第 9 章 企業の環境対策活動と企業価値
9.2 先行研究のレビューと仮説の導出
実証分析に先立ち,これまでの先行研究について,特に実証研究のレビューをおこなう.前節 で述べたとおり,企業が(環境対策活動を含む)CSR 活動をおこなう動機をどの理論から検討 するかによって,検証すべき仮説の方向性が異なってしまう.さらに,CSR 活動に関する報告 書(環境報告書,CSR報告書,サステナビリティ報告書など呼称は様々である)が自発的ディス クロージャーであることも仮説設定の困難さをもたらしている.すなわち,CSR 活動に関する ディスクロージャーをおこなう動機についても,よって立つ理論によって変わってしまう.さら に,そもそもCSR活動の質やCSRディスクロージャーの質に関する明確な指標がないために,
研究者が独自の指標を作って検証する場合も多く,指標そのものの信頼性に疑問が呈されること もある(Ma (2006)やGarcia-Castro et al. (2010)など).その結果として,先行研究の分析結果 は混在しており83,必ずしも一つの方向性を示していない84.
83 これまでの先行研究のまとめについては,Allouche and Laroche (2005)やBeurden and Gössling (2008)などを参照.
84 中尾ら(2014)の研究では,社会環境報告書の記述的表現の分析を通じ,環境パフォーマン スが悪い企業の作成・公表する社会環境報告書においては,曖昧かつ楽観的な表現が用いられ る傾向があることを発見している.一方で,環境パフォーマンスの良い企業の作成・公表する 社会環境報告書において,確からしい(曖昧でない)表現が用いられるわけではないことも発
パネルA 分配率の構成
N 株主分配率 労働分配率 金融費用
分配率 租税分配率
長寿企業 714 0.178 0.681 0.049 0.051
その他の企業 11632 0.247 0.461 0.043 0.043
Wilcoxon -6.344 9.848 2.061 1.388
(両側検定) *** *** **
※ 分析サンプル中の中央値を掲載している.そのため分配率の合計は1にならない.
※ *** は1%水準,** は5%水準,* は10%水準でそれぞれ有意であることを示している.
※ 株主分配額は当期利益,労働分配額は人件費,金融費用は支払利息,租税分配額は法人税等 を用い,それらの合計額に対する分配割合を計算した.
130
その中において,企業のおこなう環境活動の質と企業価値との関係を検証した研究については,
結果が比較的一貫している.Cormier and Magnan (1997)は,カナダ環境省によって水の汚染が 報告された企業について検証し,汚染水準が高いほど株価が下落することを示している.同様に,
Hughes (2000)は大気汚染について,Konar and Cohen (2001)とKing and Lenox (2002)は有害 化学物質の排出について検証し,それぞれ,大気汚染物質である二酸化硫黄(SO2)の排出量が 多い企業,化学物質排出量の多い企業の企業価値が有意に低いことを観察している.このほか,
Garber and Hammitt (1998),Graham et al. (2001),Al-Tuwajiri et al. (2004),Bae and Sami
(2005)なども,環境負荷の高い企業の企業価値が低いことを発見している.検証結果は,全般的
に,環境負荷の高い企業について株式市場がネガティブな評価をおこなっていることを示してい る.
ただし,これらの研究には,大きく二つの問題が残されている.一つ目は分析対象となる企業 や業種が限定されているという問題である.Cormier and Magnan (1997)の検証は,汚染の極端 な企業を対象にした分析であるためサンプル数が少ない.Hughes (2000),Konar and Cohen
(2001),King and Lenox (2002)の分析も特定の有害物質を多く排出している企業を対象にして
いるために業種が限定されている.本論文では,すべての企業が排出している温室効果ガスとし て二酸化炭素(CO2)を検証対象とすることで,より広範な分析を可能にしている.
二つ目の問題点は,Cormier and Magnan (1997)などの一部を除き,自発的ディスクロージャ ーによって開示されたデータに基づいた分析がおこなわれている点である.ディスクロージャー の動機として,環境負荷の高い企業が自社の正統性を主張するためにディスクロージャーをおこ なうことを仮定すれば,自発的ディスクロージャーをおこなっている企業は,環境負荷の高い企 業に限定されることになる.逆に,環境負荷の高い企業が自社の不利な情報を隠すためにディス クロージャーをしないことを仮定すると,自発的ディスクロージャーをおこなっている企業は,
環境負荷の低い企業に限定される.このことは,環境負荷の高低と企業価値の大小を正しく比較 できないことを示唆している.
2006年に改正された温対法の規定により,温室効果ガスを年間3,000トン(CO2換算85)以
見した.すなわち,パフォーマンスの質とディスクロージャーの質との間に非線形関係がある ことになり,これまでの先行研究の結果が混在している原因が,線形関係を仮定しているため である可能性を示唆している.
85 温対法の対象となる温室効果ガスは,CO2のほか,メタン,一酸化二窒素(N2O),HFC, PFC,SF6の6種類(通称6ガス)であるが,その排出量は,温室効果の強さを示す地球温暖 化係数によってCO2に換算されるため,以下ではこの換算量を用いる,
131
上排出し,従業員数が21人以上である事業所は,2006年度分より,温室効果ガス排出量を算定 し,国(環境省・経済産業省)に対して毎年報告することが義務付けられた.国は,報告された データを集計して公表しているため,世界ではじめて,網羅的な企業の排出量データが入手可能 になった.このデータを用いた初めての分析が,日本会計研究学会平成19・20年度特別委員会
(広瀬義州委員長)最終報告書に掲載されている.本論文でも,温対法に基づいて企業が集計・
報告するCO2排出量を用いることで,一定以上のCO2を排出している企業すべての分析対象と する.
以上のように,すべての企業に関連する排出物質であり,かつ集計・報告が義務化されたCO2
データを用いることで,先行研究よりも普遍的な分析結果が得られるものと考える.検証対象と する仮説は以下のとおりである.
仮説9-1:CO2排出量と企業価値との間には負の関係が存在する
9.2.1 クロスセクションの比較
本章では,これまで同様,Ohlson (2001)モデルをベースにした検証をおこなう.なお,当期 の残余利益の代理変数として当期の経常利益を,残余利益の持続性の代理変数として次期予想利 益を,そして翌期以降の残余利益に影響を与える「その他の情報」の代理変数としてCO2排出量 総量を用いる.さらに,一時的な景気後退や生産調整によって排出量が減少するという,環境対 策活動の成果ではない排出量の増減を調整するため,売上高一単位あたりの CO2排出量にも着 目して分析をおこなう.したがって,実際に検証する仮説は,仮説 9-1a および仮説 9-1b とな る.それぞれ,(9-1)式におけるβ4および(9-2)式におけるβ5の係数が有意に負であれば仮説 が支持される.
仮説9-1a:CO2排出量総量と企業価値との間には負の関係が存在する
ε β
β β
β α
+ +
+ +
+
排出量総量 次期予想利益 経常利益
純資産簿価 株式時価総額=
2 4
3 2
1
CO
(9-1)
仮説9-1b:売上高一単位あたりのCO2排出量と企業価値との間には負の関係が存在する
132
ε β
β β
β α
+ +
+ +
+
排出量 売上高一単位あたり
次期予想利益 経常利益
純資産簿価 株式時価総額=
2 5
3 2
1
CO
(9-2)
本章では,さらに,排出量の削減状況と企業価値の変化に関する分析もおこなう.国や一般社 会からの要請を受け,CO2排出量削減に取り組む企業も増えている.そのことを前提とすれば,
CO2排出量に対する株式市場の評価は,その絶対量に対してもなされるであろうが,過去との比 較においてもなされるはずである.排出量削減の測定に際し,単なる業績の変化による排出量の 増減の影響をコントロールするため,排出量総量の変化に関する分析はおこなわずに,売上高一 単位あたりの排出量の変化に関する分析をおこなう.したがって,分析対象となる仮説は仮説 9-1cである.以下の(9-3)式におけるβ14の係数が有意に負であれば仮説が支持される.
仮説9-1c:売上高一単位あたりのCO2排出量の変化と企業価値の変化との間には負の関 係が存在する
ε β
β β
β α
+ +
+ +
+
排出量 Δ売上高一単位あたり
Δ次期予想利益 Δ経常利益
Δ純資産簿価 Δ株式時価総額=
2 14
13 12
11
CO
(9-3)