4 副次的権限の成文化と権限踰越の法理の活性化
4.4 司法審査における権限踰越の法理
4.4.1 ダイシーと行政の裁量権統制
裁判所による行政の裁量権の統制は、ダイシーがイギリス憲法の特徴として掲げた法の 優位ないし支配との関係で考察が深められてきた。
イギリスの公法学上、フランス行政法の精神がイギリスに完全には浸透しておらず、イ ギリスにおいて法の支配が維持されていると説くダイシーの著書『憲法序説』とともに106、
「イギリスにおける行政法の発展」と題するダイシーの論文が注目されてきた107。この論 文は、行政の肥大化が進む19世紀から20 世紀初頭の、イギリスの裁判所による行政の裁 量権の統制の情勢を分析し、イギリスにおける行政法の位置づけを再検討した1915年の研 究である108。
「イギリスにおける行政法の発展」でダイシーは二つの貴族院判決の分析により、フラ ンスの行政法に類似した体系がイギリス法に導入されたか否かを検討し、フランス行政法 と類似した新しい法体系がイギリスでも発展しつつあることを認めつつも、しかし、フラ ンス行政法が完全に導入されたわけではないとの結論を示した。
ダイシーはRice事件貴族院判決109とArlidge事件貴族院判決110を研究することから、裁 判所による行政の裁量権の統制の方法を抽出する111。Rice 事件は地方教育に関する判例で ある。地方教育当局は1902年教育法 (Education Act 1902) 第7条により地域内の小学校 を管理し維持するものとされていた。地方教育当局が公立ではない (non-provided) 学校の 教員に対し公立 (provided) 学校の教員と同額の給与支払いを拒絶したため、この決定の違 法性が争われた。貴族院がRice事件で示したのは、制定法によって行政機関に授権された 権限は、制定法の文言に厳格に従ってすべて行使されねばならないことと、権限がそのよ うに行使されない活動は、裁判所によって無効と判断されることである。貴族院は他方で、
立法部が行政の機関に対して授権のみをし、権限の行使方法を定めていない場合に、行政 機関が自由に活動しうるかをRice事件において判断しなかった。Arlidge 事件は閉鎖命令
(closing order) に関わる判例である。1909年住宅及び都市計画等の法律 (Housing, Town
106 田島裕「訳者解題」伊藤正己、田島裕(訳)、A V ダイシー(著)『憲法序説』(学陽書 房、1983)458頁。
107 A V Dicey, 'The Development of Administrative Law in England' (1915) 31 LQR 148.
この論文は A V Dicey, An Introduction to the Study of the Law of the Constitution (10th
edn, MacMillan 1959) に Appendix 2 として転載されている。本研究については伊藤正己
『イギリス公法の原理』(弘文堂、1954)169-177頁で詳しく解説されている。転載元の論 文と転載後の文章の異同については、A.V.ダイシー著、猪俣弘貴訳『ダイシーと行政法』(成 文堂、1992)160-164頁参照。
108 ダイシーの論文には、一生涯を通して構築した理論に、法の変化をうけて懐疑的たらざ るを得なくなった研究者の悲哀がみられるといわれる。高柳賢三「第三講 ダイシイ『法 の支配』に対するジエニングズの批判」『英米法講義 第二巻 英国公法の理論 [3版]』185 頁(有斐閣、1954)189頁参照。ダイシーの行政法理解の変遷全般を解説する文献として、
ダイシー・猪俣・前掲注(107)186-204頁参照。
109 The Board of Education v Rice [1911] AC 179 (HL).
110 The Local Government Board v Arlidge [1915] AC 120 (HL).
111 Dicey (n 107) 148-149.
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Planning, &c., Act, 1909) 第17条により、地方の当局は住居としてふさわしくない家の使
用を禁止する閉鎖命令を発する権限を有しており、家屋の所有者には閉鎖命令に対し地方 統治委員会 (Local Government Board) に異議を申し立てる権利が付与されていた。地方 統治委員会が異議を審査する手続きについては同法39条によって規定されている。貴族院
はArlidge事件で、制定法によって行政機関に司法的管轄(法の適用による判断が終局的に
求められる)または準司法的管轄権(政策的考慮に基づく判断が終局的に求められる)が 授権されているものの112、管轄権の行使方法について何ら規定されていない場合は、行政 機関は権限の行使にあたり裁判所が用いる手続準則には規律されないことを示した113。 そして、ダイシーは以下のように行政活動の変容を例示しながら、1910年代のイギリス において未だに行政法が確立していないとの結論を導く。第一に、20 世紀初めから顕著と なったのは、教育、老齢者年金、国家扶助保健、失業保険の支払いといった義務を、政府 が新たに負うようになったことである114。
第二に、社会情勢の変容を受けて国家により遂行される事業を、業務運営と裁判行為の 二種に分類して取り扱う必要性が生じてきた115。政府は業務運営の責任をより多く引き受 けて広範な権限を取得するが、これは裁判所が歴史的に法的権限を決定してきた事項であ るから116、政府による広範な権限の取得とは実際には司法的権限の中央政府への移管を意 味していた。このように公衆の利害が関わる業務の管轄権は行政機関へと移管される一方、
法の支配の基礎をなす本来的な司法的管轄権は移管されず従来通りに裁判所が保有するこ とになる。こうして業務運営については行政部が担当し、裁判行為は裁判所が行うように なった。
第三に、管轄権の移管にあたり、管轄権の行使が行政機関に要求されるか否かで行政に 求められる準則が変化する117。もしも管轄権の行使が行政機関に要求されるならば、
Arlidge控訴院判決が判示したように、行政機関は裁判官として行動しなければならず、司
法的手続準則が適用される。それに対して、行政機関に管轄権の行使が求められなければ、
Arlidge高等法院判決と貴族院判決のように、行政機関の行動には公正な業務取引(the fair
transaction of business)の準則が適用される。そして、公正な業務取引が重視されるように
112 準司法的管轄権とは確定した事実に法を適用して決定すべく求められない管轄権をい う。詳しくはドノモア報告参照。
113 ただし、私法上の公正性や平等性を踏まえて活動すべく規律される。
114 Dicey (n 107) 149. ダイシーはこれらについて「20世紀初頭以来の立法過程」(Course of Legislation from Beginning of Twentieth Century)として別書において詳しく論じている。
A V Dicey, Lectures on the relation between law and public opinion in England during the nineteenth century (2nd edn Macmillan & Co, 1914; reissued with a Preface by E C S
Wade 1962) xxxii-liii, A.V.ダイシー著(清水金二郎訳、菊池勇夫監修)『法律と世論』(法律
文化社、1972)14-29頁。
115 Dicey (n 107) 149-150.
116 ダイシーは政府が広範な権限を取得する例として Labourer Compensation Act 1906 を挙げている。
117 Dicey (n 107) 150-151.
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なると、制定法により司法的権限と準司法的権限の行使が認められている行政機関は、司 法的手続準則に従うのではなく、機関が公的に関わる業務取引において公正かつ便利とみ られる準則に従い、権限を行使してかまわない。
第四に、行政機関による司法的権限または準司法的権限の濫用について二種類の規律が 存在する118。一つは、Rice 事件により明らかにされた規律であり、権限を行使する機関は 制定法の文言に正確に従わなければならず、もしも機関がこの準則に従わないならば、裁 判所は機関の活動を無効と判断しうる。第二に、行政機関は裁判所の手続準則を適用する 義務は負わないものの、公正さと公平さの精神から権限を行使しなければならない。この 公正な取引からなる準則に従う義務は、Arlidge事件貴族院判決で強調されている119。将来 的には、行政機関による司法的または準司法的権限の行使が不正義であることが明らかに なるならば、イギリスの裁判所がその不正義を是正する手段を考案することが考えられる ともいう。
ダイシーは、内閣の規律に服する公務員が立法によって司法的権限または準司法的権限 を多数授権されてきたことを認めながら、通常の裁判所が公務員による法違反の裁判管轄 を未だ有していることを論じ、真の行政法の存立に対して運命を決する法の支配を今なお 失っていないとの結論を提示した120。
ダイシーの行政法論文の公表から約10年が経過すると、従位立法 (委任立法)の増大や 官僚主義の台頭への危惧を背景として121、ドノモア委員会(Donoughmore Committee)が設 置される122。ドノモア報告はダイシーの法の支配概念の第一と第二の意味の原理を支持し、
その強化を提唱しつつも、現状を踏まえて行政部に幾許かの管轄権の移管を提案している。
ドノモア報告はイギリス法上の行政の活動を司法的行為、準司法的行為、純行政的行為の3 種に分類した123。それぞれの行為の要件は次のように整理されている124。
真の司法的決定とは、二人以上の当事者間の争いの存在を前提とし、次の四要件に該当
118 Dicey (n 107) 151.
119 なお次のパラグラフでダイシーは、Local Government Board v Arlidge貴族院判決で大 法官が大臣責任制に依拠しながら国会による行政の統制を論じたことは失当だったと批判 している。See, Dicey (n 107) 152.
120 Dicey (n 107) 152-153.
121 See, Lord Hewart of Bury LCJ, The New Despotism (London Ernest Benn Ltd 1929).
122 Report of the Committee on Ministers' Powers (Cmd 4060, 1932). 伊藤正己『法の支 配』(有斐閣、1954)14頁、高柳賢三「第一講 英国公法の基礎理論」『英米法講義 第二 巻 英国公法の理論 [3版]』1頁(有斐閣、1954)144-145頁、156-158頁参照。
123 Lord High Chancellor, Report of the Committee on Ministers' Powers (Cmd 4060,
1932). Loughlinは1930年代当時の学界の様子を論じている。Martin Loughlin,
‘Administrative Law, Local Government and the Courts’ in Martin Loughlin, M David Gelfand, Ken Young (eds), Half a Century of Municipal Decline 1935-1985 (Routledge Library Edition, Routledge 2007, first published in 1985).
124 訳出するにあたり高柳・前掲注(122)143-156頁、山田・前掲注(105)10-11頁を参 考にした。
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するものである。第一は、当事者による事件の提出(必ずしも口頭でなされることを要し ない)、第二は、争いが事実問題に関するときには証拠にする事実の確定、第三は、争いが 法律問題に関するときは当事者による法的弁論、第四は、確定事実とそれに対する法適用 による決定である。
準司法的決定は司法的決定と同様に争いの存在を前提としており、第一と第二の要件は 該当するが、第三の要件には必ずしも該当することはなく、第四については決して該当し ない。司法的決定の第四の要件は、準司法的決定においては、大臣の自由な選択により決 せられる行政的行為に取って代わられる。
純行政的決定は司法的決定や準司法的決定と全く異なり、決定を行う根拠や決定するた めの資料収集の手段が意思決定者の裁量に完全に委ねられている。
ドノモア報告によれば、真の司法的決定は特別の理由の無い限り通常裁判所が原則とし て行うべきであり、準司法的決定と純行政的決定は大臣が行うべきである。そして、真の 司法的決定と準司法的決定は、ともに争いの存在を前提とする点で、純行政的決定から区 別される。準司法的決定については制定法により裁量の行使が認められるが、一方で真の 司法的決定には裁量の要素が全く認められないこととなる。
こうして行政に裁量権が認められている法制度に鑑みて、裁判所が行政の裁量権をどの ように規律すべきかが、ダイシーの法の支配を考慮しながら論じられるようになった125。