第 9 章 企業の環境対策活動と企業価値
10.2 分析モデルとデータ
本章においても,前章同様,Ohlson (2001)モデルに依拠した分析をおこなう.すなわち,純 資産簿価,当期の経常利益,次期予想利益を所与とし,さらに現状の環境負荷の代理変数として のCO2排出量もコントロールしたうえで,仮説10-1a~仮説10-1eまでにおいて示した,将来の 環境対策へ向けた企業のコミットメントが企業価値に与える影響を明らかにする.本章における 分析モデルは以下の(10-1)式となる.
ε β
β
β β
β α
+ +
+
+ +
+
企業のコミットメント 排出量
次期予想利益 経常利益
純資産簿価 株式時価総額=
5 2
4
3 2
1
CO
(10-1)
さらに,CDPの実施するアンケートへの回答の有無に基づく検証(仮説10-1a)については,そ の回答の有無が,CO2排出量と企業価値との間の負の関係に与える影響を観察するため,企業の コミットメントとCO2排出量との交差項も含めた,以下の(10-2)式も検証する91.
91 仮説10-1b~仮説10-1eの分析については,次節において述べるとおり,分析期間が1年間
に限定され,その影響でサンプル数が少ないことから,交差項を含めた分析についてはおこな っていない.
148
ε β
β β
β β
β α
+
× +
+ +
+ +
+
企業のコミットメント 排出量
企業のコミットメント 排出量
次期予想利益 経常利益
純資産簿価 株式時価総額=
2 6
5 2
4
3 2
1
CO CO
(10-2)
本章の分析は,東京証券取引所第一部および第二部に上場する企業のうち,銀行・証券・保険・
その他金融を除いた一般事業会社から,CO2排出量データの集計方法の異なるエネルギー部門
(電力・ガス)を除いた企業を対象としている.また,3月期決算企業に限定している.
CO2排出量データについては,前章同様,温暖化対策推進法(温対法)による事業所別温室効 果ガス排出量データを企業ごとに集計した.仮説10-1aの検証に際しては2006~2008年度の3 年度分のデータを用いた.同期間に排出量データを報告している上場企業数は,年度の順に,
1,085社,808社,1,057社である.前章同様,個別企業ベースのCO2排出量を,資産合計に基
づく連単倍率を用いて連結決算ベースのCO2排出量に変換している92.
CDPの実施するアンケートへの回答企業については, 2006年~2008年中に,日本の150社
(各年)に対して送付されたアンケートへの回答状況を,各年の日本版 Carbon Disclosure
Project Report から抽出した.回答した企業数は,各年,96社,111社,111社であった.なお,
ここでは,回答した企業に,回答するだけの対策が備わっているものと仮定し,その回答内容に ついての分析はおこなわず,回答の有無のみを集計している.ただし,このアンケートは,CDP 側が企業規模等に基づいて選択した150社のみに送付されている.したがって,回答していない 企業には,「そもそもアンケートを受け取っていない企業」と「アンケートを受け取ったものの 回答しなかった企業」が含まれる.前者については,相応の対策が策定されている企業,すなわ ち,アンケートが送付されていれば回答できたであろう企業も含まれるが,その企業を特定する ことはできないため,ここでは,「アンケートが送られてきて,かつ回答した」企業のみを,コ ミットメントを示した企業として分析している.
仮説10-1b~仮説10-1eの検証に際しては,2008年度分のCO2排出量データを用いている.
これは,企業の将来へ向けたコミットメントの代理変数として利用する各変数の抽出における制 約によるものである.
92 前章に引き続き,資産合計以外の連単倍率を用いた分析もおこなったが,本章での議論に大 きな変化は生じなかった.
149
JVETSへの参加企業および国内排出量取引制度(JVETSを除く)の参加企業については,環
境省の公表したそれぞれの参加企業一覧を利用した.上述のとおり,自企業の排出削減目標を設 定せず,排出枠の取引を行うために参加した「取引参加者」企業については分析対象から除外し ている.この結果,JVETSへの参加企業は300社(第5期までの制度参加者が分析対象),JVETS 以外の国内排出量取引制度への参加企業は345社が抽出された.
CO2排出量削減へ向けた中期計画の策定の有無,および ISO14001 認証の取得の有無につい ては,東洋経済新報社が発行するCSRデータベース2009から抽出した.
財務データおよび株価データについては日経NEEDS-FinancialQUESTから抽出している.
仮説10-1aの検証に際しては,2007年3月期,2008年3月期,および2009年3月期の財務デ
ータと,2007年5月末,2008年5月末,および2009年5月末の株価データを利用している.
仮説10-1b~仮説10-1eの検証に際しては,2009年3月期の財務データと2009年5月末の株
価データを利用している.各データは期末の資産合計でデフレートし,さらに,株式時価総額,
純資産簿価,経常利益,次期予想利益,CO2排出量については対数変換をしたうえで,上下1%
ずつを外れ値として削除している.
以上の処理をおこなったうえで,分析に必要なデータがそろわないサンプルは分析から除外し た.最終的に,仮説10-1aの検証については1,094社・年が,仮説10-1bおよび仮説10-1cの検 証については424社が,仮説10-1dおよび仮説10-1eの検証については376社が対象となった.
各変数の記述統計量を図表10-1に,相関係数を図表10-2に示している.なお,多重共線性の問 題が生じていないことを確認するためVIF値を計算したところ,すべての分析においてVIF値 が3を上回ることはなかった.
図表10-1 記述統計量
150
パネルA: CDPが実施するアンケートを用いた分析(仮説10-1a)(N=1,094)
平均 標準偏差 第1四分位 中央値 第3四分位 株式時価総額 -0.639 0.624 -1.055 -0.656 -0.208 純資産簿価 -0.764 0.410 -1.017 -0.716 -0.461
経常利益 -2.943 0.712 -3.327 -2.861 -2.445
次期予想利益 -3.220 0.851 -3.724 -3.147 -2.568
CO2排出量 -0.950 1.338 -1.798 -1.058 -0.148
CDPアンケートへの回答 0.081 0.274 0 0 0 CO2排出量 ×
CDPアンケートへの回答 -1.757 2.579 -3.331 -1.777 -0.066
平均 標準偏差 第1四分位 中央値 第3四分位 株式時価総額 -0.947 0.623 -1.370 -1.011 -0.475 純資産簿価 -0.772 0.466 -1.030 -0.684 -0.428
経常利益 -3.359 0.880 -3.815 -3.272 -2.725
次期予想利益 -3.551 0.807 -4.048 -3.504 -3.008
CO2排出量 -1.262 1.539 -2.150 -1.255 -0.342
JVETSへの参加 0.035 0.185 0 0 0
国内排出量取引制度
(JVETSを除く)への参加 0.172 0.378 0 0 0
※ 各変数は期末の資産合計でデフレートし,さらに自然対数値に変換したうえで,上下1%ずつを 外れ値として除外している.
パネルB: JVETSおよび国内排出量取引制度(JVETSを除く)を用いた分析 (仮説10-1bおよび仮説10-1c)(N=424)
※ JVETSへの参加と国内排出量取引制度(JVETSを除く)への参加については,
参加企業を1とするダミー変数を用いている.
※ 各変数は期末の資産合計でデフレートし,さらに自然対数値に変換したうえで,上下1%ずつを 外れ値として除外している.
151
図表10-1 記述統計量(続き)
図表10-2 相関係数
平均 標準偏差 第1四分位 中央値 第3四分位 株式時価総額 -0.661 0.609 -1.066 -0.686 -0.280 純資産簿価 -0.763 0.408 -1.001 -0.715 -0.465
経常利益 -2.854 0.654 -3.266 -2.764 -2.396
次期予想利益 -3.468 0.897 -4.029 -3.459 -2.816
CO2排出量 -1.150 1.469 -2.130 -1.209 -0.323
中期計画の有無 0.370 0.483 0 0 1
ISO14001認証取得の有無 0.426 0.495 0 0 1 パネルC: 中期計画の有無およびISO14001認証取得の有無を用いた分析
(仮説10-1dおよび仮説10-1e)(N=376)
※ 中期計画の有無およびISO14001認証取得の有無については,
計画・認証を有する企業を1とするダミー変数を用いている.
※ 各変数は期末の資産合計でデフレートし,さらに自然対数値に変換したうえで,上下1%ずつを 外れ値として除外している.
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パネルA: CDPが実施するアンケートを用いた分析(仮説10-1a)(N=1,094)
株式時価総額 純資産簿価 経常利益 次期予想利益 CO2排出量 JVETSへの 参加
国内排出量取引制 度(JVETSを除く)
への参加
株式時価総額 1 0.524 0.688 0.585 -0.284 0.216 -0.230 純資産簿価 0.522 1 0.358 0.235 -0.136 -0.017 -0.132
経常利益 0.655 0.360 1 0.663 -0.107 0.094 -0.092
次期予想利益 0.559 0.211 0.585 1 -0.081 0.068 -0.066
CO2排出量 -0.262 -0.116 -0.072 -0.063 1 -0.073 0.954
CDPアンケートへの回答 0.231 -0.012 0.079 0.071 -0.058 1 0.083 CO2排出量 ×
CDPアンケートへの回答 -0.216 -0.106 -0.064 -0.049 0.963 0.063 1
※ 対角線の左下がPearsonの積率相関係数,右上がSpearmanの順位相関係数である.
パネルB: JVETSおよび国内排出量取引制度(JVETSを除く)を用いた分析(仮説10-1bおよび仮説10-1c)(N=424)
株式時価総額 純資産簿価 経常利益 次期予想利益 CO2排出量 JVETSへの 参加
国内排出量取引制 度(JVETSを除く)
への参加
株式時価総額 1 0.585 0.506 0.495 -0.150 -0.080 -0.016 純資産簿価 0.569 1 0.338 0.285 0.031 -0.069 -0.062
経常利益 0.475 0.286 1 0.663 -0.055 -0.034 -0.030
次期予想利益 0.494 0.255 0.613 1 -0.006 -0.006 -0.116
CO2排出量 -0.107 0.147 -0.042 0.003 1 0.112 0.275
JVETSへの参加 -0.075 -0.041 -0.034 0.004 0.103 1 -0.087 国内排出量取引制度
(JVETSを除く)への参加 -0.020 -0.052 -0.025 -0.115 0.250 -0.087 1
※ 対角線の左下がPearsonの積率相関係数,右上がSpearmanの順位相関係数である.
※ JVETSへの参加と国内排出量取引制度(JVETSを除く)への参加については,参加企業を1とするダミー変数を用いている.
※ 各変数は期末の資産合計でデフレートし,さらに自然対数値に変換したうえで,上下1%ずつを外れ値として除外している.
※ 各変数は期末の資産合計でデフレートし,さらに自然対数値に変換したうえで,上下1%ずつを外れ値として除外している.
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図表10-2 相関係数(続き)
パネルC: 中期計画の有無およびISO14001認証取得の有無を用いた分析(仮説10-1dおよび仮説10-1e)(N=376)
株式時価総額 純資産簿価 経常利益 次期予想利益 CO2排出量 中期計画 の有無
ISO14001認証 取得の有無 株式時価総額 1 0.524 0.687 0.453 -0.217 0.263 0.217
純資産簿価 0.525 1 0.359 0.260 -0.031 -0.055 -0.081
経常利益 0.682 0.347 1 0.484 -0.050 0.157 0.089
次期予想利益 0.434 0.221 0.445 1 -0.058 -0.037 -0.036
CO2排出量 -0.192 0.016 -0.033 -0.026 1 -0.124 -0.147
中期計画の有無 0.259 -0.034 0.133 -0.060 -0.111 1 0.823 ISO14001認証取得
の有無 0.209 -0.060 0.074 -0.054 -0.130 0.823 1
※ 対角線の左下がPearsonの積率相関係数,右上がSpearmanの順位相関係数である.
※ 中期計画の有無およびISO14001認証取得の有無については,計画・認証を有する企業を1とするダミー変数を用いている.
※ 各変数は期末の資産合計でデフレートし,さらに自然対数値に変換したうえで,上下1%ずつを外れ値として除外している.