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権能を付与する国会制定法

ドキュメント内 権限踰越の法理の下で の英国地方自治 (ページ 42-45)

2 英国憲法下の地方自治と法人たる地方公共団体

2.3 法人と地方自治

2.3.3 権能を付与する国会制定法

会社や地方公共団体に授権するために国会制定法が用いられてきた。3章以後では法律に よる地方公共団体への授権の範囲外の法的処理をめぐり議論をするので、ここで国会制定 法の種類を論じる。

英米法上国会制定法とは一般法律(public act) と 個別法律(private act) の両方を指す概 念である127。イギリスにおける制定法は伝統的に private な制定法と public な制定法に

122 See, Bailey (n 76) [1-08]. 地方当局が1848年公衆保健法(Public Health Act 1848)成立 後に、公衆衛生の改善の文脈で自治を認められる経緯については、岡田・前掲注(56)「第 三章 近代的地方公共団体の始動――『自発性の原則』に基づく自治的活動」参照。

123 See, Bailey (n 76) [1-09]-[1-10].

124 Local Government Act 1933, s 2, 31, 32. See, Bailey (n 76) [1-11].

125 Local Government Act 1972, s 2 (1), (2).

126 地方団体をめぐる20世紀以後の法的枠組み全般については、See, Arden, Baker, Manning (n 41) paras 1.4.1-1.4.256.

127 public actは公法律という訳語が当てられ、Private act には私法律と訳出されることが

ある。しかし、田中英夫「英米における private act」『英米法研究I 法形成過程』(東京 大学出版会、1987、初出は法学協会編『法学協会百周年記念論文集 第二巻 憲法行政法・

刑事法』有斐閣、1983)、126-127頁で指摘されているように、私法律と公法律と訳してし まうと、第一に公法と私法と公法との関係が public act と private act の関係にも対応す ると考えられかねず、第二に私法律の「私」には国会を通過して成立した法ではないとの 捉えられてしまう恐れがある、といった問題がある。こうして、田中はpublic act と private actに、それぞれ一般法律と個別法律との訳語を当てた。本研究は、田中の訳出を採用する と同時に、原語表記をも用いる。

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二分されている。この public と private という概念は日本の法学上の公法と私法の区分 に対応するものではない。Public な法律とは社会全体に関わる普遍的な準則であり、裁判 所が必ず適用しなければならない法律である。これに対して private な法律とは特定の 人々及び私的関心事に限り適用される法律であり、当事者が裁判において正式に援用しな いならば裁判所が必ずしも適用する義務を負うものではない128。このように一般法律と個 別法律には適用対象と救済手続上の違いが存在する129。個別法律と一般法律は国会におけ る制定過程が歴史的に異なり、両者の区別は現在においても維持されている130

個別法律は特定の地域のみに関する地域的個別法律 (local act) と特定の個人または団体 のみに関する人的個別法律 (personal act) の両方を含む131。伝統的に一般法律が制定され てきた分野として、離婚132、帰化133、私権の剥奪134、囲い込み135、そして会社と地方公共 団体への特権の付与がある136

19世紀には会社や地方公共団体が公共事業を発足するために特許が数多く求められ、「会 社の設立を認めこれにある地点に橋を架けて完成後は通行料を徴収する権限を与える立法、

128 ただし public と private の双方の性質を備える一般法律の法案も存在し、それは

hybrid bill と呼ばれる。また現代のイギリスにおいては議員提出法案 (private Member’

s bill) という法案もある。議員提出法案は一般法律の案である一般法律案 (public bill) の

一種であり、個別法律の案である個別法律案 (private bill) の一種ではない。

129 See, 1 St. George Tucker, Blackstone's Commentaries: with Notes of Reference, to the Constitution and Laws, of the Federal Government of the United States; and of the Commonwealth of Virginia 85-86 (1803). 田中・前掲注(127)では英米における個別法律 の制定分野、立法手続と形式が論じられている。

130 イギリスにおける private bill の国会への提出方法の資料とその雛形は ---, ‘How to petition against a private bill,(UK Parliament)

<www.parliament.uk/about/how/laws/bills/private/privatebillpetition/> accessed 1

December 2013 において入手可能である。個別法律案制度を概説する2009年改訂版の資

料の翻訳として、馬場健「英国下院情報室編『私法律案(Private Bills)』(法律制定概略版シ リーズ L4)2009年9月改訂版」法政理論43巻1号102頁(2010)がある。

131 田中・前掲注(127)126-127頁の訳語を採用した。なおアメリカにおける個別法律と、

法律の適用される要件は抽象的かつ不特定であるべきと説かれる日本法上のいわゆる実質 的意味の法律との関係については、玉井克哉「国家作用としての立法――その憲法史的意 義と現代憲法学」法教239号72頁(2000)76頁、大石和彦「『個別法律の問題』の問題性」

白鴎13巻1号167頁(2006)186-188頁参照。

132 田中・前掲注(127)100-101頁参照。夫婦が離婚するためには、旧来の制度上コモン・

ロー裁判所において配偶者の姦通を理由とする損害賠償請求訴訟で勝訴し、そして教会裁 判所において別居を認める判決を得たうえで、さらに夫と妻を離婚させる個別法律が制定 されねばならなかった。

133 田中・前掲注(127)127頁参照。

134 田中・前掲注(127)127-128頁参照。叛逆罪や重罪を犯した個人から法の保護、すな わち生命を剥奪し財産を没収するよう、国会が立法によって実施したものである。

135 田中・前掲注(127)128頁参照。田中英夫編集代表『英米法辞典』(東京大学出版会、

1991)294頁の “enclosure”の項目参照。See, Daniel Greenberg (General Editor), Jowitt’s Dictionary of English Law (3rd edn, Sweet & Maxwell), Vol. 1, 1159 (‘Inclosure’).

136 田中・前掲注(127)128-129頁参照。

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ある会社に特定の鉄道(あるいは運河)の建設を認め土地収用その他建設に必要な権限を 付与する立法、地方公共団体に」上下水道、「ガスなどを供給する施設を建設しこれを運営 することを認めるとともにそのために必要な権限を付与する立法」が制定された137

3章で詳述するように裁判所はこの会社・地方公共団体への特権付与の限界の検討を通し て、権限踰越の法理を成立させる。このような個別法律は19世紀に多数制定され、国会の 職務中大きな部分を示すとも称されるほどであった138

英米法学者の田中によると、個別法律の制度は国会主権の原理が成立する前から存在し ていた。かつて国会が立法・司法・行政の作用を区別することなく権能を行使していた時 代に個別法律の制定が開始されている139。田中は個別法律の制度が存続してきた理由を求 めるならば、英米における伝統的な立法の概念、すなわち立法とは社会全体に関わる普遍 的な準則と特定の人々及び私的関心事に限り適用される準則の双方を包含するという概念 が、統治体制の変革を受けても今なお維持されているとみるべきだと論じている140

立法が社会全体に関わる普遍的な準則と特定の私的関心事の両方に関わるという伝統的 な立法概念の維持に影響を与えた要因として、大陸諸国で発達した強力な行政権が英米で 成立しなかった現象が考えられる141。この現象から、軍事・外交分野を除き、行政権は法 律に従い法律の授権の下においてのみ活動すべきであるという規範が抽出され理論化され ることで、ダイシーの法の支配概念が導かれる142。個別法律の制度を支える背景に法の支 配が存在すると仮定するならば、行政に固有の権能が認められ、立法でさえもその権能を 侵害しえないという観念は、イギリスにおいて発展しにくいものであり、また19世紀のイ ギリスにおける政府活動の拡大という場面において個別法律の制定による授権が必然的に

137 田中・前掲注(127)128-129頁参照。なお、日本国憲法には英米の地域的個別法律に 相当する法律に関わる規定が存在する。それは「地方的または特別の法律」、「地方的法律」、

「一般法を適用できる」という文言が立法過程において削除された、国会の立法過程に制 約を加えている憲法95条であり、「一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の 定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なけ れば、国会は、これを制定することができない。」と定めている。高柳賢三、田中英夫「ラ ウエル所蔵文書 連載第15回」ジュリ350号127頁(1966)131頁参照。憲法95条は、

国の法律によって特定の自治体を不利益的に不平等に取り扱うことを防止するための規定 だと解釈され、現在では「特定の地域のみに適用される法律であっても、特定の自治体の 組織の権限についての特例を定める場合でなければ地方自治特別法には該当しないとの解 釈運用が定着」している。人見剛「地方自治の法原理と地方自治制度の歴史」人見剛、須 藤陽子編『ホーンブック地方自治法』16頁(北樹出版、2010)22頁。一の地方公共団体の みに適用される特別法は半世紀にわたり制定されていない。

138 田中・前掲注(127)129頁参照。なお個別法律の起草には弁護士が関与しており、個 別法律は制定法上独特といえるほど細密に既定される場合があった。3章の判例に関わる鉄 道会社関連の制定法はその一例だといえる。大木雅夫『比較法講義』(東京大学出版会、1992)

272頁参照。

139 田中・前掲注(127)152頁。

140 田中・前掲注(127)152頁。

141 田中・前掲注(127)152-153頁。

142 田中・前掲注(127)152-153頁参照。

37 求められることになったといえよう143

個別法律の制度自体の根拠は英米の立法観の伝統に求めざるを得ないという田中の見解 は、行政の活動一般と権限踰越の法理間の関係の分析に資する。行政の活動一般の分野に 関わる権限踰越の法理は個別法律の制定が相次いだ19世紀中に確立している。個別法律が 制定されはじめた時点では国会主権の原理は成立していなかった一方で、権限踰越の法理 が成立した時は、国会主権の原理が普及している144。個別法律が法の支配のみに由来する ならば、行政の活動一般に関連する権限踰越の法理の根拠は、国会主権の原理と法の支配 の概念の双方に求められると考えられる。

ドキュメント内 権限踰越の法理の下で の英国地方自治 (ページ 42-45)