• 検索結果がありません。

先行研究のレビューと仮説の導出

ドキュメント内 非財務情報の企業価値 (ページ 196-199)

第 9 章 企業の環境対策活動と企業価値

第 4 部 従業員関連情報に関する分析

13.2 先行研究のレビューと仮説の導出

本章においても,Rosett (2001, 2003)の考え方を援用する.すなわち,企業による従業員の雇 用は,将来の収益の源泉という意味において資産であり,将来の給与支払いの義務という意味に おいて負債であり,この両者が貸借対照表に表示されないオフバランスの資産および負債とする ものである.前章では,従業員数を,このオフバランスの資産および負債の金額の代理変数とし て実証分析をおこない,純資産簿価,経常利益,次期予想利益をコントロールした上でも従業員

100 清水(2013)は,サービス業についてバランスト・スコアカードの考え方を応用した分析 をおこない,(企業価値の向上につながる)顧客満足度の向上のためには従業員満足度を高める 必要があることを指摘している.

189

数の多い企業の株式時価総額(企業価値)が高いこと,さらに株式リターンの標準偏差が大きい ことを確認している.

Kang and Shivdasani (1997)は,業績悪化時の日本企業の行動を分析し,その行動が企業ごと

に大きく異なることを明らかにした.すなわち,業績悪化時に,人員削減や工場閉鎖など規模の 縮小を目指す企業が存在する一方で,むしろ生産活動・営業活動を活発化する企業も存在するこ とを確認している.また,Ballester et al. (1999)は,1990年代初頭の各国の企業行動に注目し,

労働集約的であったり非効率な労働環境を有したりする企業が,IT の活用や官僚主義の削減に よって労働集約性を引き下げた場合に,株式市場が概ね好意的に反応することを示した.

さらに,その一部は将来の収益の源泉であるにもかかわらず即時費用化が求められるという意 味において人的支出と類似の性質を持つ研究開発費に関する研究としてはLev and Sougiannis

(1996)が挙げられる.彼らは,研究開発支出額と当該支出以降の収益との関連性を分析し,費用

として処理された研究開発支出額のうち,将来収益の源泉となる割合を推定した.さらに,その 推計に基づき,各年の純資産簿価および利益の額を調整したうえで,調整前後の純資産簿価およ び利益の価値関連性を比較した.分析の結果,調整前の純資産簿価および利益にくらべて,調整 後の純資産簿価および利益の価値関連性が高いことを観察した.

以上の先行研究の結果をまとめれば,企業のおこなう人的支出については,その少なくとも一 部は将来の収益の源泉であることから,人的支出の金額と企業価値との間の正の相関が予想され る.これは,前章で確認した,従業員数と企業価値との間の正の相関に関する頑健性チェックと もいえる.さらに,企業が賃下げを実施することは,短期的な収益性改善に資することは当然と しても,中長期で見た場合には,オフバランスの資産の減少にもつながるため,企業価値向上に つながるかどうかという点については疑問が残ることになる.本章では,この点について実証的 に検証をおこなう.

まず,給与と生産性の関係について検証する.労働市場が相当程度正常に機能していれば,生 産性の高い従業員には高い給与が支払われ,生産性の低い従業員には低い給与しか支払われない はずである.逆に言えば,高い生産性を有する従業員は,それに見合う賃金を提示する企業に労 働を提供するはずである 101.ただし,これを個別に検証することは困難であるため,企業間の

101 この議論は,必ずしも成果主義による給与体系を志向するものではない.年功序列型給与で あっても,それとともに生産性が上がっていれば,ここでの議論は成立する.齋藤他(2011) は成果主義導入の目的の一つが賃金負担の削減にあることを指摘した上で,従業員の高齢化が 進む場合や企業の成長性が低い場合に成果主義導入の可能性が高まることを明らかにしてい る.このことは,そのような特徴を有する企業において,従業員一人あたりの生産性が低く,

190

比較をおこなう.ここでは,生産性の代理変数として従業員一人あたり売上高を利用する 102. これを検証するための仮説は,以下の仮説13-1となる.

仮説 13-1:給与の高い企業における従業員一人あたり売上高は,給与の低い企業にお ける従業員一人あたり売上高よりも高い

次に,給与と企業価値の関係について検証する.給与が高ければ,それが費用の増加をもたら すことは間違いない.しかし,従業員がそれを上回る生産性を実現することで,企業にとっては プラスの効果をもたらす.逆に,いくら給与が低くても,従業員がそれを下回る生産性しか上げ られなければ,その従業員は企業にとってマイナスの存在である.Rosett (2001, 2003)の考え方 や,前章での分析結果を前提とすれば,企業が高い給与を支払うほど将来の支払い義務(オフバ ランスの負債)も大きくなり,同時に将来の収益の源泉(オフバランスの資産)も大きくなる.

そうだとすれば,給与の高い企業のほうが平均的には企業価値が高いと想定される.そこで,以 下の仮説13-2を検証する.

仮説 13-2:給与の高い企業における企業価値は,給与の低い企業における企業価値よ りも高い

さらに,仮説13-1および仮説13-2が成立することを前提に,賃下げ103があった場合の企業 価値に対する影響を検証する.賃下げを実施する企業は,賃下げをおこなうことで企業価値の増 加につながることを期待しているはずである.少なくとも短期的にはこれが成立するであろう.

しかし,賃下げが実施されることで,従業員の士気が下がったり,賃下げ後の賃金が自らの生産 性に見合わないと判断して離職したりするような場合には,賃下げの実施が企業価値の増加につ ながるかどうかは未知数である.そこで,賃下げと企業価値との関係を観察するため,以下の仮

企業にとって不都合な状態(低い生産性の従業員に高賃金を払わざるを得ない状態)が生じて いることを示唆している.

102 一般的には生産性の指標として付加価値を用いることが多いが,ここでは,計算の簡単化の ため売上高を利用する.また,回帰分析においては,業種のコントロール等をおこなうこと で,業種間における売上高と付加価値との関係の違いの影響は考慮されているものと考える.

103 以降の分析では「給与の変化」に基づいているため,正確に言えば必ずしも「賃下げ」とは 限らない.

191 説13-3を検証する.

仮説13-3:給与の変化は,企業価値の増減には結びつかない104

ドキュメント内 非財務情報の企業価値 (ページ 196-199)