3 権限踰越の法理と副次的権限の起源および展開
3.3 地方公共団体への権限踰越の法理と副次的権限の適用
3.3.1 地方公共団体への権限踰越の法理の適用
地方公共団体の大部分の権限は、国会の制定する多数の一般法または地域的個別法律に よって授権される特別の行政権限であり、地方行政法における権限踰越の法理の解釈とし て行政権限を授権する法律の解釈が争われる47。ここでは、行政の活動が法人設立の目的の 範囲内にあるか否かよりも、むしろ行政の活動が諸権限を付与しているいずれかの制定法 に明文化されているか、または明示されている諸権限に結びつけられうるかといった問題 が論じられる48。
権限踰越の法理が地方公共団体に適用される場合、制定法上の根拠について次の点が具 体的に問われることとなる49。第一は、法人の行動は制定法によって明示的に権限が認めら れたものかどうかである。ただ、この点については制定法の解釈上大きく争われることは なく、問題が生じるのは第二の黙示的権限の存否と第三の副次的権限の存否である。第二 は、もしも明示的な権限が存在しないならば制定法の文言から権限を合理的に黙示的に演 繹しうるかであり、第三は、明示的な権限または黙示的な権限が見いだされない場合の活 動が、制定法上の目的を遂行するにあたり合理的にみて付随するものかどうかである。た だし、裁判所はこれらの三点を当初から十分に考慮していたわけではなく、むしろ権限踰 越の法理を厳格に適用していた。
地方団体に関する権限踰越の法理の判例は、副次的権限を考慮要素として徐々に取り入 れることで、概して地方団体の裁量権を認める傾向を示す。従来の研究では、地方公共団 体への副次的権限の適用に関する具体的な経緯が明らかにされてこなかったので、本節で は地方公共団体に対する権限踰越の法理の適用に関する London CC 事件50、Manchester Corp 事件51を取り扱い、次節では副次的権限の適用が争われた Fulham Corp 事件52,
Smethwick Corp事件53を分析して、地方団体に適用される権限踰越の法理の発展を追うこ
ととする。
地方団体に対して副次的権限を認めず権限踰越の法理を適用する判例が1900年代にあら われた。
貴族院は1902年のLondon CC事件判決で、地方公共団体には制定法上明示的にまたは 黙示的に問題の権限が与えられていないので、地方公共団体は権限を踰越して行動したと
47 Ivor Jennings (J A G Griffith ed), Principles of Local Government Law (4th University of London Press, 1960) 142.
48 Ivor Jennings (J A G Griffith ed), Principles of Local Government Law (4th University of London Press, 1960) 142.
49 Bailey (n 3) para 1-23.
50 London CC v A-G [1902] AC 165 (HL).
51 A-G v Manchester Corp [1906] 1 Ch 643.
52 A-G v Fulham Corp [1921] 1 Ch 643.
53 A-G v Smethwick Corp [1932] 1 Ch 562.
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判断した。本判決はOsborne 貴族院事件よりも前の時期の判例であり、地方団体に適用さ れる権限踰越の法理で付随的な権限が検討されなかったことが特徴的である。
地方公共団体は路面電車とバスの運営を計画していた。路面電車運営の権限については 制定法上の根拠が明白に認められる一方で、バス運営の権限についてはその根拠が明らか ではなかった。
バス運営業務について競合関係にある会社が、地方税納税者たる立場から、法務長官の 提起する公的問題に関わる訴訟の利害関係人として、法人が権限を踰越したと主張した。
法人のバス業務遂行には権限が存在していないことと、地方税納税者が支払った金銭をも とに設立されたカウンティの基金からの拠出が権限の欠如に伴い違法であること等の確認 判決と差止命令を求めて、訴えを提起した。
一審では確認判決が認められ、二審ではさらに差止命令が認められた。貴族院では全て の裁判官が上訴人の請求を棄却する判断を下している。
まず Earl of Halsbury 大法官は本判決で Ashbury Rly Carriage Co 事件と Great
Eastern Rly Co事件で示された権限踰越の法理がイギリスにおいて確固とした原則として
定着したことを確認している。
大法官は権限踰越の法理を適用する場面で、路面電車の運営業務の権限からバスの運営 業務の権限を制定法上明示的にも黙示的にも導くことは明らかに不可能であるとし、副次 的権限の存否を明示せずに地方公共団体の活動が権限を踰越したものだと判断した。
本判決の特徴は、第一に、競合会社が地方税納税者の立場で、権限踰越の法理を援用し、
訴えを提起したことである。別言すると、競合会社が関係者訴訟を提起することによって、
地方団体の運営業務の適法性が裁判において争われた54。民営企業が、権限踰越の法理によ って公営企業の活動範囲を限定すべく裁判所に訴えるという、私人による地方公共団体の 司法的統制が注目される。競業他者が地方団体の運営業務を統制する傾向は、権限踰越の 法理に関わる判例には次第に見いだされなくなる。
第二に、副次的権限の存否を詳細に検討しないのみならず、制定法上明示的に付与され ている権限の存在や、黙示的に推察される権限の存在について具体的に考察せず否定する
54 関係者訴訟については、See, William Wade and Christopher Forsyth, Administrative
Law (10th edn, OUP 2009) 489-496. 本件では、裁判所が関係者訴訟を裁量的に認めないこ
とがあり得るかについて、貴族院は、裁判所に訴えを提起するか否かは法務長官の判断に 一任され、裁判所はその判断への介入を避けると判示した。地方税の納税者が公的な性格 を有する問題といえる地方団体の権限行使の適法性を審査するよう裁判所に対して求めよ うとしても、地方税の納税者自身には当事者適格が付与されていないため、訴えを適法に 提起することができない。そのため地方税の納税者は法務長官の名のもとに地方団体に権 限踰越の法理を適用するよう訴えを提起することになる。法務長官は私人の申立ての適切 性を判断することになり、裁判所は法務長官の判断には介入を控えることとされた。地方 団体に対する権限踰越の法理の適用事例において、法務長官が訴えの提起を認める場合に、
地方団体は法務長官のその判断に従わざるをえないことになる。地方団体にとってこの判 例は、権限踰越の法理に対する一つの防御手段が認められないことを明らかにした事例だ といえる。
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判断を下したことである。後の判例は本判決と異なり黙示的な権限の存否を慎重に判断す るようになる。
高等法院は1905年のManchester Corp事件判決55で、市の基金からの拠出の適法性が問 われる中で、地方公共団体が個別法律によって付与された権能を踰越した行動したと判示 した。Manchester Corporationは制定法ではなく特許状に基づいて設立された法人である ため、権限踰越の法理の適用自体の是非について問題が提起された。しかし、本判決では 個別法律による権限付与の範囲の限界をめぐり議論がなされ、権限踰越の法理が適用され ることとなった。
地方公共団体は既存の権限に依拠して路面電車の運営業務の拡張を図った。地方公共団 体は路面電車を利用して動物や鉱物、小荷物などを運搬し配達する権限を特定団体にのみ 適用される個別法律によって取得していた。地方公共団体は路面電車の区画内のみならず 区画外においても、当該路面電車で運搬してきた物に限定されない小荷物一般を配達する 業務計画を立て、広告を出してその業務を広めることがみられた。
配送業務を営む競合の会社が、地方税納税者の立場から、法務長官の提起する公的問題 に関わる訴訟の利害関係人として、地方公共団体の種々の活動には権限が存在しないこと、
市の基金からの拠出が違法であること等の確認判決と差止命令を求めて訴えを提起した。
地方公共団体は自身の行動の適法性を主張している。地方公共団体によると、当該活動 は制定法によって権限が認められており、もしもその権限が完全には認められないとして も、制定法上の権限を利用しうる業務に当然付随する権限によって、違法な活動とはなら ないということだった。また仮に制定法上の権限を逸脱して権限を行使したとしても、地 方公共団体は市の基金や徴収した地方税に何ら損失を及ぼしていないとも論じている。
裁判所は地方公共団体の活動が権限を踰越したと認定し、基金からの拠出について違法 であると判示した。地方公共団体には、路面電車に関連して配達業務をなす制定法上の権 限が認められ、そして路面電車での集配に関わる必要なことをなすための業務も制定法上 の権限に付随するものとして認められる。しかし、地方公共団体には路面電車に関係なく 小荷物一般を配達する権限は認められないとの判断が下された。さらに傍論として、もし も地方公共団体の業務運営上採算が一時的に釣り合うとしても、運送にかかる保険等によ って将来的に損失を被る恐れがあるとした。こうして裁判所は原告側勝訴と判断している。
Manchester Corp事件の特徴は第一に、London CC事件と同じく、競合会社が地方税納 税者の地位に依拠して訴えを提起したことである。関係者訴訟の利害当事者たる原告の職 業が判例集に記載されているので、競業他者による権限踰越の訴えであることが分かる。
利害当事者の職業がその後の判例では記載されなくなるため、競合会社たる私人による地 方団体の統制が行われたのか否かが明らかにはならない。この事件後にそのような統制が 行われなかったとすれば、この事件は競合会社たる私人が権限踰越の判例法理を援用して 地方団体の活動を抑制することに成功した20世紀最後の判例である。なお、競合会社が権
55 Manchester Corp (n 51).