第 8 章 定時株主総会の活性化と株式市場の反応
8.1 業績予想の精度に対する株式市場の反応
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となることは間違いない76.エイジェンシー理論に基づけば,エイジェントに真実の(歪みのな い)報告をさせるために必要な条件は,真実の報告をした場合の経営者の期待効用が偽の報告を した場合の期待効用を上回ることである.この場合,経営者は歪みのない会計利益を報告するこ とになるし,その結果として,情報利用者にとっても,歪んだ会計利益を元に戻すための分析を おこなう必要がなくなるであろうし,歪んだ会計利益に基づいて誤った意思決定をするリスクか らも解放される.
前章までに,定時株主総会の活性化が観察された企業が公表する業績予想の精度が,それ以外 の企業が公表する業績予想の精度よりも高いこと,そして,その業績予想の精度の高さが,裁量 的会計発生項目を用いて実際利益の裁量的管理をおこなった結果ではないことを確認した.この ことを前提とした場合に,情報利用者である株式市場がどのような反応を示すかを検証する.ま ず,本節では,定時株主総会の活性化が観察された企業の株価について,業績予想情報への依存 度が高いことを確認する.まずは,クロスセクショナルの比較として,株主総会の活性化が観察 された企業が公表する業績予想が,その他の企業が公表する業績予想よりも,株価との関連性が 高いことを分析する.検証する仮説は以下の仮説8-1のとおりである.
仮説8-1:定時株主総会の活性化が観察された企業が公表する業績予想は,その他の企 業が公表する業績予想と比べて株価関連性が高い
Ohlsonモデルの導出およびその含意については第3章で説明しているので,ここでは,その
概要のみ確認する.Ohlsonモデルは,(株価に近似する)企業価値が,評価時点の純資産簿価と,
それ以降の残余利益の割引現在価値の総和との合計として表現できるという残余利益モデルを ベースとしている.そこに,各期の残余利益が,前の期の残余利益の持続部分と,新たに公表さ れた情報(その他の情報)に基づく部分によって構成されること,さらに「その他の情報」自体 が持続性を有すること,という線形情報ダイナミクスの仮定を導入した.さらに,「その他の情 報」の推定に際し,業績予想を利用することを提案している.Ohlson (2001)では,最終的に,以 下の(8-1)式を導いている.
76 鈴木・安(2014)では,先行研究のレビューを通じて,投資意思決定後のモニタリングの手 段としての会計情報を検討する場合には,報告利益管理を許容しないことが,必ずしも最善解 とはならないことが示されている.
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[ ]
ta t tt t
t V BV x E x
P ≈ =α1 +α2 +α3 +1 (8-1)
ただし,Ptはt時点の株価,Vtはt時点の企業価値,BVtはt時点の純資産簿価,xtはt期の当 期利益, Et[x𝑡𝑡+1𝑎𝑎 ]はt 時点において入手可能なt+1期の残余利益に関する予想を示している.
さらに,当期の残余利益(𝑥𝑥0𝑎𝑎)が当期の純利益(𝑥𝑥0)の関数であること(𝑥𝑥0𝑎𝑎=𝑥𝑥0− 𝑟𝑟×𝐵𝐵𝐵𝐵−1) を利用し,以下の(8-2)式を用いた分析をおこなう.
[ ]
1 4 03 0 2 0 1
0 =α +β BV +β x +β E x +β ν
V t (8-2)
(8-2)式では,回帰分析上の切片(α)を許容している.本章では,「その他の情報」である ν0として,経営者が公表する次期の業績予想を用いた分析をおこなうことで,株式投資家にと っての有用性を検証する.
分析にあたり,2001年6月から2005年6月までに定時株主総会を開催した,東京証券取引 所第一部および第二部に上場している企業のうち,日経業種分類上,銀行・証券・保険・その他 金融に属する企業を除外し,その中から各年の3月31日を決算日とする企業のみを分析対象と している.また,株主総会活性化企業の判定は,前章までと同じ基準を用いている.すなわち,
各企業が1991年から2000年までの間に開催した定時株主総会の所要時間の平均値を基礎とし,
分析対象期間である 2001 年から 2005 年までの間に開催した定時株主総会の所要時間が,① 1991年から2000年までの間の所要時間の平均値の1.5倍以上であり,かつ②60分以上である 場合に,活性化した株主総会として判別している.なお,所要時間の平均値の算定にあたり,1991 年から2000年までの間に開催した定時株主総会の所要時間のデータが7年以上入手できない企 業は分析から除外している.また,定時株主総会の所要時間のデータを『資料版 商事法務』か ら手入力していること,および財務データを日経NEEDS-FinancialQUESTから抽出している ことは前章と同様である.また,各分析において,利用する変数それぞれの上下1%ずつを外れ 値として分析対象から除外している.
8.1.2 クロスセクショナルの比較(仮説8-1の検証)
クロスセクショナルの分析にあたっては,株主総会活性化企業とその他の企業を比較するため,
(8-1)式に対し,株主総会の活性化が観察された企業・年を1,その他の企業・年を0とする活 性化ダミーを用いる.さらに,活性化ダミーと次期予想利益との交差項を加えて検証する.さら
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に,切片も許容する.したがって,検証対象となるモデルは以下の(8-3)式である.(8-3)式の β6の係数が有意に正であれば仮説8-1が支持されたことになる.
t t
t t
t t
t t
t
次期予想利益 活性化ダミー
活性化ダミー 次期予想利益
配当 当期利益
純資産簿価 企業価値
株式時価総額
× +
+ +
+ +
+
=
≈
−
− 1
6
1 5
4
3 2
1
β
β β
β β
β α
(8-3)
分析に先立ち,図表8-1には記述統計量を,図表8-2には相関係数表を示している.なお,説 明変数間の高い相関に起因する多重共線性の問題に対応するため,VIF値を確認した.その結果,
すべての変数のVIFが3未満であるため,分析には影響を及ぼさないものと判断した.
図表8-1 記述統計量(N=4,025)
モデル 平均 標準偏差 第1
四分位 中央値 第3 四分位 株式時価総額 0.44 0.48 0.19 0.30 0.51
純資産簿価 0.41 0.21 0.25 0.39 0.56 経常利益 0.01 0.04 0.00 0.01 0.02 次期予想利益 0.01 0.04 0.00 0.01 0.03
活性化ダミー 0.12 0.33 0 0 0
活性化ダミー×次期予想利益 0.00 0.01 0 0 0
※ 株主総会活性化ダミーは,その企業の1991年~1999年における株主総会の平均 所要時間の1.5倍より長く,かつ60分以上である場合に1をとるダミー変数である.
※ ダミー変数を除く各変数は期首の資産合計でデフレートしたうえで,上下1%ずつを 外れ値として除外している.
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図表8-2 相関係数表
分析結果を図表8-3に示している.分析の結果,活性化ダミーと次期予想利益との交差項に対 する回帰係数(8-3式のβ6)が有意に正となり,株主総会活性化企業の公表する業績予想のほう が,その他の企業の公表する業績予想よりも株価関連性が高いことが確認された.すなわち,仮 説8-1と整合的な実証分析の結果が得られた.株主総会活性化企業の公表する業績予想の精度が 高いという前章までの分析結果と合わせると,図表8-3に示された結果は,株式市場が株価形成 をする際,より精度の高い業績予想が公表されている場合に,その業績予想への依存が強いこと を示唆している.
また,活性化ダミーそのものに対する回帰係数であるβ5が有意に正であったことは,株主総 会が活性化していること自体に対して,株式市場がポジティブな評価を示していることを明らか にしている.この結果については少なくとも二つの解釈が可能であろう.まず,一つの解釈は,
弥永(2001)の指摘するイメージ改善の効果である.投資家がイメージによって投資対象を決め ているのだとすれば,株主総会の活性化という現象に対して投資家が反応し,より需要が高まっ た結果として,その他の条件が等しい場合でも株価が高い,という現象を引き起こしたと考える こともできる.もう一つの解釈は,情報公開に伴う資本コストの減少効果である.Botosan and
Plumlee (2002),音川(2000),須田・首藤・太田(2004),内野(2005)などは,情報公開を積
極的に行う企業ほど資本コストが低くなることを確認している.将来の業績に対する株式市場の
株式時価総額 純資産簿価 経常利益 次期予想利益 活性化ダミー
活性化ダミー
× 次期予想利益
株式時価総額 1 0.520 0.419 0.398 0.022 0.148
純資産簿価 0.632 1 0.352 0.288 -0.117 0.064
経常利益 0.539 0.433 1 0.426 -0.018 0.135
次期予想利益 0.477 0.360 0.580 1 0.000 0.338
活性化ダミー 0.040 -0.122 -0.051 -0.016 1 0.316
活性化ダミー×次期予想利益 0.065 -0.050 0.037 0.189 0.607 1
※ 対角線の左下がPearsonの積率相関係数,右上がSpearmanの順位相関係数である.
※ 各変数は期首の資産合計でデフレートしたうえで,上下1%ずつを外れ値として除外している.
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予想が同一であれば,資本コストの低下は,割引現在価値の上昇を生むことになる.活性化ダミ ーに対する回帰係数が有意に正となった理由については,今後の検討課題としたい.
図表8-3 クロスセクショナル分析の結果