4 副次的権限の成文化と権限踰越の法理の活性化
5.5 小括
本章では2000年以後にみられた、権限踰越の法理の適用領域を限定する制定法および判 例法理について検討した。
5.5.1 福利に関する権限と概括的権限による裁量の確保
2000年代以後は地方公共団体への授権によって、地方公共団体の裁量権がより確保され るようになった。2000年地方自治法2条の福利に関する権限と2011年地方主義法1条の 概括的権限は地方自治推進の成果として位置づけられる。
地方公共団体の裁量は、2000年地方自治法2条の福利に関する権限により、国会制定法 が規定していない一定領域において認められるようになった。本法は地方自治を積極的に 推進する労働党のブレア政権において成立したものである。地方公共団体は福利に関する 権限を用いることで、経済的福利、社会的福利、環境上の福利を促進し、また改善しうる
90 Craig (n 84) [22-040]-[22-040]. 他の論点については See, [22-041].
91 Moules (n 61), Wade and Forsyth (n 61) 451.
143
よう行動しうる。ただし、2000年地方自治法3条によって福利に関する権限は一定の制約 を受ける。中央政府は地方公共団体に多くの機能を委ねることに好意的な見解を示し、地 方公共団体の権能の範囲が不明瞭であるとの懸念を払拭することが本法の趣旨であると解 説していた92。
福利に関する権限の解釈上問題となるのは、地方公共団体に対して授権する法律が存在 しない場合に、地方公共団体は2000年地方自治法2条によって福利に関わるようにみえる 政策を実施しうるかどうかである。2000年地方自治法2条の「福利に関する権限」は文面 上幅広い領域に関わり、あらゆる分野に及ぶものとして援用されうる可能性がある。
また2000年地方自治法の「福利に関する権限」の行使と他の制定法上の権限の行使が同 一の効果をもたらすようにみえる場合、他の制定法上の権限の行使に対する制約が福利に 関する権限の行使に対しても同様に制約が課されるかが制定法の文言からは明らかではな いので、福利に関する権限の制約の範囲も明らかにされなければならない。
裁判所は、社会福祉サービスの提供に関わる地方公共団体の権能が争われた事件で、福 利に関する権限を参照し、地方公共団体に権能を認める判断を下した93。福利に関する権限 に関する判例は、Brent LBC事件を除き、権限踰越の法理と関わる従来の判例では主とし て扱われてこなかった論点、具体的には特定個人に対する扶助の適法性という論点が焦点 となっている。
裁判所が福利に関する権限を社会福祉の領域において認める理由として、2000年地方自 治法 2 条により地方公共団体の権限が大いに拡大されたという中央政府の法解釈の影響が 考えられる。中央政府の見解によると、2000年地方自治法3条による福利に関する権限の 制約は法律上明確に規定されていなければならない。この政府の見解は福利に関する権限 が可能な限り制約されないことを意味する。裁判所は福利に関する権限の制約を中央政府 の法解釈と同程度まで限定的に解釈していないものの、福利に関する権限を広く認めよう とする姿勢については中央政府と軌を一にしている。2000年地方自治法3条の福利に関す る権限の制約を限定的に理解することは、外国人に対する社会扶助の提供という判例に見 られた文脈では、地方公共団体が外国人の不法滞在者に住居施設に関連する扶助をなしう ることにつながる。ただし控訴院は Khan 事件で住居施設関連の直接的ないし間接的扶助 に消極的な判断を下している。
裁判所は中央政府の見解に異を唱えて地方公共団体の権限を拡大することもある。Grant 事件控訴院判決の結論は、大臣が示した指針よりも地方公共団体に権限を付与するもので あった。
このように裁判所は中央政府の法解釈と同様の姿勢を示し地方公共団体の権限を広く認 定することもあれば、中央政府の法解釈では地方公共団体の権限が制約される場合に裁判
92 Office of the Deputy Prime Minister, Power to promote or improve economic, social or environmental well-being (2002) para 7.
93 Enfield LBC (n 21).
144
所が独自の判断を展開して、地方公共団体の権限をより広く認めることもある。
他方、社会福祉と関連する福利に関する権限と異なり、地方財政運営の領域での福利に 関する権限の行使に関して、裁判所は地方公共団体の権限を限定的にしか認めていない。
裁判所は2009年のBrent LBC事件で権限踰越の法理を適用し、地方公共団体の権利能力
が制約されるとの判断を下した94。当該事件では地方公共団体が、他の地方公共団体と連携 して地方公共団体向けの保険業務運営に関与し、地方財政の支出を抑制することが試みら れた。この活動について権限踰越の法理が適用され、活動の違法性が認定されたのである。
国会は裁判所がBrent LBC事件で権限踰越の法理を適用したことについて対策を講じな ければならないと考え、まずBrent LBC事件で問題となった個別の権限について地方公共 団体が適法に対処しうるよう法律を制定し、続けて地方公共団体に概括的な権限を付与す る2011年地方主義法を制定した(1条)。こうしてイギリスの地方公共団体には自然人の権 利能力が原則として認められるようになった。
2011 年地方主義法を積極的に評価し、地方公共団体の裁量が大いに拡充したと主張する 論者がいる95。しかし、2011年地方主義法1条によって規定された概括的権限は権限踰越 の法理の適用範囲を一定部分まで狭めたものにすぎないことに注意しなければならない。
そして公的な職務遂行の裁量権限行使には国会制定法の授権が今なお必須となっている。
概括的権限に関する判例は現時点では存在しておらず今後の動向が注目される96。
5.5.2 権限踰越の法理の適用範囲の限定と義務付け
権限踰越の法理の適用範囲が限定されることは、地方公共団体の裁量の範囲が拡大する ことを必ずしも意味せず、地方公共団体の義務がより広範囲に拡張する場合もある。地方 自治制度の特徴の一つといわれてきた裁量権にとって、このような権能の拡大は地方公共 団体にとって好ましいとはいえない。
前章で明らかにしたように、地方公共団体は権限踰越の法理を活用して自身の利益を拡 大することがみられるから、権限踰越の法理には地方公共団体が裁判所からの規律を排除 する機能がある。
福利に関する権限の判例では地方公共団体が権限踰越の法理を援用し、地方公共団体自 身の権利能力の欠缺を主張して扶助の提供を拒絶することがみられた97。
裁判所は福利に関する権限を認定することで権限踰越の法理に基づく違法性の主張を退 け、地方公共団体に扶助提供の権限を認めている。地方公共団体は福利に関する権限によ
94 Brent LBC (n 35).
95 大塚大輔「英国『地域主権法』の概要」地方自治771号65頁(2012)65頁。
96 See, Mark Sandford, ' Local authorities: the general power of competence - Commons Library Standard Note' Parliament & Constitution Contre, House of Commons Library (14 January 2014) < http://www.parliament.uk/briefing-papers/SN05687.pdf> accessed 1 May 2014.
97 Enfield LBC (n 21), Lewisham LBC (n 28), Lambeth LBC (n 28).
145 って職務遂行上の義務を果たすよう求められる98。
権限踰越の法理を制約することで裁判所による地方公共団体の義務付けを推進すること は正当な期待を保護する行政法上の法理とも関わる。1980年代以後、行政救済法の分野に おいて行政機関の行為から生じた期待を保護する正当な期待の法理が発達した99。この正当 な期待の保護が要求されることで、地方公共団体に一定の権利能力が認められるべきか、
換言すると、裁判所が地方公共団体にあらかじめ授権されていなかった権利能力を正当な 期待の法理の適用を通して授権しうるかが学説上争われてきた。
権限外での表明に対する正当な期待を保護する場面においては、ヨーロッパ人権裁判所 の判例を考慮して、国会制定法に依拠する権限踰越の法理の統制が緩和され、私人に対す る一定の救済が認められるべきことが判例において示されている。
伝統的な国会主権の原理を重視し、国会制定法が法的主体の権能を規律するのであって、
他の国家機関は法的主体の権能を規律し得ないという学説によれば、地方公共団体の権能 は救済の場面においても権限踰越の法理によって制約され、私人の利益保護が認められな いことになる100。
他方で私人の利益保護と裁判所による行政の統制を重視し、地方公共団体が私人に対し て救済をする権能の付与を裁判所に認めることが考えられる。ヨーロッパ人権条約上の権 利か否かに関わらず比較衡量によって私人の利益保護が図られるべきであるとする説や101、 私人に対して金銭の補償がなされるべきとする説が存在している。
権限外の表明に対する正当な期待を保護するならば、裁判所は行政活動を統制し個人の 利益を保護する観点から、権限踰越の法理の法的効果に制約を加えることになる。行政は 正当な期待を保護する法理によって、権限踰越の法理の法的効果が緩和されるとともに、
義務を課されることになる。
このように権限踰越の法理による地方公共団体の権能への統制が弱まることは、地方公 共団体の権能の拡大に関わるとしても、地方公共団体の裁量を常に拡大することを意味せ ず、地方公共団体の責務の拡大につながる可能性もある。
従来の先行研究では強調されていなかったことだが、権限踰越の法理の適用領域を限定 することが裁量の拡大につながるかは慎重に見極める必要がある。そして、地方公共団体 が裁判所からの他律を排除しうるという権限踰越の法理の機能が注目される。
5.5.3 権限踰越の法理に対するヨーロッパ人権裁判所の影響
裁判所が地方公共団体に対する権能を付与し義務付けを行う背景事情として、ヨーロッ パ人権裁判所の影響が考えられる。
2000年地方自治法の福利に関する権限については、福利に関する権限を制約する制定法
98 ただし Oxfordshire CC (n 34) では、福利に関する権限が認められていない。
99 Woolf, Jowell, and Le Sueur, Donnelly, Hare, (n 56) Ch 12.
100 Hannett and Busch (n 85).
101 Craig (n 84).