなる。
20 世紀になると、法人である地方公共団体は権限踰越の法理によって権利能力が規律さ れるようになる。旧来の地方公共団体は特許状の付与により自然人と同様の権利能力を取 得することがみられた。1835年の都市団体法制定以後の国会は地方公共団体を地方の責任 ある統治体制として理解し、国会制定法によって地方公共団体の権利能力を規律するよう になる。裁判所は国会制定法により権能が授権された地方公共団体について、一法人とし て権限踰越の法理に服するとの判断を示した81。裁判所は法人と同様に地方公共団体に対し て副次的権限を次第に認めるようになった82。次章で見るように、地方公共団体の権能に関 わる副次的権限は1972年地方自治法111条として成文化されることになる。
裁判所が会社法分野で発達した権限踰越の法理を地方公共団体にも適用した理由は二つ 考えられる。第一は、ロブソンによって指摘されたことであり、地方公共団体が会社と同 様に制定法によって設立されるので制定法による授権の範囲外では会社と同様に権限踰越 の法理が地方公共団体にも適用されることである。第二は、他方で、地方公共団体が制定 法により課税権限等を授権され公的な権力を有する団体としてみえるようになったことか ら、裁判所が地方公共団体の活動全般を法の支配の観点から規律し、法的根拠のない地方 公共団体の行動を広く規律しようとしたことである。
株式会社をはじめとする法人一般に適用される権限踰越の法理と、地方公共団体に適用 される権限踰越の法理は次第に違った経緯を辿る。営利目的の法人に関する権限踰越の法 理は、制定法上および判例法上次第に抑制的に運用されるようになる83。他方、地方公共団 体に適用される権限踰越の法理は、以後の章でみるようにイギリス公法上重要な法理であ り続ける。国会は制定法により地方公共団体への権限付与を推し進め、地方公共団体の権 利能力の拡充を図るものの、権限踰越の法理を根絶しなかった。
3.4.2 権限踰越の法理による都市社会主義の抑制
現代イギリス地方自治制度の特徴とされる地方公共団体の多機能性についても権限踰越
80 Great Eastern Rly Co (n 39).
81 London CC (n 50).
82 Smethwick Corp (n 53).
83 Davis (n 5).
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の法理が関わる84。権限踰越の法理は都市社会主義思想に基づく地方公共団体の取り組みを 抑制し、多機能性に制約を課した。都市社会主義推進の思想が広まる19世紀末から、地方 公共団体は国会制定法による授権を根拠として、様々なサービスを提供する主体として活 動した85。だが、1920 年代には地方公共団体による洗濯サービスの提供が、権限踰越の法 理の適用により、国会制定法による授権の範囲外であることを理由として違法とされてい る86。地方公共団体による住民への各種サービス提供が権限踰越の法理によって抑制され、
多機能性が損なわれる事態が現れたのだった。
地方公共団体による住民へのサービス提供の権能は、次章でみるように20世紀後半にお いてもなお権限踰越の法理による規律を受けることになる。
3.4.3 権限踰越の法理による納税者の地方団体統制
地方財政と権限踰越の法理の関係については、納税者が権限踰越の法理の適用を主張し て地方公共団体の行動を抑制したことが注目される。判例では納税者が権限踰越の法理の 適用を裁判所に求めており、その納税者のなかには地方公共団体が運営する事業の競業他 社が含まれていた。一般私人は権限踰越の法理を裁判において利用し、競業者たる地方公 共団体の行動を統制したのである。地方公共団体が課税権限を有しているので、納税者は 関係者訴訟によって地方公共団体に対して訴えを提起し、権限踰越の法理による統制を及 ぼすことができた。これにより、地方公共団体は自身の財源を用いて独自の行動をとるこ とが抑制された。
3.4.4 代表制推進の動向から影響を受けない権限踰越の法理
1835 年都市団体法や 1888年地方自治法によって、地方の民主制を強化し代表制を推進 する動きがみられた後に、権限踰越の法理は地方公共団体の権能を規律する判例法理とし て確立した。そして、副次的権限は地方の民主制を重視して認められたものとはいえず、
法人一般を規律する原則を地方公共団体に対して適用したもののようにみえる。副次的権 限の存在の根拠として地方の代表制推進を挙げることは難しいと考えられる。
84 Loughlin (n 71) 80-82.
85 スティーブンズ(注63)22頁。
86 FulhamCorp (n 52).
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