第5章 地方大学経営の基盤となる財務戦略
2 寄付金事業の可能性
河田(2016)は、わが国の建学の精神をもつ私立大学は、公的支援金に依存する体質を改 善し、資産運用資金、産官学連携などの自己獲得資金、寄付金獲得に注力すべきてあると 指摘している67。そして、寄付文化の醸成と戦略的な寄付事業は、私立大学にとって必須 であるとして、つぎの8点の戦略課題を提示している68。
① 寄付事業の戦略化……中長期計画のなかに周年を記念した寄付金募集事業ではなく、
日常的な寄付募集計画を組み入れる。
② 制度と組織の整備……寄付制度の仕組みを整備するとともに、寄付金を担当する部 署を設置し、事務職員を配置するなど組織を整備する。
③ トップセールスの実施……寄付金募集は、経営陣の重要な役割であるとの認識を図 り、理事長や学長をはじめとする経営者によるトップセールスを推進する。
④ 寄付金文化の醸成……寄付金は戦略的に取り組むべき課題であるとことから、寄付 金に対する教職員の意識改革を行うとともに、在学生に向けて寄付文化にかかる教育 を展開する。
⑤ 同窓会と保護者会へのアプローチ……卒業生からなる同窓会および在学生の保護者 の会に対して、寄付金募集のためのアプローチを推進する。
⑥ 募集対象の拡大……寄付金を募集する対象について、企業だけではなく、在学生・
保護者、卒業生、地域住民などを対象として、幅広い寄付金募集事業を展開する。
⑦ 継続的な支援となる仕組み……支持者層を拡大し、継続的な支援を受けることがで きるよう、少額からの寄付依頼を行う。また、寄付講座の受入れや遺産、遺贈寄付受
138 入れを積極的に展開する
⑧ 説明責任……寄付者に対する説明責任を果たし、寄付者の満足感が高まるよう、寄 付金の使途を明らかにした報告を行う。
日本私立大学連盟は、寄付金募集にかかる各法人の現状の把握と今後の学内外の環境整 備に向けた検討の一助となることを目的として、2012年8月から9月にかけて「寄付募集 に関するアンケート」を実施し、「学校法人における戦略的な寄付募集事業推進のために (中間まとめ)」を発表している。その「中間まとめ」にあるアンケート結果からは、事業計 画に寄付金事業を掲載していないが、事業報告書には掲載している収容定員 10,000 人以 上の大学が多いことか記されている69。このことは、事前の計画として寄付金事業を組み 入れていないが、寄付を受けたのだから報告は義務として果たさなければならないといっ た寄付金事業に対する消極的な姿勢があるのではないかと推測される。
さらに、「中間まとめ」では、法人組織として経営層の寄付金募集事業に対する認識や姿 勢が不十分であることなどをはじめとして、寄付金募集事業にかかる問題点をつぎのよう に整理している70。
① 募集事業に対する基本的な考え方の欠如……募集事業の目的やあり方についての基 本的な考え方がなく、収入の多様化や支持者層の構築といった事業戦略がない。
② 執行部のコミットメント不足……理事長や学長といった経営層自らが、募金事業に 動かず、指示するだけで担当者への支援を行っておらず、事業推進者が存在しない。
また、法人が事業計画として募集事業を位置づけていないため、寄付者への十分なア ピールができていない。
③ 組織としての知識や技能、経験の不足……組織に募集事業に関するノウハウの蓄積 がない。また、マニュアルもなく募集事業が属個人的であり、業績に個人差が生じて いる。
④ 人材育成の機会欠如……組織の寄付金募集に関する知識や技能を補うための研修や 情報交換会がなく、人材育成の機会が創出されていない。
このように、わが国の私立大学では、多様な財源を確保するための事業戦略として寄付 金募集事業を位置づけていないことが大きな要因として、寄付金事業が機能していないの ではないかと指摘している71。改めて、経営者層が中長期計画や将来構想において、多様 な財源確保のための重要な施策として寄付金募集事業を認識し、組織的な体制を整備しな ければならないといえる。
139
一方で、米国などと比較して、わが国では寄付をする文化がないことが、寄付金事業が 成功しない要因として考える向きが一般的にあるように考えられている。しかしながら、
「同中間まとめ」では、寄付金における環境が大きく変化しており、改めてこの時期に寄 付金募集に関する戦略の見直しが必要ではないかと指摘している72。その環境変化として、
つぎの3点をあげている73。
① 寄付税制の改正……2011年に寄付税制が改正され、寄付者の減税効果が非常に大き くなっており、個人から小口の寄付金を集めやすい環境にある。
② NPO法人の増加……NPO法人数は、コンビニエンスストア並みに増えている。
こういったNPO法人の活動財源の多くは寄付に依存しており、寄付に支えられた活 動が行われている。
③ 自然災害時の寄付……東日本大震災の際に被災された方々への支援の高まりなど、
わが国の寄付を取り巻く環境が大きく変化している。
このように、多様な財源の確保方策のひとつとして、寄付金事業を戦略的に将来計画に 位置づけて、組織的な取り組みとすることが必要であろう。外部環境として、寄付に対す る国民意識が変わりつつあるとすれば、今後寄付金事業が有効に機能する可能性がある。
しかしながら、先述した河田(2016)が指摘した8つの戦略課題および日本私立大学連盟
「中間まとめ」が示した4つの問題点のように、中途半端な取り組みでは、成功はままな らないため、組織的かつ戦略的に、寄付金の目的、実施の時期、寄付金を求める対象およ びその対象ごとに訴求力のある事業内容となっているかなどについて、精緻な実行計画と 改善のサイクルを確立することが必要となってくる。また、大学経営者は、寄付金事業を 成功させるために、まず寄付金事業を大学経営戦略として重要な事業戦略と位置づけ、そ の事業運営の主体は大学経営者自身であることを認識し、大学経営者自らが率先して寄付 金募集活動を行い、その事業への取り組み姿勢と成果を構成員に明らかにすることが重要 となる。
寄付金を積み立てることによって、一定程度のまとまった資産運用の原資となる基金を 創設することができれば、資産運用において財政への影響を懸念することなく、安心して 運用先を検討することができる。それゆえ、比較的リスクの高い運用利回りの高い債券や 株式といった投資対象を選択することも可能となり、長期的に運用することによって高い 運用収益を期待することができ、安定した財源となることが期待できる。投資戦略として は、中長期的な運用が基本となることから、財政基盤の安定化に寄与するためには、可能
140
な限り早期に取り組む必要がある。また、大学には、資産運用にかかる専門職がいない場 合が多いことから、そのような専門人材の育成や採用などの体制について慎重な検討が必 要となる。