第 7 章 定時株主総会の活性化と裁量的発生項目額
7.2 報告利益管理の方法とその検出
先行研究においては,報告利益管理の有無を検出しようとする実証分析は以下の2種類に大別 できる67.すなわち,会計利益の分布に不規則性があることを以て報告利益管理がおこなわれて いる証拠とする方法と,会計発生項目額(特に,そのうちの裁量的部分である裁量的発生項目額)
の大小を以て報告利益管理がおこなわれている証拠とする方法の2種類である68.
前者の方法は,Hayn (1995)や,それを発展させたBurgstahler and Dichev (1997)が用いた方 法である.これらの研究では,報告された会計利益について,利益自体の数値や利益の対前年変 化額がゼロとなる近辺での分布に不規則性が観察されることを発見した.すなわち,わずかな損 失やわずかな減益を計上する企業が非常に少ない一方で,わずかな利益やわずかな増益を計上す る企業が非常に多いことを指摘したのである.同じ手法を用いて分析した Abarbanell and
Lehavy (2003)は,アナリストの公表した予想をわずかに下回る利益を公表する企業が少なく,
わずかに上回る利益を公表する企業が多いことを観察し,アナリスト予想利益近辺での不規則性 を指摘した.日本においても,須田・首藤(2004)や野間(2004)が同様の分析結果を報告して いる.これらの先行研究が示した,分布の不規則性が報告利益管理の証拠とする主張に対し,
67 先行研究の分類およびそれぞれの分析結果については,奥村(2004)や須田・首藤(2004) などを参照.また,より広範な「利益の質」に関連する研究のレビューは海老原(2013)にま とめられている.
68 近年,個別の項目の変化に着目した,実体的裁量行動を観察しようとする実証分析も増えて いる.本章の分析では,株主総会の活性化という企業全体の事象に基づく分析をおこなうた め,個別の項目の変化に関する仮説設定は困難である.そのため,本章では,実体的裁量行動 については検証せず,会計的裁量行動についてのみ検証する.
90
Dechow et al. (2003)は,実際の経営努力によっても分布の不自然さが形成される可能性がある
ことを指摘し,不自然な分布が存在することが事実だとしても,それを報告利益管理がおこなわ れていることの証拠とすることについての疑義を唱えた.
一方,後者の方法は,会計利益とキャッシュフローとの差額である会計発生項目額に着目する.
その前提は,予測や見積もりが介在する余地が小さく,相対的に客観的な数値であるキャッシュ フローの金額を利用して利益管理をおこなうことは比較的困難であるから,報告利益管理をおこ なう経営者は,その目的のために,キャッシュフロー以外の利益構成要素である会計発生項目を 利用するだろう,という推測である.とりわけ,減価償却費のように不可避的に発生する69会計 発生項目(非裁量的発生項目)ではなく,経営者の意思が介入しやすい会計発生項目(裁量的発 生項目)において利益管理がおこなわれるから,その多寡を用いて報告利益管理の尺度とされる ことが多い.
本章では,株主総会の活性化が観察された企業と,それ以外の企業における比較をおこなうた め,後者の方法,すなわち(裁量的)発生項目額を用いた分析をおこなう.株主総会活性化企業 における裁量的発生項目額が,それ以外の企業における裁量的発生項目額よりも小さければ,前 章で観察された業績予想の精度の高さが,本来の意味での精度の高さであることが確認できるこ とになる.すなわち,本章で検討する仮説は以下のとおりである.
仮説7-1:定時株主総会の活性化が観察された企業の利益に含まれる裁量的発生項目額 は,その他の企業の利益に含まれる裁量的発生項目額よりも小さい70
先行研究では,会計発生項目額のうち,経営者が裁量的に生じさせた額である裁量的会計発生 項目額を明らかにすることに力が注がれた.もちろん,経営者の裁量がなかった場合の会計利益,
いわば「あり得べき会計利益71」が公表されているわけではないため,中立的な会計手続きにし たがった場合の発生項目額である,非裁量的発生項目額(non-discretionary accruals: NA)を推
69 固定資産の所有を前提とすれば,減価償却費の発生自体は不可避であるが,その金額につい ては,耐用年数や残存価額の見積もりを通じて裁量の余地がある.
70 報告利益管理の方向性は必ずしも一方向ではないため,裁量的発生項目額が正であっても負 であっても報告利益管理をおこなっている可能性が示唆される.そのため,次節において議論 するとおり,実証分析に際しては,裁量的発生項目額そのものではなく,その絶対値を検証対 象とする.
71 DeAngelo (1986)は,”the earnings number that would have been reported absent the exercise of management’s accounting discretion” と表現している(p. 408).
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定し,それを発生項目額の総額(total accruals: TA)から差し引くことによって,裁量的発生項
目額(discretionary accruals: DA)を求める,という手法が採られてきた.この方法で報告利益
管理の有無または大小を検証する場合,(非)裁量的発生項目額を推定するモデルの妥当性の検 証と,それぞれのモデルから導かれた裁量的発生項目額の大小の検証を合わせておこなっている という点に注意が必要である.以下では,裁量的発生項目額の推定モデルと提案されたモデルの 一部の内容を概観する72.
7.2.1 Jones (1991)モデル
Jones (1991)は,米国国際貿易委員会(International Trade Comission: ITC)による輸入制 限措置を誘発するため,米国企業が利益減少型の報告利益管理を行うという仮説を検証した.
Healy (1985)やDeAngelo (1986)において検証された状況設定とは異なり,①この報告利益管理
による輸入制限措置で不利益を被るのは不特定多数の消費者であり,報告利益管理の存在を指摘 される可能性が低いこと,②ITCも報告利益管理を明らかにしようとするインセンティブを持た ないこと,などの理由から,同研究での状況設定が,より広範な報告利益管理の検出を可能にす るという利点に言及している(pp. 193-194).
仮説の検証に際し,Jones (1991)は不可避的に生じる非裁量的発生項目額を,これまでより精 緻な方法で推定することを試みた.Jones (1991)は,非裁量的発生項目額が,売上高の対前年変 化額と有形固定資産額の関数であると主張し,以下の回帰式による推定を提案した.
it it
i it it
i it it
i it
it
A PPE A
REV A
A
TA
α β
∆ +β
+ε
+
=
−
−
−
− 2 1
1 1 1 1
1 (7-1a)
ただし,Aは資産合計,ΔREVは売上高の対前年変化額,PPEは有形固定資産,εは回帰式の 誤差項を示している.(7-1a)式は,発生項目総額が,売上高の対前年変化額と有形固定資産額 によって決まることを示しており,規模の調整のために前期末の資産合計でデフレートすること
72 本節であつかう裁量的発生項目額推定モデル以外にも推定モデルが存在する.Jones (1991) モデルの前には,発生項目の総額を裁量的発生項目額の代理変数とするHealy (1985) モデル や,前期の発生項目総額を当期の非裁量的発生項目額の推定値とするDeAngelo (1986) モデ ルなどが提唱された.なお,乙政(2004b)が,Healy (1985)以降の研究の経過と,日本のデ ータを用いた検証をまとめている.
92
で導出されている.この(7-1a)式について,最小二乗法73による回帰係数(αi,β1i,β2i)の 推定値(順に,ai,b1i,b2i)を求め,その結果得られる推定誤差を裁量的発生項目額の推定値と した.すなわち,
∆ +
+
−
=
−
−
−
− 2 1
1 1 1 1
1
it i it it
i it it i it
it it A
b PPE A
b REV a A
A
DA TA (7-1b)
である.
7.2.2 Dechow et al. (1995) モデル(修正Jonesモデル)
Dechow et al. (1995) は,Jones(1991)において(暗黙裡に)仮定されている,売上高の大きさ
が非裁量的に決定する,という点に異を唱えた(p. 199).非裁量的発生項目額の推定部分,すな わち(7-1a)式の右辺における説明変数に裁量的な要素が含まれてしまえば,(7-1b)式におけ る裁量的発生項目額の推定値にノイズが生じてしまう.期末の押し込み販売によって売上高に経 営者の裁量が入り込む余地があるのであれば,それをモデルに組み込む必要がある,というのが
Dechow et al. (1995)の主張である.この問題点を解決するため,彼女らはJonesモデルの回帰
式に売上債権の変化額(ΔREC)を含めたモデルを提示した.すなわち,
( )
it it
i it it
it i it
it i it
it
A PPE A
REC REV
A A
TA
α β
∆ −∆ +β
+ε
+
=
−
−
−
− 2 1
1 1
1 1
1 (7-2a)
によって各項目が発生項目総額に与える影響を明らかにし,その結果得られる推定誤差である,
( )
∆ −∆ +
+
−
=
−
−
−
− 2 1
1 1
1 1
1
it i it it
it i it
it i it
it it A
b PPE A
REC b REV
a A A
DA TA (7-2b)
によって裁量的発生項目額を推定した.
73 後に議論するが,Jones (1991)は時系列データを用いて回帰係数を推定している.
93 7.2.3 Kasznik (1999)モデル(CFO修正Jonesモデル)
Dechow (1994)は同じ年度の営業キャッシュフロー(cash flow from operations: CFO)と発 生項目総額が負の相関を有していることを指摘した.これを受けて,Kasznik (1999)は,営業キ ャッシュフローの変化に起因する非裁量的発生項目額を捕捉するために,修正 Jones モデルに 営業キャッシュフローの変化額を説明変数として追加したモデルを提示した.すなわち,
( )
it it
ipt pt
it ipt pt
it
ipt ipt
pt it
pt it
ipt
A CFO A
PPE A
REC REV
A A
TA α β β β ∆ +ε
+
∆ +
− + ∆
=
−
−
−
−
− 3 1
1 2
1 1
1 1
1
(7-3a)
によって非裁量的発生項目額の推定をおこなう.
なお,Kasznik (1999)は,回帰係数の推定に際し,Jones (1991)およびDechow et al. (1995) が利用した個別企業の時系列データではなく,業種ポートフォリオを用いたクロスセクショナル のデータを利用している.(7-3a)式中の添え字pはi社の属する業種ポートフォリオを示して いる.以降の手順はこれまでと同様であり,(7-3a)式の回帰式によって求められた回帰係数を 基に,
( )
∆
+
∆ +
− + ∆
−
=
−
−
−
−
− 3 1
1 2
1 1
1 1
1
it ipt pt
it ipt pt
it
ipt ipt
pt it
pt it
it it A
CFO A
PPE A
REC REV
A A
DA TA
α β β β
(7-3b)
によって裁量的発生項目額を推定した.
7.2.4 Dechow et al. (2003) モデル(成長モデル)
前項までに提示された裁量的発生項目額の推定モデルを利用した報告利益管理の研究が増え た一方,推定モデルに対して多くの批判もあった.たとえば,Kang and Shivaramakrishnan
(1995)は,モデルにおいて説明変数に含まれない変数,すなわち欠落変数(omitted variables)
が残っている可能性を指摘した(p. 355).その変数に対する回帰係数が正(負)であれば,非裁 量的発生項目額が本来より小さく(大きく)推定され,結果として,裁量的発生項目額が本来よ り大きく(小さく)推定されることになる.また,Kothari (2001)は,(裁量的)発生項目額が負